サンジ/短編
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眠る前にはあの人の事を思い浮かべる。
目を伏せて煙草に火をつける動作。煙を眺めながらゆっくりとふかして、指先がそれを灰皿に押しつける。キッチンに立つ後ろ姿、長い足に綺麗な金色の髪の毛。シャツのストライプだって、付けているエプロンの色だって鮮明に思い出せる。低く鼻歌でもうたいながら、腕まくりをして、軽快な仕草で野菜を刻む綺麗な手。右手の親指には包丁の切り傷がついている。私がキッチンのドアを開ければ手を止めて、振り返って目を細めて笑う。まるで、私がここに来ることがわかってたみたいに。
揺れる金色の髪。漂うのは煙草と私があげた男物のコロンの香り。綺麗な目がまっすぐ私を捉えて、低くて甘い癖のある声がまるで特別ななにかみたいに私の名前を紡ぐ、
『名前ちゃん、』
まるで目の前に彼がいるみたいに思い浮かべる。耳の奥に柔らかく響くサンジ君の声を聞きながら、今日も私は眠りにつく。
そう、まるでここにいるみたいなサンジ君の声、の空耳、を聞きながら。
*
一年をすぎた頃からだったか。目を閉じれば決まって思い浮かべる名前ちゃんが、まるでここにいるみたいな声で俺を呼ぶんだ。
『サンジ君、』
まるでここにいるみたいに。瞼の裏に描いていたはずの彼女の姿が、目を開けても消えないでそこに立っている。あァ俺夢でも見てんのかな、どうりで体も動かないはずだ。目だけ動かして彼女の姿を捉えて、一秒でも長く見ていたいのに。大抵そこら辺から意識が曖昧になってきて、気がついたら朝になっちまう。
多分夢だ。俺のただの夢。名前ちゃんはいつもみたいに顔を少し赤くして、困ったみたいに眉毛を下げた顔で俺の事を見下ろして、かすかに微笑む。長い髪に、白い肌に赤い唇。機嫌の悪いときの爪を見つめる癖も、緊張してるときの唇を舐める癖も、照れた顔も、あの子を取り巻く甘い香りだって、鮮明に思い出せる。彼女に焦がれすぎておかしくなったかもしれない俺が毎日繰り返す、数秒間だけの邂逅。
名前ちゃんの姿をして現れるそれが、夢だろうが妄想だろうが幻覚だろうが俺には愛しくて仕方がないんだ。頼む、何だってかまわないから、少しだけで良いからあの子を抱きしめさせて、
『サンジ君、』
「…あークソ、」
目が覚めちまった。
今ここに、いる訳がない。もちろんただの夢だ。やけにリアルな、ただの夢。
*
なんか、妙。そう思ったのは一年と半月たった頃。思い浮かべるサンジ君、ただの私の夢の中のサンジ君、が、やけにリアルにすぐそばに寝ている。それだけならいつも通りなんだけど。
…サンジ君の髪型が変わってる。
昨日までは確か、左側に前髪を流してたような……。そういえば、髭だってだいぶ伸びてる。毎日見てるから気づかなかったけど……………………見てる?
サンジ君の目が動いて私の方を見る。やば、目があった、………目、が、あった………?
「名前ちゃん、」
「!」
*
「な、なに今の…」
汗だくで目を覚ました。変な夢、それとも幻覚?目を閉じて思い浮かべたサンジ君と目があって、名前を呼ばれて。
髭、伸びてたなぁ。毎日見てるから、………毎日見てる?無意識に思ってしまった。想像してる、じゃなくて、『見てる』?
なんか、妙。
ほんと、リアルで妙な夢…………………、あれは夢、だよね?
