拍手再録
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・アリスとうさぎ
それは初夏の、よく晴れた午後の出来事だった。私はある人物を探して河原を走っていた。金髪、青い服、エプロン。確かそれが特徴のはず。丁度この時間帯に、河原で昼寝をしてるはず……。
「あーもう、時間が、」
あと20分で彼女を探し出して、裁判につれていかなきゃいけないのだ。かの有名な、ハートのジャックがパイとってとんずらした裁判の、彼女は被告人なのだ。…それにしても、パイを盗んでとんずらするっていうのはそんなに重大な罪なんだろうか?常識で考えたら、裁判沙汰にするほどでもないような気がするんだけど。さすが、不思議の国、……いや、そんなことはどうでもいい。タイムリミットはあと15分、とにかくさっさと彼女を見つけて、
「…?」
ふいに肩を叩かれたので振り返った。にっこりと微笑むのは、さっきから河で釣りをしていたサンジ君、もとい、見知らぬ兄さんだ。いつまでも行ったり来たりしている私を不審に思ったのだろうか、私を見下ろして彼が言うことには。
「何か探し物かい?プリンセス。」
「…プリンセス、じゃなくて。今は私時計うさぎなの。で、何かご用ですかサンジ君、じゃ、なかった、お兄さん。」
「いや、何探してんのかなぁと」
手に持っていた人相がきをあっさりと取り上げられる。まじまじと眺めてから、劇がかった口調で、
「こりゃ驚いた。まるで俺だ。」
「えっ、どこが」
「青い服、エプロン、金髪。この時間帯に河原で昼寝。」
「…いやでも、アリスなんだから女の子なんじゃないかと思うよ…」
言われてみれば確かに、人相がきの通りではあるんだけど。彼がアリスだとしたら、どう考えても配役がおかしい。何で主人公の性別が変わるんだろう。
そんなこんな考え込んでいる間にも刻々と時間は過ぎていく。あと五分、やばい。早いとこ金髪で青い服の女の子を見つけなきゃ、
「さ、行こうか。」
「いやいや、だからね、多分女の子なんじゃないかと、」
「でももう、時間ねェんだろ。俺じゃだめ?」
「あ、いや、だめっていうか、だめじゃないけど、えーとね、」
私を引っ張って、さっさとうさぎ穴の方へ向かおうとする彼を引き留める。
「あのねー、サンジ君、」
「『アリス』だろ、俺のうさぎちゃん。」
「……いや、うん…。その、色々おかしいと思うんだけど…」
俺のうさぎちゃん、に、照れてる場合ではない。うさぎを引っ張っていくアリスなんて聞いたことがない。うさぎを抱き抱えて穴に落ちるアリスも、勿論聞いたことがない。なんでアリスがそんな屈強なんだ。
「危ないから捕まってな、プリンセス。」
「いや、だからね、私は時計うさぎ、」
まっ逆さまに穴に落ちながら考えた。…やっぱり、おかしい。色々おかしすぎる。
ワンダーランドへ連れてって
「その耳、クソ可愛いって言ったっけ?」
「えっ!?あ、ありがとう…。」
*
・かぐやひめ
…困った。こんなはずじゃなかった。にっこりと微笑む彼を前に、私は困り果てていた。
「仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火ネズミの皮衣、燕の子安貝、と、竜の首の珠。完璧だろ?プリンセス。」
「…だめじゃん…。」
完璧に、揃えちゃだめなんだってば。あと、プリンセスじゃなくてせめて姫ってよんでほしい。
これはかぐやひめなんだから、公達には偽物を持ってもらわないと話が進まない。というかそもそも、私は彼には竜の首の珠しか頼んでないはずだ。
「…サンジ君、じゃなかった、えーと、大納言大伴御行さん。他の人達は?」
「ん?倒したけど。」
「た、倒しちゃったの!?」
いや、絶対、そんな話かったはずだ。くらくらする頭を押さえながら、昔に読んだかぐやひめのあらすじを反芻する。
確か、求婚してくる五人の公達には無理難題を出しまくって、最終的には月に帰るとかそんな感じだったはずだ。決して、気障で馬鹿みたいに強い王子様の話ではなかったはずだ。
御簾のむこうで気障ったらしく笑う彼をぼんやりと眺める。…意外と和服、似合うな。金髪なのに。
