長編設定の短編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
チョコレートを渡しさえすればいいのだ。義理だなんて誤解されようがないくらいに豪華で気合いのはいったチョコレートを手渡して、いや、なんだったら鞄に忍ばせておけばいい。送り主の名前さえ添えておけばいい。その意味は、受け取った人が察してくれるはずだ。日本のバレンタインデーは、そういう便利なイベントなのだ。
…だから、そう、名前と宛名さえ添えることができれば。
綺麗にラッピングされたチョコレートを前にしてかれこれ三時間。チョコレートのチョイスは完璧だ。
私の前に鎮座しているのは、大人気4つ星レストランのバラティエで、3か月前から予約して手に入れた超高級チョコレートだ。熾烈な予約合戦を勝ち抜いて手に入れた、バラティエのシェフ手作りの、完全受注生産制のチョコレート。並ぶのにも予約するのにも、ついでに自分の食欲を抑えるのにも苦労して手に入れた、バレンタインデーのリーサルウェポンと言っても過言ではないくらいにスペシャルなチョコレートだ。
手作りなんて無謀な事を考えなくて本当に良かった。プロのシェフに、まさか私の素人臭いチョコレートを渡すわけにはいかない。そんなもの渡した日には、余りの貧相さに義理チョコだと勘違いされてしまうかもしれない。その点、このチョコレートなら心配いらない。これなら、どこからどう見ても本命チョコレートだ。味だって見た目だってラッピングだって、どこからどう見ても、言い逃れようのないくらいに本命チョコレートだ。…そう、言い逃れようの、ないくらいに。
…だから、渡しさえすればいい。渡して、「意味はお察しください」と伝えられれば充分だ。勘違いを防ぐために、宛名と送り主の名前さえ添えておけば完璧だ。ただ、そこが一番の問題なわけで。
「…えーと、店長様、…は、おかしいね。店長様ってなんだ、店長様って………じ、じゃあ、『サンジさんへ』とか………いやだめだ露骨すぎる、ここはあえてビジネスライクに名字の方がいいかな、名字、名字、」
…あ、あの人の名字なんて、知らないや。
独り言が、虚しく部屋に響いた。手汗でぬるぬるしてきたペンを放り投げる。自分の部屋なのに妙に緊張して、まるであの店にいるときみたいに何を喋ってるんだか分からなくなってくる。独り言なのに。
書き損じのメッセージカードを纏めてゴミ箱に移して、リーサルウェポンなチョコレートが目に入らないようにテレビの方へ目を向けた、ら、借りっぱなしになっていたマフラーが目に入っていよいよ追い詰められたみたいな気分になった。
『いつもお世話になっております。日頃の感謝を込めてチョコレートをご用意いたしました。ご家族ご友人とご一緒になってお召し上がりいただけましたら幸いです。今後とも私、苗字名前をよろしくお願い致します。』
…気がついたら、メッセージカードの最後の一枚に、こんな文章を書き入れている私がいた。まるで賄賂かなにかに添えてある手紙みたいな文章だ。…いや、賄賂なんて贈ったことはないんだけれど。
いっそのこと、綺麗にラッピングされた包装紙の表面にでかでかと宛名と自分の名前を書き入れてやりたい衝動に駆られた。そんなこんなを、すんでの所で思い止まってから頭を抱える。メッセージカードを買い直している時間なんてもう、ない。いっそのこと葉書に…なんて思ったけれどもそれじゃあまるで懸賞かなにかに応募するみたいだし、第一色気もへったくれもない。ああもう、だめだだめだ。最後の一枚、まるで政治家の賄賂みたいな文章がかかれた最後の一枚を破いてしまってからすぐに後悔した。
…これで、手渡しする以外の方法がなくなってしまった。バレンタインデーは明日だ。いや、正確に言えば今日。
カチカチカチ、時計の音がまるで、私のことを急かしているみたいに聞こえた。午前一時。じっとりと汗がにじんでくる指先で、綺麗に超蝶結びされたリボンに触る。
