センチメンタルジャーニー
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盗んだバイクに二人乗りして逃げ出すなんて。しかも、悪党の根城から。
凄い、映画みたい。笑う私をサンジさんがびっくりしたような顔で見ていて、それはまるでいつもの立場が逆転したようにも思えて。
それが嬉しくて仕方がなくて、ああ、やっぱり笑いが止まらない。
*
「凄い、映画みたい。」
銃を乱射しながら、ナマエちゃんが笑った。
俺は今、元同僚に拉致された『ランブル』の開発者を助け出そうとしてるわけで、あいつと手を組んでるワポメタル製薬の雇ったイタリアンマフィアのアジトから逃げ出す真っ最中なわけで、その証拠に後ろから聞こえてくるのは物騒な怒号と銃声なわけで。
何で彼女が銃なんか乱射してるのかというと、追っ手を振りきるために俺が頼んだからなんだけど。
そう、今、俺はナマエちゃんと一緒に、元同僚と手を組んでるワポメタル製薬の雇ったイタリアンマフィアに追いかけられてる真っ最中なわけで。それがひどく俺を混乱させる。何の映画だい、呆然と問いかけたら、ひどく嬉しそうに彼女は答えた。
「『ローマの休日』に決まってるじゃない。」
…あの映画は、いつからアクション映画になったんだろう…
いや、そういう問題じゃない。この子のずれてるとこがうつったみたいだ。今の状況は『ローマの休日』というよりも『トランスポーター』だとか、そんなことは今はどうだっていい、
派手な爆発音が響いて、ぎょっとする俺にナマエちゃんはやっぱり嬉しそうに言った。
「目標、爆破しました。なんちゃって。」
漂う甘い香りに、 柔らかい声。酔っぱらった時みたいな厄介なテンション。今一緒にいるのは、紛れもなくナマエちゃんだ。もう二度と会うわけがないと思ってた、平凡でずれてる厄介な彼女。期待してたよりもずっと手際よく追っ手を追い払って(というよりもガソリンタンク撃って爆破しやがった。この子本当に銃撃つの初めてなのかな、信じらんねぇ)、こともなげに笑って。…ああもう、何だっていいか。
「…上出来だよプリンセス、」
誰かが笑っている、と思ったらそれは自分の笑い声だった。ナマエちゃんが俺のそばにいて、笑ってて、それ以上に重要な事なんてないんじゃねぇのか?この物騒な状況に全く似つかわしくない甘ったるい自問自答。
例えば、このまま君を連れ去って。あのときは冗談みたいにしか聞こえなかったそんな想像だって今なら本当になってしまいそうだ。
目標まであと30m。このごたごたが収まった後で、彼女に伝えてみるのも悪くないかもしれない、なんて。今みたいな状況でこんなことを考える奴は、映画の登場人物だったら大体死ぬんだけど。
*
「じゃあ、会えたら後で。」
「ちょっ、」
「危ねぇからここにいてね」
それだけ言って、サンジさんは一人で橋から飛び降りて港の方へ走っていってしまった。会えたら、って…。橋のすぐ下にはボストンで私を拉致したのと同じ黒塗りの高級車が止まってて、ざわざわと嫌な予感をさせながら私は座り込んだ。
車で連れ去られた『ランブル』の開発者を迎えにいく。彼はそれしか教えてくれなくて、相変わらず相手が誰なのかとか、今がどういう状況なのかとか はよくわからない。ただ、大体この手の事が穏便に終わるわけがないってのだけは分かる。
いきなり銃声が何発も響いて、それに弾かれたように立ち上がった。戦ってるんだとしたら、私のできることなんてないんだけど。そんな冷静な事を考える前に足が動いて、音のした方へ走り出す。
*
「久しぶりだな、『Mr.プリンス』」
「世間話はいいから先にそいつ離しやがれ」
「それよりも薬とデータを渡すのが先だろう」
「ああ、サンジ、だめだデータは、」
「あー、チョッパー。頼むからちょっと黙ってろ。」
元同僚に銃を突きつけられてるガキを取り返したら、やっとこの悪夢みたいな一週間が終わる。この状況で余計な事を口走ろうとするチョッパーは、少しだけナマエちゃんに似てる。相手の言う通りに拳銃を地面に置いて、『ランブル』のデータメモリーを放り投げた。…なるべく、早く逃げないとやべェな。奴が背中を向けたのを確認してから、走り出そうとした時。