「つーわけで。俺と、結婚してくれるかい?」
「いやいや、いやいやいやいや…。」
「えっ!?嫌!?」
「あ、いやっていうのはそういう意味じゃなくてね、何て言うかね、えーと、」
あからさまにショックって顔で私を見る(ちょっと可愛い、って、そうじゃなくて。)サンジ君を宥めながらしどろもどろに説明する。
「えーと、これかぐやひめだからね。 大伴御行と結婚するんじゃ話が違うんだって。最終的には月にある実家に帰んなきゃいけないし」
「君の実家イーストブルーじゃねぇか」
「うん、実はそうなんだけど、ともかくこれはかぐやひめだから、私は月に行かなきゃいけないのね、」
「月なら俺が連れてってあげるからさ、」
「…えーと、そうじゃなくて…」
…困った。会話が、徹底的に噛み合わない。宇宙人と話してるみたい、呟いたらしれっとした顔でこう返された。「そりゃ当然だろ、君は月から来たんだから。」…何で、そこだけ設定を覚えてるんだろう。扇越しに睨み付けてみたけど、全く応えた様子はない。ため息をつこうとした、ら、不意に手を取って口付けられて、顔が一気に熱くなる。
「なぁ、プリンセス。君はかぐやひめ、なんだっけ?」
「そ、…そう。かぐやひめ。」
「じゃあ、かぐや姫。月なんてやめて俺にしなよ。」
「……えあの、」
「君が望むんならなんだってあげるし、どこだって連れてってやるから。」
あ、やばい何か変な汗かいてきた。慌てる私とは裏腹に、彼は囁く。とびっきりの甘い声で、
「俺のものに、なってくれる?」
顔を隠す為の扇もあっさりと取り上げられてしまって、ああもう、やばい顔真っ赤、とかなんとかごにょごにょと呟きながら、うっかり私は頷いてしまった。…かぐやひめって、こんな話じゃないはずなんだけどな。
fly me to the moon!
*
・あかずきんちゃん
木の影から顔を覗かせて、待つこと数時間。そろそろ限界だ。寒すぎる。指先なんてもう感覚がなくなっている。
日が落ちかけている森のなかは相当不気味で、どう考えてもあかずきんちゃんがここを通るとは思えない。でも、この森にはお花畑なんてここくらいしかないんだから諦めずに待ち続けるしかない。とにかく、あかずきんちゃんがやってこないことには話が始まらないんだから。
「…あー、お腹すいた…。」
…それにしても、遅すぎる。あかずきんちゃんの事が心配になってくる。この時間になっても来ないなんて、もしや私以外の狼にさっくり殺られてしまったんだろうか。それとも、道に迷ってるんだろうか。暗いから怖くてその場から動けないのかも。というか私も怖いんだけど。どうしよう、迎えにいった方がいいのかな。いや、でも狼があかずきんちゃん迎えにいくってどうなんだろう。
どんどん寒くなってきた上に霧まで出始めて、眠気と空腹で頭をくらくらさせながら、ひたすらあかずきんちゃんを待つ。今、一体何時なんだろう。暗いし寒いし流石に不気味、
「あー、そこの狼さ、」
「っぎゃあああああ!」
びっ、ビックリした…。
いきなり背後から声を掛けられて、思わず盛大に悲鳴を上げてしまった。振り返ってみたらそこにいたのはサンジ君で、安心したら少しだけ涙が出そうになってしまった。
「あ、な、何だサンジ君か、よかった…。」
「いや、サンジ君じゃなくて狩人な。」
「あ、うん。えーと、あかずきんちゃん知らない?私朝からずっと待ってるんだけど…。」
「ああ、あいつなら帰ったよ。」
「か、帰った!?」
「うん。じいちゃんにはどうしても会いたくないとかなんとか言ってさ。」
な、何だそれ…。私の朝からの努力は一体…。私がどうしようもなく脱力する間にも、彼は言葉を紡いでいく。
「君の事だから、もしかしたらクソ真面目に待ってるんじゃねぇかと思って迎えに来た。」
「………狩人なのに?」
「こんな時間に危ねぇだろ」
お手をどうぞ、プリンセス。なんて気障ったらしく差し出された手を取った、ら、ビックリしたみたいな顔で見られたので少しだけ慌ててしまう。
「…え、どうかした?」
「いや、いいのかい?話、進まねぇけど。」
「あー、………うん、もう疲れちゃったし…。一緒に、連れて帰ってよ。だめかな?」
