君はかわいいエトランゼ
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「あの、前にもここで食べたんですけど、なんかしょっぱいゼリーみたいなやつ、ありますか?」
「…テリーヌ、かな?」
「あ、はい、多分、それです。」
めちゃくちゃおいしかったです。とあの子は笑った。
あれ以来、毎週火曜日のランチメニューには必ずテリーヌをつける事にしている。俺が彼女と交わした会話は、これだけ。
カウンター左隣、店の一番奥にある席が彼女のお気に入りだ。
毎週火曜日の午後は、決まってそこに座って食事をする。デザートはいつもベイクドチーズケーキ(ちなみに、ラズベリーソース付きのが好み)。好物はパエリア、グラタン、それからもちろん、テリーヌ。アールグレイよりもアッサムの紅茶が好き。
何で彼女の好みがわかるのかって?それァ、俺はコックだから、
「顔がにやけてるわよ、サンジ君。」
冷ややかなナミさんの声で我に返る。いや~ナミさんがいつにもましてお美しいから、といつもの調子で返したら、嘘おっしゃいと一蹴されてしまった。
「そんな風に話しかければ良いじゃない」
「いや、あの子はそういう性格じゃないですから…あークソ可愛いなァ…」
にやけながら店の奥、あの子の座っている席を眺める。彼女は一心不乱にパエリアをぱくついている最中だ。その表情は、とても幸せそうだ…うん、今日のパエリアは出来がよかったな。
「ハート型になってるわよ、煙。」
最初は、うちの店にはあまり来ないタイプの子だ、としか思っていなかった。ただ、うちの料理を食べてる時の物凄く嬉しそうな顔は、今でも覚えている。あんなに美味しそうに俺の料理を食べる女の子は初めて見た。彼女が初めて来てから半年と二週間目の今日も、彼女は俺の料理を物凄く美味しそうに食べてくれる。
特に好物を食べてるときの顔はクソ可愛いとしか言いようがなくて、
「俺ァ奈落の底までフォーリンラブですよ、ナミさん…」
「だから、それ、いつもみたいに言ってきなさいよ。」
…いつもだったらなんだかんだ理由付けて話しかけて仲良くなって、今頃は名前だって知ってるし知られてるはず、だったんだけど。
うちの店にはあまり来ないタイプだ。どっちかっていうと、すいてるからって理由で裏通りの定食屋とかを好みそうな感じ、というか。
最初にうちに入ってきたときも、その次も、どことなく居心地悪そうにしていた。
俺が普段話しかけているような、例えばナミさんみたいに、綺麗だとか可愛いだとか、クソ可愛いとか奈落の底までフォーリンラブだとか、クソ可愛いだとか、ほっぺについてるマヨネーズとってやりたいだとか、いつもポニーテールなんだからたまには下ろしたら可愛いのにだとか、……あれ?
ナミさんが冷ややかな目で俺を見ている。
「だから、なんでそれを私に言うのよ。」
「そんな冷ややかな目も素敵だ、ナミさん…」
「いい加減にしなさい。」
そう、俺がこんな風に軽口を叩いても許してくれるような、そんな女の子じゃない。多分。
「あの子は、こんな風にかるーく口説いて良いような子じゃないんですって…」
「あんた、今私にすっごく失礼なこといってるの、わかってる?」
いやだなァナミさんは別格ですよぉーなんて言ったりしながらテリーヌを食べてる…物凄く美味しそうに食べてる彼女を眺める。うん、テリーヌも上出来だな…じゃなくて、
「あー、らしくねェ…」
カウンターに突っ伏す。あー私ブラッディーマリーが飲みたいわー、なんて言ってるナミさんの次の言葉に顔を上げる。
「こっち見てるわよ、愛しのエトランゼが。」
「まじで!?」
……こっちを、というより、俺の後ろの壁を眺めてるみたいな目だ。一瞬だけ目があった気がする。笑いかけてみたらどういう反応をするんだろう、なんて考えてる内に彼女はテーブルの上の皿に目を移してしまった。
「たまには俺の料理じゃなくて、俺を見てほしいぜ、プリンセス…」
「…なにいってんのよ、気持ち悪い。」
お酒強めで、と注文をつけるナミさん(どん引きした顔も、女神のように綺麗ですよ)にブラッディーマリーを出すために、厨房に引っ込む。
ナミさんの言うとおり、本人にあんな事言ったらどん引きされるんだろう、とか思いながら。
あーあ、本当にらしくねェ。
*
ブラッディーマリーのついでにラズベリーソースを作る。
あと少ししたら、彼女は多分デザートを注文してくる。チーズケーキを食べてる時の顔は一瞬女神と見間違えるくらい…って、あれ?