*
「なんだ今の……」
名前ちゃんがいた。俺の方を見て、目があって、名前を呼んだら顔を真っ赤にして、それから、
それから、消えた。
…どっから突っ込んで良いかわからねぇ。なんつーかすげぇリアルな、………俺は、頭がおかしくなったんだろうか。毎晩現れるリアルな彼女。多分夢か幻覚の類のはずなのに。日に日にそこにいるみたいな存在感を増していって、ついにそれは意識がはっきりしてるときに現れて、俺の声に反応を示した。
いつもみたいに名前ちゃんは顔を真っ赤にして、困ったような罰の悪そうな顔で、
…あー勿体無ぇ。夢だろうが幻覚だろうが、抱きしめてキスでもしときゃ良かったのに。しばらく悶々として頭をかきむしってから、煙草に火をつけた。
「ああもう会いてぇよ名前ちゅわん………」
絶対あの子には聞かせられない、情けない声。部屋の中には彼女の甘い香りが漂ってるような気がして、深く息を吸い込んだ。
*
「名前ちゃん待って、」
私は、頭がおかしくなったのかもしれない。寝る前に目を閉じて思い浮かべるサンジ君が私を見て、名前を呼んで、
毎晩繰り返される私と彼の数秒間の邂逅。日に日にその時間は長くなっていく。
目があって、名前を呼ばれて、手をのばされて、
聞く人が聞いたら、私は不気味な妄想狂なのかもしれない。毎晩彼のことを思い浮かべる内に、それがだんだんリアルになってきて、今じゃ会話だってできるんです…………なんて、真夏の怪談話じゃあるまいし。
赤くなった顔を手で仰いで、目を閉じる。浮かんでくるのはサンジ君の後ろ姿。夢か幻覚か。ああ、でも、
『名前ちゃん、』
さっきのサンジ君の声を頭の中で反芻させながらずるずると眠りに落ちる。妄想だろうが幻覚だろうが夢だろうが構わない。そう思ってしまう私はやっぱり、あの人に焦がれすぎて気が狂ってしまったのかもしれない。
「会いたいよ、サンジ君、サンジ君、サンジ君…」
呟いた自分の声は思いのほか不気味な調子で、とても彼には聞かせられない。やっぱりちょっと落ち着いた方がいい、深く吸い込んだ空気は煙草の香りが混じってるいような気がして、また顔を熱くする。
ああもう、会いたいなぁ。
*
気がついたらすぐ近くに立っていて、名前を呼ぶと俺を見て、顔を真っ赤にして消える。
幻覚にしてはリアルな彼女。幻覚の筈なのに、まるで生きてるみたいに少しずつ容姿を変えていく。昨日現れたときには髪をばっさりと切って(ショートカットだって似合っててクソ可愛い)、見たことのない青のワンピースを着ていた。ここ半年くらい、あの子を毎晩見てたから気づかなかったけど、やっぱりかなり髪の毛が伸びてた。
俺の思い浮かべる名前ちゃんの髪型は一年と半年前のロングへアだから、どう考えても何か妙だ。彼女が俺の見る幻覚なんだとしたら、ボブカットで見たことのない青のワンピースなんて着ているわけがない。
夜毎に現れては消えていく彼女。仮に、仮にだ。もしあれが俺の見てる夢とか幻覚の類じゃないとしたら、………………………
…こういうの何つーんだっけ。ポルターガイスト?
アホか。まるで真夏の怪談だ。そう自分でも思いながら、にやける頬が押さえられない。端から聞いたら馬鹿げた想像でしかないんだけど、名前ちゃんならそんな事もあり得る気がして。
例えば、夜毎あの子の魂が俺に会いに来てるんだとしたら。
…まるで真夏の怪談じみてる、だけどあの子が相手なら話は別だ。
そう、相手が名前ちゃんなら、俺にとっては怪談というよりもむしろ、
*
「あァ、名前ちゃん」
「!…?…、」
「愛してるよ。俺のチュパチャップス。」
「…!、……、」
「今日こそ逃がさねぇ、」
「…!!」
…何なの、今の夢。顔を真っ赤にして汗だくでベッドから飛び起きる。日に日にリアルになっていくサンジ君の夢。私を見て、微笑んで、近づいてきて、
今日は手を掴まれそうになった所で目を覚ました。
本当に夢、なんだろうか。私の見る夢なのに、サンジ君は髪型を変えていたりしてやっぱりなんか妙だ。声だって妙にリアル。煙草の香りが近づいてくるのもはっきり感じた。夢や幻覚の類には思えないほど、現実感を帯びてきた私の妄想。だけど、…………まさか、まさか、ね。
彼を思う余りに幽体離脱なんて、真夏の怪談じゃあるまいし。
…だけど、私ならやれそうな気がして少し怖い。
*
「!…、」
「逃げないで、プリンセス。」
「…!?、………!」
「クソ愛してる、」
「…………!」
*
「待った!ちょい待ち!…って、夢か」
日に日にリアルになっていく。今日は腕をつかまれて、引き寄せられて、
…あー、なんか顔熱い。
未だにドキドキ言って収まらない心臓をどうしよう。あと二週間で再会できるのに、こんなんじゃあってもサンジ君の顔をまともに見られない。
*
「名前ちゃん」
「!」
「おかしくなりそうなくらい好き。愛してる。俺のダイナマイト。頼むから消えないで、」
「……!、……」
「ああもう、クソ可愛い。」
「!!」
あ、消えちまった。
やっぱりこれは夢じゃない。面白いくらいに顔を赤くして消えていったのはどう考えても本物の名前ちゃんだ。夜毎に会いに来る俺の愛しいポルターガイスト。真夏の怪談みたいな話だって、亡霊役が名前ちゃんなら俺にとっちゃベタで甘ったるいラブストーリーだ。
だらしなく頬を緩ませながら煙草に火を付ける。再会まであと一週間、そんなの待ちきれるわけもないから夜毎に会いに来る名前ちゃんの亡霊に、俺はありったけの愛を囁く。きっと、二年ぶりに会うあの子は面白いくらいに顔を真っ赤にして困ったような罰の悪そうな顔で、
ああもう、考えるだけで愛しくて仕方がない。
*
「…!」
「愛してる、」
「!?……」
「愛してる愛してる愛してる、」
「………!!」
「名前ちゃん。君のこと好きすぎておかしくなっちまいそう。」
…………!、夢か、いや、夢じゃなかったら困る。でも、夢でも困る。今日もサンジ君はありったけの甘い言葉を囁いた。あの、甘くて低い癖のある声で、私の耳元で。あれが夢だとしても、真夏の怪談話みたいな現実だとしても、…………どうしよう、私、もう、絶対、サンジ君の顔まともに見れない………!
