サンジ/短編
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『きみがいるのはいけないことだ』
*
「さ、…サンジ、くん?どうし、」
どうしたの。言葉を遮るみたいにきつくきつく抱き締められて、その手が少しだけ震えてる気がして。この人が、こんな風に怯えるのを見るのは初めてで私はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。とりあえず、サンジ君がいつも私にしているみたいに頭を撫でようと手を延ばす、
「触んな、」
「えっ?」
「触ったら消えちまうんだろ、名前ちゃん。」
「…いや、多分、消えないんじゃないかと思うよ。」
「……うそ、だ、」
「嘘じゃないってば、ほら。」
柔らかい髪の毛に触れたら、少しだけからだが震えた。大丈夫大丈夫、怖くない、怖くない。いつかアニメで見た、野生の生き物を手懐けるシーンみたいだなぁ、ぼんやりとそんなことを思いながら何回も柔らかい髪を梳く。悪い、夢でも見たんだろうか。耳許で、掠れた声が私の名前を何回も呼ぶのを聞いた。
*
目の前で、いつものように微笑みながらあの子が。サンジ君、あの声で俺の名前を読んで、俺に触れる、指先から消えていくのを見た。俺は彼女に触れることすらできなくて、抱き締めたはずの手の中には何も残らない。あの子の、香りさえも跡形もなく消えてしまう。
なにかに急かされるみたいにして目を開ける。暗い部屋に息を吐いた。
夢だ。只の悪い夢。それも思いっきりありがちな類いの悪夢だ。そんなのを真に受けるなんてどうかしてるのに。
隣に寝ていた名前ちゃんが、さっきの続きみたいに笑った。それから俺に手を伸ばして、
「サンジくん。悪い夢でも、見たの?、」
冷たい手のひら。違和感を覚えるよりも早く、彼女は指先から崩れて消えていく。さっきと同じだ。俺は彼女に触れることすらできなくて、ただ眺めてるだけ。やめてくれ。これは夢なんだろ?只の、悪い夢、
*
「名前ちゃん、名前ちゃん名前ちゃん名前ちゃん、」
「…は、はい。どうしたんですかサンジ君。」
「………」
「大丈夫だよ、怖くない、怖くない。」
「……」
怖い、夢でも、見たんだろうか。私じゃあるまいしなぁ。相変わらず肩に顔を埋めて動こうとしないサンジ君の頭を撫でながら、言葉を探す。
「…サンジ君。悪い夢でも、見た、っわ、」
背中に手を回そうとしたら、そのまま押し倒されてしまった。泣きそうな顔をしたサンジ君が泣きそうな声で絞り出すみたいに言った。
「頼むよ、消えないでくれ、」
「…う、うん。多分消えないんじゃないかと思うよ」
「君が、いないなんて嫌なんだ。頼むからここから居なくならないで」
「消えないし、そう簡単にも居なくならないから大丈夫だよ。」
鼻の頭が、赤くて可愛い。こんなときなのにぼんやりとそんなことを考えた。触ろうとしたらやっぱり頑なに拒否されてしまう。傷つくなぁ、
「嫌だ、触んな。触ったら消えちまうんだろ、」
「消えないってば、ほら。分かんない人だなぁ。」
「…っ、」
手を捕まえた、ら、大げさに体を震わせて泣きそうな目で私を見る。触ったら消えるなんて、まるで馬鹿みたいな夢みたいな話だ。悪い夢でも、見たの?もう一回聞いたら、彼はなっさけない声で呟いた。
「今だって、夢かも知れねぇだろ、」
「夢じゃないよ、大丈夫だよ、」
「……」
「消えないし、居なくならないよ、怖くないよ。」
「………」
「いいこいいこ、安心して。」
一体、どんなへヴィーな悪夢を見たんだろうか。サンジ君に思い切り抱き締めてから、今さら恥ずかしくなってきたのだけれど。本当に今更なので言い出せなくて、仕方なくこのまま会話をする。相変わらず少し泣きそうな声で、サンジ君がはなしはじめる。
「君が、消えてくんだ。」
「…うん、」
「笑いながら、俺の名前を呼びながら、さ。」
「…そ、それは、怖いかもね。」
「で、目が覚めたと思ったら、」
「思ったら?」
「悪い夢でも、見たの?って言いながらまた名前ちゃんが消えて、」