…そもそも明日は、火曜日でもないのに。仕事帰りにわざわざたちよってこんなチョコを渡してしまったら、本当にまるっきり言い逃れができない。いや、言い逃れができなくていいんだけど、いいんだけど。…でも、例えば明日このチョコを渡してしまったら、来週の火曜日に店に行ったときに返事を聞かされるわけで、OKだなんてことは万が一にもない、いや、万が一位だったらあるかもしれないけど残りの九千九百九十九はNOなわけだから、で、NO立った場合はもちろんもう、あのお店にはいけなくなるわけで、
…カチカチカチ。時計の音が無音の部屋に響き渡る。顔は熱いのに、指先だけがやたらと冷たい。
…カチカチカチカチカチカチ。時計の音を聞きながら、まるで走馬灯みたいにサンジさんのことを思い出していた。少し悪戯めいて細められた瞳とか、なんだか野良猫に餌をやるマリア様みたいに笑ってたこととか、私の貸した本(たしかあれは、SFだった)に的外れな感想を言ってたこととか(未だにわからないけど、プレデターがなごみ系ってどう言うことなんだろう)、からかうみたいな声色とか、それから、
…サンジさんの作る料理、物凄く美味しいんだよなぁ。テリーヌにオムライスにグラタンに、いつだったか出してくれたカルパッチョもパスタもチャーハンもスープも、ああそうだ、…こないだのマグロ丼も、めちゃくちゃ美味しかったっけ。
ぐう。この緊張感にまるでそぐわない間抜けな音を立ててお腹がなった。深く息を吸ってついでに吐く。いつのまにかガチガチに肩に力をいれていたことに気がついてなんとも言えない気分になる。じっとりと湿った手のひらを見つめて開いたり閉じたりを繰り返す。どう考えてもこのチョコレートを直に、あの人に手渡しする勇気はない。14日が火曜日ならさりげなく渡すこともできたかもしれないけれど、わざわざ仕事帰りにこんなもの渡してしまったら口には出さずとも好きですと言ってるのと変わりがない。
なんだか堂々巡りになっていく脳みその半分は、お腹減ったお腹減った、なんてひたすらそれだけを繰り返していた。深夜1時30分。目の前には、わざわざならんで買った超高級チョコレート。これをあの人に渡す勇気なんてない。じゃあどうする?……どう、って、
カチカチカチカチカチカチカチカチカチ、カチカチカチ。
……これは、戦略的撤退だ。怖じ気づいたとかそんなわけでは、決してない。やっぱりこの手の事は、きちんと段階を踏んで距離を縮めていった方がいいと思っただけで。
誰にともなく言い訳をしながら、綺麗にラッピングされた、蝶々結びのリボンに手を掛けた。カチカチカチカチカチカチカチカチカチ、カチ。時計の音すらゆっくりに聞こえる、ような、気がした。息をすいこんで、それから。
一息にリボンを引っ張る。なるべく丁寧に包み紙を開いて箱を開けてから、中身のチョコを一粒、口に放り込んだ。
鼻を擽る甘い香り。バニラと、もしかしたらスパイスもいくつか入っているのかもしれない。少し苦いのにクリーミーで、口にいれた瞬間からほろほろと溶け出す食感が心地よくて、さすがは高級チョコレートだ、なんて噛み締めるように思いながら罪悪感に蓋をする。壁にかけてある、サンジさんのマフラーの方が見られない。
チョコレートの甘さが後ろめたくて、もう一度だめ押しみたいに呟いた。
…これは、戦略的撤退だ。
*
…体に、チョコレートの匂いが染み付いてるような気がする。温度を測るだの、混ぜるだの、スパイスを調合するだの、そんな作業を機械的に繰り返しながら、働かなくなってきた頭でそんなことをぼんやりと考えていた。2月13日、深夜2時半。チョコレートなんてもう沢山だ。誰かの生気のない声が耳に飛び込んでくるが、返事をする気力なんてない。何だって俺は、この拷問みたいな作業に自ら参加してるんだろう。去年も一昨年も、ついでにクリスマスも似たようなことを考えた気がする。折角の仕事帰りに、なんでこんなクソジジイの店を手伝ってるんだろう。手が足りなかろうが期日に間に合わなかろうが、俺の知ったこっちゃねぇのに。
