サンジ/短編
名前変換
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紅茶に、絞りたてのオレンジジュースに、3時のおやつ。なにも食べ物に限った事ではない。言葉でも態度でもしぐさでも、求めたらその通りのものを返してくれるひとなんだと思う。……つまり、与えることになれている、というか。
そういう性質の人が、与えられる側になったときに何を欲しがるのかなんて私には全く想像もつかなくて。…というか今まで、あの人が私に何かを要求したことなんてなかったはずだ。貰うのはいつも私ばかり、だったらせめて今だけでも、貰った分くらいは還元したい。何を言っているのかって?…つまり、
「……何でも喜ぶわよ、あいつは。」
「…だからそれが、それが問題なんじゃん……」
3月2日、午前2時。すっかり目の冴えてしまった状態で頭を抱える私を、ナミとロビンが眠そうな目で見ている。サンジ君はきっと、何をあげても喜んでくれるとは思う。ありがとう嬉しいよ大切にするね、なんて言いながら気障ったらしく笑うのが目に浮かぶ。男性はともかく、彼はロビンとかナミとか私とか、女の子が渡したものならきっと、何でも喜んで大切にしてくれるはずなのだ。つまりだから、それが、問題なわけですが。
「…だからね、カタログ形式にしてみたの。」
「……カタログ?」
「ほら、よく結婚式とかの引き出物であるじゃん。好きなもの選んで葉書に書いて注文するやつ。」
「……あんたね、通販じゃないんだからそれはさすがに…」
私の手作りの、お誕生日プレゼントカタログをナミが面倒臭そうにペラペラと捲る。制作期間に二ヶ月半を費やした、気合いだけは無駄に込められたカタログ。…じつは、作っている途中から何かずれているような気はしていたんだけど。
「…そう、通販みたいだよね…今更気付いたんだけど、これじゃあ気持ちが全く伝わってこない」
「…ねぇ、何でもっとはやく、ずれてることに気づかなかったわけ?」
「いや、だっ、だってさぁ、……サンジ君になにあげたら良いのかなんて分からないからさぁ、」
「だからなんだって喜ぶわよ、あいつ。本当に可哀想になるくらいなんだって喜ぶわ。特にあんたのあげたものならね。」
…だからつまり、それが問題なわけで。3回目くらいの堂々巡りに陥りそうな会話の流れをせき止めたくてロビンの方を見たら、彼女は楽しそうに目を細めて笑った。
「つまり、名前はコックさんの好きな物が分からないのね?」
「うん。…誠に、遺憾ながら。」
「…ふふ。可哀想にね、コックさん。」
「…うん、全くだ………ああもう、どうしようどうしようどうしたら…」
恋人の欲しいもの分からないなんて、薄情ものにも程がある。ライターとかネクタイとか香水とか、私にとってスペシャルに特別に大切な、彼の誕生日をそんなありきたりな物で済ませてしまうべきではないのに。大袈裟ねぇ、なんてため息をついたナミに言葉を返す。何が大袈裟な物ですか。
「いや、オオゴトだよ一大事だよこの世の大事件だよ」
「…たかだか誕生日が?」
「『たかだか』!?あなた、あなたねぇ誕生日っていうのは一年の中でも最も重要な、…ちょっとナミちゃんと聞いて」
「眠い、めんどくさい。それ以上悩むくらいならもういっそサンジ君本人に何がほしいのか聞きにいきなさい」
「なっ、や、やだよ!そんな事したら最も重要な要素の一つであるところのサプライズ性が失われて……むぐっ」
ナミ相手に、誕生日の重要性を力説しようとした、ら、いつの間にか生えてきたロビンの手に口を塞がれてしまった。にっこり。優雅に笑う顔が妙に恐ろしい。手から逃れようともがく前に、問答無用で首に何かを巻き付けられた。…ネクタイ?
