長編設定の短編
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日本ではクリスマス・イブこそが本番なのだ。我らが麗しの、心楽しいクリスマス・イブ。恋人たちのクリスマス・イブ、だ。道を歩けばカップルにあたる、なんて調子で、この日ばっかりはお店も駅もレストランも、カップルに占拠されてしまったみたいに満員御礼だ。皆が皆幸せそうな、恋愛ムードにやましさをほんの少し、もしかしたら凄く沢山、混ぜたような雰囲気で手をつないで歩いている。
楽しい楽しいクリスマス。恋人たちのクリスマス。今日この日は恋人たちのものであって、私のための一日ではありえない。その証拠に、
「あん、マーくん、駄目よこんな所で…」
「いいだろよしこ、君が美しすぎるのが悪いんだ」
「………」
「たっくんの手、大きくて暖かいね…」
「なつみの手が小さいだけだよ、可愛いなぁこいつぅ」
「………」
この通り。私は今、両脇をラブラブムードとやましさ満載のカップルに囲まれて、非常に気まずい思いをしているわけだ。犬も歩けば棒にあたる、電車に乗ればカップルにあたる。別に僻んでいる訳ではない。純粋に彼らが幸せそうなのは素晴らしい事だと思うし、経済の活性化とか、よく分からないけどなんかそういう観点からもクリスマスに恋人が溢れるのはいいんじゃないかと思う。
だから、別に、決して僻んでいる訳じゃない、し、両隣でいちゃつく彼らにバルスなんて破滅の呪文でも唱えてやりたくなったりは、断じてしてない。羨ましいなんて事は、これっぽっちだって思っちゃいない。左隣の彼(たしか、マーくん)と彼女(よしこさんだっけ)が指を絡めた恋人繋ぎで手を繋いでるのが羨ましいなんて、そしてちょっとやましいなんて、そんなことは決して、
「好きだよ、よしこ。愛してる、」
…決して、羨ましいなんて思ってない。好きだよ、その言葉が頭のなかであの人の声になって再生されたりとか、しているわけではない。そんな言葉が言われるのを想像できるほど、私とサンジさんの間に何かがあるわけではない、のに、クリスマスプレゼントをあげるとしたら何がいいかな、とか考えてしまっているのだから私も大概だ。
マフラーとか、手袋とか。手袋だったら革製のが似合うかもしれない。マフラーならカシミヤ製の、グレンチェックのなんてどうだろう。…でも、只のお客さんから手袋とかマフラーとか貰ったら引くかな、
『次は想いヶ池、想いヶ池。急行野間戸行きと待ち合わせいたします。友枝町、虹北へお越しの方はお乗り換えです…』
「マーくん、私、あなたがいてくれてよかった…」
「…俺もだよよしこ。せっかくのクリスマスに、君といられないなんてとても耐えられないよ、」
…バルス。人知れず頭のなかで呟きながら席を立ってから思い直した。マフラーでも手袋でもなくて、やっぱり本がいいかもしれない。それも、恋愛とか関係ないベッタベタなSF小説。それなら気負わなく受け取ってもらえそうだし、…感想を聞かせて下さい、なんて口実で話す機会が一つ増やせるかも。まぁ、そんなの用意したって渡す勇気なんてないんですけど。
*
駅のホームもカップルで溢れかえっていた。幸せそうな、そしてやっぱりやましい彼らの会話を聞き流しながら会社向かう。休日出勤なんて普段なら嫌で嫌で仕方がないんだけど、今日だけはむしろありがたいかもしれない。いつもと違って閑散としたオフィスで、一人でパソコンをかたかたやりながら考えた。
クリスマスプレゼントなんて、渡す勇気はないんだけど。用意したって渡せるわけもないんだけど。…でも、これが終わったらあの本屋さんに行こう。何も今日でなくても、渡せる機械は山程あるかもしれないし。
*
「おい!三番のテーブルの前菜まだか!」
「グラスたりねぇぞ!さっさと洗って持ってこい!」
……あー、騒がしいことこの上ない。料理人だってのにウェイターの服を着せられて、グラスと皿を手一杯に持って厨房に戻ればどいつもこいつも今にも死にそうな顔で怒鳴りあっていた。12月24日。恋人達のクリスマスって奴だ。レストランは超満員で、一歩厨房を出ればカップルが仲睦まじく見つめあっている。まるで天国と地獄みたいだとか、そんなことを思う暇もなく俺もその怒鳴りあいの渦中に向かって歩いていく。
「16番テーブルに早くワイン持ってけ!あと4番テーブルにフィンガーボウルセットしてねぇぞクソ野郎」
麗しのクリスマス、恋人達のクリスマス、だ。じゃあ何で俺はこんな時に、自分の店すら休業日にしてこんなクソジジイの店を手伝ってるんだっけ?
