センチメンタルジャーニー
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センチメンタルジャーニー、なんて。
センチメンタルジャーニーなんて、そんな言葉には似合わない位に晴れ渡った空が鬱陶しい暑い日だった。
冒険なんて似合わない、危ない橋なんて絶対渡ったりしない。小さな頃からの情けない私の性分を、あざ笑うみたいにそれはぽっかりと日常に穴を空けていた。
そんなことに気づくわけもなく私はいつも通りに起きて化粧をして、スーツケースにぱんぱんに荷物を詰め込んで自分のアパートを後にした。まとめて二週間ほどの休暇をとって、遅蒔きながらバカンス、もしくはセンチメンタルジャーニーなんて洒落てみる気分で。
週末に行われる結婚式のためにどこの美容室を予約しようとか、とかドレスは少し無理しても良い物を買おうとか、多分そんなことを考えていた。彼を見返してやるために。
初恋だった元恋人と親友の結婚式なんて、センチメンタルすぎてお話にもならない。しかも、私は未だに彼への思いを引きずったりしているもんだから、型にはまりすぎてまるでお笑いだ。
だから、つまり、センチメンタルジャーニーのつもりだったのだ。ニューヨークからボストンへの、初恋にきちんと蹴りを付けるための傷心旅行(ああ、蹴りなんて、そんな単語思い出したくもない!)。
そして、乗り込んだのだ。あの、思い出すのも忌まわしい30番ゲートから、WAFTYエアラインズの9月20日15時30発ニューヨーク発ボストン行きの飛行機に。
そして今。何でこんなことになっているのか?
そんなことこっちが聞きたい、冒険なんて有り得なかった私の人生が、何でこんなことに。
*
「物事には理由があるもんだぜ、レディ」
先ほどエスカレーター前とロビーで二回もぶつかって顔見知りになったお兄さんが、気障ったらしく笑って、さっさと飛行機に乗り込んでいった。
何のこっちゃ。そう思いながら、私はもう一度係員を説得しようとした。
「あの、1ヶ月前から予約してたし、確かに先ほどチェックインした筈なんですが…」
「大変申し訳ございませんが、ナマエ・ミョウジ様という方のご予約は見あたりません。当便はすでに満席でして」
「週末に親友の結婚式なんです。この便に乗らなきゃ、間に合わないの。何とかして下さい。」
「それでしたら夜の便でも間に合いますよ、お客様。」
頑として譲らない係員にうんざりしつつも、仕方ないからチケットの変更をしようと思って。サービスカウンターまで向かった私に、別の客席係が声を掛けた。
「お席の用意が整いました、ミョウジさま。大変失礼いたしました、機械の不調が起こりまして。」
案内されるままに乗り込んでみると、満席と言われたのに余りにもがらがらのエコノミークラス。先ほどのお兄さんが、驚いたような顔をして私を見た。長い足で、綺麗な金髪。ぐるぐる眉毛はどう考えても妙なのに、それでもかっこいいんだから不思議だ。
「さっきはどうも。空、荒れそうですね。」
ガタガタと揺れながら離陸した飛行機の中、挨拶を交わした。
「あァ、確かに。こりゃ荒れそうだ。」
*
乗るべきじゃなかった、大人しく便を変更すればこんなことには。今の状況が理解できなくて、頭を抱える私、に、落ち着いて脳天気な声が飛んでくる。
「危ないから、とりあえずシートベルトだけ付けといて、ナマエちゃん。」
死体だらけのコックピットの中で、何事もなかったかのように笑うのはついさっきまで一般人(眉毛以外は)だと思っていた男の人。
乗客として乗り込んだはずの、さっき顔見知りになったばかりの、ふざけてMr.プリンスと名乗ったお兄さん。
ほんとに、どうして、こんなことに。
*
知らない人だと思ったら、自然と気が楽になる。この飛行機を降りたら、もう二度と会うことのない男の人。
「ナマエ・ミョウジです、よろしく。」
「あぁ、俺は…んーと、じゃあ、Mr.プリンスで。」
「……なんですか、それ」
「いや、何かロマンチックだろ?飛行機の中で出会った正体不明の男。……あ、そうでもねぇ?」
「はは、お兄さん、以外と妙な事言うんですね。」
名前も知らなければ、打ち明け話だって楽だ。
きっと私は、誰かに話したかったんだと思う。親友と結婚する、私の恋人の話。ここで吐き出しておけば、きっと週末には笑えてる。ここで吐き出してしまえば、今でも彼のことを好きな私の事も笑い話にできる。
私にとっては重い話でも、きっとこの人にとっては退屈な日常な話の延長だ。
「これ、傷心旅行なんです。」
「…へぇ、傷心旅行?」
