センチメンタルジャーニー
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遠くで鐘の音がする。
目を覚ましたら椅子に座らされていた。高い天井に、豪華な猫足の家具。優雅な部屋のインテリアに似つかわしくない。後ろ手に縛られた手と、私を睨み付ける物騒な顔つきの男達。そのなかにはジャブラさんも混じってて、すこし笑ってしまった。私って凄い、ビンゴ。
「で、ここは?」
どこですか、言い終わる前に問答無用でコップを押し付けられた。飲め。なんの感情もこもってない声に命令される。私が飲もうとしなくても無理やり口に流し込まれるんだから仕方がない。苦くて、なんか変な味。
「あの、何ですかこれ?」
「我が社が開発した『素直になる薬』だ。質問に答えてもらおうか、ミス・ナマエ・ミョウジ。なぜこんなことをした?」
なるほど、素直になるお薬。私の真正面に座って物騒な顔で笑うスキンヘッドやら、その回りのやっぱり物騒な面々やら。まるで映画みたい、なんて思うと同時に口に出ていた。うわぁ、
「ほんとだ、凄い。便利なお薬。」
「君の『ランブル』は偽物だった、なぜこんなことを?」
紳士的な風を装って言葉を紡ぐスキンヘッド。私を縛り上げておいて紳士もなにもない。取って付けたような穏やかな口調だけど、目が笑ってない。カリファさんだっけ、あの女の人もこんな風に笑ってたな。安心、安全、保証、そんな感じの事を言うときの顔。
そういえば、あの人はどんな風に笑ったっけ。ああそうだ、目を細めて私を見て、あの声で名前を呼んでくれて。
「…ふふっ、私、あなたのこと、好きじゃない。」
「本心か?」
「ええ、まじで超嫌い。…だけどね、『Mr.プリンス』は好き。」
「…なるほど、薬は効いているようだね、よろしい。早く質問に、」
「ねぇ、そのネクタイ、趣味悪いから止めたら?あと、ジャブラさん。前も思ったけど、その髭、なまずみたい。」
あーあ、言っちゃった。薬をのませたのはあなた達だから仕方がないよね。なんて、普通だったら思っても絶対に口に出せないんだけど。私の暴言にイラついたらしい、スキンヘッドの男は口元だけで微笑みながら銃を向けてくる。なんかうける、この状況。素直になるお薬とか、ほんと、嘘みたい。抑えようと思ってるのに笑い声がこぼれだして、思ったことも次から次へと口に出てしまう。
「…質問に、答えろ。なぜこんなことを?」
「なぜって、決まってるじゃない?サンジさんを見つけるため。」
「奴は死んだ。」
「生きてる。…スペインでは彼を誤解した。私を騙して、わざと家に帰したの。結婚式に出られるように。」
「聞いてるのか?おい。奴は、」
死ぬかもしれない。こんな状況なのに結局考えるのは彼のことだけ。出会ったときから妙だった気障なサイコパス。紳士ぶってるくせに怖がりだったり、変に傷つきやすかったり、
前にもこんなこと、あったなぁ。今とにたような状況。確かあのときは、彼が助けになんて来るわけがないって思って、
でも、今は。
頭に押し当てられた拳銃が冷たかった。本当に、あのときみたいな状況だ。違うのは、私が馬鹿みたいに信じてることだけ。微かに笑い声をたてながら話す。私の好きな、あのひとのこと。
「こういう風に私が妙な人達に捕まったら、絶対に助けに来てくれるの、…私なんて助けても、得なこと、ないのにね。彼、サイコパスの癖に変な所でやたら紳士で、優しくて、」
「黙れ、理解できん…そんな理由で、」
「でね、オムレツとアップルパイが絶品なの…あなたは、女の子に朝ごはん作ったことなんて、ないでしょ?」
もういい、お前は殺す。額に青筋を立てながら彼は言った。ここ一週間で慣れっこになってしまった状況だ。酔っぱらったみたいにハイテンションな私は、そんな物騒な言葉にも笑い声をたてる。せっかくだから、いつか見た小説みたいに言ってやろうかな。
「あら、素敵。やれるもんならやってみたら?」
*
「…あのガキはどこにいる。」
「聞きたきゃ先に金を出すんだな、」
柱の影に身を潜めて、ジャブラと元相棒の会話を盗み聞く。無意識に煙草をとろうとするのをこらえながら、代りに溜め息を付いた。
「なるほど、いくら欲しい?」
「3億。1時間後に港に持ってこい。」
1時間後に港。これでやっとこの馬鹿げた状況を終わらせられる。そもそもこいつが『ランブル』を売り払おうなんて妙な気を起こさなきゃこんな厄介な事にはならなかったのに。
ネクタイを緩めながら柱に寄りかかった。踏んだり蹴ったり、本当に現実味のない、厄介な一週間だった。
元相棒には濡れ衣を着せられて、こっちは仕事仲間に追われて大変だってのに薬の開発者の親からはあいつを無事に家に帰せなんて無茶な依頼をされて、
あの子だったら、映画みたいだって笑うかもしれない。ぼんやりと考えた。もう二度と会うことのない彼女。俺が厄介事に巻き込んでしまった、平凡で退屈でセンチメンタルなあの子。
この仕事が終わっても、彼女と会うことは二度とないだろうけど。
ナマエちゃんは今頃、どうしてるんだろう?