「…わかったサンジ、あれは諦めるよ。また作ればいいんだし。」
「『また作る』、だと?」
ああ厄介な事になった、なんて考える前にいつも通り条件反射的に体が動いた。
*
「ごめん、サンジ、怪我、」
「…気にすんな大したことねぇから。」
泣きながら地面に倒れこんだチョッパーを助け起こす。弾は結構際どい所に当たったらしく、じわじわと滲みだす血の感覚に、これはやべぇかも、なんて他人事みたいに思ったけれど倒れるのはまだ早い。
「ごめん、俺つまり、何が言いたかったかっていうと、」
奴が乗っていったヘリコプターを眺める。あと、大体20秒。カウントダウンしながらチョッパーの声を聞き流す。15、14、13、12、11、
「あれ、メモリーじゃないんだ。出掛けるときに間違えちゃって、ドクトリーヌの護身用の時限爆弾なんだ。」
「…知ってる。あと10秒で爆発すんだろ」
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、
ゼロ。
上空で映画みたいに綺麗に爆発したヘリを見て、一気に体から力が抜けていく。ミッションコンプリート、あとは気持ちよく目覚めるだけ、な、筈なんだけど。これはちょっとまずいかも、
*
「サンジさん、怪我、血が、」
「あァナマエちゃん、あのさ、」
「あっ、や、やだどうしようどうしたら、きっ、救急車、」
「ナマエちゃ、」
「俺呼んでくる、サンジのこと見ててくれ!」
「わっ、わっ、わかった了解、ああもうどうしたら、サンジさんしっかりして、」
いや、喋らせてくれプリンセス。いつも通りひどく慌てながらぺらぺらと意味のないことを口走るナマエちゃんに、内心そう突っ込んだ。彼女は泣きそうな顔で俺を見て、暖かい手で髪の毛を梳く。甘い匂い。
「サンジさん、」
柔らかい声がやけに響いて、目の前にいるはずのナマエちゃんの顔がやけにぼやけて見えて。女神みてぇ、呟いたらやけに冷静な声でなに言ってるの、なんて返された。ひでぇ、
「大丈夫よ、私がついてるから。」
目の前が霞む。やべェもう声も上手く出せねぇ、
ナマエちゃんが、手を握ったのを最後にぷつんと視界が途絶えた。
あとは気持ちよく目覚めるだけ、いつだったかこの子に言ったのを思い出した。あの時と立場が逆転したみたいな状況だ。あの時と違うのは、夢なんかで終わらせたくないと俺が思ってることだけ。
「サンジさん、」
ナマエちゃんの声はこんなときでもはっきりと耳に届いて、でももう声をだすのも難しくて。伝えたい言葉が頭のなかで回る。可愛いとか、クソ可愛いとか、でもやっぱずれてるとか、辛辣だとか、
で、結局。君に好きだって伝えたっけ?
*
枕元に立つ誰かの気配。うっすらと目を開けると、美人ではあるが手厳しい上司、もしかしたら元上司?、が座っていた。………これは一体、どんな状況だ。
手首に刺さった点滴に、がらんとした病室。何となく辺りを見回してからああ俺撃たれたんだっけ、なんて思い返すのと同時くらいに彼女が口を開いた。
「任務お疲れさま、『Mr.プリンス』。背任者を処分してくれてありがとう。」
「…えーと、お久しぶりです、ミス・カリファ。」
「大変な二週間だったわね、一先ずゆっくり休みなさい。」
相変わらずお美しい、とか言おうかと思ったけどどうせスルーされそうだからやめておいた。会話に適当に相槌をうちながら、頭のなかではまるっきり別の事を考える。…ナマエちゃんはどこにいってしまったんだろう?左手でこっそりと枕元の携帯を探りあてる、
「…ところで、あの子は?」
「帰ったわ。すむ世界が違うと説明したら、わかってもらえた。」
あっさりと俺から携帯を取り上げて、相変わらず美しく彼女は微笑む。
「あなたも、お分かりの筈でしょう?私情は捨てて、任務に集中しなさい。」
…ああ、やっぱり好みじゃない、なんてぼんやりと思った。就任した当初は美女が上司なだけで受かれたもんだが、この口許だけで笑う表情は、綺麗ではあるがおっかないとしか言いようがない。明日、安心で安全な施設にあなたを移動させるわ。それだけ言うと、彼女は入ってきたナースと入れ替わりに病室を出ていった。
…安心で、安全な施設。どっかで聞いた単語だ。