「………よ、ろこんで…(うわ、なにこの狼、クソ可愛い。)」
こうして、全てまるくおさまりましたとさ。
「あ、でもだめだ、今私狼なんだった。」
「何かそれ、今更だな」
「いやだってさ、送り狼って言うじゃんか、」
「……(立場逆って、いった方がいいのかなコレ)」
*
・白雪姫
「………やっぱ無理だ、恥ずかしい…」
顔を近づける。離れる。近づける。離れる。
私は一体何回繰り返せば気が済むんだろう。たった一回キスをするだけだ。しかも、相手は眠ってるわけだし、私が王子様な訳だからお姫様にキスをするのなんてストーリー上当然の流れだ。なにも恥ずかしい事はない。
そうやって自分に言い聞かせても、どうしたって羞恥心が拭えない。そりゃそうだ、公衆の面前でキスなんて、どう考えたって恥ずかしい。
ガラスの棺の前でうずくまる私を、小人達がイライラとした目で見ている。
「…あの、さっさとしてくれませんかね?時間も押してるんで」
「…キスはカットなんてことは、」
「できるわけないでしょう!王子のキスなしでどうやって話を先に進めるんですか!」
「じ、じゃあせめてあっち向いといて下さいよ!恥ずかしいじゃないですか!」
「あー、それじゃあちゃんとキスしたかどうかが確認できないんで駄目です。……大きい声出さないで下さいよ、白雪姫起きちゃうんで」
「いいじゃないですか!白雪姫が起きるならキスしなくたって!」
「駄目ですよ!これ、ラブストーリーなんですから!」
とにかく、キスは必要不可欠らしい。大声で目覚めてしまうかもしれないお姫様をキスで起こさなきゃいけないってのは腑に落ちないものがあるけど、これがラブストーリーって事を鑑みればキスは必要不可欠なことは分かる。分かるけど。
「…お願いしますよほんと、こっちも忙しいんですからあと五分で終わらせてください」
「………はい。」
小人にどやされてしかたなくもう一度、棺の中で眠る彼を覗き込む。そもそも、配役がおかしい。スーツすがたのお姫様なんて聞いたことがない。もう一度役を割り振るところからやり直すべき、頭の中で考えても小人が怖くて実際には口に出せない。
「で、では、」
「ちゃんと台詞も言ってくださいよ、『おお、何と麗しい姫君だろう』って」
「…お、おお、何と麗しいひ、」
めぎみ、だろう。言い終わる前に頭が引き寄せられる。唇に柔らかいものが触れて、そのまま思考が停止してしまった。
「あっ、ちょっと白雪姫からキスしちゃ駄目じゃないですか!ちゃんとやって下さいよ全く!」
小人が怒鳴る声が妙に遠くで聞こえる。離れようとしてもがっしりと頭を捕まえられてしまう。口のなかに舌が入り込んできて、思わず目をつぶった。
「……ッ、」
好き勝手に動く舌に、どんどんおかしくさせられていく。息、苦しい。死んじゃう。
人前だとか恥ずかしいとか諸々の考えが全部麻痺して来た頃にようやく離されて、彼は唇すれすれのところで囁いてから、笑った。
「……おはよ、王子サマ。」
「………」
「あー、ちなみに俺も、これはミスキャストなんじゃねえかと思うぜ、プリンセス。」
違う、プリンセスはあなた。私は王子様なんだってば。もうそんな事を言う気力もない。白雪姫、もといサンジ君はあっさりと私を抱き抱えて歩き出す。それも、お姫様だっこ。白雪姫に抱き抱えられる王子様なんて聞いたことがない。本当にこれでいいんだろうか。
恥ずかしさを紛らわせるためにそんな事を考えた。耳元でサンジくんが笑う声、と、背後でやる気の無さそうな小人が言うのを聞いた。
「『こうして、白雪姫と王子様は、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。』さー次いくぞ、次。ああ忙しい忙しい。で、ルンペルシュツルツキンはどこいったんだよ全くもう…
ever after
「と、ところで、いつから起きてたのサンジ君。」
「大体君が、38回目の失敗をした辺りから。」
「……数えてるってことは最初から起きてたんだね…。」
「ああ…まぁ、うん。優柔不断な君も可愛いかったって、プリンセス。」
「………(は、恥ずかしすぎる…!」