*
…は?嘘だろ?
「すごい、立派な中庭。ハートの女王様のお庭みたい。彼、スキンヘッドの癖にガーデニングが趣味なの?」
「黙って歩け!」
「うわぁ、こっわ……あいたっ!ちょっと、引っ張るのやめてくちで言ってくれます?」
「…こっちに来い」
「なるほど、了解。ほらね、ちゃんと言葉で言えばわかり会えるでしょ?」
目の前の光景が信じられなくて、ぽかんと開けた口からはさっき火をつけたばかりの煙草がこぼれ落ちた。それを拾うのも忘れてただひたすら、中庭を見つめる。
「ところで、あなた、お名前は?」
「…ボブ」
「ボブ、ね。私はナマエ・ミョウジって言います。よろしくね」
…なにもこんなときに自己紹介しなくても…相変わらずずれてんなぁ…
頭のどこかでそんなことを考えた、俺が一番ずれてるのかもしれない。
黒服の物騒な面々に銃を突きつけられて、縛られた手を引っ張られながら歩く。普通だったら生命の危機を感じるべき状況なのに、彼女は酒を飲んでるときみたいなハイテンションで話し続けて、
「つまり、この先で私を殺すってわけでしょ?」
声がやけに耳に響いた。いや、おかしいだろ、なんで、
あまりにも呑み込めない状況に混乱した頭で考えても、なにも答えが浮かんでこない。無意識に口に出た言葉も混乱している。
いやいや、おかしいだろ、ちょっと待て。ちょっと待ってくれプリンセス。
「でも、あなた達には無理だと思う。だって、」
…夢か?だとしたらよりによってなんで今、こんな白昼夢を見てるんだろう。銃を突きつけられてもなんでもないみたいに笑う彼女。
「きっとサンジさんが助けに来るから。」
ナマエちゃん、なんで君が、こんなところに。
*
ボブって言うらしい。何て言うか、ベタな名前。豪華な中庭を通り抜ける最中も、仏頂面をする彼にペラペラと話し続ける。
「実家の母もガーデニングが趣味なの、まぁこんなに立派な庭は持ってないんだけどね。ガーデニング、楽しいよね。でも毛虫とか、蛾とか、虫が嫌いな人にはちょっときついかな。例えば、」
前を歩く彼がいきなり振り返ったので、止まりきれなくてぶつかってしまった。怪訝そうな顔。
「何か問題でも?」
「……」
なんか、妙。さっきまで、もっと人がいたような気がするんだけど。私に銃を突きつけていた黒服はどこに行ったんだろう。まぁ、いいか。ひきつった顔でキョロキョロしながら歩き出すボブに、また話しかける。
「ところで、私、これからどこにつれてかれるわけ?」
「『秘密の場所』だ、お前はそこで死ぬ。」
「秘密の場所、素敵ね、それ。まぁ私が死ぬかどうかは怪しいところかもしれないけど、」
睨み付けられたけど、気にしないで言葉を続ける。だって彼が助けに来るだろうし。 また、いきなりボブが立ち止まったのでぶつかってしまった。…やっぱり、なんか、妙。とうとうボブと私以外、誰もいなくなってしまった。他の人は、一体どこに行ったんだろう。私もきょろきょろと辺りを見回しているうちに、額に拳銃が当たる。
「あの…何か?」
「やっぱりここで殺す。」
「…あ、なるほど。気が変わったって訳。じゃあょっとまって、今何て言うか考えるから」
「黙れ」
「この状況で、セリフみたいなこと言ってみたいんだよね…ほら、普通に生活してるとあなたみたいな妙な人に殺される機会なんてないし」
「うるさい」
「……あ、まって今思い付いた…『たった一発で私をモノにするなんて、全く初めての経験だわ』、どう?格好よくな、」
格好良くない?言おうとしたけどそれよりも先にいきなり吹っ飛ばされた。誰が?ボブが。毎回おもってたけど、普通は蹴りじゃ壁に穴はあかない。相変わらずの非常識っぷりだ。普通だったら腰でも抜かしそうな状況でも、私は嬉しくて仕方がなくて。
ほらね。やっぱり助けに来てくれたでしょ?