「ああ、まさかの二段オチ」
「…二段オチって、プリンセス…。」
いきなりいつもみたいに冷静に突っ込みを入れてくれたのが嬉しくて、笑いを溢したら不満げな目で睨まれてしまう。
「だって大丈夫だったでしょ、消えないじゃん私。」
「…大丈夫なんて、本当に大丈夫なら言う訳ねぇんだろ」
「本当に大丈夫なんだってば、」
「うそだ、」
「…サンジ君あなた一体何をどうしたいんですか、もう…」
*
何やってんだ、俺は。子供でもあるまいし。
頭の中の冷静などこかで、そんなことを考えても恐怖感に押し潰されてしまう。サンジ君、彼女があの声で名前を呼んで、俺に手を伸ばして、ああこれじゃあさっきと丸っきり同じじゃねぇか。
「サンジくん、」
「………」
「サンジくーん。」
「………」
「おまじない、する?怖い夢を見たときのやつ。」
「………」
「こうやってお月様を見上げてね、『お月様お月様ルナロッサ』、」
「名前ちゃん。」
「うん。どうしたの」
見上げなくても分かる。月なんてここからは見えないから、だったらそんなちんけなものに頼ったって仕方ない。
「怖いんだ、」
「うん、…でももう大丈夫だよ」
「うそだ」
「本当に大丈夫なんだってば、」
「…名前ちゃん、すき。」
「えっ、わ、私もす、…」
馬鹿みたいだ。まるで子供じみてる。只の悪夢を真に受けて怯えて、現実がどれか分からなくなって。
消えてしまうんじゃないかと怯えながら、唇にキスしてみたらいつもみたいに甘い香りが少しだけ感じられて。そういえば夢の中では匂いなんて感じなかったな、
「名前ちゃん、すげぇ好き、」
「……わけわかんない。だめな、サンジ君だなぁ」
「なんかそれ、可愛い。もっかい言って」
「…やだよ、サンジ君ちょっと変態みたい」
消えない、本物の、
やっぱりおまじないなんかに頼ったって仕方ないんだ。あんなところにある月なんかよりも目の前で笑う名前ちゃんの方がずっと確実だ。
「…サンジ君?」
大丈夫だって言うんなら、消えないって言うんなら。君が俺に教えてくれ。大丈夫だって分からせて、
そんなことを言ったのかどうか、今となっては思い出せないんだけど。
*
『きみがいるのはすてきなことだ』
*
見張りなのになにしてんだろう、とか、ここ展望室なんですけど、とか考えていた色々な事も全て押し流されてしまった。お月さまなんてもう見えなくて、私の頭の中は目の前の彼の事で一杯になった。明日、起きれるかなぁ、サンジ君。こんなときに明後日な事を考えていたらいきなり鼻を摘ままれた。
「…痛い」
「なに考えてんの、こんなときに。」
「サンジ君明日、起きれるかなぁと思って」
「大丈夫だろ、君が一緒に居てくれれば」
「私、見張りなんですけど…」
「つーか俺はずっと起きて君の事見張ってるから」
「駄目だよ、寝不足になるよ」
「いいんだよ君だって寝不足になるんだから」
「私は、見張りだからそりゃそうだけどさ、」
「……そういう意味じゃねぇんだけどな、プリンセス、」
風邪、ひいちゃうよ。言い終わる前に唇が重なって、彼がおまじないみたいに何回も私の名前を呼ぶ。
「サンジ君、まだ怖い?」
「怖い、から、もっと。」
「……風邪、ひいちゃうよ。」
「そしたら俺が全力で看病したげるよ」
「……私じゃなくて、あなたが。」
「…すこし黙って」
相変わらずの泣き出しそうな目で、私を抱き締める。いいこいいこ、頭を撫でたら不満げな目で私を見て、笑い事じゃねぇんだから、なんて。
私が消えるかもしれないなんて、サンジ君じゃなくて私が、消えてしまうかもしれない、なんて。そんなことどう考えたってあり得なくて、やっぱり笑い事にしかならないんじゃないかな。そう思ったけど口に出したらきっとサンジ君は怒るから、言う代わりに鼻を摘まんでやった。
「名前ちゅわん、痛い」
「さっきのお返し。」
降ってくる口づけに目を閉じた。煙草の香りをかぎながらぼんやりと考える。明日は、月がきれいだといい。彼が、悪い夢にうなされないように。
月の見えないこの場所で
(それなら彼女になぞらえて)