きみなしじゃいられない
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『そげきっのーしまーでーうまれったーおれーはー』
床にめり込むくらいに最悪な気分の俺のことなんか知ったこっちゃないってな感じで、ハイテンションな着信音が鳴り響く。着メロのセンス無さすぎだろこの長っ鼻。うめいてはみたがもちろん返事はない。テーブルに突っ伏したままで会話を聞く。…どーせカヤちゃんからだろ、クソ、羨ましい、いや、忌々しい。
「あー、もしもし?おう、どうしたよ」
「サンジ?あァ、いるけどそれが何だよ。……ああ、うん、知ってる。さっきから散々泣き言に付き合わされてる」
…と、思ったら。どうも会話の相手はカヤちゃんじゃないらしい。俺が、何だって?
「…あー、おう…そんなこったろうと思った。」
げんなりしたみたいな声で電話を切って、ウソップが俺の方へ視線を寄越す。何だよ長っ鼻、なんて返す前に一言。
「おい、サンジ、朗報だ」
「…はぁ?」
「名前な、ナミんちにいるらしい。迎えに来いってさ」
「んな、……ナミすわん…」
「お礼は三割増しで、だとよ」
「…………ナミすわん……」
三割増しどころか五倍にして払って差し上げたい。二日前に俺から連絡したときにはすっとぼけたられたけど、やっぱりあの子、ナミさんの家に居たのか。よかった。とにかくよかった。名前ちゃんが他の野郎の所に行っちまったんじゃなくて心底よかった。流石だナミさん。名前ちゃんを引き留めて置いてくれてありがとうナミさん。
天に感謝したいみたいな気分で店を飛び出した。去り際にウソップが、「……お前らベタだよな。」と呟いたような気がする。何とでも言え、ばーか。いつもだったらそれくらい言ってやるところだが、今はそんな時間だって勿体ない。ひたすら彼女の顔だけを思い浮かべながら道を急ぐ。
『世界で一番』なんて、冗談に決まってるだろ。二番なんて俺にはいらねぇし、そんな順位じゃ表せないくらいに君のことが好きなんだ。ごめん許して、俺の、可愛い可愛い名前ちゃん。
そんな風に謝ったら、せめて笑ってくれないだろうか。キスは夢のまた夢だとしても、一週間ぶりの笑顔くらいは望んだってバチはあたらねぇだろ。誰に対してだかは分からないけれど、言い訳めいてそんなことを考えた。ナミさんの家は、いつものカフェから三分の距離だ。大通りから一本はいって、まっすぐ歩いて次の角を、
*
あーあー、あんたが悪いのよぉ。サンジ君のこと、しっかり捕まえとかなかったあんたが悪いの。もう、謝ったって今更。幼馴染みにだって戻れないかもね。一言でいいから、好きですなり何なり、さっさと言っておけばよかったのに。
頭の中では、相変わらずみのさんと占い師が喚き立てていた。我ながら勝手すぎる。今まで散々振り回しておいて、この期に及んで二番が居るのが嫌だ、なんて。そんなことどの口が言えるんだろう。それでも、あの人の隣が私だけの特等席でなかった事が悲しくて 仕方がない。二番目の彼女と居る所に、私が駆けつけた所でどうなるって言うんだろう。思うのに、ふらふらと夢遊病みたいに動く足が止まらない。
ナミの家からあのカフェまでは三分の距離だ。まっすぐ歩いて突き当たりを右。で、次の角を、
*
どすん。
*
角を曲がった瞬間に小柄な誰かにぶつかって、反射で助け起こそうとして気がついた。名前ちゃんだ。座り込んだまま顔を上げようとしない彼女に話しかける前に、小さな袋を渡される。なんだこれ。…クッキー?
