サンジ/短編
名前変換
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物には分相応ってもんがある。小さい頃からよく母親に言って聞かされた。私にはその価値観が染み着いていて、物心ついたときから今まで贅沢なんか望むべくもない小市民的な性格は変わらない。
それでなくとも人見知りで口下手な性格だから、それに分相応な小市民が加われば立派な日陰者の出来上がり。
それを踏まえて考えれば私が麦わら海賊団の船にクルーとして乗っているなんて事実は、世界七不思議に数えられたっておかしくはない程の事態だ。
行く先で出くわす海軍の方々も私が海賊だなんて思わないらしくて、お陰様で私はまだ賞金首にならずにすんでいる。実家の母もまさか娘が海賊を生業にしているなんて思ってもいないはずだ。え?単に陰が薄いだけじゃないかって?
「…ウソップ、それは言わないお約束よ…」
「い、いや、まァ言い過ぎたよ。お前あんま目立たねェから」
「…むしろみんなが目立ち過ぎなんじゃ…」
甲板で日陰者仲間(ウソップとチョッパー)と一緒になって慎ましやかに過ごす午後三時。膝に載せて読んでいた雑誌をばさりと放り投げた。床から表紙のモデルが私に微笑みかける。彼女の右横には、無理めな恋特集、とかいう文字が踊る。
多少いじけたような気持ちになってそれを眺めながら、三角座りする。無理めな恋、ねぇ…そりゃ、掴もうったって無茶にも程があるでしょうよ。
掴める時点でそれ、無理めな恋じゃないじゃん。ガラスの靴や魔法使いでもいなけりゃ平民の娘を王子様が見初めることなんて有り得ない。別にこの雑誌、ガラスの靴でも魔法使いでもないんだから、無理な物は無理。
とはいえ、己の分を弁えて努力するのは悪い事ではない。そう、私みたいに。
「とりあえず、懸賞金7000万を目指そうと思う」
「…いや、それは努力の方向を間違ってると思うぞ、名前」
分相応な恋。ルックスやら性格やらで同じ土俵に上がれないなら、せめて懸賞金とかそこら辺から対等になれたらいい。と、そんなことをぐだぐだ話しながら膝に頭を埋める。私の容姿なんて磨いても限りがあるんだから、まだ可能性のある武力方面に訴えてみるのはあながち間違いとも言えないんじゃないかと思う。
「いやいやいや、断言できる。お前ェそれは絶対違ェって」
「いや、決めた。明日からゾロと毎日筋トレする」
「やめとけよ、サンジがゾロと喧嘩するから」
サンジ君。その名前が出るだけで心臓が跳ね上がる。居ないだろうな、聞かれてたら恥ずかし死にする。周りをキョロキョロ見て、居ないことを確認してから会話に戻る。
「何で私がゾロと筋トレしたからってサンジ君がゾロと喧嘩するのよ」
「そりゃ嫉妬だろ、サンジはお前の事大好きなんだから」
「サンジ君は私じゃなくて女の子が大好きなんだって、やめてよ担ごうとするの」
「担ごうとしてねぇ、つーかお前俺に恋愛相談すんの止めてくれ、俺がサンジに蹴られるから」
「だから担ごうとすんのやめてってば、幾ら面白いからってさぁ、」
日陰者だとか無理めな恋とか分相応とか、散々言っていた癖にウソップの言葉に嘘だとわかってても期待してしまう。只でさえ自意識過剰で、常々サンジ君の何気ない言動を勘違いしそうになってるんだから、当然といえば当然なんだけど。
「あー、何か暑っ」
「お、おう。言い逃れできないくらい顔真っ赤だぞ名前」
「ウソップが変な事言うからじゃん…」
「いや、だからな、」
「おい長っ鼻。俺の名前ちゃんに何吹きこんだ」
「ひぃぃぃ!」
おやつを持ってぬっと現れたサンジ君に、ウソップと二人して悲鳴を上げた。サンジ君はにっこりと私に微笑みかけて、今日も可愛いよだのこの世の果てまでフォーリンラブだの調子の良いことを言ってから、ガラッと表情を変えてウソップを睨む。長っ鼻だのアホだのバカだの、サンジ君は男には本当に容赦ない。