習慣って怖ぇな、ため息と一緒になって吐き出した声は今にも息たえそうな調子だ。我ながら本当にうんざりする。バレンタインなんてクソ食らえとかなんとか虚ろな瞳でぼやくカルネの言葉に、無言で同意しながら彼女のことを思い出す。今日の昼過ぎ、いや、もう昨日の昼過ぎか、いつも通りにやって来た彼女は、やっぱりいつも通りに食事をして帰っていった。いつも通りだ。俺ががっちがっちに気合いをいれたチョコレートを用意してたことなんて知るよしもなく、いつも通りにクッソ可愛い幸せそうな顔で食事をして、やっぱりいつも通りに妙に緊張した様子で少しだけ会話をして。
そういえばもうすぐバレンタインな訳だけど。こんな言葉を喉に張り付かせて、俺がチョコレートを渡すタイミングを伺っていたことなんかも、勿論彼女は知らない。空回り気味の気合いやら愛情やらが詰まったトリュフチョコレートは、店の冷蔵庫で眠ったままだ。チョコレートの匂いを嗅ぐだけで吐き気がしてくる今の心境じゃ、そのトリュフチョコを自分で食う気にはとてもじゃないけどなれない。……長っ鼻とマリモにでも食わせよう。そんなことを考えて、チョコレートを削りながら肩を落とした俺の気を、逆撫でするようなことをパティが口にする。
「…そういやあの子、予約してたぞ。」
「あ?」
「……名前ちゃん。特大プラリネチョコ詰め合わせ24個入り。」
「…………嘘だろ…」
「………誰にやるんだろうな。24個。まさか自分で食うわけでもねぇだろうに。」
…バレンタインだ。チョコレートなんて、好きな奴に渡すに決まってるだろ馬鹿。なんて、口にする気力は、ない。バルスなんて唱える気力だって、勿論ない。
今日店に来たときには、彼女の口からはバレンタインなんて言葉は全く出てこなかったのに。つーかあの子、そういう行事に疎そうなのに何で。疲れやら寝不足やらで麻痺した頭にあの子の顔がちらつく。受け取り日時は今日の午後6時。2月14日は、木曜日だ。ということは、彼女がチョコレートを渡す相手は俺じゃない誰かだ。極めつけに、今俺が躍起になって仕上げてるこれが、例の特大プラリネチョコなわけで。
そんなことあるわけないってわかってる癖して、滅茶苦茶に気合いが入った只の義理チョコに違いないとか、自分で食うのかもとか、それどころかもしかしたら名前ちゃんがチョコを渡す相手が俺かもしれないとか、
そんな考えを捨てきれない自分の脳みそに腹が立つ。冷蔵庫のトリュフチョコは、いよいよ本格的に行き場をなくした。ギリギリの所で押さえつけていた苛立ちやら何やらが溢れだして、それをそのまま口にする。
…バレンタインなんてクソ食らえ。
*
指先が冷たい。2月14日、仕事帰りの午後8時。サンジさんのいるいつものカフェ、の、近くの自動販売機の前でかれこれ10分くらいいったり来たりを繰り返していた。鞄の中には、開封済みのチョコレートの箱が入っている。暖かかった缶コーヒーはすっかり冷めきっているのに、それを無意味に手のなかで暖めながら、昨日の深夜三時に考えた台詞を頭のなかで再生する。
取引先の人に頂いたんですけれども、量が多くて食べきれなくて。配って歩くことにしたんです。宜しければサンジさんもおひとつ。
…勿論、真っ赤な嘘だ。実際にはこのチョコレートはわざわざ予約までして彼にあげるために私が買った、上に、食べきれないどころかむしろ美味しくて全部食べてしまいそうなのが厄介だった。でも、そんなことはいう必要はない。
こういうのは、渡す側の気持ちの問題なのだ。告白とかそう言うことではなくて渡すことに意味がある。なんだか姑息な言い訳みたいだけど、決して怖じ気づいたとか、そんなんではなくて。