「あっ、あの、あのね、…さんじく、」
「!っ、…名前ちゃん頼む泣かないで、どっか痛めた?具合悪い?ごめん俺、俺が、」
聞こえてきたのは泣く寸前の声で、ああ俺のせいだ、そう思ったら罪悪感でどうしようもないくらいに絶望的な気分になってしまった。なみだを拭おうなんて伸ばした手も、彼女に触れるのを躊躇って中途半端な位置で止まったままだ。例えば今名前ちゃんに触れようとして、手を拒まれてしまったりしたら。
嫌われるのが怖いし、拒まれるのも怖い。ごめん、謝ってからひどく情けない自分に嫌気がさした。目の前で泣いてる彼女、スペシャルに特別に大切な俺の名前ちゃんを泣き止ますのに、謝るくらいしかできないなんてどう考えても情けない。そもそも泣かした原因だって、クッソ下らない俺の思い付きなんだ。ああもう、俺の大馬鹿野郎。
漸く顔を上げてくれた名前ちゃんは予想通りの泣き顔で、自己嫌悪と罪悪感で思考停止になりそうになりながら、なんとか謝罪の言葉を探す。ごめん、許して、俺の、いや、俺が、ああもうなんて言おうとしてたんだっけ。言葉につまったまま、多分情けない面をぶら下げたまま、彼女の目をひたすら見つめていた、ら。
「あ、あのねさ、さんじくん」
「…っ、」
「………好きです付き合って下さい」
「………………えっ?」
中途半端な位置で停止してた手が、誰かの手に捕まえられた。誰かっつってもここには一人しかいないんだけど。華奢な、体温の高い手のひら。俺の好きな柔らかい声が少しだけ舌っ足らずな調子で紡ぎだしたのは完璧に予想外の言葉で、今度こそ俺は思考停止に陥った。
『すきですつきあってください?』
…あ、ああ。『好きです付き合って下さい』って言われたのか。あれ?俺ら、付き合ってるんじゃなかったっけ。
そうやって言われた言葉を反芻してる間にも、名前ちゃんは泣きそうな声で喋り続ける。
「あの、あのね。私、色々頑張るから、サンジ君が私のこと好きでいた分を越せるくらいに頑張るから、…クッキーもちゃんと、焼けるようになるから。こんなの言っちゃいけないって分かってるけど、二番なんて作らないで欲しくて、……できれば、」
できれば、私だけにしてほしくて。
それだけいったあと、見たこともないような顔で彼女は俯いて、俺はそれを見ながらベタなラブソングの歌詞なんかを思い出していた。聞こえてくるのは君の声それ以外は要らなくなってた、とか言うやつ。できれば、も何も最初から俺には君しか要らない。多分この先、ずっと。
手を握り返してみたら名前ちゃんの体が大袈裟に震える。赤くなった顔。ああもう、何だこの子、クッソ可愛い。
「名前ちゃん」
「う、うん」
「好きだよ」
「…………うん…」
「好きだ、クッソ大好き、愛してる。…俺には君しか要らねぇし、だから二番なんてそもそもいねぇんだ。」
「………えっ?」
「何つーか、…ごめん、嫉妬して欲しかっただけ。」
「………うそ、だってさっき、」
「ついでに言うと、……俺らさ、付き合ってるよね。半年前から」
「………えっ!?嘘!?」
「いや、まじで」
「だっ、わ、…っな、」
「…名前ちゃん落ち着いて」
「いや落ち、落ち着いても何も、だって、付き合うってあれだよね、『好きです付き合って下さい』的なあれがないと、」
「…だから、やったろ。それ。半年前に。」
「やってないよ!……いややったっけ……?だってそのあとも全然いつも通りだから私はてっきり」
……前々からずっと思ってたけど、この子鈍感だよなぁ。ちょっと馬鹿なんじゃねぇかと思うくらい。思ったけど言ったら怒るだろうから口には出さない。キスしようか抱き締めようかものすごく迷ってから指先に口付けたら、小さく息を止める音がした。あーもう、可愛い。ほんと、可愛い。そうやって叫びたくなるみたいな気持ちを抑えて、
「好きです付き合って下さい」
なんて言えば「……よ、よろこんで…」とか小さな声が返ってきて。数時間前のどん底気分とは打って変わって有頂天になった俺は、名前ちゃんの事をめちゃくちゃに抱き締めた。
君なしじゃいられない!
「名前ちゃん、好き。」
「…うん、あの、サンジ君、」
「大好き愛してる、俺の、俺のサダコ、」
「(…サダコ…?)あのねサンジ君」
「うん、愛してる」
「いやあの、ここちょっと恥ずかし、」
「クッソ愛してる大好き、死にそう」
「死にそ…!?」
「ねぇ、キスしていい?」
……会話が、全く噛み合ってない。キスしていい?なんて聞いた癖に私が返事なんてする暇はなかった。唇の端と、上唇と、下唇に一つずつ。気障ったらしい映画みたいなキスのやり方に、いつもだったらサンジ君きざだなぁとか言えたかも知れないけれど、勿論今の私にはそんな余裕はなかった。あーチューしてる!ラブラブだぞー、なんて小学生の声も何だか遠くに聞こえた。唇のすれすれの所で「愛してる」なんて囁く声に、精々頷くのが精一杯で。愛してる、好きだ、大好き、際限なく雨あられと降り注ぐ甘ったるい言葉に顔が熱くなっていって、ここが道路の端っこだなんてことはその内頭からすっ飛んでいってしまった。
「……名前ちゃん、好きだよ、」
目の前で気障ったらしく微笑む、それはそれは格好いい私の幼馴染み。半年前から恋人だったらしい私の幼馴染み。頭の中では、某アイドルの歌うベタなラブソングがエンドレスで流れていた。アイウォンチューアイニージューアイラービューってやつ。熱に浮かされた頭は余り正常に機能してないみたいで、気がついたら私は彼に抱きついて、「…私も、大好き。」なんて恥ずかしいことをいってしまっていた。目を開けた瞬間に入ってきたのは、それはそれは格好よくてドラマチックなサンジ君の、じわじわと赤くなっていく顔で。めったに見られない光景に声を上げて笑ったら、息もできないくらいにきつくきつく抱きしめられた。耳元で、サンジ君の泣きそうな声がささやく。
「…やっと、笑ってくれた」
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