再会まであと3日。本当にどうしたもんだろう。
*
「俺のプリンセス、女神、ダイナマイト、」
「……!」
「ワルキューレ、ヴィーナス、チーズケーキ、チュパチャップス…」
「……、!!、」
「今日もクソ可愛い、愛してるよ。名前ちゃん」
「!!」
例によってがばりと体を起こす。甘い撫でるようなサンジ君の声が耳について離れない。夢だ。これは、夢…なんだよね?
*
「名前ちゃん、俺のことこんなに夢中にさせて一体どうしたいの」
「…!!!」
でない。声が、出ないのだ。夢の中では、私は顔をひたすら赤くして口をぱくぱくさせているだけ。まぁ現実でも大して変わらないかもしれないんだけど。…これは夢、なんだよね?私を見下ろして、サンジ君は嬉しそうに笑いながら言葉を紡ぐ。
「ねぇ、好きだよ。すげぇ好き愛してる、ってまぁこんな言葉じゃ全然足りねぇんだけど」
「……!」
夢だ。夢だ夢だ夢だ。落ち着け私!彼の唇が近づいてくる。ちょっ、破廉恥!夢なんでしょ!?このサンジ君は私の見てる夢なんでしょ!?
だったらちょいまち。夢の中でキスなんてしてしまったら、本気で明日まともにサンジ君の顔が見られない。二年ぶりの再会なのにそれはまずい。
口をぱくぱくさせながら、必死で声を絞り出す。
「…っ、ちょ、ストップ!ちょいまち!」
「!名前ちゅわん喋れんの、」
「ね、ねぇ、これ、夢だよね!?私の夢なんだよね!?」
「ああもう、声だってクソ可愛い、愛してる。俺の名前ちゃん、」
「ちょっ、だから待ってってば!キスした夢なんて見たら明日サンジ君の事まともに見らんないから!」
「…夢だと思う?プリンセス。」
「夢、だよね?」
「…へぇ、こんだけ俺のこと振り回しといて、夢だとか言っちまうんだ?」
「いやだって、」
「明日会ったら覚悟しときなよ。俺のハートの女王様。」
「っちょ、…!!!」
*
「待っ…!!!」
がばりと体を起こす。夢、だ。夢だ夢。サンジ君の事が好きすぎて私が見ている夢。きっとそう。夢………だよね?