小さい頃の義理なんて知ったこっちゃねェ、こんな店放っといてたまの休日を楽しみゃいいのに。内心でそう悪態をついても後の祭りだ。結局、何だかんだ文句を言いながらも毎年こうしてクソジジイの店を手伝いに来ている自分に自分でも呆れる。
「おいチビナス!ぼけっとしてねぇで手ェ動かせ! 」
「…っせぇなクソジジイ」
小声で呟いたつもりの言葉も耳敏く聞き付けてジジイが蹴りをいれてくる、のを、避けながら前菜を丁寧に盛り付けていく。テリーヌ。と、マグロのカルパッチョ。あの子の大好物だよなぁ、 ちょっとビックリするくらいに嬉しそうにうっとりと微笑む、名前ちゃんの顔を思い浮かべたらだらしなく頬が緩んだ。残念ながら、そんな笑顔は料理に向けられるばかりで只の一度だって俺に向けられた事はない。俺に対してはいつだって少し居心地が悪そうな態度で困ったみたいに笑うんだ。毎週火曜日にだけやってくる、俺の店の可愛いエトランゼ。
あの子は今頃どうしてるんだろう、女の子相手にクリスマスの予定も上手く聞き出せないなんて、らしくないにも程がある。…まぁ、聞いたところで何かが変わるわけでもないんだろうけれど。せめて、店を上がったら次に彼女が来る時の為にプレゼントでも買いに行こう。そんなことをつらつらと考えながらも、作業する手は止めない。
「何がクリスマスだ、この野郎…」
「うっせェカルネ、口よりも手ェ動かしやがれ」
「お前こそうるせェ、人の恋路を邪魔しやがってこの野郎、愚痴くらい付き合いやがれ馬鹿野郎め!」
「おーおー暑苦しい、恋路も何も始まってすらねぇだろうが」
「…お、お前にだけは言われたくねぇよこの野郎!」
「…は、」
思わず、手に持ったナイフを落としそうになった。恋路も何も始まってすらねぇ、自分の言った言葉がそっくりそのまま自分に帰ってきたような気がして、そんなのを目の前のこいつに指摘されてしまったような気になって、口からは間抜けな声だけがこぼれ落ちていった。
…確かに、始まってすらないんだ。漸く最近、少しは会話してくれるようになったくらい。どちらかというと、目の前のカルネの方が名前ちゃんとは親しいと言ったっていい。何せ3年間毎日、あの子は奴の店でマグロ丼を食べているわけで。…と言うことは、俺の当面のライバルは目の前でむさ苦しい面を下げている、こいつなんだろうか。うわ、すげぇ認めたくねぇ、
…とかなんとか。微妙に葛藤が始まった俺の胸中なんか知るわけもなく、カルネはダミ声でがなりたてる。
「他でもねぇお前のせいで、俺は今クリスマスに独り身なんだよ!」
…ああ、何だそういうことか。単に、この間俺がこいつを蹴り倒したことを根に持ってるわけだ。俺がそんなことしなくたって、どっちにしろクリスマスは一人で過ごすことになったんじゃねぇの。そう返してやれば更に顔を近づけられる。
「…むさ苦しい面近づけんじゃねぇよ、」
「うっ、…うるせぇ、畜生…。今年も一人でバルス唱えに行くしかねぇじゃねぇか…!」
「…は?バルス?」
「表参道でいちゃついてる野郎共になぁ、滅びの呪文を唱えてやるんだよ!気晴らしに!」
「……で、隣で一緒に唱えてくれる美少女は何処にいるんだ?」
「だから、それをお前が…!本当なら俺は今頃名前ちゃんと、」
「…お前が、名前ちゃんと、何だって?」
…いらっ。
強烈にイライラしだしたのをそのまま声に出して、むさ苦しい顔を思いっきり睨み付ける。こいつが名前ちゃんの名前を出してくるのも相当イラつくが、それ以上に。名前ちゃんが、カルネと一緒に嬉しそうにバルス、なんて唱えているのが何故かリアルに思い浮かべられる自分に腹が立つ。
「無駄口叩かねぇで働きやがれボケナス共!!」
クソジジイの怒号に思考を遮られて、止めていた作業を再開させる。それでも、頭の中ではしつこく彼女がカルネと一緒になって飛び回っていた。…ああもう、バルスバルス、バルス。
