君はかわいいエトランゼ
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生ぬるい春先の風が、肌を掠める感触をぼんやりと感じていた。何か話題を絞り出そうとした口からは、無意味な笑い声しかでてこなかった。いつも通りいつも通り、なんて、働かない脳みそで言い聞かせたところで役に立ちそうもない。…いつも通り、って、なんだっけ。右側を歩く彼を盗み見て、少し前に、こんな風に駅まで送って貰ったことを思い出す。…手、繋いでみようかな。今度は私から。じんじんと熱くなってきた頭は考えるけれど、勿論行動に移せるわけがない。
暖かいですねすっかり春ですねとか、月が綺麗ですねとか、当たり障りのない会話の糸口を、喉元にわだかまらせたままサンジさんの視線を追う。一瞬だけ視線がかち合った気がするけど、すぐにそらしてしまったからわからない。彼は今、どんなかおをしてるんだろう。
沈黙が重い、のは、もしかしたら私だけなのかもしれない。借りっぱなしのマフラーが入っている鞄の紐を無駄に握りしめたまま、相変わらず考えていた。いつも、私はこの人にどんな話をしてたっけ。
「…す、」
「…えっ?」
「あ、す、すみません。また送って貰うことになってしまって」
…いいんだよ丁度君に会いたいと思ってた所だったんだから、とか、君に会えたんだからむしろついてた、とか、無意識にそんな感じの気障な答えが返ってくると思っていた、の、だけれど。そんな予想に反して、サンジさんは私の言葉に緩く笑っただけだった。その程度の事にも一々反応して、熱くなっていく顔を誤魔化すみたいに下を向いた。私と彼の間の半端な距離を埋めるみたいに、鞄をもちかえてみる。手持ちぶさたになった右手をだらりと伸ばしたまま、サンジさんの視線を追って目を動かす。一瞬だけ視線がかち合った、あとすぐに目をそらされる。…目があったら、大抵は微笑みかけてくれるはず。なんて、無意識に予想していた事を覆されて少しだけ混乱する。
今までだったら。目があったら微笑みかけてくれる彼に、私が曖昧に笑いを返したり。ずらずらと並べられるサンジさんの気障な台詞を交わしたり、からかうみたいな言葉に少しだけ反論してみたりだとか、私も彼をからかってみたりだとかして、
…漸く少し、ほんの少しだけ、あのカフェのなかでの自分の立ち位置だとか、彼との関係性だとか、そんな感じの物ができはじめていたような気がしていたんだけれど。さっきからちりちりと感じる、この違和感の正体はなんだろう。漸く、少しだけ分かるようになってきた(ような気がしていた)サンジさんの事がまた分からなくなっていくような気がして、いきなり怖くなってくる。
…ここが店の外だから。しかもほら、私も酔ってるし。
自分に言い聞かせて下を向いたりキョロキョロしてみたり。そんなことをしてる内に私の歩幅が小さくなったのかもしれない。顔を上げたらまた少しだけ距離が開いてしまっていて、それだけの事実に焦って早足になる。そういえば今までは、歩幅、合わせて歩いてくれてたんだな。 またひとつ違和感に気づいて不安になる。例えばここで、この人とはぐれてしまったりしたら。二度と会えない気がしてしまう、なんていうのは間違いなく私の妄想で、つまり、こんな風に不安になる要素なんてひとつもないはずだったのに。
相変わらず正体のわからない不安に急かされたまま、前を歩く背中に追い付こうとしてやけになって駆け出した、いや、駆け出そうとした、拍子に。
「…!わっ、…あ、す、すみませ、すみません、」
はでな勢いで足を捻って転んでから、泣きたくなるくらい落ち込みながら考える。…まぬけだ。私のばか。なんでこんな所だけいつも通りなんだろう。「名前ちゃん、」
いつも通りのサンジさんのこえ。春先の、生ぬるい空気がほてった頬を撫でる。「悪い、歩くの速かったよな、」いつも通りの彼の、私と話すときの柔らかくて少しだけやりづらそうな雰囲気に安心した。いつも通りだ。火曜日の午後とやっぱりなにも変わらない。「…名前ちゃん?」
お花見の帰りなんだろうか、酔っぱらいの集団が騒がしく通りすぎていく声を聞いた。いつも通りいつも通りいつも通り、なんて、念仏みたいにそれだけを頭のなかで繰り返す。いつも通りの距離。来週も再来週も一ヶ月後も一年後も、私とサンジさんの間の距離は縮まらない。なんて、いつも通りのセンチメンタルがアルコールと桜で3割上乗せされて、私は差し出された手をとることもしないでサンジさんの目を見つめていた。
さっきまで感じていた違和感なんか全て気のせいにしてしまって、「…すみませんなんか酔ったみたいで」なんて笑って彼の手をとる。サンジさんが、からかうみたいに目を細めるのを見て、また安心して自分に言い聞かせる。…いつも通り。