君はかわいいエトランゼ
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…例えば、私とサンジさんだって端からみたらカップルみたいに見えたりとか、する、わけが、なかった。
相変わらず後ろから聞こえる、カップル達のやましい会話(別に、彼らみたくこのまま帰りたくないなんて思ってるわけでは決してない。したがってこの近くにホテルがあるから泊まっていこうなんて会話も、本当に驚くほどどうでもいいし、この近くにその手のホテルがあるなんて情報も全く、全然、気にしていない) を聞き流しながらぐるぐると考える。
別に付き合いたいとかそんな、大それた事を考えてるわけではなくて、いや嘘つきました本当は少し、ほんの少しだけ期待したりとか、しちゃったりとか、……してたんだけど。
サンジさんの視線はチーズケーキが独占していて、それを眺めながら思う。…こっち向いてくれたらいいのに。視線が合ったら、出来れば笑って見せてそれから、…デートみたいで楽しかったです、なんて言えたらいい。帰るのが名残惜しいです、とか付け加えてみたりして。そんなこと思うだけで、口になんて出せっこないのに。
カチャリ。フォークを置く音が意外と大きく響いた。紅茶を一口だけ飲み込んで、時計に目をやる。…終電まで、あと40分ちょい。無駄な抵抗だけど、なるべくゆっくり紅茶を飲む。見計らったみたいなタイミングで目があったサンジさんが笑う。いつもみたいな、柔らかくて低い声。
「…そろそろ、帰るかい?」
*
…つまり、いつも通り。駅まであと三分の距離で、会話もしないでまだ私は考えていた。半歩前を歩くサンジさん、の、手を捕まえて立ち止まってそれから一言。まだ帰りたくないです私、…なんちゃって。考えるだけで何一つ行動に移せないのに、そんなことばかり考えてしまうんだから馬鹿馬鹿しいことこの上ない。あと三分、駅についたら、無理をいってすみませんでした、なんて笑ってまた来週の火曜日に、とかなんとか、私に言えるのなんてせいぜいその程度で、火曜日になったら。
…いつも通り、
「…名前ちゃん?」
サンジさんが振り返って、怪訝な目で私を見る。ぴたりと止まってしまった足は地面に張り付いたまま、半端に開いた唇からは情けなく息を吐く音だけが聞こえた。見上げたらサンジさんの瞳のなかで、泣き出しそうなくらいに情けない顔をした自分と目が合う。
「…たく、ないです」
「えっ?」
「帰りたく、ないんです。私まだ、」
口に出してみたら、びっくりするくらいベタで安っぽい言葉だ。帰りたくないです、なんて。冗談みたいだ。もう少し考えればよかったのに、
遠くの方では、相変わらず酔っぱらいがはしゃぎ回っていた。彼の方を真っ直ぐ見られなくなって、ひたすらにアスファルトを見つめる。3歩先にある足が、ゆっくり歩いてきてすぐ前で止まる。
「…名前ちゃんさぁ、何でそんな俺のこと信用してんの。」
低い声が、苛立ったみたいに言うのを聞いた。無意識に、鞄の紐を握りしめていた手が捕まえられて、痛いくらいに力を籠められる。聞いたことないような声。と、見たこともない物騒な目。踏み切りがなる音が遠くで聞こえる。
ワンワンだかカンカンだかそんな感じのけたたましい音に混じって心臓の音が煩かった。煙草の香りがする、ぼんやり思って顔を上げた、ら、サンジさんと目が合う。瞬きをするよりも前に唇が近づいてきて、
すれすれで、熱に浮かされたみたいな声が私を呼んだ。馬鹿みたいに足を竦ませながら、目を閉じて4秒、
「……例えばさ、」聞こえてきた声に目を開けたら、全く同じタイミングで、手を離される。かたんかたん、なんて電車が走る、やる気のない音が聞こえた。
「例えば、こんな風に襲われたら危ねえだろ。」
「………へっ、」
さっきまでの物騒な雰囲気なんて嘘みたいに。困ったみたいに笑いながら、サンジさんは言葉を紡いでいく。いつもみたいな、優しくて柔らかくて、何でもないみたいな声。
「だからつまり、…あー、…ほら、もし相手が俺じゃなくてもっとこう、善からぬ野郎だったりしたら」
「…………」
「酔ってそんな事言ったら襲われても文句言えねぇだろ、」
駅まで、…あと少しの距離。いつも通りいつも通り、なんて言い聞かせながら、やっぱりいつもみたいに私も笑って、何か言ったんだとおもう。すみませんそうですよね、とか、なんか言ってみたくなっちゃって、とか、そんなようなことを返したような気がする。
…で、結局。終電にも間に合った。馬鹿みたいだ。私とサンジさんなんて、何かを期待できるような関係じゃなかったのに。毎週火曜日、午後1時。例えばそれが、金曜日の午後12時30分でも、縮めようがない距離のある関係なわけで。
毎週火曜日に店に行って食事をして、少し会話をする。見てるだけでよかったなんて言ってた癖にどんどん欲張りになって、無駄な期待をして。馬鹿じゃないの、なんて自嘲してみてもやっぱり、サンジさんの声が耳に絡み付いて離れない。…あんな風にまた、名前を呼んでくれたらいい。性懲りもなく浮かんでくるそんな考えをかきけすみたいにして呟いた。…フォーリンラブ、なんちゃって。