…つまりこれは、戦略的撤退だ。
*
「なっさけない。」
「……。」
「根性なし。」
「……。」
「まるでダメね、サンジ君。」
「…返すことばも、ございません…。」
寝不足でどんよりした情けない面をぶらさげて煙草を吸う俺に、ナミさんが艶やかに微笑みかける。だめ押しみたいにもう一回、へなちょこ、なんて言葉を浴びせられて、けなされたはずなのに何故か若干気分が浮上してくる。辛辣なナミさんも素敵だ。殆んど反射でそう言えば、あー私チョコレートパフェが食べたいわ、なんて返された。2月14日、午後9時30分。あと30分で閉店で、そんなこと絶対ねえって分かってるのにまだ期待してる俺がいた。厨房に引っ込んで、冷蔵庫をあければ例のトリュフチョコが否応なしに目に飛び込んでくる。
こんなもん、長っ鼻とマリモにくれてやる。昨日はそうやって思いきった癖に、14日を過ぎるまでの万が一位の可能性にかけて、まだ冷蔵庫から出せないでいる。悲しいことに、リボンまでかけて渡す準備は万端だ。ウソップがいつだか俺に、乙女かお前は。なんてツッコミを入れていたのをふと思い出してため息をつく…ほんと、どこの少女漫画だっての。
*
…へぇー、またアルゼンチンにミステリーサークルが現れたのか。どうせまた小学生のいたずらなんだろうけど…。でも確か、この地方はチュパカブラが出たとかいうところだよね。もしかしたらチュパカブラとミステリーサークルには何らかの関連が、
『FM虹北が、午後9時30分をお知らせします。』
店内に流れるラジオ放送で、現実逃避の思考は中断された。もう、1時間30分もこの書店で立ち読みをしている。レジからの店員の視線がいたい。確か、あの店の閉店時刻は午後10時だったはずだ。もう、迷ってるような暇はない。何故かからからに乾いてくる喉を抑えて無理矢理に空気を飲み込んだ。立ち読みしてる場合ではない。…多分、もう戦略的撤退をする余地もない。
まるで戦地に赴く新兵みたいな悲壮な顔をしてるんだろう、レジの店員は怪訝な顔で私を見る。さっきまで立ち読んでいた雑誌の会計を済ませて店を出れば、背後からまるっきり機械みたいな声を掛けられる。
「アリガトーゴザイマシター」
無意味に抱き締めた雑誌が、腕のなかでくしゃりと音をたてる。殆んど過呼吸みたいになりながら早足であるいて、例のカフェの扉を開く、
*
音もなく開いた扉の方を振り向いてみたら、そこにいたのはいつぞやか見かけたサンジ君愛しのエトランゼだった。確か、名前は、…ま、どうだっていいか、そんなこと。
「あら、いらっしゃい。」
「……あ、えーと、すみません間違えました…」
「間違い?用事あるんじゃないの?サンジ君に。」
「!い、いやあの、」
いつまでも入り口で立ち尽くしている彼女に微笑みかけたら、今にも消え入りそうな声でぐだぐだと言い訳めいたことを話し始める。…なるほどね、サンジ君もサンジ君なら、この子もこの子って訳。似た者同士ってのは得てして相性が悪くてまるっきり噛み合わない事も多いから、それを考えればこの進展のなさだって納得できるかもしれない。考えていく内に笑いが抑えられなくなりそうで、気がついたら、あんたたちお似合いよ、ヘタレ同士。なんて言葉が喉元まで出かかっていた。それを口にする代わりにもう一度微笑みかければ、彼女はひどく居心地悪そうにぎこちなく笑う。
「ね、チョコレートパフェ食べたくない?食べたいわよね?食べるわね?」
「へっ?あ、た、…食べたいで、す?」
「そ。よかった。じゃあ私、帰るから。サンジ君に宜しく言っておいて。」
「えっ!?あの、」
「いいこと、くれぐれも直に話すのよ。書き置きなんかもっての他。」
「…は、はい…」
彼に伝えて。お礼は3割増しでって。
鳩が豆鉄砲を食らったみたいな彼女の肩を叩いて、それだけ言って店を出た。今度こそ抑えることはしないで、含み笑いをこぼしながら道を歩く。ああ、面白くなってきた。次に会ったとき、サンジ君をどうから買ってやろうかしら。
