君はかわいいエトランゼ
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『帰りたくないんです、私まだ、』
ベタなドラマみたいな台詞だ。もしくは、その辺の安い恋愛小説みたいな。状況もおあつらえ向きだったっけ。俺もあの子も酔ってて、終電間際で、桜なんか咲いてて。絵にかいたみたいなシチュエーションだ。まあ、本人は自覚してなかったかもしれねえけど。
「…で、逃げ帰ってきたのね?」
「…い、いや、逃げ帰ったっつうか…その」
「驚いた。案外初だったのね、あなた」
「いやあの…ロビンちゅわん…」
「ふふ、面白いわ。それで?エトランゼとはどうなったのかしら」
相変わらず綺麗に笑う、ロビンちゃんが眩しい。言葉に詰まって中途半端に空いてしまった間を埋めようと煙草に火を点した。カウンターのはしには未練がましく、あの子から借りた文庫本が置いてある。もしかしたらもう二度と、返すチャンスはないかもしれない。とか、そんなことをセンチメンタルに考えてる自分が情けない。ロビンちゃんからの質問には答えようがなくて、とりあえずへらりと笑ってみたら煙草を取り上げられてしまった。
「珍しいのね、あなたがミステリー小説なんて」
「……ああ、いや、実は借りもんでさ、」
「返さないの?前に来たときも置いてあったけど」
「…うん、まあ」
「読み終わったんでしょう?返しに行ったらどうかしら」
「………はは、まあ、その内。」
細く煙を上げる煙草を指先で弄びながら、彼女は楽しそうに言い連ねる。「あー……そうだ、何か作るよロビンちゃん。ご注文は?」
「チーズケーキ。」
あからさまに誤魔化しにかかったことだって、どうせロビンちゃんはお見通しなんだろう。その単語を聞いた瞬間にうっかりカップを落としそうになった俺に、追い討ちをかけるみたいに綺麗に笑う。相変わらず素敵だ。綺麗なレデイは全人類の宝だ。とかなんとか、現実逃避しかけた俺にむかって一言。
「素敵よ、可愛いわ。その、意外と臆病で初でへなちょこなとこ」
*
ああもうどうにでもなれ。
そんななげやりな事を思ってた癖に結局据え膳は食わずじまいだ。手を出したが最後、万が一億が一あの子が店に来てくれなくなったらだとか。馬鹿な中学生みたいに考えたような気がする。麗しのロビンちゃんの言う通り、初で臆病者でへなちょこだ。そういえばナミさんにも言われたっけなあ。あのときのナミさんはほんと綺麗だった。まあそれはいい。ともかく、中学生じゃねえんだからそんなん手を出してから考えりゃいいだろ馬鹿。今になってそんなことを考えたりもするけど、もしあれをもう一度再現されても結局俺は名前ちゃんに手なんか出せない気もする。ああそうだよ俺は初で臆病でへなちょこ中学生日記だよ。
誰にともなく頭のなかだけで毒づきながらチーズケーキを盛り付ける。日替わりだった筈のデザートは、気がついたら最近はかなりの割合でチーズケーキになってしまっている。月曜はレアで木曜はベイクド。火曜は名前ちゃんの好きだったニューヨークスタイル。勿論ソースはラズベリー。金曜日はタルト風、で、水曜日だけ辛うじてチョコレートパフェ。苦めのガナッシュと甘さ控えめのホイップクリームがあの子の好みで…って、本当に俺は馬鹿なんじゃないだろうか。
皿の余白にソースを散らしながら、半年前のバレンタインの事を思い出す。夜にわざわざ、俺のとこまでチョコ届けに来てくれたんだよな。確かあのときも、夜遅いから危ないとか理由つけて駅まで送ってった。で、やっぱり色々やましい事を考えつつせいぜい手をつなぐ程度しかしなかった。勿体ない。何やってんだ俺。馬鹿じゃねぇか俺。勿論、もうあんな奇跡みたいなタイミングで名前ちゃんが店にくる事なんてない。
『帰りたくないんです、私まだ、』
泣き出す寸前みたいな目でまっすぐ俺を見ていた、彼女の顔がこびりついて離れない。正直あの時は、あのまま一緒にいたら、あの子に飛んでもない事をしでかしそうな気がしてた。で、結局手なんか出せるわけもなくぐだぐだと今も後悔してる訳なんだけど。
あれから3ヶ月。あの夜以来、ぱったりと名前ちゃんは店に来なくなった。パティ達の定食屋にも顔を出してないらしい。こうなるくらいだったら番号聞くなり教えるなりしておけばよかったのに。例えばあの時、うっかり何かしでかしちまってたら。今頃、名前ちゃんとどうにかなれてたんだろうか?