センチメンタルジャーニー
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そんなことは分かり切っていた。住む世界が違いすぎる、なんて。
*
あー…頭痛い…。誰かがぼやいてると思ったら私の声だった。私を抱きしめたまま相変わらず寝息を立てるサイコパスを無理やりどかして、サイドテーブルにおいてあったミネラルウォーターのボトルを一気のみした。あ、私のじゃないなこれ。まぁいっか。
だるい体を引きずって、バスルームに向かう。すいませんお風呂借りますよ、一応声を掛けたけど答えなんかない。時計の指す時間は午前6時。
結局、昨日はよく眠れなかった。寝相の悪いサイコパス野郎が人の事を抱き枕にしていたから、なんだけど。
バスルームのドアを開けたら、背後で派手な音がして、振り向いてみたら気障の癖に虫が苦手な上に寝相の悪いどこかの誰かさんがベットからずり落ちた音だったりして。…いくら何でも、寝相、悪すぎでしょ…
きっと、昨日の夜の事なんて、無かったみたいに振る舞うんだろう。まぁ、実際何もなかったし…結局、襲われもしなかったし。サンジさんの鉄の自制心に乾杯、いや、やっぱ私の魅力がなかっただけか。ええ、よく言われますよ。お堅い女とか、つまらない女とか、平凡な女とか、あ、なんかへこんできた…。熱いシャワーでぼんやりした頭を冷ましながらつらつらと考える。
どうでもいいんじゃないんだったら、私の事、ちょっとでも好き?なんて。答えがなくて良かった。好きじゃないよなんて言われたら今日と明日気まずすぎるし、あ、あとたったの2日だけ我慢すれば良いんだけど…………もう、二度とあわないんだから。
じゃあ、もし。もし、好きだよ、なんて言われたら?私は一体どうするんだろう。………まぁ、結局答えは聞けなかったから、考えたって仕方のないことだけどね。バスルームの扉を開ければ一昨日までと同じ…きっと、一週間が1ヶ月に伸びたって同じ、変わりようのないサイコパスと一般人の関係が待ってる。
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水色のドレスは目立ちすぎるから、クローゼットからジャケットを一枚拝借して羽織る。ふわりとサンジさんの香りがして、心臓に悪いけど、そして勝手に借りるなんてかなり罪悪感もあるけど。私の巻き込まれたあれやそれやを考えれば、ジャケット一枚もらった位じゃまだ足りないはず、だから、いいよね。ソファーに寝転がって目を閉じる。微かに漂うタバコと、男物のコロン。
*
あー、眠い。こんなに熟睡したのはいつぶりだろう…まぁ、どうだっていいかそんな事。微かに漂う甘い香りを吸い込んだ。腕の中の温もりを思いっきり抱きしめてもう一眠り…って、あれ?いねぇ。バスルームから水音がして、ああシャワー浴びてんのかとか思ったらなんか安心して、でもそれすら押しつぶされそうな眠気に身を委ねる。あの子の残り香を吸い込んで、
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乾杯だ。乾杯、いや完敗?昨日シャワーも浴びずに寝たぼさぼさ頭をかきむしった。
水色のドレス、シンデレラみたいな色のあのドレスの上に俺のジャケットで(ぶっかぶかだろうに袖を折り返して無理やり着てる)、すやすやと可愛らしく寝息を立てるナマエちゃんを見下ろす。なんだこのクッソ可愛い生き物…って、だからそういう事考えんなってば、俺。
時計の指す時刻は午前8時30分、例の鉄道列車の到着まではあと3時間30分。いつの間に着替えたのか、なんでソファーで寝てんのかは謎だけどもう少しだけ寝かせておこう。昨日、かなり呑んでたし。
寝られる訳がない、絶対俺が、女の子だきしめてあんな状態で寝られる訳がなかった筈なんだけど。俺の鉄の自制心に、いやむしろ、むしろ彼女の抱き心地の良さに乾杯?
