サンジ/短編
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調子のってすみませんでした、これからは慎ましやかに生きますのでもう勘弁して下さい……
ベッドの中で誰かに謝罪した。薬の効き目が切れてから三時間、もう呻き声を上げる気力もないので不格好に体を丸めて痛みに耐える。
寝不足の頭を貧血でぐらぐらさせながら、ぎゅっと目を瞑ったら涙が滲んだ。端から見たらあほな格好でうずくまる私の頭を、ベッドに生えたロビンの手が撫でてくれる。
「随分辛そうだけど…薬は飲んだの?」
「…1日3錠までだから…」
普段はこんなに痛くない、はず、なんだけど。やっぱり冬島の気候のせいなのか。チョッパーに見てもらおうにも久しぶりの陸に浮かれた彼は真っ先に船を飛び出して行ってしまった。というか、チョッパーが大人しくしていたとしても恥ずかしくて言い出せなかったような気がする。
「困ったわね…コックさんに言って、」
「あー、いいの、忙しいだろうし、悪いし…ロビンも、私に付いててくれなくても大丈夫だよ、」
こんな個人的すぎる事情でサンジ君を煩わせるのは気が引ける。陸に上がったら、食料の調達やらナンパやらで彼はご多忙なのだ。ロビンだって、買い物したりとか、やりたいことはあるだろうに…。女部屋で優雅に本を読む彼女をじっと見つめていたら、優しく微笑んでくれる。
「私のことなら気にしないで、ゆっくり寝てなさい。私も寒いのはあまり好きじゃないの。」
「あ、ありがとう、ロビン様…」
「ふふ、大袈裟な子ね」
ロビン、いや、ロビン様は優しい。綺麗だし、頭もいいし、スタイルも抜群だし、さながら女神のごとし、だ。口に出したら大袈裟だって笑うだろうから、代わりに尊敬の念を込めた視線を送った。
「…どうかしたの?気分悪い?」
「ううん、ロビン、大好き。」
「あら…ふふ、ありがとう。」
「私、もう、ロビンと結婚したい…」
「名前、そんな事言ったら、私がコックさんに叱られちゃうわ。」
「…叱らないよ、サンジ君、美女大好きだから。」
「そうかしら?彼、あなたに夢中に見えるけど?」
「…そうだったらいいのにね…。」
少し眠った方がいいわ、ロビンが言って、ベッドから生えた手が優しく目を塞いでくれる。その手からも、ロビンの香水の良い香りがするような気がして、深く息を吸い込んでから布団を被った。
サンジ君は私に夢中に見えるけど、なんて。
ロビンは優しい。彼のどこを見たら私に夢中に見えるのか。多分今ごろ、サンジ君は恋人よりもパイオツカイデーなチャンネーときゃっきゃうふふだろう。
そりゃ、私が男だったとしても、具合が悪くてへろへろで、別にパイオツカイデーでもない上にセックスもできない(下世話な話で失敬)恋人の面倒を見るくらいなら、街のパイオツカイデーなチャンネーときゃっきゃうふふする方を選ぶ。
「うう…」
「余計な事は考えないの。お眠りなさい、名前。」
優しい優しいロビン様の声が響く。
生理中はマイナス思考になりがちだとはよく聞くけど、そもそもがマイナス思考の私ときたら、今の面倒臭さは普段に輪をかけて凄いんだろう。
恋人に面倒をかけたくないから、とか言いながら何も言わないで寝込んでおいて、勝手にいじけるなんて馬鹿みたいだ。
滲んだ涙を、ロビンの手が優しく拭ってくれる(もう私、ロビンと付き合いたい…!)。
結局、サンジ君の手を煩わせるのは気が引ける、のではなくて。私はサンジ君の手を煩わせて、彼に嫌われるのが嫌なだけなんだ。
*
「すいませんでした…」
自分のうわごとで目が覚めた。なんだか悲しい夢を見た気がする。サンジ君がパイオツカイデーなチャンネーと浮気してる、とかそんな感じの。部屋の中には私しかいない。窓の外が暗い。今、何時なんだろう?
