サンジ/短編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
可愛い、好きだ、綺麗、愛してる。その他もろもろの、気障ったらしい甘い言葉と、同じくらい甘くて美味しいお菓子。それで満足しなきゃいけないし、それ以上なんて望んだらバチが当たりそうで怖い。大して可愛いわけでも、これといって取り柄があるわけでもない私が、サンジ君の恋人なんて枠に収まっている事じたいが、そもそも奇跡なわけで。だから、それ以上なんか望んじゃいけない、いけないんだけど、
「…えーと、名前、ちゃん?」
見開かれたサンジ君の目の中に、物騒な目をした私が映りこんでいた。何て大それた事をしてるんだろう、やっぱやめようかな、頭の中ではそんな考えが行ったり来たりするけれど、表情に出ないように必死で押さえ込んだ。
大丈夫、サンジ君は私が酔ってると思ってる筈だから。自分に言い聞かせてから乾いてきた唇を舐めた。扉の向こう側から、宴会のどんちゃん騒ぎが聞こえる。いつもだったら勿論こんな時にこんな風に、忙しいサンジ君の邪魔をするみたいな真似はしないんだけど。
素面の癖に酔ってるみたいなテンションの私は、いつもだったら絶対に口に出来ないような大それた事を言おうとしている。サンジ君を引っ張りこんだ狭い部屋に、小さく掠れた自分の声が響く。あなたに聞きたいことがあるの、
*
彼は、女の子なら皆大切で特別なのだ。そんな事であった頃から知ってた、し、私はそんな風なサンジ君が大好きだった筈で、だからそれで満足できていた筈で。
好きだとか愛してるとか。それが例え他の人と同じ程度の重みしかなかったとしても、今までの私だったらそんな言葉を貰えるだけで満足できていたのに。私の事、好き?そんな風に聞いたら、彼はきっとそれ以上の言葉で返してくれるんだと思う。だけど、きっともうそれだけでは満足出来ないくらいに私は欲張りになってしまった。
好き、愛してる。それだけじゃなくて。
独占したいとか、もっともっと特別になりたいとか、そんな事言えるわけがないのに。
*
酔っぱらいの戯言ですまされる筈。冴えきった脳みそで、そんな姑息な事を考えていた。赤くなった顔だって酔ってるから、で誤魔化せる。いざとなったら寝た振りをすればいいや。こんな時にまでアホみたいにそんな逃げ道を考えている自分がなさけない。逃げられないようにサンジ君の手首を掴んでから言葉を続ける。
「サンジ君…私の事が好きですか、」
「えっ?…ああ、好きだよ、クッソ愛してる」
ああほらね、やっぱり。好きだよ愛してる。予想通りの言葉が返ってきて泣きたくなった。ドアの向こうで皆が騒ぐこえに、責められているような気分になるけど知ったこっちゃない。私は酔ってるんだ、酔ってるんだから、多少おかしな事をいっちゃっても仕方ないよね。その声にまで頭の中で言い訳をした。サンジ君の邪魔をするのも、酔ってるんだから仕方ないと思うことにする。
「じ、…じゃあさ、」
「ん、何だいプリンセス」
「…じゃあ聞くけど、それって私が特別にスペシャルに好きって意味な訳ですか」
また、乾いてくる唇を舐める。口の中は妙に乾いていて、頭のてっぺんにまで心臓の音が響いてる気がした。捕まえたサンジ君の手が動き出そうとしたので、全力の力を込めてそれを止めた。
「…名前ちゅわん、」
「私は特別かな?みんなよりも、とりわけ、特別に、私の事、が、……」
勿論好きだよぉ愛してるよほほマイスウィートプリンセス、
頭の中のサンジ君はいつもの物凄いテンションで返事をしてくれて、現実の彼もそんな風にはぐらかしにかかるんじゃないかと、思ってたんだけど。そんな予想を裏切って、目の前のサンジ君は呆気に取られたみたいな顔で私から目を反らさない。
「……あ、つま、り。」
それから五秒間。いや、三秒間?もしかしたら一秒位だったかもしれない。
「す、好きの度合いを数値化したら私はどのくらいの偏差値になるんだろうかな?と思ってえーとつまり絶対評価じゃなくて相対評価で私をみて欲しいと言うか、あ、言いづらかったら言わなくっていいって言うか、まぁその参考までに聞くだけだから、気負わずに軽い街頭アンケートだと思って答えていただければ結構ですので勿論結果は責任もって私が破棄いたしますので、あ、えーと、つまり、」
つまり、つまり、つまり、私の事、すき?