職業柄、普段から眠りは浅い方だと思うんだけど。思ってたんだけど。彼女の子供体温が大分心地よくて、ほんのり漂う甘い香りにとんでもなく眠くなって。いなくなったのにも気づかないで寝続けるって、どんだけ熟睡してんだよ俺は。いや、まぁ、あれで起きてたらうっかり手を出しそうになったから、今だってうっかり手を出しそうに、つーかもうこの間も昨日もちょっとだけ手ェ出しちまったんだけど、可愛いんだよなぁ泣き顔…ってだからちょっと待て。
まさか襲いかかるわけにもいかないから(そんな事したら昨日の努力が水の泡だ)(キスだけで寸止めするのにどんだけ苦労したと…!)、代わりに赤い唇に触れるだけのキスをした。柔らかい感触も、甘い香りも、多分これが最後。
完璧にセンチメンタルな甘い考えで頭を一般にしながら、バスルームへ向かう。私の事、ちょっとでも好き?、あの時俺が好きだなんて答えてたらナマエちゃんはどうしてたんだろう?平凡で退屈で幸せな日常をかなぐり捨てて一緒に、……そんな訳ねぇよな、まぁ結局答えなかったんだから、考えたって仕方がない事だ。
ナマエちゃんが目を覚ませば、最初から最後まで変わらない俺と彼女の関係に戻るんだろう。あの映画みたいに一晩たったら元通り。少女はお姫様に、男は新聞記者に、俺はサイコパスに。で、あの子は…あの子は何に戻るんだっけ?まぁいいや。
*
紅茶に、スコーンに、甘党な彼女の為のラズベリージャム。朝食を作っていたらソファーから寝ぼけた声が聞こえた。
「おはようございますサイコパスさん…」
「ん。おはよう、プリンセス。」
ほらな、一晩たったら元通りだ。少女はお姫様に、男は新聞記者に、俺はサイコパスに。
*
あーもう、眠い。めちゃくちゃ眠い。小さな頃から憧れていた超高級な特急鉄道。しかも個室付きで、申し分ないくらいに夢見てたシチュエーションなんだけど、あとは殺人事件が起きて灰色の脳細胞を持った名探偵がでてくるだけで完璧なんだけど、………。
そうやってはしゃぎ回るのもかったるいくらいに眠すぎて、個室に到着してふっかふかの座席に沈んだ瞬間に熟睡していた。それもこれもサンジさんが寝かしてくれなかったせい、この言い方はなんかやらしいな。残念ながら実際は何もやらしい事なんてない。
どの位眠ってたのか、寝返りをうった瞬間すぐ横にあったスタンドライトにぶつかって目が覚めた。よく寝たなぁ、ところで今、一体何時?部屋には私しかいない。そういえば薬の開発者を迎えに行くとか言ってたけど、会えたのかな?
個室の扉をあけると、憧れていたアンティークでクラシックな急行列車。うわ、すごい。サンジさんを探しにいくついでに、ちょっと探検してみたりしてもいいよね。
*
凄い、やっぱり食堂車もめっちゃ豪華。メニューをペラペラ捲っても何が書いてあるのかさっぱりだから、一応ウェイターに話しかけてみる。えーと、すみません、英語のメニューは、………うん、了解。ウェイターさんはなにやら訛りのきつい英語らしき言葉で話しかけてくれたけど、残念ながら訛りがきつすぎて何も分からない。
彼の手を煩わせるのも心苦しいので、再び一人でメニューと格闘する。…カクテル、ワイン、…紅茶はどれだ?一回でいいから、こういう食堂車で紅茶、飲んでみたかったんだよね。頬を緩ませて、我ながら脳天気にメニューを捲る。言葉は通じないけど、いざとなったらサイコパスがいるし大丈夫。
だって、もうこんな素敵なシチュエーション二度とないかもしれないじゃん、勝手に部屋を抜け出した罪悪感にそう言い訳したとき。久しぶりに聞いた英語は、随分と甲高くて癖のある声だった。
「ほっほーう!失礼、ここ、よろしいかね?」
…なんか、嫌なデジャヴ。それにしても、ほっほーう!って、その笑い方はどうなんだろう。顔を上げてみると、そこには年齢不詳の太った………太った、男か女かすら分からない。そのメガネは悪趣味とハイセンスの境界線だと思うけど、あまり見つめるのも失礼だよね。かなり嫌な予感がするし、性別不詳年齢不明の怪しい人間とお茶をする趣味もないので、私はもう出るんで結構ですよ、そう言って立ち上がった、ら、何故かその人も一緒に立ち上がる。…やっぱり、嫌な予感。
「あの、…何か?」
「俺も偶然用事を思い出したのだ、気にするな」
「なるほど、じ、じゃあ、失礼します」
…俺って事はこの人、男の人なのかな?今はそれどころじゃないけど。その人に背を向けて、平静を装って歩き出す。しばらく歩いてもまだ後ろをついてくる気配に振り返る。男か女か分からない太ったにやけ顔。
「あの、…何か?」
「俺も偶然そっちに用があるのだ、気にするな」
「…あ、ああなるほど…」
…一体何の用なのか、聞くのが怖い。もう嫌な予感しかしない。なるべく刺激しないように、後ろについてくる彼のことは気にしてない振りをしながら振り返らないで、さりげない早さで、でもできるだけ早足で。歩く、歩く、歩く、
一定の距離を保ちながら、ついてくる気配。男だか女だか分からない高い声が、後ろで独り言のように言った。
「ほっほーう!ご存知かね?鉄道での死亡確率は自動車よりも遥かに高いのだ……実に三倍だ」
…ぞわり。平静を装ってる場合でもない。まるで猟奇的なサイコパスみたいな発言に、弾かれたように走り出した。すれ違う人が怪訝な顔で私を見るけど、気にしてらんない…ああ、やっぱり、あのまま部屋で待ってればよかった…!
