拍手再録
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お風呂から上がったら、私の携帯が電話していた。私が携帯で、ではない。
私の、携帯が。それはもう、楽しそうに。
「さ、サンジさん、その電話はどちら様の」
「お母様から。風呂あがったみたいですけど、どうします?」
お母さんなんて?言いかけた私をちょいまち、なんて言って遮って。私の母親と私の携帯が、私抜きで電話している。
「あァ、そりゃ光栄です。お母様こそお体にお気をつけて。ええ、伝えておきます。」
「……」
「いやいやお母様はお美しいですよ。次にお会いするのが楽しみです。」
最近判明した。私の携帯電話…グル眉なのにイケメンなお兄さん携帯、BT19Sは女たらしだ。
特におばさま方に対する褒め殺しスキルが最強で、母、私の住むアパートの大家さん、最寄りの煙草屋(彼はヘビースモーカーだ)のおばちゃん、近所のスーパーのパートさん達の順で、ここ一帯のおば様を次々と陥落させていった。
母なんて、私抜きでサンジさんと会話するためにわざわざ私がお風呂に入っている時間帯に週一で電話をかけてくる。たまに私が電話に出ると、あからさまにがっかりされる始末だ。
「……お母さん、何て?」
「男物のパンツ送ったからベランダに干せ、だってさ」
「……わざわざ電話して、言うことか…?」
「あァ、あとはたくあんと梅干しとしらす送るって」
「……たくあん、梅干し、しらす…」
しらす、楽しみだなぁ。
……じゃなくて、そんな事サンジさんに話さないで、お母さん…!
彼は私の携帯なんだから、恥ずかしがることはないんだけど。いや、でも男物のパンツとか、たくあん送るだとか、会話の内容が所帯じみててどう考えても恥ずかしい。
彼と暮らして早1ヶ月、未だに慣れない事は多い。私の髪にドライヤーをかけてくれる(これも慣れない、というか恥ずかしいんだけど、彼はドライヤーが非常に上手い)サンジさんを見る。うわ、目があった。微笑みかけてくれる彼と、無愛想な顔で会話する。
「…次から、母からの電話は私が出ますんで」
「…ジェラシーかい?プリンセス。」
……違いますから。断じて。
熟女キラー機能付きです
*
「そりゃ、丈が短すぎる。」
「いやでも、」
いつも通りの朝、ではなかった。今日は私の人生初のデートの朝。いつもよりも一時間早い、6時30分に無理やり起こしてもらって、気合いを入れて朝風呂にも入って。
この日のために買った新しいワンピース(結構高かった)を見た瞬間に、サンジさんの顔がみるみる曇った。
「何するっつったっけ」
「…映画鑑賞です…」
「じゃあこの下にレギンスでもはきな。映画館寒いから、絶対。君は冷え性だろ、プリンセス。」
た、確かに私は冷え性だけど…一理あるけど、いやでも暑いよな、今日…。ていうか、このワンピースそんなに丈、短くないような。丈が短いとか、うちのお母さんがいかにも言いそうだな。
「靴はこれ?ヒール高すぎ、転んだら危ないし外反母趾になるぜ」
「…外反母趾って……最近、サンジさんおばさん臭い…」
「えっ!?」
「やっぱりお母さんと毎週話してるからその影響が…」
心底ショックを受けたような顔で、キッチンから私を見る。やっぱり、おば様方と話す機会が多いからなのか。外反母趾とか、まさかめちゃくちゃお洒落でイケメン(眉毛がぐるぐるだけど)な私の携帯の口から聞くとは思わなかった。
「お、おばさん…」
「というか、言動が実家の母とそっくりですよ」
呆然としながらも、癖つくからちゃんと乾かしな、とか言いながら私の髪にドライヤーをかけてくれる彼は、本当にお母さんみたいだ。
「……お、俺がおかあ……まぁいいや、じゃあ『お母さん』ついでに言っとく」
