べたなあの人達の話/短編
名前変換
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…実は、泣き顔も好きだったりする。笑った顔の、次くらいには。
あまいあまい
勿論こんなこと口にだそうもんなら非難轟々だろう。つーか、我ながらどうかと思うよ、うん。好きな女の子、大好きで大好きで愛しくて仕方なくて世界で一番ってくらいに大切なスペシャルに特別な女の子の、泣いてる顔が好きだとかどんなクソ野郎だ。
でもそれは紛れもなく事実で、俺は名前ちゃんの泣き顔を見ることでみみっちい優越感に浸ったりだとか、くっだらねぇ独占欲がみたされたりだとか、そんなこんなでほんの少しだけいや、嘘つきました実はかなりむらっときたりだとか、……いや、それはまあいい。仕方ねえだろ俺だって男なんだから。頭の中で開き直って逆切れして、そのやましい感じの諸々と一緒に煙草の吸い殻を捻り潰す。それから、なるべくさっきまでのやましい考えなんておくびにも出さないようにして言う。「…名前ちゃん、泣かないで」
顔をあげてくれない彼女の、綺麗な髪の毛を撫でる。柔らかくて癖のない髪を、わざとらしくぐしゃぐしゃに乱しながらぼんやりと、丸まった背中を眺めた。この子の、しゃがみこんで泣く癖は昔のままだ。しゃがみこんで顔を埋めて、なるべく声を殺して泣いて。初めて目の前で泣かれた時は死ぬほど慌てたりもしたが、今となっちゃ慣れっこだ。それがつまり、この下らない優越感の理由な訳だ。ああ、歪んでんな俺。ごめんな名前ちゃん。内心で懺悔した瞬間に、情けなく震えた声が呟く。
「…別に、泣いてないよ」
ばればれの嘘で取り繕おうとするとこも昔のまま。何となく嬉しくなって少しだけ笑いを噛み殺した、
「嘘つけ」
つもり、だったけど口に出した声は明らかに笑いをこらえてる調子になってしまって、ああやべえなんて後悔したってもう遅い。名前ちゃんが身構えるみたいに手を握りしめる。それを見てまた、こらえようとした笑いがこぼれてしまう。
「嘘じゃない」
一拍おいて聞こえてきた彼女の声が怒っていたので、あーあ、面倒臭いことになった、なんて、笑いたくなるみたいな気分で思う。頭の上においていた手が、名前ちゃんに払い除けられた。ちらりと一瞬だけ見えた耳たぶは真っ赤だった。可愛い。本当に可愛い。
「嘘だ」
「嘘じゃないってば」
「嘘だろ」
「嘘じゃないってば、」
お決まりみたいな堂々巡りの喧嘩もどき。手を伸ばしてははたきおとされて、それはそれで楽しい気もしたけどもう少しだけからかってやりたくなってその手を掴んで指を絡ませてみた。
「泣かないで、名前ちゃん」
意外と固い指先も、綺麗に切り揃えた爪も変わらない。さっきの思考の続きみたいにして考える。可愛い可愛い、俺の幼馴染み。昔からずっとずっと変わらない、俺の。この子の、泣き顔も笑顔も声も髪も、勿論他のなにもかも全部俺だけのものだ。まあこんな危ねえこと一生言う気はないけど。相も変わらず狂気じみたことを頭の片隅で考え続ける俺の事なんかこれっぽっちもわかっちゃいない、可愛い可愛い幼馴染みが苛立った声を上げた。
「だから!泣いてない、」
漸く顔を上げてくれた彼女は、予想通りの泣き顔で。涙の痕をなぞれば少しだけ目を細めた。ほら見ろ、泣いてるじゃねぇかプリンセス。言ってやろうかと思ったけどやめて、代わりに掠めるみたいに一瞬だけキスをした。それから、何が起こったんだか分からない彼女のアホ面を見てなるべく早口で付け足す。「まあ、泣いてる顔もクッソ可愛いし愛してるんだけどさ、でもやっぱ君は笑ってる時が一番可愛いって名前ちゅわん、」
うん、とりあえず涙は止まった。目を丸くしていた彼女が、じわじわと顔を赤くしていくのが可愛くて、吹き出したら全然怖くないかおで睨み付けられてしまった。怖くないどころか可愛い。どんな顔してても可愛いとか本当に異常だ。嘘みたいだ。
スペシャルに大切で特別で世界どころかもしかしたら宇宙規模なんじゃねえかってくらいに可愛い俺の幼馴染み。だらしなく笑う俺を睨み付けた名前ちゃんが、「サンジ君の馬鹿」とか可愛い事を口走る。泣き止んだはいいけど確実に拗ねてるな、これは。このあと面倒臭いことになるのは確実だけど、とりあえずもう1度キスをしておこう。なんて、べたべたに甘ったるい思考で頭を一杯にしながら問答無用で名前ちゃんを抱き締めた。ああもう、幸せすぎて吐きそう。
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