「ほら言わんこっちゃないだろ、名前お前もうあっち行け頼むから」
「ええー…」
しっしっ、とあんまりな手つきで私を追っ払うウソップに怒るサンジ君、を残して移動したキッチンのテーブルで、溜め息をついた。可愛いだのフォーリンラブだの、勘違いするからやめて欲しい、なんて思いながら言われると嬉しくて仕方ないんだから始末におえない。持ってきた皿をぼんやり眺める。綺麗に盛りつけられたガトーショコラと、余白に思いっきり描かれたハート。
自意識過剰な私はハートが描いてある程度にもときめいて、さっき言われた言葉に顔を熱くする。
本当に、始末におえない。
*
気ぃ使いで、小心者で、およそ海賊には似つかわしくない性格。
街でたまに男に言い寄られても、ナミさんやロビンちゃんみたいにバッサリ断れない、から、相手に気を使いまくって何十ものオブラードに包まれた断り方をする彼女(大半の奴らには断った事すら伝わってなくて、結局俺がそいつらを蹴散らしていることは、多分、知らない)。
俺が幾ら口説いても迫っても、本気にしない。社交辞令だと思ってるんだかしらないけど。
「…どうでもいいが、お前ら二人して俺に恋愛相談すんの止めてくれ」
「だってお前、名前ちゃんと仲良いじゃねェか、」
「痛い痛い引っ張るな鼻を」
「つーかちょっと待て、二人してってどういうことだ」
「いや、無理めな恋だとかなんだとか、」
ウソップが指差した先に落ちていた雑誌の表紙に書いてあった言葉は、『無理めな恋を掴む』。
「無理めな恋って、誰に。」
「いや、だからお前に。」
「てめェ面白がって嘘ついてんじゃねェぞ長っ鼻」
「…嬉しいんだか怒ってるんだかはっきりしろ…」
俺が名前ちゃん相手に一喜一憂するのが面白いのか、いつものように担ごうとするウソップの嘘にすら嬉しくなるんだから、始末におえない。
ハート型の煙を吐き出してへらへらしながら頭にチョップする俺に、ウソップは溜め息をついた。
「嘘じゃねェんだってこれが…なんでお前ら二人して信じないんだよ」
「だから担ごうとしてんじゃねェよ長っ鼻」
「…だから嬉しいんだか怒ってるんだかはっきりしろ…」
俺はもうお前らに疲れた、とか何とか言ってテーブルに突っ伏すウソップの様子が余りに真に迫っていたので、しみじみと思う。
「ウソップ、お前、嘘つくの上手いよな…」
「だから嘘じゃねェ、」
「嘘じゃねェとしたら、何でそれを俺じゃなくてお前に言うんだよ」
「サンジ、その言葉そっくりお前に返すぞ」
好きだとか可愛いとかメロリンとかフォーリンラブとか、地獄の果てまでラビンユーだとか、何時もの調子で名前ちゃんに伝えた所で本気にしないのは分かってる。
というか、本当にされないのを知ってるから俺も何時もの調子で言うんだ。可愛いとかクソ可愛いとかまるで女神とか、
「だからいっぺん真剣に言ってみろって」
「いや、それでいつもみたいな気ィ使いまくりな感じで断られたら俺はもうだめだ…」
「『あ、えっとね、ありがとう、サンジ君の事は嫌いじゃないよ?むしろ好きなんだけど、ちょっと好きの種類が違うって言うかね、』」
「オロすぞてめぇ」
ウソップのまるっきり似てない(実はちょっと似てる)名前ちゃんの物真似にすらへこんでしまう。
「お前、ちょっと馬鹿だろ…」
「あァ、馬鹿だな…」
ウソップと二人してテーブルに突っ伏した。実はあのガトーショコラも、名前ちゃんだけに特別に作った奴だったりするんだけど。
…彼女が俺の気持ちに気づいてくれる日は、来るのだろうか。
日陰者の恋
「…ほんとにお似合いだぜ、お前ら…」
「てめぇ、馬鹿な俺とあんな可愛い名前ちゃんをお似合いたァどういう意味だクソっ鼻ァ!」
「いや、ちょ、何なんだよお前ほんとに馬鹿じゃねェのか」