センチメンタルジャーニー
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ああもう、どうにでもなれ!
目を瞑って、思いっきりハンドルを切った。助手席に身を乗り出して無理やり車を運転する。
横には死体。後ろにも、死体。そして向かいの車から飛び乗ってくるのは、
*
いきなり、撃たれた。誰が?この車の運転手が。
私に突きつけられていた銃は今は窓の外に向けられていて、とりあえず一安心なんて、そんな事を考えている間に、撃たれた男の代わりに運転していた助手席の男まで撃たれて。
「おい、降りろ。」
「いや、ちょっ、無理言わないで!死にたいなら一人でやってください!」
私の隣に座っていた男が腕を掴んで、車のドアを空けた。無理言うな。こんな高速で走ってる車から飛び降りたら、死ぬでしょうが。
私が全力で掴まれた腕を振り回した、かいがあったのか、結局男は一人で車から転げ落ちていった。ああよかった。
そんなこんなで、結局私は一人残ることができたのだ。そう、三体の死体と一緒に。
一人で、運転手がいなくなって高速で暴走する車、に、………
*
悲鳴を上げる余裕もなく、目の前に迫ってくるトラックをよけるためにハンドルを切った。
対向車をよけるのも大変なのに、後ろから迫ってくる車が私に向かって銃を撃ってくるんだからもうほんとに訳が分からない。
車、車、銃弾、車。
私はそれだけで手一杯で、もちろん向かいの車の上から手を振る金髪男なんかにかまう余裕は、
「ナマエちゃん、ドア開けて」
「うるさい!今忙しいの!自分でドアくらい開けなさい!」
……なんか、妙。まぁ今日は朝から妙だから、今更気にすることもないか。向かってくる車を必死で交わす。何とかブレーキに足が届きさえすれば……!
「だから、あれだけ車に乗らないでって…」
「そんな事言ったってしょうがないでしょ、脅されたん、だか、ら……」
さっき男が飛び降りていったドアから入ってきたサイコパスが、楽しそうに笑いながら言った。一瞬気を取られた私に、軽い調子で声がとんでくる。
「あ、ほらナマエちゃん、前、前。」
「………っ!」
陸橋にぶつかりそうになるのを何とかよけた、所でハンドルを奪われる。
あっけに取られて呆然とする私にサイコパスの通称Mr.プリンスが一言。
「そのドレス、クソ似合うって言ったっけ?」
「あ、それはどうも…」
違う。今は絶対に、そんな会話をしてる場合じゃない。派手な爆音が響いて、振り向くと後ろの車が爆発した音だった。
…夢だ。これは、悪い夢だ。
*
「大丈夫かい?プリンセス。」
「…とりあえず銃と車と乱闘にはうんざり…」
腰が抜けて立てない私を、お兄さんが抱え上げてくれる。目を瞑ると、頭がぐらぐらした。
さっきまで大人数で私達を取り囲んでいた黒服の男は、残らず彼に全滅させられてしまった。
意味が分からない。なんで、よりによって私が、こんなことに。相変わらず混乱する私をよそに、彼は私のドレスが似合うとか何だとか言いながら何事もなかったみたいにスタスタと歩く。
「あの、とりあえず恥ずかしいんで、お姫様抱っこはやめてください…」
「………ナマエちゃん、突っ込むのはそこなのかい!?」
……だって、突っ込み所が多すぎてどこから言ったらいいのかわからないんだもん……。
*
「あー、…とりあえず、俺の名前は、」
「サンジさんでしょ、さっき聞いた…」
走り出す車のなかで、シートに埋もれて会話する。サイコパス男のサンジさんは、非常にきまずそうな顔で私に謝る。
「その、…ごめん、巻き込んじまって。」
「今更遅いですよ…あなた一体何者なんですか?」
「…えーと…サイコパス…?」
「ぐるぐる眉毛の癖にとぼけないで下さい、私は今日1日散々な目にあったんです。いい加減ちゃんと説明してくれないと怒りますよ。」
「…ナマエちゅわん、辛辣…」
「馴れ馴れしく呼ばないで下さい、『Mr.プリンス』。」
冷静になったら、今度はふつふつと怒りが湧いてきた。今日1日(いや昨日からか)、私がどれだけ彼と彼にまつわる人々に振り回されたのか考えたら、ぐるぐる眉毛と罵られる位は当然だと思って欲しい。