笑う私に、ひどく混乱した声で、彼が言った。相変わらずの煙草の香りに、低い声。
「君は家にいるはずだろ、ナマエちゃん。」
「そっちこそ、死んだはず。」
見上げた顔は、驚くほど間抜けな表情で。こんなときなのにまた私はセンチメンタルな事を考えていた。時間が止まってしまえばいいのに、なんて。
「ひさしぶりですね、サンジさん。」
*
ひさしぶり、なんて。こんな状況なのに、相変わらずこの子はずれてる。そんなことを考えながらさっき蹴り飛ばした男の胸ぐらを掴む。
「おい、」
「あ、その人、ボブって言うの。」
「…あー、ボブ、目ぇ覚めたらボスに伝えてくれ。サイコパスが薬を奪って、女と逃げた、って。」
あっさりと気絶してしまった男(名前はボブって言うらしいけど)をまた蹴り飛ばしたら、ナマエちゃんはすごく嬉しそうに笑った。華奢な手が延びてきて、俺の髪の毛を梳く。甘い香り。時間が止まってしまえばいいのに、なんて下らない事を考えていた。柔らかい声が俺の名前をよんで、
「サンジさん、あのね、」
…あ、つーか逃げなきゃまずいんだった。銃声で我に返った。こんな状況なのに俺は、何をしてるんだろう。いつだって、この子といると調子を狂わされる。
「えーと、ナマエちゃん。とりあえず、話は後な、」
彼女の手をとって走り出した。相変わらず、体温の高い手。会いたかったとか、ひさしぶりだとか、そもそも何でここにいるんだとか。今はそんなことを話してられる状況でもないのに。
*
銃声に、怒号に、硝煙の匂い。俺にとっては慣れっこな筈の状況なのに、頭は相変わらず混乱していた。何で、俺はまたナマエちゃんをつれて逃げてるんだ?
1人、2人、3人。通路の死角からこっちを狙っていた男を撃ち殺す。どっちにしろ早くここから出なきゃいけねぇことには変わりないんだけど、
心底楽しそうに笑いながら、ナマエちゃんは俺のあとをついてくる。こんな状況なのによりによって言うことには、
「ねぇ、私が襲えばよかった。」
「…えっ?」
「ローマで。サンジさんが私を襲わないんなら、私がサンジさんを襲えばよかった。」
思わず間抜けな声を出してしまった。…何をとんでもないことを言い出すんだろう、この子は。で、こんな状況なのに、何で俺は襲われてれば良かったとか思ってるんだろう。一瞬で言葉の意味を想像してしまって、顔が熱くなっていくのがわかった。ちょっと待て何やってんだ、俺。
「…薬、飲まされたろ。プリンセス。」
「うん、素直になるお薬。」
「…水飲みな、治るから。」
…やっぱり、なんか妙だと思った。この厄介な感じは、ローマで酔っぱらった時と同じだ。…この子は酔うと厄介、いや、酔ってなくても厄介なんだけど。ああでも、自白剤飲んでんだから今のは本心で…ってだから、俺はなに考えてるんだろう。こんなときなのに。
「とにかく逃げねぇとまずいんだ」
そう、今そんな場合じゃない。会えて嬉しいとか、クソ可愛いとか、そんな場合じゃ、ない。自分に言い聞かせるように言った。中庭にいた男をまた1人仕留めて、無理やり逃げることに頭を集中させようとする。
とりあえず向かいの建物から狙ってる奴を潰そう、ってもライフルじゃないとキツいな。むしろナマエちゃん抱えて走った方がいいか。
「ナマエちゃんこっち、……ナマエちゃん?」
振り返ってみたら彼女は大分後ろの方の柱からちょこんと顔を出して、俺を見つめていた。不満げな顔。
うわ、なにこの子クッソ可愛い、ってだから今そんな場合じゃ、
「サンジさん、」
「ナマエちゃん、何やって、」
「嬉しくない?」
「…えっ?」
「私、あなたに凄く会いたかったの、あなたは?」
「…ナマエちゃん、」
そんな場合じゃ、ないってのに。この子は何を言ってるんだろう。
会えて嬉しくないのかって?嬉しいに決まってるだろ。目の前には、あれから何回だって夢で見た彼女。本当に、馬鹿げた夢でも見てるみたいだ、
催眠術にかかったみたいに、気がついたら足が勝手に歩き出していた。2、3発銃弾が近くをかすったけどそんなことも気にならない。
甘い香りがふわりと漂って、頭の芯がしびれたみたいに何も考えられなくなる。厄介な位、俺を狂わせる平凡な彼女。本当は何回だって思い浮かべた。
「会えてクソ嬉しい、」
体温の高い体を抱き締める。キスしたら相変わらず甘ったるい味がする気がして、その香りを目一杯吸い込んだらどんどん体が熱くなっていく。
そんな場合じゃないってのに。頭のなかではやっぱり馬鹿みたいな事を考えていた。いっそこのまま、時間が止まってしまえばいいのに、なんて。
*
体温の低い手が私を引き寄せる。煙草の香り。すこし苦いけど、息が止まるくらいに甘いキス。きつく私を抱き締めながら、声が降ってくる。私の好きな、低くて甘い癖のある声。
「時間が止まっちまえばいいのに、」
気障なセリフ。まるで陳腐な映画みたいに。ああでも、私もきっと、同じことを考えてる。