ほんの少しの間が怖くて、私は急かされたみたいにペラペラと捲し立てる事でその間を埋めようなんてやっぱり姑息な事を考えていた。そんなこんなしてるうちに口は別の生き物みたいに余計な事まで話し出して、何を言ってるのか全く意味が分からなくなってしまった。
「べっ、別にっ、あなたの特別になりたいって訳じゃないからね、ただ後学の為に知っておきたいってだけで、……だけで、」
嘘つきましたすみません。
実はあなたの特別に、なってみたいとか思ってしまいます。独占したいとか、大それた事を考えました。そんなこんなで今、困らせるみたいな質問をしてしまいました。
本格的に妙な方向に話が拗れていくのをひしひしと感じながら、頭の中で誰かに謝ったりしていた。
サンジ君が口を挟めないくらいに喋りまくった後で、答えを聞くのなんて怖くて居たたまれない。やっぱりこんなこと聞くべきではなかった。特別になりたいとか、独占したいとか、何を大それた我が儘を言ってるんだろう。
*
泣きそうな目で俺を捕まえた、手が微かに震えてるから抱き締めようと思ったら痕が残りそうな位に力を込められる。この子に付けられるんだったら悪くねぇけど。
視線を反らせて唇を舐めるのは名前ちゃんが緊張した時の癖だ。酔ってんのかと思ったけど絶対そうじゃない。まさか素面の状態で彼女がこんな事を言ってくれるとは思わなくて、俺が数回瞬きをしてる間にも名前ちゃんは喋り続けて、訳の分からない方向へ話題をずらした挙げ句にぽつりと一言。
「……ごめん何か私酔ってるみたい…」
俺の手首を掴んでいた指先がどんどん冷たくなっていくから、ああやっぱりこの子酔ってねぇな、なんて改めて思いながら手を振りほどいてみたら名前ちゃんはびっくりしたみたいに目を見開いた。すごい勢いで引っ込みかけた彼女の手を今度は俺が捕まえて、あっさり形勢逆転だ。名前ちゃんの目の中の自分が、お世辞にもとても人が良いとは言えなそうな顔で笑うのを見た。
逃げられないように、捕まえた手に指を絡めてみたら大袈裟に体を震わせる。ワガママ言ってごめんなさい。泣きそうな声がそう言うのを聞いて抑えていた笑いが溢れてしまう。唇にキスをしてしまおうか少しだけ悩んでからやめて、代わりに耳元で囁いてから抱き締めた。
「俺の、可愛い可愛い名前ちゃん。」
名前ちゃんは、滅多に我が儘を言わない。遠慮とか気遣いとか、そんな事ばかりを気にしていつだって自分の欲求なんか後回しにする。その割にはそんな経緯で取った行動は大概裏目に出ちまうんだから端から見ても少し可哀想になる。
今だってそうだ、酔ってるフリがばれてしまったら更に気まずくなるなんてことは分かりきってる筈なのに。嘘をつくのが致命的に下手な彼女は、俺がその嘘を見抜いてしまった事にすら気づいてないのかもしれない。 可哀想で可愛い俺のお姫様。
好きだとか愛してるとか、何回言ったってこの子の不安げな表情は消えない。とりわけ特別に、スペシャルに君が好き。そんな事何回も口に出してきたし態度で示してきたつもりだったんだけど、それも名前ちゃんの不安を埋める材料にはならないらしい。些細な事ですぐ不安になって落ち込んで。心底手のかかる、面倒臭い女の子。だけど名前ちゃんのそんなところを愛しちまってるんだから、多分俺も大概だ。
まるでどうして良いか分からないみたいに、俺の腕の中で瞬きを繰り返す彼女を見下ろした。滅多に聞けない、面倒臭い名前ちゃんが溢した珍しい我が儘。さて、どんな風に甘やかしてあげようか、
*
ひんやりした手が髪の毛を取って、そのまま毛先に口づけを落とされた。壁際に追い詰めた筈が逆に追い詰められて、瞬きを数回したらサンジ君は面白そうに喉を鳴らして笑った。急速に顔に血が集まっていくのが自分でも分かるけど、そうやって赤くなった顔はどうしようも出来ないからそのまま目の前の彼を見つめる。大丈夫、酔っぱらいの言った事だと思ってる筈。居たたまれない気持ちで口を開く前に彼の声が耳を掠めた。低くてとびっきりの甘い声。
「本当に、君はクッソ可愛いよな、」
「………えっ、」
「好きだよ。特別に、スペシャルに愛してる。」
「……嘘、」
「うん、言ったって信じねぇ事も知ってるさ。」
特別にスペシャルに愛してる。自分から聞いた癖に、そんな風な答えが返ってきてもまだ信じられない。私が酔ってるから、誤魔化そうとしてるのかも。 またしてもそんな事を考えてる自分が面倒くさくなってくる。大丈夫大丈夫、酔っぱらいの戯れ言だと思って軽く聞き流してくれる筈。自分に言い聞かせてから、唇を舐めた、ら、掠めるみたいに一瞬だけキスをされた。
「ねぇ、それで俺にどうしてほしいの」
「…どうって、」
「君が望むんなら何だってしてやるよ、俺の女王様。」