あからさまに傷ついたような顔でこっちを向いたぐるぐる眉毛のサイコパス男と目があわないように、自分の爪をじっと見つめながらなるべく刺々しい声をだした。
「ほんと、最悪。…今日あった良いことなんて、せいぜいオムレツが美味しかったことくらい…」
「オムレツ?…ああ、朝の?」
「そう、朝の。料理上手ですね、サイコパスさん。」
「…そ、そうかい…そりゃ良かったぜプリンセス…」
「で、結局。あなたは何者なんですか?どういう訳であなたは追われてるんですか?」
弱り切った顔の彼を睨みつける。
大体『Mr.プリンス』なんて、スパイだかなんだか知らないけどコードネームふざけ過ぎでしょ。ふざけるのは、眉毛だけにしてよね。悪態をつく私に、小さな声が返ってきた。
「ナマエちゃん、理不尽…。結構傷つくからさぁ…」
…うるさい。
*
煙草に火を付けて、深く吸い込んでから話し出す。煙が窓の外に流れていくのを私はぼんやり見ていた。
「薬を回収するんだ。」
「薬?」
「そう、あんま詳しく話せねぇけど、『ランブル』って呼ばれてる薬。開発したのは、まだ小学生のガキなんだけどね。」
「ふーん…なんでそれだけでこんな狙われるんですか?」
「んー…平たく言うと、その『ランブル』は世界初の変化する薬だから、かな。」
「…変化?」
「そう、体内で飲んだ奴の病状に合わせて効果が変化したりするらしい」
「あ、ああ、つまり、万能薬って事ね…」
「…まぁそんなとこなんだろうな。」
まるでSF小説みたいだ。彼は政府に雇われたエージェントで、『ランブル』という薬を天才科学者のラボに回収しにいくのが任務、なんて。
現実離れしすぎた話で実感が湧かない。
…この人、嘘言ってたりして。
じっとり彼を見ていたら、目があった。きょとんとした顔。
「…サイコパスって言われてるのも無理ない…」
「ナマエちゃん、それまじで傷つくから…」
「で、これからどうするんですか?」
「とりあえず、俺は『ランブル』を回収したら、週末までに君をボストンに送るよ。そしたら、結婚式には間に合うだろ?」
「この際結婚式はどうでもいいんだけど無事に帰りたい…」
「はは、だよな。」
なんか、眠い。くらくらする目を閉じて、シートを後ろに傾ける。
「俺から離れないでいてくれれば大抵の事からは守るつもりだから、」
「『安心で安全を保障する』んでしょ?」
「…まぁ、そんなとこ。」
少し居心地が悪そうに言葉を濁した彼は、とてもスパイやらエージェントやらには見えなくて、少し可愛い。まぁ、サイコパスなのは変わりないけど。
「ナマエちゃん、…ほんと、巻き込んじまってごめん、」
「謝ったって今更でしょ、…許さないわよ、ぐるぐる眉毛サイコパス野郎。」
「……す、すみませんぐるぐる眉毛で…」
「あ、いや、ごめんね、冗談だから気にしないで。」
「…ナマエちゃんひどい…」
「ははっ、打たれ弱い。スパイの癖に。」
「なっ、…スパイの癖にってプリンセス、そりゃないぜ、」
面白いくらいに落ち込んだ顔をする彼をひとしきりからかう。こうしてると、まるで嘘みたいだ。車に乗ってる自分のことも、今の状況も。
深く息を吸い込んで、吐いた。
…なんか、疲れたな。すごく…
本格的にうとうとし始めた私に、昨日と同じ気障ったらしい声が言う。
「お休み、プリンセス。」
「…お休みなさいMr.サイコパス…」
「いやナマエちゅわん、Mr.プリンスな、」
昨日から相変わらずの、悪夢は続く。
退屈な日常やらセンチメンタルやらを置き去りにして、私はどこに向かうんだろう?
ぼんやりと考えたそんなことは、眠気に押し流されてどうでもよくなる。
ゆるゆると頭を撫でる手が心地良い。
サイコパスでスパイでエージェントなのに意外と落ち込みやすい彼が、鼻歌を歌うのを聞きながら眠りにつく。
そういえば、誰かに見守られながら寝るのって久しぶりだな……。
そんな事を考えながら、彼が歌う鼻歌の題名を思いだそうとする。
『朝から晩まで君に夢中』なんて、気障なサイコパスにぴったりな歌詞だ。