テリーヌだのカルパッチョだのムースだのチーズケーキだの、ありとあらゆる料理を目にする度にちらついてくる名前ちゃんの顔を振りきるように呟いてみたら、何故か妙にイイ笑顔でカルネが俺のことを見てくる。
「サンジ、お前も行くか?表参道。」
……うるせぇよ、クソ野郎が。
*
「おーす、お疲れーっす。」
…今、一体何時ごろなんだろう?こいつが来たってことは俺はそろそろ上がれるな、
能天気な面を下げて能天気に厨房に入ってきたパティを見ながら、疲れで麻痺してきた頭で考える。
「遅かったじゃねぇかパティ、今日そんな客入ってたのか?」
「いや、ほら、お前の好きな……名前ちゃんか?クリスマスなのに休日出勤だってんで、つい話しこんじまった。」
「…えっ!?」
聞き流していた会話に思いがけない名前が出てきて、大声を出した俺を極道コンビが怪訝な顔で見ている、が、そんなの気にしたこっちゃない。
「おおお、おいパティ、あの子何か言ってたか!?」
「は!?…な、何でおめぇがそんなこと、」
「いいから言いやがれクソ野郎、これからデートだとか何とか、」
「だ、だから何でおめぇが」
「さっさと言え、オロスぞイガグリ頭」
「…………あ、あァ、た、確か本屋行ってから表参道でバルスとかなんとか、」
色々な何かをかなぐり捨ててパティからそんな言葉を聞き出してすぐに、全速力で盛り付けを全て終わらせた。
バルスとかなんとか、馬鹿らしいのにやっぱりあの子が大真面目な顔で唱えているのが浮かんできて少しだけにやけそうになる。特に確証もないのに一瞬の思い込みだけで、彼女の行く先を決めつけたらもうこんなクソレストランで盛り付けなんかしてる場合じゃない。
「持ってけクソ野郎。」
出来上がった皿をパティに押し付けて、ジジイへ声をかけるのもそこそこに厨房を飛び出す。背後でサンジこの野郎とかなんとか喚いているカルネに、一言だけ返してやった。バルス。彼女もあの本屋に向かってるんだとしたら。偶然を装って出くわした振りなんかして、どんな言葉をかけてみようか。さっきまでの苛立ちなんてあっさり忘れて、そんなことばかり考え出す俺も大概アホらしい。そとは今にも雪が降りそうな曇り空で、ホワイトクリスマスになればいいとか、馬鹿みたいにおめでたい事を本気で考えていた。
*
カタカタカタ…ッタァァン!
内心でそんな効果音をつけながら、最後のエンターキーを思いっきり弾いた。思いの外早く仕上がってしまった書類を印刷して課長の机の上に置いてしまえば、クリスマスの休日出勤も呆気なく終わってしまった。
お昼を少しだけ過ぎた、何をするにも半端な時間。さて、どうしよう。さっきいつもの定食屋で、今日は表参道でカップルにバルスを唱える予定です、なんてアホみたいな事を言ってしまったけれど、勿論そんな気にはなれない。…パティさんはお店の手伝いに行くとか言ってたけど、サンジさんは今頃どうしてるんだろう。まぁ普通に考えたらいつも通りカフェにいるんだと思うんだけど。もしかしたら誰かとデート、とか考え出したら事実を確認するのが怖くなって結局、パティさんに聞くのをやめてしまった。
マフラーを巻き付けながら時計を確認する。時刻は3時40分、昼食にも夕飯にもおやつにも半端な時間だから、もしかしたらいつものカフェも多少は空いてるかもしれない。混んでるんなら、遠目から店長さんの事を眺めて帰ればいいや、ってそれは何か変態みたいだな。
デートの可能性についてはなるべく考えないようにしながら、いつものカフェへ向かって歩く。偶然、店長さんに出くわしてしまったらどんな事を話そうかとか、ほぼありえない想像をあれこれ考える私は、多分相当アホらしい。
*
「……あー、やっぱりか…」
自分を慰めるみたいな気持ちで口に出した言葉は、虚しくあたりに響いた。もしかしたら祝日だから早く閉めたのかもしれないし、なんて思ってみたところで後の祭りだ。CLOSED、の札が掛けられたお店の前でぼんやりと立つ私を、手を繋いだカップルが怪訝な目で見ながら歩いていく。