*
一番下はラズベリーソース。ブラウニーを盛り付けてアイスをのせて、ホイップクリームに、板チョコに、飾り切りにしたフルーツ。すこし苦めのガナッシュを掛けて、クリームは柔らかめが、あの子の好みだっけ。名前ちゃんに出すわけでもないのに、無意識にそんなことを考えながらパフェを盛り付けていく。仕上げに、ラズベリーソースと苺をたっぷり。完璧にあの子の好みに仕上がったパフェを持って、厨房の扉を開けてみた、ら。
「…………」
「……今晩は夜分遅くにすみません…」
こういうの何つうんだっけ。あァ、そうそう、瓢箪から駒、
…いつぞやか考えたのと似たような言葉を、頭のなかで繰り返していた。さっきまでナミさんが座っていたカウンターに、名前ちゃんが座っていた。
「こ、…今晩は。」
何とかそれだけ声に出したあと、我に返って彼女の隣に腰を下ろす。ぴくり。名前ちゃんが微かに体を震わせて俺を見て、それからおずおずと口を開く、
「あ、…あの、バレンタインなので」
「えっ?」
「いやあの、違くてその、取引先の人にですね、バレンタインだから予約して、じゃなくて…えーと、つまり、………すみません、閉店間際に。」
今にも泣きそうに、瞳を伏せる。だめだ、その顔、クッソ可愛い。って、そうじゃなくて。いまだに混乱している脳みそで言葉を捻り出す。「いや全然。会えて嬉しいよ名前ちゃん。」…声が震えなかったのが奇跡だ。ところでナミさんは、と聞いたら帰っちゃいました、と、何故か酷く申し訳なさそうに返される。それすらも可愛らしく見えてしまう俺は、大分この子にやられてるんだと思う。
「あー、…とりあえず、パフェ、食う?」
「いた、だき、ます!」
ああもう、可愛い。何だぎこちないその口調。だらしなくにやけたままの顔で召し上がれ、とパフェを差し出した、ら、いつもだったら直ぐに食べ物へ向かうはずの、彼女の視線がまっすぐに俺に向けられる。もろに目を合わせてしまってまた言葉につまる。彼女の、柔らかい声が緊張したみたいな調子で喋る。
「サンジさん。チョコレート、を、食べませんか。」
「…チョコ?」
「とっ、取引先の人にもらっ、食べられなくて、じゃ、なくて。えーと、」
…あなたと、一緒に食べたいんです。バレンタインなので。
俺にとってはこれ以上ないって位の、とびっきりの殺し文句と一緒に差し出されたのは、俺が昨日必死こいて作ったプラリネチョコレートだ。俺に箱を押し付けてから、ひたすらにパフェを見つめる名前ちゃんの顔が、赤く見えるのはきっと気のせいじゃない。ああもう、何でこんな可愛いんだよ。名前ちゃんをひたすらに見つめながら、無意識に彼女の、髪の毛に触れてしまって我に返る。びくりと大袈裟に体を震わせる名前ちゃんに、好きだよと伝える代わりにありがとう、とだけ言葉にして、自作のチョコレートを口に放り込んだ。…うん、上出来。
…意味は、お察しください。
「名前ちゃん、これ。」
サンジさんが駅まで送ってくれて、いよいよ別れ際って時に思い出したみたいに小さな箱を渡される。リボンがかけられたその箱の、中身は何かを私が聞くまえに。サンジさんは、彼らしからぬ早口で言葉を続ける。
「チョコレートばっかで悪いけど、君に食べてほしくて。バレンタインだからさ。」
「…ありがとう、ございま」
「じゃあね、また火曜日に。」
「…えっ!?」
やっぱり、サンジさんらしくない。私が言葉を言い切るより先に、妙に慌てた調子で言いきってから早足で歩いて行ってしまった、彼の後ろ姿を見つめる。手の中には、可愛らしくラッピングされた小さな箱。きっと中身はチョコレートなんだろう。君に食べてほしくて。さっき言われた言葉をリフレインしながら改札を抜けた。期待なんてしてない。してない、んだ、けど。
……例えば、これが本命チョコだったらよかったのに。
2/2ページ