「ロビンー…?」
弱々しい自分の声ががらんとした部屋に響く。うう、お腹痛い。とりあえず暖かい飲み物でも飲もう。カーディガンを引っ掛けて立ち上がると、目の前がぐらぐらした。あー…貧血だな、だるい。女部屋からキッチンまでの道のりがやけに長く感じる。
「うわ、雪ふってる…」
どうりで、寒い訳だ…。ため息をつきながら歩きだそうとしたところで誰かに肩を掴まれる。
「あ、ロビン?」
「駄目でしょうが、体冷やしたら…」
「え、サンジ君、なんで、」
「何してんの大人しく寝てな」
「いや、ちょっと飲み物など、うわっ」
強引に私を抱き上げてスタスタと女部屋へ歩くサンジ君は、何故か不機嫌な顔をしている。わ、私、何かしたかな…内心慌てるけど、怖くて口にも出せなかった。彼が、女の子相手に不機嫌な態度を取っているのは初めて見た。新鮮と言えば新鮮だけど、やっぱり怖い、し、何より恥ずかしい。なにが悲しくて、サンジ君にノーメイクで髪もボサボサのへろへろな状態を見せなきゃいけないんだろう。
「何がいいの。紅茶?ココア?ホットミルク?」
「あ、あの、サンジ君、大丈夫、私自分で、」
「いいから寝てなさい。で、何が飲みたい?」
「あ、じゃあ、ココアで…」
「わかった、作ってくるから大人しくしててな」
「は、はい…」
ベッドに下ろされる。仕草は優しいけど、少し強引に布団を被せて、サンジ君はスタスタと歩いて行ってしまった。
お、怒ってる…サンジ君が、怒ってる。私、何したんだろう。必死で考えても、何も思いつかない。痛みやらだるさやら貧血やらと相まって、絶望的な気分になってしまう。じわじわと視界が滲んでくるけど、涙を拭ってくれるロビンの手はもういない。やだ、どうしよう、サンジ君に嫌われる、
彼の足音が女部屋に近づいてくる。とりあえず、サンジ君にぼさぼさ頭のノーメイク(おまけに泣き顔)を見られないように、布団をかぶりなおした。
「ご、ごめんなさい、サンジ君、迷惑かけちゃって。あの、ほんと大したことないから、」
「名前ちゃん」
しどろもどろに絞り出した言葉は、途中で遮られた。軽くため息を付いて、サンジ君がベッドの横に座るのを、布団の隙間から見つめていた。ら、布団を引っ剥がされてぐいっと引っ張られる。
「あのさ、…俺、そんな頼りねェの?」
「えっ?」
タバコの香り。サンジ君は、私をきつく抱きしめて涙を拭ってくれる。予想外の事を言われて素っ頓狂な声を出す私に構わずに、いつになく真面目な口調で。
「何で具合悪いときに君が頼る相手が、俺じゃなくてロビンちゃんなんだよ…」
「え、いや、だって、サンジ君忙しい、し、」
「俺がいつ、君をかまう暇がないなんて言った?」
「だ、だって、いっつも、」
「いつも、何なの」
「いつも、」
綺麗なお姉さんにヘラヘラして、そう言おうとして言葉が止まってしまう。あれ?サンジ君が最後にナンパしてたのいつだっけ?