うっそだーあはは全くサンジ君ったら、とかなんとか誤魔化せれば良いけど、そうしたら私が素面だってばれてしまうかもしれない。そんなのは気まずすぎるし今更引っ込みも付きそうにない。痛いくらいにどくんどくん言ってる心臓を押さえてから、息を吸ってついでに吐いた。サンジ君が目を細めて、それを見ながら綺麗な目だなぁなんてぼんやりと考えていた。
「…じ、じゃあ」
「じゃあ、何?」
「私だけを見て、くれたりとか」
「もう名前ちゃんしか見えてねぇんだけどなぁ」
「…だ、だったらもうここから抜け出して、」
「うん。」
「宴会なんか放ってこのまま一緒に居てくれたりとか、」
「それだけ?」
「朝までずっと一緒に居てくれたりとか、」
「あとは?」
「あ、あとは、………あ、明日のおやつはマカロンが良いです…………」
………ウソウソ、冗談。酔ってるから支離滅裂になってるの今言ったことは忘れてね酔っぱらいの戯れ言だから。そして私は部屋に帰って寝ますので、でもマカロンの件だけは本当ですのでくれぐれも宜しくお願いします、
早口言葉みたいなそんな言い訳が口に出かかったんだけど、言うのを止めるみたいに唇に指を置かれて言葉に詰まる。今更になって扉の向こうから聞こえてくる騒がしい声を思い出した。ああ本当に、私は何をやってるんだろう。
「…なんちゃっ、て。冗談。」
「へぇ、冗談?」
「う、うんそう冗談、私酔ってるからさっきのは忘れて頂く方向で」
嘘だから、あんな我が儘本気で言うわけないじゃない、酔っぱらっただけなんです本当なんですだからお願い嫌いにならないで。
とかなんとか。結局私は何がしたいんだろう、とか、なんとか。
頭の中で色々な考えが走馬灯みたいに流れては消えていった。サンジ君はやっぱり楽しそうに微かに笑っていて、そろそろ泣きたくなった所でご機嫌って感じの声が降ってきた。
「じゃ、行こうか。」
「…へっ?どこに、」
「まぁどこでも良いけど。抜け出すんだろプリンセス。」
「いやあのそれは、私酔って、忘れて、」
「忘れねぇよ、だって君酔ってねぇもん」
「…よ、よよ、酔ってるよ!」
酔ってる、酔ってるからまじで泥酔状態だから、言えば言うほど何かを誤魔化そうとしてるみたいに聞こえてくる。逃げ出そうにもいつの間にか追い詰められてるのは私な訳で、どうしよう恥ずかしすぎる。とりあえず捕まれた手を振りほどこうとしてみたけれどあっさり押さえ込まれてしまった。
細くて長いサンジ君の指が、優しいけど強引なやり方で私の指を絡め取る。私の冷たくなった指先には、普段ひんやりしてるはずのサンジ君の体温も暖かく感じた。こんな状況なのにそれが心地いいなんて頭のどこかで思う。そんな場合じゃないのに、本当に何なんだろう私は。
「だめ、逃がさない。」
「にが、逃がさないって、あのね私本当に酔ってて」
「ああもう可愛いなぁ、名前ちゃん。まじでクッソ愛してるぜプリンセス、」
「いやあの話を」
「朝までずっと一緒に、だっけ?」
「う、嘘うそそれは冗談、」
まぁまぁ、いいからいいから。
さっきまでとは違う軽い調子で言って、抱き締められたと思ったらいつの間にか肩に担ぎあげられていた。なんだこの早業。いいからいいからって、ちっとも良かないのに。そんな事を言いかけて止めた。良くないんだっけ?良いんだっけ?そもそも私は、何をどうしたくてあんなことを言ったんだっけ、
混乱しかかっていた脳みそに、甘い甘い声が響いた。
「目一杯甘やかしてあげる、俺の可愛い名前ちゃん。」
顔が見えない状態で良かった。多分茹で蛸みたいな真っ赤な私の顔は、酔ってるなんて言葉ではもはや弁解のしようがない。微かに香る煙草の匂いを嗅いでるうちに更に熱くなってきて、だめだこりゃなんて思いながら本音を言ってしまった。
「……そうして下さい。」
なんだかんだ言いながら、結局はそれだ。遠回しに言ってみた所でこんな風に本音を見抜かれてしまったら素直に白状せざるを得ない。酔ってるだの誤魔化そうだの言って、結局は甘やかしてくださいなんて。小難しい理屈を捏ねておいて、私は自分ですら分からなかった本音を、サンジ君に見抜いて欲しかったんだとか気付いてしまったら本当に居たたまれなくて仕方がなくなる。
ああもう、本当に我が儘ですみません。
我が儘な彼女
「…あの、でも下ろして欲しいなぁとか、」
「え?嫌なこった。」
「いや、恥ずかしいから」
「駄目。離さない」
「………じゃあせめて、お姫様抱っこでお願いします…」
「…仰せのままに。愛しの我が君、」
さっき、私の言うことなら何だって叶えてあげるなんて言ったのはどこのどなたでしたっけ。思ったけど口には出せない。代わりにもう一回、恥ずかしいんですけど、とだけ言ったらやっぱりサンジ君は楽しそうに笑った。お姫様抱っこ、好きなくせに。…なんでそんな事まで分かられてしまうんだろう。いつだって私はこの人に敵わない。