ちりちりと感じる違和感の正体を考えないようにしながら、差し出された薬を一息に飲み干した、後で気が付いてしまった。…ブランデーに似せてある風味の、睡眠薬。俺も結構使う機会は多い…ってそういう問題じゃなくて。
「あー、ナースさん。これ、」
言いながら視界がぐらぐらしだした。さすが、速効性が売りの薬だ。多少お高いけど効果は抜群、だからそんな問題じゃねぇんだって。あからさまにおかしい。何で病室でこの薬が出てくるんだ、混乱しながらも冷静を装って話しかける。振り向いたナースは、してやったりって感じで可愛らしく笑う。
「『落ち着くお薬』ですよ、サイコパスさん。」
「な、…ナマエちゃん、これどういう、」
一体、どういう事なんだ。
まただ。言い終わる前に眠気でなにも考えられなくなって、意識が途切れる直前に聞いたのは、からかうみたいな調子のナマエちゃんの柔らかい声。
「安心して。『安全が保障』されてるところへあなたを連れていきます、…なんちゃって。」
なんちゃって。ってどうなんだろう、どこから突っ込んだらいいのかわからない状況で、せいぜい考えられたのはその程度だった。とりあえず分かるのは、自分が何か突拍子のないことに巻き込まれ始めたって事だ。
それでもナマエちゃんが笑うってだけで馬鹿みたいに安心してしまう俺は、多分もうどうしようもない位に この子に惹かれてるんじゃないだろうか。まぁ、そんなのは本当に今更な話なんだけど。
*
「ダメ、今あなた死体って設定なの。大人しくしてて、」
頭から分厚い布をかけられて、ぼんやりとどかそうと手を動かしたら慌てたような声がして。がらがらと響く震動で、自分がストレッチャーかなんかに乗せられてるの分かる。…眠い…ずるずると眠気に引きずり込まれながら、彼女の声を聞く。
「大丈夫、私に任せて。『センチメンタルジャーニー』に出発よ、」
ああ、またなんかおかしな事言ってる。センチメンタルジャーニーって、それじゃ失恋旅行になっちまうだろ、プリンセス。言うに事欠いてそんなことを俺は呟いていて、
*
「センチメンタルジャーニーに出発よ、」
我ながら自分のお手並みに惚れ惚れする。本物のスパイ顔負けの手際のよさ、ジェームス・ボンドだって真っ青だ。なんて頭のなかで自画自賛し始めた所で、いきなり彼が呟いた。
「…センチメンタルジャーニーって、それじゃ失恋旅行になっちまうだろ、プリンセス…」
言うに事欠いて突っ込むのはそこなんだろうか。ずれてるなぁサンジさん、なんて独り言みたいに答えてみたら、なんだか出会った時と立場が逆転したような感じがして。でも今度は、悪夢なんかで終わらせない。ひとりでに溢れてくる笑いをごまかしもせずに、多分もう寝てしまったサンジさんに話しかける。
「ねぇ、今は私も運命だって思ってるの、」
9月20日のニューヨーク空港。彼とはじめてぶつかって始まった、私の人生最大の不運なドラマ。悪い夢を見てただけとか、住む世界が違うとか。だからそれが、なんだって言うんだろう?
「だって、そうでしょ?例えば私が寝坊してたら、バスが一本遅れてたら、空港のカフェでぼけっとコーヒー飲んだりしてたら、あなたとは出会わなかった。」
ああ、あの時と同じだ。相手が寝てると思ったら、次から次へと言葉が溢れてきて。
小さい頃によんだ陳腐なスパイ小説みたいな、私の悪夢の一週間。だけど、小説を読むときみたいに、今の私は馬鹿みたいにハッピーエンドを信じていて。
「それとね。9月20日の新聞にも書いてあったの、運命の出会いの予感って。」
まぁ、そんなのなくっても今なら信じられるけどね。全速力で病院の廊下を抜けて、裏口に止めていた車に乗り込んだ。
唐突にはじまったセンチメンタルジャーニー。今度は私が彼を連れ去って、きっと結末はハッピーエンドだ。
後部座席のサンジさんは面白いくらいに爆睡していて、うける、なんか眠れる森の美女みたい、
*
「眠れる森の美女、」
ナマエちゃんが嬉しそうに言うのが聞こえて、いやいや立場逆だろと夢うつつで考えた。物騒な現実やら、彼女から感染した甘ったるいセンチメンタルやら。そんなのをあっさりと置き去りにして、俺はどこにつれてかれるんだろう?
甘ったるい香りを吸い込めば、そんな疑問すらどうでもよくなって。結局、この子がいればどう転ぼうがハッピーエンド、そんな馬鹿な事を思いながら目を閉じた。