「ボストンで、親友と元彼の結婚式があって……実は私、今でもその人の事吹っ切れてなくって。でも、実際結婚式に出たら流石に吹っ切れるかなって」
「それもつれぇな」
「……まぁ、幸せになって欲しいなとも思うんで…ていうか、親友は私と彼がつきあってた事知らないんです。だから招待蹴るのも変だし…むしろ辛いよりも、バレたらやばいって気持ちの方が大きいかも。…バレたら、修羅場かな。あはは」
「はは、確かに。」
仕事の話とか、趣味の話とか。そんなこんなで、何でボストンに行くのかって話題になって。
うん、やっぱり誰かに話すだけで楽になるな。数分後に起きる大変な出来事も知らずに、私はそんな事を考えて笑った。
「ところで、お兄さんは何でボストンに」
「あぁ、俺はあれだ。出張で」
「大変ですねー、週末なのに。」
「まぁね、正直めんどくせぇ。」
仕事がなかったら君とデートだってできるのに、なんて適当な口説き方をするお兄さんと軽口を叩き合ったりして。
それから、
*
「あァ、お帰り。ブラッディーマリー飲む?」
「…………」
トイレに行って帰ってきたら、そこは血の海だった。いや流石に言い過ぎた。死体は大体15人前後だから、せいぜい血の池ってとこかな。えーと、とりあえず『ブラッディーマリー』は今の死屍累々な機内の状態と掛けたジョークなんじゃ、
「ナマエちゃん、……ナマエちゃん?惚けた顔も可愛いけど、大丈夫?」
「…えーと、死体って一人二人って数えるんでしたっけ…?」
「いや、一体二体だろうな」
違う。多分突っ込むべきはそこじゃない。ああ、でも、こんな時は何て言うべきか。
お兄さんは煙草に火を付けて一服してから、とりあえず不時着するからとか何とか言ってコックピットに入っていった。ああ、そうね、もう人がいないんじゃ機内禁煙もへったくれも、……………
*
「お、お兄さん、かかしが!ぶつかる!」
「ナマエちゃん、ずれてんね。ちょっと。」
どっちがだ。思ったけど突っ込む気力もない。夢だ。これは悪い夢だ。
自分に言い聞かせた。眼前に広がるライ麦畑の中をかかしを吹っ飛ばしながら飛行機が走っていて。
しかも、その飛行機に乗っているのが私だなんて、とても本当とは思えない。
遠くで誰かの悲鳴が聞こえると思ったら、それは自分の声だった。飛行機は、畑のど真ん中で派手な音を立てながら止まった、のを感じて私は腰が抜けた。
……ゆ、夢だ。これは、悪い夢だ。
*
「…あー…そうだな。とりあえずお手をどうぞ、レディ。」
「…これはどうもご丁寧に…」
さっきまでのうるささ(うるさいのは、どうも私が悲鳴をあげていたからみたいだ)が嘘のような、深夜のライ麦畑だ。
お兄さんが私の手を取って助け起こしてくれて、飛行機の横に大きく開いた穴から脱出する。明らかに出口おかしいけど、そんな事気にする心の余裕がない。
「まぁこれでも飲んで落ち着きな。」
ウォッカだろうか、お兄さんに手渡された瓶を言われるままに飲む。なんか、変な味。
「…ゆ、夢みたい。こんな事って…」
「あァ、夢だよ。ナマエちゃん、起きたら、君はボストンの実家にいる。」
「あ、そっか、そうですよね。はは、こんな事現実にあるわけ…」
なんか変な感じ。足に力が入らない。私を見下ろす彼の顔がくらくらと歪む。
「明日から、君はしばらく狙われるけど、車に乗らなきゃまぁ大丈夫だから。」
「あ、ああ、はい。なるほどね、車にね。」
「とにかく、絶対車には乗らないで。『安心・安全・保障』なんて言葉が出てきたら、そいつらにはついて行かないで。」
「あ、安心、安全、保証、ね…」
「あと、聞かれても俺の事は喋らない方がいい。…多分、俺がサイコパスかなんかだって言われると思うけど。」
「あはは、すごい、それって言えてる…」
「ナマエちゃん、それァちょっと傷つくぜ…」
眠い。何か、立ってられない。倒れ込む私を、お兄さんが抱き留める。煙草の香り。えーと、この人だれだっけ、…飛行機で出会った……あなたは、誰?……で、ここはどこ?
お休みプリンセス、とか言う気障な誰かの声が聞こえた。
ああ、そうか良かった。やっぱり夢だったんだ。悪い夢を見てただけ………
だるさが心地よかった。私は眠気に逆らわずに目を閉じる。
良かった、夢で。
目が覚めたら、きっと自分のアパートのベッドで横になってる。
だったらまぁ、あとちょっと寝てようかな。
ほら、何だっけ?昔本で読んだ言葉。
ああそうだ、悪夢を見たんなら、もう一眠りして。あとは、気持ちよく目覚めるだけ……………
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