それは初夏の、よく晴れた午後の出来事だった。私はある人物を探して河原を走っていた。金髪、青い服、エプロン。確かそれが特徴のはず。丁度この時間帯に、河原で昼寝をしてるはず……。
「あーもう、時間が、」
あと20分で彼女を探し出して、裁判につれていかなきゃいけないのだ。かの有名な、ハートのジャックがパイとってとんずらした裁判の、彼女は被告人なのだ。…それにしても、パイを盗んでとんずらするっていうのはそんなに重大な罪なんだろうか?常識で考えたら、裁判沙汰にするほどでもないような気がするんだけど。さすが、不思議の国、……いや、そんなことはどうでもいい。タイムリミットはあと15分、とにかくさっさと彼女を見つけて、
「…?」
ふいに肩を叩かれたので振り返った。にっこりと微笑むのは、さっきから河で釣りをしていたサンジ君、もとい、見知らぬ兄さんだ。いつまでも行ったり来たりしている私を不審に思ったのだろうか、私を見下ろして彼が言うことには。
「何か探し物かい?プリンセス。」
「…プリンセス、じゃなくて。今は私時計うさぎなの。で、何かご用ですかサンジ君、じゃ、なかった、お兄さん。」
「いや、何探してんのかなぁと」
手に持っていた人相がきをあっさりと取り上げられる。まじまじと眺めてから、劇がかった口調で、
「こりゃ驚いた。まるで俺だ。」
「えっ、どこが」
「青い服、エプロン、金髪。この時間帯に河原で昼寝。」
「…いやでも、アリスなんだから女の子なんじゃないかと思うよ…」
言われてみれば確かに、人相がきの通りではあるんだけど。彼がアリスだとしたら、どう考えても配役がおかしい。何で主人公の性別が変わるんだろう。
そんなこんな考え込んでいる間にも刻々と時間は過ぎていく。あと五分、やばい。早いとこ金髪で青い服の女の子を見つけなきゃ、
「さ、行こうか。」
「いやいや、だからね、多分女の子なんじゃないかと、」
「でももう、時間ねェんだろ。俺じゃだめ?」
「あ、いや、だめっていうか、だめじゃないけど、えーとね、」
私を引っ張って、さっさとうさぎ穴の方へ向かおうとする彼を引き留める。
「あのねー、サンジ君、」
「『アリス』だろ、俺のうさぎちゃん。」
「……いや、うん…。その、色々おかしいと思うんだけど…」
俺のうさぎちゃん、に、照れてる場合ではない。うさぎを引っ張っていくアリスなんて聞いたことがない。うさぎを抱き抱えて穴に落ちるアリスも、勿論聞いたことがない。なんでアリスがそんな屈強なんだ。
「危ないから捕まってな、プリンセス。」
「いや、だからね、私は時計うさぎ、」
まっ逆さまに穴に落ちながら考えた。…やっぱり、おかしい。色々おかしすぎる。
ワンダーランドへ連れてって
「その耳、クソ可愛いって言ったっけ?」
「えっ!?あ、ありがとう…。」
*
・かぐやひめ
…困った。こんなはずじゃなかった。にっこりと微笑む彼を前に、私は困り果てていた。
「仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火ネズミの皮衣、燕の子安貝、と、竜の首の珠。完璧だろ?プリンセス。」
「…だめじゃん…。」
完璧に、揃えちゃだめなんだってば。あと、プリンセスじゃなくてせめて姫ってよんでほしい。
これはかぐやひめなんだから、公達には偽物を持ってもらわないと話が進まない。というかそもそも、私は彼には竜の首の珠しか頼んでないはずだ。
「…サンジ君、じゃなかった、えーと、大納言大伴御行さん。他の人達は?」
「ん?倒したけど。」
「た、倒しちゃったの!?」
いや、絶対、そんな話かったはずだ。くらくらする頭を押さえながら、昔に読んだかぐやひめのあらすじを反芻する。
確か、求婚してくる五人の公達には無理難題を出しまくって、最終的には月に帰るとかそんな感じだったはずだ。決して、気障で馬鹿みたいに強い王子様の話ではなかったはずだ。
御簾のむこうで気障ったらしく笑う彼をぼんやりと眺める。…意外と和服、似合うな。金髪なのに。
「つーわけで。俺と、結婚してくれるかい?」
「いやいや、いやいやいやいや…。」
「えっ!?嫌!?」