「…名前。今からコックさんの所に行ってらっしゃい。」
「……えっや、やだよなんで」
「もう3時なの。私たちは寝かせてもらえるかしら。」
「だっ…、だからってなんで今サンジ君の所に……」
「決まってるわ。お誕生日よ、彼の。」
「はっ!?え、ちょ、うわやだ、まっ」
………バタン。
待って、と口に出した言葉は行き場を失った。彼の誕生日用に買ったネクタイを何故かリボン結びで首に巻き付けられて、手にはさっきのカタログを持った状態のまま。ロビンの手によってあれよあれよと部屋から担ぎ出されて。気がついたら廊下で呆然と、「……なんでよ」なんて呟いている私がいた。部屋にはいろうにも内側から鍵を掛けられて、ガチャガチャと何回かノブをいじってみた、ら、だめ押しみたいに愉しそうな声で言われてしまう。
「…おやすみなさい、名前。コックさんに宜しく。」
…………ちょっと、なんでよ。
こんな夜中に、いや早朝に、サンジ君の事をたたき起こすわけにはいかないじゃん。しつこく泣きついたのなら謝るから、私ももうおとなしく寝ておくから、お願い、部屋に入れてよぅ………。
涙声で泣きついてみたものの、もう部屋の中から声が返ってくることはなかった。…ロビンって怒ると怖いんだな。呆然と、頭の中で考えながらとりあえず立ち上がる。…とりあえずまぁ、キッチン、かな。いるか分からないけど。
キッチンに潜んでおいて、サンジ君に一番におめでとうと伝えるのは、もしかしたら悪くない考えかもしれない。べただけど。相変わらず冴えたままの頭で考えながらとぼとぼと歩いた。…3月2日午前3時4分、夜明けまではあと二時間位かもしれない。
*
「…ロビン」
「なにかしら?」
「いーえ、何でも。…ベッタベタだと思っただけよ。」
「あら、オードソックスを甘く見てはいけないわ。」
愉しそうに笑うロビンは、本当にこの状況を楽しんでるんだろう。お誕生日に私をあげる、なんていくらなんでもベタすぎると思わずにはいられない。…まぁ、眠いからどうでもいいか。
*
……よかった、寝てる。
キッチンのソファで、半端な姿勢でうつらうつらしている後ろ姿。レシピでも読みながら寝ちゃったんだろうな、なんて事も簡単に予想がついて。さっきまでの焦りとか諸々を棚にあげたまま、サンジ君の寝顔を見つめる。いつもは横分けにしてる髪の毛が全部下ろされて、ちょっとサダ子みたいだとか思ってしまったら笑いが止まらない。今度言ってみたら、どんな反応が帰ってくるんだろう。「私のサダ子」なんちゃって、
つらつらとそんな事をかんがえる。ソファの横に腰を下ろして、目をさましませんように、なんて念じながら前髪に触る。意外と柔くてふわふわした手触りの、綺麗な髪の毛。寝顔が普段の二倍くらい幼く感じられて、可愛いなぁと思わず口に出してしまってから後悔した。……聞かれてませんように。
ソファからはみ出して、だらんと伸ばされてる手を捕まえたら、一瞬だけ身じろぎをされる。ああもう可愛い、好きだなぁ、思ったらこらえきれなくなって指を絡ませてみる。抱き締めてみようか迷ったけど、ドン引きされそうなので止めておいた。普段からは想像もつかないくらいのアホ面で可愛い寝顔を眺めながらつらつらと考える。
特別にスペシャルに大切な、私のチュパチャップスでサダコでパトラッシュな男のひと。彼がいれば世界が素晴らしいところに思えるとか、そんなことすら本気で考えてしまうくらいに、私にとっては大切な男のひと。だから今日は、スペシャルに特別に大変なこの世の一大事なわけで、盛大に祝われてしかるべきな一大事なわけで。
…なのに、スペシャルに特別に大切な、彼のほしいものが分からないなんてどういう事態なんだろう。ソファの足元に寄りかかって、彼が目を冷ますのをひたすらに待つ。お誕生日おめでとう、誰よりも早くそれを伝えて、それから、
*
…ごとん。
いつものように、ソファから転げ落ちて目が覚めた午前4時。朝の仕込みを終わらせたあと、雑誌のレシピを読むうちにそのまま寝ちまってたらしい。…部屋に戻るのも面倒臭ぇしこのまま寝ちまおう。あくびをこぼして顔をあげた、ら。
「…ちょ、だ、大丈夫サンジ君、」
「え、……………」