「…帰っちゃったわよ、お金置いて」
にたにたとしまりのない顔でカウンターに戻ってきた俺に、ナミさんが一言。あからさまにがっかりした顔をしたんだろう、ナミさんはブラッディーマリーを飲みながらにやりと笑った。
「ところで、これ、なーんだ?」
「…傘?」
「そ、傘。あの子の」
ナミさんの手にした紺色の古びた折りたたみ傘は、この店ではいかにも居心地悪そうに見えた…そう、持ち主と同じくらい。折りたたみ傘なんて、わざわざ鞄から出したりするもんじゃないんだろうけど、…まぁ、落とし物って事にしとこう。
なんにせよ、この傘をとりに確実に彼女は店に来てくれる、そう思ったらまた顔がだらしなく緩んだ。
「因みに、名前入り。律儀な子ねー、クラス番号と出席番号までかいてあるわ。…知りたい?」
「!あぁ…ナミさん、俺のアフロディーテ、」
「ところで、私、チョコレートパフェが食べたいわ。」
「…かしこまりました、プリンセス」
そんな後ろ暗いやりとりの後、手に入れた紺色の傘。撮影があるから、とナミさんも帰ってしまって、店にいるのは俺一人だけ。
三年B組11番、苗字名前。几帳面な字で書かれた名前は、いかにもあの子らしい。
「名前ちゃん、か…」
可愛い名前だな、と思ったらまた顔がにやける。それにしても何で今日はデザート食べずに帰っちまったんだろう。チーズケーキもかなり気合い入れて作ったのに。あーあ、もう今日はやる気でねぇし店しめようかな………あ、雨。
ぽつぽつと降り出した雨は、すぐに本降りになって道路を濡らしていく。…名前ちゃん、傘ねぇけど大丈夫かな。
なんとなく彼女が傘を取りに戻ってくるような気がして、店の前のバルコニーの手すりにもたれて煙草を吸った。
多分この傘、中学か高校の頃から使ってるんだろうな。物持ち良いな。なんて思いながら傘を眺める。一方的にこっちが名前を知ってるというのはなんか変な感覚がした。向こうは多分、俺の名前を知らない。俺が彼女の名前を呼んだらどんな顔をするんだろう。
三本目の煙草の火を消して顔を上げた、ら、そこにはさっきまで思い描いていた名前ちゃんが立っていて、少し目を見開いた。…えーと、こういうのなんて言ったっけ、あァ、そうだ、えーと、瓢箪から駒、じゃなくて、
「あ…あの、」
彼女の声で我に返る。びしょ濡れの名前ちゃんは気まずそうに下をむいてごにょごにょと続けた。
「すいませんそれ私の傘なんです。さっき、忘れてしまって、…」
さっきまで焦ってたのを丸ごとなかったことにして、多分俺は楽しそうに笑っている。
俺が彼女の名前をよんだら、
「うん、名前ちゃん、だよね?」
彼女、名前ちゃんは驚いたようにちょっとだけ俺を見て、すぐに目をそらす。やべぇ、クソ可愛い。余裕ぶって言葉を続ける。ちなみに、濡れた服が透けててエロいとか、そんな不埒な事は全然、全く、考えていない。
「傘、返すからさ、これからちょっと時間ある?びしょぬれだしさ、ちょっと乾かしてってよ。そんなんじゃ風邪ひいちまうし、」
いつものチーズケーキもご馳走するからさ。
チーズケーキも気合い入れて作ったかいがあった。迷ってた様子の名前ちゃんはまんまとチーズケーキにつられてくれた。
このまま客が来なかったらしばらくは二人っきりでいられる…やっぱり今日はもう、店しめようかな。