「あ、いやっていうのはそういう意味じゃなくてね、何て言うかね、えーと、」
あからさまにショックって顔で私を見る(ちょっと可愛い、って、そうじゃなくて。)サンジ君を宥めながらしどろもどろに説明する。
「えーと、これかぐやひめだからね。 大伴御行と結婚するんじゃ話が違うんだって。最終的には月にある実家に帰んなきゃいけないし」
「君の実家イーストブルーじゃねぇか」
「うん、実はそうなんだけど、ともかくこれはかぐやひめだから、私は月に行かなきゃいけないのね、」
「月なら俺が連れてってあげるからさ、」
「…えーと、そうじゃなくて…」
…困った。会話が、徹底的に噛み合わない。宇宙人と話してるみたい、呟いたらしれっとした顔でこう返された。「そりゃ当然だろ、君は月から来たんだから。」…何で、そこだけ設定を覚えてるんだろう。扇越しに睨み付けてみたけど、全く応えた様子はない。ため息をつこうとした、ら、不意に手を取って口付けられて、顔が一気に熱くなる。
「なぁ、プリンセス。君はかぐやひめ、なんだっけ?」
「そ、…そう。かぐやひめ。」
「じゃあ、かぐや姫。月なんてやめて俺にしなよ。」
「……えあの、」
「君が望むんならなんだってあげるし、どこだって連れてってやるから。」
あ、やばい何か変な汗かいてきた。慌てる私とは裏腹に、彼は囁く。とびっきりの甘い声で、
「俺のものに、なってくれる?」
顔を隠す為の扇もあっさりと取り上げられてしまって、ああもう、やばい顔真っ赤、とかなんとかごにょごにょと呟きながら、うっかり私は頷いてしまった。…かぐやひめって、こんな話じゃないはずなんだけどな。
fly me to the moon!
*
・あかずきんちゃん
木の影から顔を覗かせて、待つこと数時間。そろそろ限界だ。寒すぎる。指先なんてもう感覚がなくなっている。
日が落ちかけている森のなかは相当不気味で、どう考えてもあかずきんちゃんがここを通るとは思えない。でも、この森にはお花畑なんてここくらいしかないんだから諦めずに待ち続けるしかない。とにかく、あかずきんちゃんがやってこないことには話が始まらないんだから。
「…あー、お腹すいた…。」
…それにしても、遅すぎる。あかずきんちゃんの事が心配になってくる。この時間になっても来ないなんて、もしや私以外の狼にさっくり殺られてしまったんだろうか。それとも、道に迷ってるんだろうか。暗いから怖くてその場から動けないのかも。というか私も怖いんだけど。どうしよう、迎えにいった方がいいのかな。いや、でも狼があかずきんちゃん迎えにいくってどうなんだろう。
どんどん寒くなってきた上に霧まで出始めて、眠気と空腹で頭をくらくらさせながら、ひたすらあかずきんちゃんを待つ。今、一体何時なんだろう。暗いし寒いし流石に不気味、
「あー、そこの狼さ、」
「っぎゃあああああ!」
びっ、ビックリした…。
いきなり背後から声を掛けられて、思わず盛大に悲鳴を上げてしまった。振り返ってみたらそこにいたのはサンジ君で、安心したら少しだけ涙が出そうになってしまった。
「あ、な、何だサンジ君か、よかった…。」
「いや、サンジ君じゃなくて狩人な。」
「あ、うん。えーと、あかずきんちゃん知らない?私朝からずっと待ってるんだけど…。」
「ああ、あいつなら帰ったよ。」
「か、帰った!?」
「うん。じいちゃんにはどうしても会いたくないとかなんとか言ってさ。」
な、何だそれ…。私の朝からの努力は一体…。私がどうしようもなく脱力する間にも、彼は言葉を紡いでいく。
「君の事だから、もしかしたらクソ真面目に待ってるんじゃねぇかと思って迎えに来た。」
「………狩人なのに?」
「こんな時間に危ねぇだろ」
お手をどうぞ、プリンセス。なんて気障ったらしく差し出された手を取った、ら、ビックリしたみたいな顔で見られたので少しだけ慌ててしまう。
「…え、どうかした?」
「いや、いいのかい?話、進まねぇけど。」
「あー、………うん、もう疲れちゃったし…。一緒に、連れて帰ってよ。だめかな?」
「………よ、ろこんで…(うわ、なにこの狼、クソ可愛い。)」
こうして、全てまるくおさまりましたとさ。