ただでさえ熱いからだを、さっきの事を思い出して更に熱くする。唇すれすれで囁いた声。それから寸前で目が覚めて……………ああ、やばい。破廉恥。
たとえ夢だとしても、相当心臓に悪い。
明日、私は一体どんな顔でサンジ君に会えばいいんだろう。
「名前!」
「ちょっ、チョッパー!ロビンんん!」
「名前…髪、切ったのね。素敵よ、似合ってるわ。」
「ロビンも相変わらず素敵……!ああもう、すごく会いたかったの、ロビン大好き、」
「ええ、私も会いたかったわ、名前。」
抱きしめてくれた久しぶりのロビンはやっぱり落ち着く香水の良い香りがした。ああもう、ロビンだ。久しぶりのロビン。大好き。彼女の香りを堪能しながらふと疑問がよぎる。私はサンジ君と同じくらい、もしかしたら彼以上に彼女が大好きなのに、寝る前にはロビンの事だって思い出していたのに、なんで毎晩夢に現れたのがサンジ君なんだろうか。
うわ、やばい。また顔が熱くなってきた。ロビンの声が降ってくる。
「名前、コックさんに会いに行かなくていいの?」
「さ、………!いや、ちょっとね。チョッパーおいで。」
「ぐぇっ」
二年たっても相変わらずかわいらしいチョッパーを抱きしめる。久しぶりに見るとほんと、心臓に悪いかわいらしさだ。ふわふわの毛並みを堪能しながら、なるべくサンジ君の事を頭から追い出そうとする。
「名前、サンジなら医務室で寝てるぞ。」
「なっ、さささサンジ君の事なんてきいてな…医務室?」
「ナミとロビン見て鼻血吹いて貧血で瀕死だったんだ。」
「ああ、なるほど…」
一体、サンジ君は二年間どこに居たんだろう。しばらくお前も会えないかも、というチョッパーの声に胸をなで下ろした。あ、ああ、良かった。名前を聞くだけで赤面するような現状じゃ、サンジ君に会ったらどうなるかわからない。それこそ、鼻血吹くかも。
しばらく医務室とキッチンには近づかないで置こう。
なるべく気を落ち着けながら歩き出す。ウソップとかナミとか、ブルックとかフランキーとか、ゾロとか、我らが船長とか。今はサンジ君どころの騒ぎじゃない。他のみんなにも会いに行かなきゃ。
*
「…名前ちゃんの匂いがする。」
「いやいや、お前今の発言はさすがにまずいぞ、余りに変態だ」
「名前ちゅわんの香りが、あの子船に帰ってきて」
「起き上がるなって!貧血なんだから」
「うっせぇ長っ鼻。俺はあの子を捕まえに行くんだよ」
「おいサンジ、鼻血ふくから止め…あー、行っちまった。」
カマバッカ王国の暮らしは、サンジの精神には余りに過酷すぎたらしい。二年ぶりに会ったあいつは、久しぶりに見るナミとロビンに鼻血を吹き出して貧血になった挙げ句に、訳わからん話を俺に始めた。
何でも名前が、魂になって夜毎あいつに会いにきたそうで……まるで真夏の怪談話なんだが、何となく名前だったら生き霊になって化けて出るくらいはやってのけそうな気もする。ただ、そんな話をうっとりと話すサンジの様子は頭のねじがはずれかけたみたいな調子で、端から見てたらまるでやばい人……いや、あいつも名前も、二年前からやばい人だったな。
*
扉が開いて、飛び出してきた。考える前に体が動いて、サンジ君の姿をとらえた瞬間にはもう、走り出していた。逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ、今会ったら確実に鼻血吹く。とにかく、サンジ君に見つからない場所まで逃げてから落ち着かなくては。風のように走りながら、隠れる場所を探す。こういうときに匿ってくれるのは、彼しかいない。
*
「名前ちゅわん名前ちゅわん名前ちゅわん、」
「ひ、ひぃぃ、ちょ、待ってちょっとまってぇ…あ、ウソップ!良いところに!」
夢遊病みたいな顔をして名前を追いかけるサンジと、化け物に会ったみたいな顔でサンジから逃げる名前。ああ、悪い所に出くわしちまったな。そう思う暇もなく名前が俺に助けを求めてくる、…正直関わりたくねぇ。サンジの様子が不気味すぎる。
「お、お前らほんと変わらねぇな…。」
「お願い、ウソップ。助けて。」
「…だが断りたいのですが…」
尋常じゃない様子の二人をみてしみじみと思う…ああ、こいつらは尋常じゃないのが日常だったな、そういえば。
*
「な、ナミ!ゾロ!ルフィ!誰でも良いから助けてぇぇ」
「名前、髪切ったのね、似合うわよー」
「あァ名前か、一瞬分からなかった」
「そっ、そんなん今は良いからたすけ」
「…名前ちゅわん、俺の名前ちゅわん…」
「おめぇら相変わらずやべぇなー」
「ルッ、ルフィ、助け、」
