サンジ/短編
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それは確か、6年3カ月15日18時間24秒前の事だった。何がどう間違ってそんな事になったんだかは覚えてないが、眠ってる彼女に気付いたら俺はキスなんかしていた。勿論深い意味なんかねえ筈だし、恋愛感情なんてモンは俺にはプログラミングされてない筈で。まあとにかく何か不味い気がしたのでとりあえずその出来事はシステムバグって事にして、記憶からも完璧に消去してそれからはいつも通り平和に安全に日々を送っていた……筈、だった。…あれ?じゃあなんでそんな事今いきなり、俺は思い出したんだ?
「…普通に考えてさぁ、サンジさんは嫁入り道具に入るんじゃないの?」
「…プリンセス、何言ってるんだい…」
惚けた顔で相変わらずずれたことを話す彼女を前にして、3年3カ月15日18時間30秒ぶりに俺は混乱していた。混乱しているという事実にも混乱していた。頑張れ俺のなかに内蔵されてるはずのスーパーコンピューター。システムバグの処理は任せた。俺はとりあえず、とんでもなくずれてるこの子の意識の軌道修正を図る。自分自身にそんな、よく意味の分からねえエールを送ってから彼女に向き直る。「良いかいよく聞きなプリンセス、」
…自分の声が、とんでもなくお節介な響きを含んでるのなんかこの際聞かなかった事にしたい。
「携帯電話が嫁入り道具に入りませんって言われて見合い話断るとか、馬鹿か君は」
「…馬鹿じゃないよだってさあ、」
「だってじゃねえ」
「でもさあ」
「でもじゃねえ」
「…だって、今更他の携帯電話なんかと一緒に暮らしたくないじゃん…」
…ひどくしょげた顔で尤もらしく呟く、俺の持ち主は相変わらずクッソ可愛い。何で見合い話全敗中なのかなんて、その理由が見当もつかない位にクッソ可愛い。…で、そんな可愛い可愛い持ち主の、幸せな未来をサポートする事こそ携帯電話の役目な訳で。つまり、目下の問題はこの子の、ずれててまるでなってない未来予想図だった。よりによって『サンジさんは、嫁入り道具に入るでしよ』ときた。本当に俺の持ち主はずれてる。…出会った頃から相変わらず。
「…私さあ、お見合いなんてもう止めちゃおっかな」
「…絶対駄目。」
「なんでよ」
「君が一人で生きていけるわけがないから」
「だって一人じゃないじゃんね、サンジさん。」
「…俺だって、いつまでも一緒にいられる訳じゃないだろ」
まるでずれてて頼りなくて丸っきりなってなくて。…で、可愛い可愛い俺の持ち主。さっきからしつこくちらついてくる、6年3カ月15日18時間15分16秒前の記憶を知らんふりしながら俺は考えていた。…彼女が一人で生きていけるわけがない。どんなクソ野郎だか考えるのも忌々しいがとにかく、この子を一生守ってやれるような誰かを見つけてやるのが、俺の役目なのは間違いない。
少なくとも俺よりは腕っぷしが強くて掃除洗濯が完璧で、料理は最低でも和洋中くらいはマスターしてなきゃ許さない。五ツ星とまでは言わねえがせめて、三ツ星付くくらいの、
「…ていうかさ、私が結婚しないのはどう考えてもサンジさんが悪いよ」
苛々しながら、俺から彼女をかっさらう予定のどこぞの馬の骨野郎(ちょっと待て、『俺から彼女をかっさらう』ってなんだそれ)に思いを馳せていた思考をいきなりちょんぎって、彼女がとんでもないことを言い出した。
鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をしてるんだろう、「あははやばいその顔すっごい面白い」なんて笑いながら彼女は続ける。
「お見合いなんてしたって、どうせサンジさんが一番格好いいよ」
「…そりゃ、どうも」
「ずっと一緒にいれたら良いのに」
ずっと一緒にいれたら良いのに、なんて。まるでずれてて馬鹿げた未来予想図だ。だからなんで俺はさっきから、あのときの事を思い出してるんだろう。ずっと一緒にいられたら良いのに。確かあの時、そんな事を考えてた気もする。…でも、だから、それが?それがどうしたって言うんだろう。
…つまり、俺は珍しく、ひどく混乱していた。で、混乱しながらもなんとか言葉を絞り出す。まるで自分に言い聞かせるみたいに。
「だから無理だって」
無理だ、無理に決まってる。ずっと一緒に、なんてありえない。口に出した言葉を拒否するみたいに頭は働かなくなっていって、やっぱり混乱しながら漠然と思う。おかしいおちつけ、俺には恋愛感情なんてモンはプログラミングされてない筈だろ。しっかり働け、スーパーコンピューター。そう考えた瞬間に何かが弾け飛ぶ音がした、ような気がする。
…パチン。
「なんでよ」
「なんでも」
「…ケチ」
「…何とでも言いな」
「……だって私は、ずっとサンジさんと一緒にいたいのに」
「だから、」
パチン。パチンパチンパチンパチンパチン。
頭のどこかで、俺に内蔵されてるはずのスーパーコンピュータが、派手にショートしていく音が聞こえた、ような、気がした。ずっと一緒になんていられるわけがないだろ、言おうとした言葉は喉元で引っ掛かって声になんて出せなかった。…ずっと一緒にいられたら良いのに。あのときと同じように彼女を見下ろして、あり得ない事を考える。まるでずれてて頼りなくて可愛い彼女。俺の持ち主の、可愛い可愛い俺の、
「…名前ちゃん、」
名前を呼んでしまった瞬間に、俺の思考にリミットをかけてた筈の、最後の回路も完璧に焼ききれた、…ような気がした。混乱なんか完璧に置き去りにして、催眠術かなんかにかかったみたいに、口が勝手に動き出す。「…あー、もう我慢できねえから言っちまうけど、俺、君の事好きだわ」
彼女の事が好きだ。それも、携帯電話としては思いっきり間違った意味で。言いきってしまってから気がついた。ああなんだそう言うことか。お陰様で得体の知れないバグの原因を見つけた気になって、ここ三年ちょいで一番って言って良いくらいにスッキリしたのは良いんだけど、その代わりに余計なことまで思いだしちまって、
…そういえば、6年3カ月15日18時間40分54秒前のあのときも、こんな風な月夜だったな。
携帯電話S君と彼女の場合
「え?あ、ああ…うん、はい、…私も、です。」
相変わらずの可愛い持ち主、俺の名前ちゃんが、鳩が豆鉄砲食らったみたいな間抜け面で言うのを聞いた。何がどう間違ってそんな事になったんだかは覚えてないが、とにかくそんなこんなでうっかり俺は彼女にキスなんかしたりして、
6年前から変わらない、柔らかい声で彼女は笑う。
「だからさ、ずっと一緒にいてくれるよね?」
…喜んで、俺の可愛いお姫様。
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