「あ、でもだめだ、今私狼なんだった。」
「何かそれ、今更だな」
「いやだってさ、送り狼って言うじゃんか、」
「……(立場逆って、いった方がいいのかなコレ)」
*
・白雪姫
「………やっぱ無理だ、恥ずかしい…」
顔を近づける。離れる。近づける。離れる。
私は一体何回繰り返せば気が済むんだろう。たった一回キスをするだけだ。しかも、相手は眠ってるわけだし、私が王子様な訳だからお姫様にキスをするのなんてストーリー上当然の流れだ。なにも恥ずかしい事はない。
そうやって自分に言い聞かせても、どうしたって羞恥心が拭えない。そりゃそうだ、公衆の面前でキスなんて、どう考えたって恥ずかしい。
ガラスの棺の前でうずくまる私を、小人達がイライラとした目で見ている。
「…あの、さっさとしてくれませんかね?時間も押してるんで」
「…キスはカットなんてことは、」
「できるわけないでしょう!王子のキスなしでどうやって話を先に進めるんですか!」
「じ、じゃあせめてあっち向いといて下さいよ!恥ずかしいじゃないですか!」
「あー、それじゃあちゃんとキスしたかどうかが確認できないんで駄目です。……大きい声出さないで下さいよ、白雪姫起きちゃうんで」
「いいじゃないですか!白雪姫が起きるならキスしなくたって!」
「駄目ですよ!これ、ラブストーリーなんですから!」
とにかく、キスは必要不可欠らしい。大声で目覚めてしまうかもしれないお姫様をキスで起こさなきゃいけないってのは腑に落ちないものがあるけど、これがラブストーリーって事を鑑みればキスは必要不可欠なことは分かる。分かるけど。
「…お願いしますよほんと、こっちも忙しいんですからあと五分で終わらせてください」
「………はい。」
小人にどやされてしかたなくもう一度、棺の中で眠る彼を覗き込む。そもそも、配役がおかしい。スーツすがたのお姫様なんて聞いたことがない。もう一度役を割り振るところからやり直すべき、頭の中で考えても小人が怖くて実際には口に出せない。
「で、では、」
「ちゃんと台詞も言ってくださいよ、『おお、何と麗しい姫君だろう』って」
「…お、おお、何と麗しいひ、」
めぎみ、だろう。言い終わる前に頭が引き寄せられる。唇に柔らかいものが触れて、そのまま思考が停止してしまった。
「あっ、ちょっと白雪姫からキスしちゃ駄目じゃないですか!ちゃんとやって下さいよ全く!」
小人が怒鳴る声が妙に遠くで聞こえる。離れようとしてもがっしりと頭を捕まえられてしまう。口のなかに舌が入り込んできて、思わず目をつぶった。
「……ッ、」
好き勝手に動く舌に、どんどんおかしくさせられていく。息、苦しい。死んじゃう。
人前だとか恥ずかしいとか諸々の考えが全部麻痺して来た頃にようやく離されて、彼は唇すれすれのところで囁いてから、笑った。
「……おはよ、王子サマ。」
「………」
「あー、ちなみに俺も、これはミスキャストなんじゃねえかと思うぜ、プリンセス。」
違う、プリンセスはあなた。私は王子様なんだってば。もうそんな事を言う気力もない。白雪姫、もといサンジ君はあっさりと私を抱き抱えて歩き出す。それも、お姫様だっこ。白雪姫に抱き抱えられる王子様なんて聞いたことがない。本当にこれでいいんだろうか。
恥ずかしさを紛らわせるためにそんな事を考えた。耳元でサンジくんが笑う声、と、背後でやる気の無さそうな小人が言うのを聞いた。
「『こうして、白雪姫と王子様は、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。』さー次いくぞ、次。ああ忙しい忙しい。で、ルンペルシュツルツキンはどこいったんだよ全くもう…
ever after
「と、ところで、いつから起きてたのサンジ君。」
「大体君が、38回目の失敗をした辺りから。」
「……数えてるってことは最初から起きてたんだね…。」
「ああ…まぁ、うん。優柔不断な君も可愛いかったって、プリンセス。」
「………(は、恥ずかしすぎる…!」
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