何故か、彼女が床に座り込んでいた。頭を打った衝撃やら寝起きでもうろうとした意識やら、それやこれやで何も言葉を出せないままの俺に、名前ちゃんの手が延びてきた。前髪を撫で付ける細い指(寝癖で、多分頭が鳥の巣みたいになってるんだと思う。)が、何回も動いて髪を梳いていく。甘い香りが一瞬だけ漂ってそれから、
「あー、…あの、名前、ちゃん?」
……今、多分俺はひどく混乱している。彼女に抱き締められた状態で、床に座り込んだままの現状をぼんやりと思った。小さな手が、まるで何かから俺を守ろうとしてるみたいに頭の後ろへ回される。甘い香り。脳みそへ血が逆流する感覚。目に入るのは、俺の彼女の綺麗な首筋と何故かそこに巻き付けられたネクタイ。何かを言おうとした瞬間に、名前ちゃんの息を吸う音が鼓膜を揺らす、ので、言葉も呼吸も全て行き場を失った。だからつまり、俺は今ひどく混乱している。
「サンジ君」、名前ちゃんの声がまるで、ひどく大切で特別な何かみたいに俺の名前を呼ぶのを聞いた。例えば声だとか、香りだとか仕草だとか、彼女を形作っている一つ一つが俺のためにあるなんて、自惚れにも程があるような錯覚を起こしそうになる。混乱しながらそんな事を考えて、その間も俺のとりわけ愛しくて特別に可愛くてスペシャルに大切な名前ちゃんは俺の事を抱き締め続けて、それから小さな声でぽつりと言った。
「お誕生日おめでとう、大好き愛してる。」
………タンジョービオメデトウ
寝ぼけたままの脳みそがその言葉を理解しようとのろのろと働く、間も名前ちゃんは俺から離れようとしないから、漸く意味を理解しかかったときにはもう理性やらなにやらが限界を突破していた、ような気がする。午前、4時30分。首のリボンはつまりは、誕生日プレゼントは名前ちゃん、なんてなベタな意図が込められてるんではないかと、希望的解釈をすることにした。
*
……午前6時30分。キッチンのソファなんかで襲いかかってしまった罪悪感に目をそらそうとした瞬間に、目の前に分厚いなにかが差し出された。なんだこれ…カタログ?
相変わらずの心臓に悪い可愛さで、名前ちゃんがペラペラと話す。
「お誕生日プレゼントね、ごめん…なにあげたらいいか分からなくて、それで、えーと、とりあえずカタログ形式にしてみた。ハガキに記入していただければ、二週間程度でお手元に届きます。」
…相変わらずずれてんなぁ、なんて口に出すのも億劫になって、とりあえず目の前の彼女を抱き締めてみた、ら、やっぱり生真面目な調子で聞かれてしまう。
「サンジ君、お誕生日プレゼント何がいい?」
…誕生日プレゼントは君でお願いします、とかなんとか。眠気やら怠さやらにおかされた脳みそでは、やっぱりそれを口に出すのは億劫な気がした。腕のなかに閉じ込めた、名前ちゃんから漂う甘ったるい香りを思いっきり吸い込んで目を閉じる。愛してるよ俺の名前ちゃん。とか、伝えられたかどうかは定かではないけれど。
*
「誕生日プレゼントは君がいい。」
午前、9時25分。あまりにも真剣な目でサンジ君が言うので、ここが甲板の上だとかみんな見てるだとか、もろもろの事に動揺をするのも忘れてしまった。握りしめられた手が、いつになく熱い。頷けばいいのか聞き返せばいいのか、考え込んでる間にもこの事態は進行していく。
「サンジ君、あの、言葉の意味がよく」
「あーえーと、だから、誕生日プレゼントは君が欲しいんですけど、だめ、ですかね」
「いや、だめって言うか、駄目じゃないけどそれってどういう」
いつになく真剣な声が言った、冗談みたいなベタなことばに脳みそはひどく混乱した。それはつまり、誕生日プレゼントはア・タ・シ☆とかそんな感じの、破廉恥な意味だと思えばいいのかそれとももっとややこしい意味なのか、考え込む暇もなくキスを一つ落とされて、やたらと嬉しそうな声が言うのを聞いた。
「つーわけで、この子俺のなんで。」
頭のてっぺんから爪先まで、声だって髪だって何から何まで俺のもの。気障ったらしく言う声に反論しようとして止めておいた。…実は、前から私はあなたのものなんですけど、なんて。
Love around the clock!
…つまり、年がら年中あなたに夢中です。