疫病神と踊る医者
名前変換
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『整理番号3番、苗字名前様、第四診察室へどうぞ。繰り返します、整理番号3番、苗字様、第四診察室へどうぞ。』
受付のお姉さんが機械的に名前を読み上げる。なんとか立ち上がってずきんずきんどころかドゴンドゴンって感じに痛む足をかばいながら、診察室へ向かう。
痛みのお陰で一睡もできなかった頭をなんとか回転させながら四番の診察室を探す。
あーあ…今日の担当医は割と乱暴なおじさんだから、骨折れてるとしたら矯正するの痛いだろうな…これから待ち受けてる治療を考えるとただでさえ遅い足取りがさらにのろくなる。
なんで私が担当医のローテーションなんか知ってるかというと、昔から非常にしばしばこの病院のお世話になっていたからだ。疫病神が私になついて以来、大なり小なりの生傷が絶えない。
一時はナースさんの間で私が百戦錬磨の殺し屋だとか、裏社会の鉄砲玉だとか、あらぬ噂をまことしやかに囁かれていたらしい…何でそうなるんだろう。
はぁぁ、と盛大に息をはいてついでに吸った。
歯医者の治療を受ける子供みたいな気分で、診察室のドアを開けた。
「失礼しま…す…」
中にいたのはいつものおっさんの外科医、じゃなくて、誰だこの人。
だるそうに振り返ったその男の人は私をみて、愉快でたまらないって顔で笑いながら診察を始めた。
「苗字さん、ですね。今日はどうしましたか。」
なんかからかわれてるみたいな口調だ。
「あ、はい。足を挫いてしまったみたいで、」
こんな人、この病院にいたっけ?自慢ではないけど、この病院の患者の誰よりも外科の医者の勤務スケジュールには詳しい(ほんとに自慢にならない)。その私が見たことないんだから、多分、新しく赴任してきた人か研修医だ。
「なんかもう、足首が痛くて歩けないんです。昨日、」
「階段から転げ落ちてしまって?」
「そう、階段から転げ落ちて、…え?」
その人は、もうおかしくて耐えられないって感じでくすくす笑い出した。…感じわるいなぁ。私、なんかおかしい事言った?…あれ、でもなんかこの声、聞いたことあるような。ああ、そうそう。昨日の夜、公園で、…公園で…って、ええ!?
「ちょ、まさか、うそでしょ」
「でかい独り言。」
「あ、き、恐縮です…」
あまりの事態にこんな間抜けな返事しかできなかった。顔がどんどん熱くなっていくのがわかった。二度と会わないですむと思ってたのに。
いつものことながら、今日も私はとことんついてないみたいだ。
*
「捻挫だな。固定して冷やしとけ。しばらくは松葉杖使 え。」
「ああ、ありがとうございます…って、ところで何で階段 から転げ落ちたの知ってるんですか?」
イケメンだけどちょっとガラの悪いお医者さんは、またし ても愉快でたまらないって顔で笑いながら足に包帯を巻い てくれる。乱暴な口調とは反対に、その手つきはひどく優 しかった。…思っていたよりも痛くない。
「あんた、俺と同じマンションの同じ階に住んでるだろ。 夜中に階段駆け上がるな。うるさいからエレベーター使 え。」
「あ、す、すみません…いつも、お世話になっておりま す…」
もうやだ、恥ずかしすぎる…しかし、こんな人、うちのマンションにいたっけ?…まぁ、仕事でいない時間の方が多 いし、知らないうちに引っ越したのかもな。
そんな事を考えるうちに、みるみる包帯が巻かれていく。 立ってみろ、と言われて恐る恐る立ち上がる。まぁ痛いけ ど、さっきより大分ましになった。 この人、怖いけどすっごい手当するのうまかったな。少な くとも、いつものおっさんよりは(おっさん、ごめん。)
「湿布だしとくから、包帯変えるときに貼り替えろ。絶対 動かすなよ治んの遅くなるから。」
「あ、はい。ありがとうございます。じゃあ失礼しま、」
思ったよりも酷くなくて良かった。とにかく、ものすごく 恥ずかしかったので、鞄を持ってさっさと立ち上がる。 「あ、あと。」 ふと思い出したように顔を上げて、私を見る。 藍色の瞳が、意地悪そうに笑った。
「『サイモン・スミスと踊る熊』。」
それは、いつも私が帰り道で口ずさむ、歌の題名だ。え、 ちょ、なんで知ってんのそんなこと。
「廊下からまるぎこえ。」 「…え、あ、すみません…」
そ、そんなおっきい声で歌ってないよ、鼻歌程度だよ…と か思いながら、恥ずかしさのあまりの憤死しそうだった。 この人、絶対私のことヤバいひとだって、思ってる。彼の 頭の中から私に関する部分だけレーザーかなんかで削り 取ってしまいたい。いや、今からでも弁解しようかな。で も、なんて言えばいいんだろう。
「あ、で、では、失礼します…」
お医者さんはまだ楽しそうにくすくす笑っている。私はな んとか冷静を装って診察室を後にする。
ドアを閉める寸前、中から機械的な彼の声が聞こえた。
「ツギノカタ、ドウゾー」
受付で松葉杖を借りて、とぼとぼと病院を後にする。…な んか、すっごい、疲れた…。 マンションの自分の部屋に帰ると、鞄を放り出してベッド に倒れ込んだ。 床に転がった鞄から疫病神が私のことを見て…ない。とい うか、疫病神がいない。
……あれ? どこいったんだろう。鞄から出ることなんてないのに なぁ。 まあいいや、この部屋のどっかにはいるんだろう。
…それよりも、眠い…
泥のように眠りたい気分だった。
もう土曜日の午前中にあの病院に行くのはやめよう。二度 とあの人に出くわしませんように、なんて祈りながら私は 目を閉じた。