「俺ァいつも、君だけ見てたつもりなんだけど、名前ちゃん」
「え、だって、でも」
「俺は君の、何なの」
「こ、…恋人です…」
ぱっと目を逸らして、ぼさぼさ頭のノーメイクを見られないように俯く、よりも早く、サンジ君の手が後頭部に回される。ひどく辛そうな顔のサンジ君が、弱々しく私に囁いた。
「…そう思うんだったら、頼むよ、…俺だけに頼って、俺だけ見てくれ、…名前。」
「は、はい…」
彼が、私を呼び捨てにするのは、弱ってる時だけだ。結局、何に怒ってたのかはわかったようなわからないような状態で、いつものように優しく触れるだけのキスが降ってくる。
とりあえずわかるのは、ドキドキしすぎて痛みも感じなくなった自分のことと、いつも余裕綽々に見える彼のこと。
「ごめん、泣かせて。」
唇を離して私の肩に頭を載せるサンジ君は、普段の余裕綽々な王子様な雰囲気からは程遠い。
彼、あなたに夢中に見えるけど?なんて。
ロビンの言葉は、少しだけ当たってるのかもしれない。忍び笑いする私を、サンジ君が罰の悪そうな顔で見る。可愛いなぁ、そういうとさらに困った顔をする私の恋人。
「サンジ君、とりあえず、あっためて。」
「…仰せのままに。」
お言葉に甘えてサンジ君に頼ることにしよう。寄りかかると頭をなでてくれる手が気持ちいい。
ロビンの香水の落ち着ける匂いとは違うけど、私の大好きな煙草の香り。
サンジ君の香りだ、なんて思いながら大きく息を吸い込んで目を閉じた。
*
具合が悪い、なんて俺には一言も言わなかった。彼女は寒がりだから、朝食を食べて早々に女部屋に引っ込んだのも特に疑問に思わなかった。
「あー、俺の馬鹿…」
「らしくないのね。」
傍目にも余裕のない顔をしてるんだろう、テーブルに突っ伏した俺を見て、ロビンちゃんがクスクス笑う。そもそもの原因の名前ちゃんは、俺の気も知らずにベッドで寝息をたてている。
「俺、名前ちゃんから『大好き』なんて言われたことねェ…」
「あら、そうなの?」
「ちなみに、『結婚したい』も言われた事ねェよ、ロビンちゃん…。」
「ふふ、やっぱり叱られた。」
多分、ロビンちゃんに言われなかったら、俺は名前ちゃんの不調なんかには気づかずに街で食糧の補充でもしてたんだろう。言われなきゃ彼女の異変にも気づけない自分が不甲斐ない、し。
「気にしてたわよ、名前。あなたが『パイオツカイデーなチャンネー』ときゃっきゃうふふしてるんじゃないかって」
「だからなんで、それを俺に言わねぇんだプリンセス…」
「彼女、照れ屋だから。」
俺じゃなくて真っ先にロビンちゃんに頼る名前ちゃんにも正直、腹が立った。いや、名前ちゃんに信用されてねェ俺が悪いのはわかるんだけど。この子が異常に照れ屋な事も、知ってるんだけど。
「なんで俺よりロビンちゃんの方が名前ちゃんの事知ってるんだよ…」
「ふふ」
「つーかなんで俺は、レディにまで嫉妬してるんだ、バカみてぇじゃねぇか」
「そうね」
「…そんな辛辣なロビンちゃんも素敵です…」
「それはどうも」
いつだって、名前ちゃんが悩んだ時や辛い時に真っ先に頼るのはロビンちゃんだ。俺じゃなくって。
俺が『パイオツカイデーなチャンネー』ときゃっきゃしてるんじゃないかなんて、彼女がそんな事で悩んでるなんて初耳だった。『パイオツカイデーなチャンネー』って言い方がおやじ臭いとかは、この際どうでもいい。
そう、問題は、名前ちゃんに信用されてない俺のことで、つまり、俺に弱みを見せてくれない名前ちゃんがロビンちゃんにだけは本音を話して、あ、なんか落ち込んできた…
「お悩みの所悪いけど、私は出かけてくるから。名前のこと頼んだわよ、コックさん。」
ふわりと微笑んで出て行ったロビンちゃん、の後に残された俺は、多分情けない顔をして煙草を吸った。
「あー、ほんとバカみてぇ…」
君の全てを独占したいんだ、なんて。そんなこともちろん目の前ですやすや眠る名前ちゃんには言えないけど。
まあ、とりあえず、真っ先に彼女が頼るのが俺になったらいい。
そんな事を考えながら、俺の胸中なんて知らずに眠る名前ちゃんの額に、こっそりキスをした。
薬と恋人
「馬鹿に付ける薬はないって言うけど。」
サンジ君に抱きしめられながらもう一度眠って、目が覚めた時には彼はいなくなっていて。
いつの間にか部屋に戻ってきたロビンがクスクス笑いながら楽しそうに話す。
「…何の話?」
「コックさんのこと。」
「ロビン、サンジ君と喧嘩でもしたの?」
「ふふ、どうかしらね。」
「…変なロビン…」