……別に、ついでに顔を出してみようかなって思っただけで、店長さんに会えるなんて期待してた訳じゃないし。
…店が閉まってるかもなんて最初から思ってたし、だからまぁ、やっぱりなぁとは思うけど、がっかりしてる訳じゃないし。
目の前を手を繋いで歩いていくカップルにバルス、なんて唱えてやりたくなったりはしてない。断じて。羨ましいなんて事も、決して、全然、全く考えてない。少しだけ泣きたくなったりしたけど、それはこの寒空の下、行く宛がないみたいな気分になってしまったからで。…………サンジさん、デートかなぁ…。
少しだけ、本当に少しだけ落ち込みながら、まだ私はその場でぼけっと突っ立っていた。頭のなかに、店長さんが君の瞳に乾杯、とかなんとか誰かに気障な事を言っている図が浮かんでしまった、ので、気をまぎらわそうとプレゼントについてあれこれ考えを巡らせる。ベッタベタのスタンダードなSF小説、もしくは思いっきりベタな推理小説でもいいかもしれない。犬神家の一族とか、あ、でもそんなの渡したら若干引かれるかな、
「…っくしっ、」
ああ、寒くなってきたなぁ。どんどん暗くなる空を見上げながら、漸くのろのろと歩き出す。どこからかお決まりのクリスマスソングなんかが流れ出して、まんまと感傷的になるのが馬鹿みたい、なんて、頭の中で冷静な自分が突っ込みを入れていた。クリスマスに欲しいのはあなた、とかなんとか。そんな大層な事、口が裂けたって言えるわけがない。今こんな風に感傷に浸っていい程、私とあの人の間に何かがあるわけでもない。
そんな風に冷静に自分を諭しながらも、私はまだ考えていた。例えば、そこの角を曲がったら。走ってきたサンジさんにぶつかりそうになったりして、慌てて謝る彼に、私はにっこり笑って。偶然ですね、なんて真っ赤な嘘をついてみたりして、
ああ神様、クリスマスプレゼントなんて要りません。ケーキだってごちそうだって我慢します。今日だけ、今だけでいいんです。どうか私にあの人を、
………なんちゃって。そんな想像、ご都合主義にも程がある。すっかり冷えてしまった指先に息を吐きながら呟いた。ああもう、バルス、
*
…いるわけねぇか。
妙にがらんとした店内には、カップルと店員だけが暇そうにしていた。どこを探しても名前ちゃんの姿はない。冷静に考えてみれば当たり前か。何が悲しくてクリスマスに、わざわざこの書店にまで足をのばすんだ。ここは特に他と代わり映えしない平凡なチェーン店で、俺だってあの子を見かけたりしなかったらわざわざここを選んで使ったりはしないわけで。
衝動的に店を飛び出して来た自分が馬鹿らしくなって、バルス、なんて頭の中だけで呟きながらぱらぱらと本を捲る。そういえばあの子はSFが好きなんだっけ。いつだかベッタベタなSF小説を、嬉しそうに貸してくれたのを思い出す。確か、死んだ恋人をデータ上で生き返らせようとしたマッドサイエンティストの話だった。…案外、恋愛小説も好きなのかも知れねぇな。
嬉しそうに本を抱き締めて、ロマンチックですよねぇなんてSF小説なのに的外れな感想を語りだす名前ちゃんの顔がちらついたりして、考えないようにしようとしたら今度は満面の笑みの彼女が頭の中で囁いた。バルス。
今頃何してるんだろう、なんてセンチメンタルになりだす思考を見透かしたみたいに、店内にベッタベタなラブソングが流れ出す。クリスマス欲しいのはあなた、とかなんとか言うやつ。ナイスバディな外人歌手の、全米ヒットチャート一位のなんたらかんたら、そんなことをぐだぐだ話し出す店員の会話になんとなく耳を傾けながら、目は自然と名前ちゃんがよく読んでる雑誌を探し出す。
これまたベタに胡散臭いオカルト雑誌をペラペラと捲る。クリスマスに、俺はこんなところで何をやってるんだろう。例えば、彼女に渡すクリスマスプレゼントにあれこれ悩んだところで、実際問題として俺と名前ちゃんの間に大した何かがあるわけでもない、のに、