「鬼ごっこだろ?」
「違ぇよクソゴム、邪魔すんな。」
「ブルック!『天国と地獄』は弾かなくて良いからサンジ君を止めてぇぇ」
「ヨホホ手厳しー!お久しぶりです名前さん、パンツ」
「てめぇもう一回それ言ったら砕くぞ、名前ちゃんのパンツは俺だけの」
「サンジ君、それ以上言ったら私はあなたと二度と話さないないからね。」
「…ごめんよ名前ちゅわん…」
やたら足の早くなったサンジ君に、着々と距離を積められながらも必死で逃げる。
お前ら変わってねぇな、ゾロの声が聞こえて。そういえばこの感じは前にもあったような、なんて少しだけ感傷に浸る。いつだったっけ、あの時は変態王子様に追いかけられていて、………今は、変態な私の恋人に追いかけられていて。相変わらず、確かに相変わらずだ。そう思ったらなんだかやたらと嬉しかった。今はそんな事考えてる場合じゃないんだけど。
「名前ちゃん、」
サンジ君の声がだんだん近づいてきて、
相変わらずの体温の低い手に手首を掴まれた。
やばい、つかまった。
*
「やっと捕まえた、俺の可愛いポルターガイスト。」
相変わらずの甘い香り。二年ぶりの、実体のある名前ちゃんを思い切り抱きしめて、深くその香りを吸い込んだ。ボブカットで、あの時と同じ青いワンピースの彼女は顔を真っ赤にして俺を見て、名前を呼ぶ。甘く響く柔らかい声で。
「サンジ君、あの、」
「名前ちゃん、名前ちゃん名前ちゃん、名前ちゃん。」
「…ちょ、落ち着、」
「名前ちゃん、…消えないでくれよ、頼むから。」
「…なに言ってんの、もう…消えないよ、消えるわけ無いでしょ。ゆ、…夢じゃあるまいし」
本物の名前ちゃんだ。強引に口づけて、抱きしめて、何回だって確かめる。抱きしめたってキスしたって消えない本物の彼女。
会いたかった、情けない声で呟いた。毎晩繰り返された、数秒間だけの逢瀬。亡霊だろうがドッペルゲンガーだろうが、どっちにしろこの子が愛しくて仕方ないことには変わりないんだけど。
「…うん、そうだね。私も会いたかったよ、」
夢の中じゃなくってね。…だからあれは夢じゃねェんだってば、プリンセス。微笑む彼女にありったけの愛を囁く。好きだ、愛してる、こんなんじゃ伝え切れねぇけど。
「名前ちゃん、俺の可愛いポルターガイスト、」
「………どっちかっつーと生き霊じゃねぇのかそれ………」
「うっせぇ黙ってろクソサイボーグ」
いつの間にか後ろに立っていたフランキーがぼそりと呟いた。恥ずかしがって逃げだそうとする名前ちゃん(可愛いああもう、ほんと可愛い)を腕の中に閉じ込めて、思いっきり睨みつける。
「こういうのは語感が大事なんだよ、生き霊よりポルターガイストの方がなんか可愛いじゃねぇか。」
「いや、でもやっぱフランキーの言うとおりだよ、訂正しなよサンジ君。だってポルターガイストってラップ音とかだすあれでしょ、どっちかというと確かに生き霊、」
またずれたことを言い出す前に赤い唇に蓋をする。相変わらずずれてるとこだって可愛くて仕方ないんだけど、とりあえずその話はあとでな、プリンセス。お熱いこって、フランキーの声が遠ざかっていく、のを聞きながら、俺は名前ちゃんの甘い香りに酔ったみたいな気分になって。
parlez-moi d'amour
夕日の中なんて、決まりきったシチュエーション。ベタな恋愛映画のラストみたいなキスをして、二年分のありったけの愛を。
「名前ちゃん、俺の女王様。好きだよ、すげぇ好き。愛してる、愛してる愛してる愛してる、」
顔を赤くして目を泳がせる、俺の可愛いポルターガイスト。てゆーかあれ、夢じゃなかったんだ、とか言って。今の状況の方が、俺にとっちゃ夢みたいだ。言う代わりにもう一回キスをして、……ほんと、夢じゃないだろうな。幸せすぎておかしくなりそうだ。名前ちゃんが背中に手を回して、私も大好きだよ、なんて可愛い事を言うから。ああもう、やばいくらい愛してる愛してる愛してる、
*
「…で、我に返ったら鼻血吹いて倒れたのか、こいつは。」
「……うん。」
名前ちゅわん、俺の名前ちゅわん…うわごとのようにぶつぶつ言いながら倒れているサンジ、を、呆然と見下ろす名前は血まみれだ。血まみれでサンジを抱きしめる様子は、まるでホラー映画のラストシーンみたい…ってアホか!やっぱこいつらは尋常じゃないのが日常だ。体に触れたらひやりと冷たくて、まぁこの出血量なら無理はないっつーか…こいつ、大丈夫かな。これで死んだら死因は何なんだろう。
「ああ、俺の女王様、ハートの女王様…」
「…だから、鼻血ふくから止めとけって言ったろうがよ…」