「あ、はい。何を」
「6時までには帰ってきなよ、危ねェから」
えっ?サンジさんも行くのに『帰ってきな』って何か妙じゃないですか。そう言うとまた面食らった顔で私を見る。
「いや、着いてはいくだろうが…さすがにデートの時に俺が人型でいちゃだめだろ」
「あ、ああ言われてみれば…そうか、確かに…」
…確かにそうだ、今日は『サンジさん』と一緒じゃないんだな。何となく心細くなるのと同時に、この人(携帯だけど)は色々言うのに私がデートするのは止めないんだと思うと何故か少し複雑だ。
「…あァ、ちゃんと日焼け止めも塗りな。皮膚ガンが、」
「ほんとにおかんみたいですよ、サンジさん…」
心配性な携帯
*
「じゃあまたね、田中くん。」
歩いていく彼を精一杯の作り笑いで見送る。後ろ姿が改札を通り過ぎて、姿が見えなくなってから、盛大にため息をついた。
あー、疲れた…。単に映画を見に行っただけなのに、妙に疲れた。とぼとぼと駅を通り抜けて、ベンチに座る。
よくやった、初めてのデートにしては上出来だ。自分を誉めながら携帯電話を取り出す。あれ、どうやれば人型になるんだっけ?四苦八苦しながら色々とこねくり回した。人型携帯を携帯型にして使うなんて初めてだったから、少し勝手が分からない。
あ、このボタンか。約六時間ぶりのサンジさんは、人型に戻った瞬間に少し不機嫌そうに言った。
「あいつはやめときな、プリンセス。」
「…えーと、なんで、」
「レディのエスコートの仕方ってもんをわかってねぇ」
「何ですか、それ。」
すとんと私の隣に座って、煙草をふかす。
「まず、レディを『お前』呼ばわりするのが気にいらねぇ。馴れ馴れしい。」
「…はぁ……」
そういうもんかな…?
サンジさんはUFOキャッチャーが下手な奴は駄目だだの店選びのセンスがなかっただのほぼいちゃもんみたいな事で田中くんをこき下ろす。
「大体、田中くんって名前からしてあれだ、個性がねェ。村人Aみたいじゃねぇか。弱そうだったし」
「…さすがにそれは許してあげても…」
「服のセンスもクソ悪いし、」
「あ、ああ、確かに…」
確かに、私も『海人』ってプリントされてるあのTシャツはどうかと思った。
「あァ、それと、」
「それと?」
煙草を灰皿に捨てて、いきなり私を見る。何だろう、大方の悪口は出尽くしたけど。
「足は、大丈夫かい?プリンセス。」
「……え、」
「君はヒール履き慣れてねぇし、言えなくて無理してるんじゃねぇかって思ってさ、」
慣れない高いピンヒールは凄く歩きづらくて、でも田中くんは歩くのが早いから必死で早足で歩いていた。足が痛いなんて言いだせなくて、座りたいとも言えなくて。
心配そうに眉をひそめて、壊れ物を扱うみたいな手つきで。サンジさんの綺麗な手が私の髪の毛を梳いた。
未だに慣れない。なんでこの人は、言わなくてもそんな事わかってくれるんだろう。
「…あの、めちゃくちゃ、つま先痛いです…」
「だろうね。帰ったら絆創膏だな。…さてと。立てるかい?」
「あ、はい、」
私に手を差し出して、ゆっくり引っ張ってくれる。ベンチにおいていた鞄も持ってくれて、まるでお姫様でもエスコートしてるみたいに。
「レディを置いてさっさとと歩くような奴に、うちの大事なプリンセスはやれねぇ。」
「サンジさん…なんかお父さんみたい…」
「お、お父さん……!?」
未だにぶつくさ言っているサンジさんがおかしくて笑ってしまう。心底傷ついたみたいな顔で私を見て、そりゃないぜプリンセス、なんて。
過保護な携帯
「へへっ。サンジさん、晩御飯なに?」
「んー…暑いからゴーヤチャンプルーかな」
「げっ…私、ゴーヤ苦いから嫌い」
「好き嫌い言ってると大きくなれないぜ、プリンセス。」
「……おかんみたい。」