「ねー、マーくん…さっきの子、あそこで何してたのかな。」
「さぁなー。カフェの店員かなんかじゃないの?」
「ええー、違うよ。だってあのカフェ、毎年クリスマスは休みなんだもん。」
「まぁ確かに、ずっとあそこに突っ立ってて不気味だったよね、よしこ。」
「ねー、マーくん。それにあの子、なんかぶつぶつ言ってたんだよね。バルスとかなんとか、」
いい加減、本当に俺は馬鹿なんじゃねぇかと思う。
バルスとかなんとか、カフェの前で誰かがぶつぶつ言ってた。目の前のカップルがそれだけ言ったのを聞いてから、慌てて店を飛び出す。
当たり前だけどそれが名前ちゃんだなんて確証も、そこが俺の店だなんて確証も何一つない、し、何であの子がわざわざクリスマスイブに俺の店の前でバルスなんて呟いてるんだよとか、理由なんて一つだってないのに、いや理由は一つくらいはあるけど、それにしたってこんなに自棄になって走ることはねぇだろ、馬鹿か俺は。
とか、なんとか。若干自虐的な事も考えながら、やっぱり頭の中では馬鹿馬鹿しい位にセンチメンタルなさっきのラブソングが鳴り響いていた。
毎年アホみたいにクリスマス返上で働いてやってんだ。これくらいのプレゼント、あったっていいだろ?…なんて、やっぱりどう考えても馬鹿みたいだ。
例えば、そこの角を曲がったら名前ちゃんが立っていて。クッソ可愛い顔で笑いながら言うんだ。
*
「バル、ス、」
*
バルス。空耳なのかと思った。名前ちゃんの声で途切れがちにそんな言葉が聞こえて、嘘だろなんて思いながら角を曲がろうとした、瞬間に、誰かとぶつかりそうになる。「………嘘だろ、」
あ、やばい口に出ちまった。勢いで一瞬だけ口元を押さえてから、後ろによろけた彼女を慌てて支えて、もう一度思わず口にだしてしまった。…嘘だろ、流石に。
「……て、店長さ、…いや、サンジ、さん。」
「………、」
「あ、…ぐ、偶然、ですね?いや、偶然なんです、偶然、通りかかったら、あの、偶然、今、カフェによろうかななんて思って、」
「あ、…いや、名前、ちゃん?」
「…いやほんとぐ、ぐう、偶然で!クリスマスに残業だったもんですから、その、ごはん食べてから帰ろうかなんて偶然、あの、本当偶然なんですけどその」
…あー、これは、夢じゃねぇな。
しどろもどろに慌てる名前ちゃんを見下ろすうちに、やっと落ち着きを取り戻してきた脳みそで考える。偶然、偶然なんです、ほんと、偶然で。
何回も何回もそればかりを繰り返す彼女は、やっぱり居心地が悪そうで、それすら可愛らしく見えるんだから嫌になる。にっこり、いつもするみたいに装って微笑んでみたら気まずそうに目をそらされた。
「ぐ、偶然、です、…ぐうぜ、」
「名前ちゃん、」
「は、はいっ?」
「クッソ会いたかった。」
「……はい、いや、またまたまた」
「俺は会いたかったし、会えてクソ嬉しいんだけど。」
「…えっ、い、いやその、」
うわ、顔赤いクッソ可愛い。この子こんなんで他の野郎相手にやってけんのかな。そんなこんな考えながら手を伸ばしてみる。どうせ逃げられんだろうなんて予想とは裏腹に、名前ちゃんの手に指先を捕まえられ、て、
しばらく俯いて、指先に力を込めた彼女は笑った。あの、いつも俺には見せてくれない、本当に嬉しそうな笑顔で、
「わ、…私も、です。」
「………!」
これで雪でも振りだせば完璧なのにな、赤くなりそうになる顔を誤魔化すために一瞬だけ考えて、直ぐに打ち消した。…雪なんか降らなくったって、どう考えても完璧だ。
All I want for christmas is you,baby!
「と、時にサンジさん」
「ん?」
「これから、ひ、」
「名前ちゃん、今から暇?」
「…!暇、です…」
「表参道のカップルに、バルスでも唱えにいく?」
「…なっ、(何故そのことを!)」
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