狭い通路を走って、車両を幾つか通り抜けた。自分が出てきた部屋がどこだったか探す余裕もなくひたすら逃げる逃げる逃げる、
*
「あァ、ナマエちゃんちょうどよかった、まずいことになったから今迎えにいこうと…ナマエちゃん?」
「……さ、…さ、サンジさん…」
「どしたの?つーか何かあった?」
「…ああ、うん。えっと、…ちょっと追われてて…」
厨房らしき車両のドアを開けたら、えらい所に出くわしてしまった。煙草をふかすサンジさんと、死屍累々って感じで床に倒れている黒スーツの男達。ざっと7、8人、いや、遺体が7、8体って所かな……ぼんやりと考える。普通に考えたら恐ろしい状況なんだけど、そこにサンジさんがいるってだけで何だか安心しまって力が抜ける。なるべく血をよけてサンジさんに近づいたら、いつもみたいに軽い調子の声が言う。
「で、追われてるって、誰にだい?」
「えーと、サイコパスかな。」
「成程、そりゃ怖ェ。」
ここ数日間で、すっかりこんな状況に慣れてしまった私の声もやたら冷静だ。どいてなプリンセス、なんて腕を引っ張られたのと同時くらいに、車両のドアが吹き飛ぶ。上機嫌のかん高い声。
「ほっほーう!久しぶりだなMr.プリンス!」
「…よりによっててめぇかよ、ダンゴマン。」
*
「あー、とりあえず自己紹介は後な。」
相変わらず脳天気で落ち着いた声。こんな状況に似つかわしくない声が言う。冷蔵庫の影に可愛らしい男の子(多分、この子が『ランブル』の開発者なんだろう)としゃがみこんだ。耳を塞いでも聞こえてくる物騒な銃声。血のにおい。
「ほう!お前にしちゃあ随分平凡な女じゃないか」
「うるせぇよその口閉じやがれクソダンゴが」
「前に連れていた派手な女はどげぶっ……いたいいたいいたい!いたいからやめ、…!おれは、幸福と誇りに満ち足りた…!」
…幸福と誇りに満ちた…?一体どんな会話だ…どうしても気になって陰から少しだけ顔を出したら、さっきの年齢性別不詳のダンゴマンが吹っ飛んできた。壁に蹴りで横穴を開けて、あっさりと彼を蹴落として。お気をつけて良い旅を、って………とりあえず、サンジさんにこれだけは言いたい。常識的に考えて、普通は蹴りじゃ壁は粉砕できない。
呆然とする私の隣で、男の子が瞳をキラキラさせながら言った。サンジは強いなー。…今、そんな事言ってる場合だっけ…。無邪気な声は、死屍累々のこの風景には全くふさわしくない。じゃあ今この状況で、何を言うべきかって聞かれても困るんだけど……まぁ、とりあえず自己紹介でもするのが妥当な所なのかな…?いや、床に転がる遺体の隠し場所を考えるのが先か。でも隠すったってこの量じゃ…
「えーと、ナマエちゃん、考えてるとこ悪いんだけどさ」
サンジさんの声で顔を上げる。手が近づいてきて、そのまま首に軽く触れた。…あの、何か?
「今そんな場合じゃねぇんだ、さっさとずらからねぇとまずい」
「あ、そう……で、なんで首に手を?」
怪訝な顔で彼を見つめていたら、軽く親指で付け根を押されて…妙だ。なんか、妙。薬を飲まされたわけでもないのに目の前がぐらぐらして、目の前のサンジさんの顔がゆがんでいく。甘くて低い声。
「薬は嫌だろ?プリンセス。」
「…なるほど。」
ああそう、さすがはサイコパス、薬なんかなくても問題ないってわけ。さっきの男の子が、正確なツボがなんだかんだとか言ってる声を最後に、プツンと意識が途切れた。首のツボなんて今の状況で話題にするのは相当ずれてると思うんだけど…ほんと、サンジさんも、サンジさんの周りの人間も、サンジさんを取り巻く状況も、悉く妙ちきりんで嫌になる。
『お前にしちゃあ随分平凡な女じゃないか』?そりゃそうだ、ほんと、ダンゴマンの言う通り、私は、サンジさんの隣には平凡すぎる。
地味で、平凡で、退屈で、つまらない私と、その周りのやっぱり地味で平凡でつまらない人間やら、退屈で代わり映えのしない平凡な日常やら。彼と私じゃ、取り巻く何もかもの全てがかけ離れていて。
…全くもって住む世界が違う?その通り。そんなの、最初っから分かり切ってた事なのに。