疫病神と踊る医者
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「疫病神、ねぇ…」
「え、えーと、つまり、ですね…」
口ごもりながらも言葉を探す。あれのことをなんて説明したらいいんだろう。面白そうに目を細める外科医の彼は相変わらず疫病神を取り上げたまま、もしかしたらちゃん説明するまで返すつもりはないのかもしれない。どうせ変な奴だと思われてるんだから、自分に必死で言い聞かせるけれど羞恥心がかなぐり捨てられない。
「あの、ですね、」
でもやっぱり、素直に説明するしかないか。簡潔に、端的に、
「これが見える人は不幸に、」
がっしゃああん。
派手な音が響く。一瞬、なにが起こったのか分からなかった。彼が私の手を引っ張ったので、そのまま倒れこんで、それで、
上の方からなにやら謝ってる声がして、ああいつも通り植木鉢が落ちてきたんだ、とやっと状況を理解した。ついてるんだか、ついてないんだか。彼が一緒じゃなかったら多分死んでたな。不幸中の幸いというか、今のが説明になるから、まぁ、よかったっちゃよかったけど。少し驚いたような顔で植木鉢の残骸を見つめる彼に言う。
「えーと、この通りです。」
「…なるほど…」
*
「つまりですね、あれが見えるとさっきみたいな事が頻繁に、」
ようやく疫病神をひっ捕まえて鞄に押し込んだ。罰が悪いのでなるべく彼の方を見ないようにしながら散乱した荷物を広い集める。
「そのせいで生傷が絶えないと、そういう訳か。」
「え、ええ、そういう訳です。すみません、ご面倒をお掛けして。」
さっきのでまた足を捻ってしまったらしい。ずきずきと痛むのを気にしないふりをして立ち上がろう、とした瞬間に肩を掴まれた……あ、あの、何か?
「おい。」
「は、はい」
「見せてみろ、足。」
地を這うような低い声がして思わず彼を見上げてしまった。呆れたようにため息をついて、さっきと同じように優しい手つきで足首に触れる。
「…動かすなっつったろうが…」
「いや、だって今のは、」
「まぁ今のは無理ねぇか」
「すみませ、あ、ていうかさっきはありがとうございました、えーと、大丈夫なんで、その、」
言いたいことがこんがらがってしどろもどろになる。立ち上がろうとしたら足首を押さえられて、それをやんわりどかしてまた立ち上がろうとしたらやっぱり足首を押さえられる。さっきと同じように恥ずかしさのあまりに耳鳴りがしだした私に、心底面倒臭そうな声が言った。
「あー、立ち上がるな。おぶってくから」
「っ!いや、その、これ以上ご面倒をお掛けするわけには、」
「そう思うんなら黙れ。」
「いや、あの、」
これはおぶってくって言わない。私を肩に担ぎ上げて、からかうような調子で続ける。
「どうせ歩けねぇだろうが」
「あ、いや、まぁ、その、」
「それで悪化してまた俺のとこに来られる方が面倒だ。」
「た、確かに。いやでも、」
「しかも残念なことに、住んでるマンションまで同じときた。」
「…ごもっともで…」
ついてるんだか、ついてないんだか。いや、どっちかというとついてるのか?ぐるぐると考えながら、一つだけ心に固く誓った。彼とは、もう二度と会わないように気を付けよう。お医者さんだし、恥ずかしいし、申し訳ないし。……まぁ、そんな試みは成功したためしがないんだけど。
*
悪夢を見ていたみたいについてなかった週末。いや、まぁ、いつものことではあるんだけど。それにしても不思議だ。今まで、疫病神が私から離れたことなんてなかったのに。なんで、あの人から離れたがらなかったんだろう?破れたストッキング(これで三本目)を放り投げながらぼんやりと考えていた。…あ、そろそろ時間がやばい。
いつものように鞄に入り込む疫病神が、逃げ出さないようにしっかりと止め金をつける。午前7時30分。何が起きても大丈夫なように、いつも通り始業二時間前に家を出た。
夜中に階段かけ上がるな、あのとき言われた言葉を思い出してなるべくそろりそろりとドアをあけて、
「…げっ…」
「げっ、とは何だ」
ああ、いつも通りの月曜日。なるべく関わらないようにしようと思った側から、鉢合わせしてしまった。今帰りらしい。彼は眠そうな目をしょぼしょぼさせながら不機嫌そうに、やっぱり不機嫌な調子で言った。
「あ、いやあの、…おはようございます…、この間はどうも…」
「…ああ」
「………」
「………」
…気まずい。ひどく不機嫌な様子で、部屋に入るでもなく私を見るので、立ち去るタイミングを逃してしまった。
「はっ、早いですね!」
「…夜勤でな。」
「なるほど、お疲れ様です……あの、では失礼します、」
なるほど、寝不足で機嫌が悪いって訳だ、私が失礼な態度を取ってしまったからではない、大丈夫。少し安心しつつも、非常に気まずいのでくるりと身を翻して階段へ向かう。松原杖だと歩くのが遅くなってもどかしい。ああもう、早く早く早く、
「おい」
「…っ!は、い!」
不機嫌な低い声。振り返ってみたら部屋のドアから顔を覗かせて、彼はまだ私を見ていた。な、なんだろう、まだなにか、
「大丈夫か、足。」
「…へっ?」
「かなり腫れてただろうが」
すっとんきょうな声を出してしまった。足、…なんか怖いこと言われるのかと思った。
「あ、おかげさまで、ありがとうございます」
「動かすなよ、治んの遅くなるから」
「…はい、ありがとうございます…」
身構えてしまったのがやけに罰が悪くて、恐る恐るお辞儀をして、また歩き出す。…強面だけど、いい人なんだよなぁ…。迷惑かけっぱなしで申し訳ないけど、これ以上かかわり合いにならない方がいいよね、お医者さんだし…。
ぱたん、とドアがしまったのでなんの気はなしに表札を確認した。…トラファルガーローさんか…。ドアの向こうからからかうような声が聞こえて、また顔が熱くなる。
「あァ、うるせぇから階段使うなよ、エレベーターで行け。 」
「おっ…恐れ入ります…」
…やっぱり、なるべく、関わらないようにしよう。全力で避けよう。もう二度と会わないくらいの勢いで。朝から顔を火照らせながら、私はエレベーターに乗り込んだ。