ストーリー
名前変換
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「さぁこっちを向いて、美しい人」
「ああ、君の昆布のような瞳が僕を捉えて離さない…」
昆布のような瞳って、なんかすごい。
うちの船以外にもこんな人いたんだ。
緊張した脳味噌の端っこで考えた。噛み合わない会話。人々の目線。
平凡な海賊(なんか変な言い方だけど、ほんとにそう。私は十人並みの海賊だ)の私がいるには似つかわしくない場所、似つかわしくない人々。
さっきから寒々しく私を口説いている目の前の人は、何とこの国の王子様だ。
ナミに借りたカクテルドレスの肩紐がずり落ちそうになるのを直す。(残念ながら私はなで肩なうえにそんなに胸も大きくないので、このドレスはそんなに似合ってない)
「え、えーと。光栄です。王子様にそう言っていただけて」
「ああ、そんなよそよそしい言い方をせず、名前を呼んで下さい、可愛い駒鳥」
知らないよお前の名前なんて、とか言うわけにいかないので、恐れ多くてとてもとてもとか言って言い逃れた。
王子様がお色直し(結婚式じゃあるまいし…そもそも、男なのに)に席を外した瞬間に、私も具合が悪い振りをして速攻でパーティ会場からとんずらした。
お城の見取り図を片手に、城内をうろつく。
お城。王子様。パーティ。
小さい頃は憧れたおとぎ話の世界みたいだ。
小さい頃の私が見たらすごく喜ぶだろうけど、今の私に言えることはこれだけだ。
「王子様って、現実に現れてみると意外といやなもんだね…」
新しいハイヒールのミュールは凄く歩きづらい。いっそのこと脱ぎ捨てる…のは、だめか。またあの会場に戻らなきゃいけないし。そう思うと、胃がキリキリ痛くなる。生来、私は小心者だ。
お城に忍び込んで、宝物庫のありかを探る。もちろん私よりもナミに似つかわしい役目だけど、つべこべ言ってられない。
今や麦わら海賊団で札付きじゃないのは私くらいなんだから、とそれを自分で買ってでた私が悪い。ナミに乗せられたことを差し引いても、どう考えても私が悪い。
「あー、馬鹿。バカ。大馬鹿者…」
頭を抱えたくなるのを我慢する。宝物庫は、…ここかな?
見取り図にしるしを付けた。よし。ミッションコンプリート、あとは明日ゾロかサンジ君に忍び込んでもらって(ルフィは駄目だ、絶対に忍んで来ないから)扉を破壊してお宝を頂戴すれば、こんな島からはおさらばだ。
あとは怪しまれないように、パーティーが終了する12時まで会場にいればいい。
「よく頑張った名前、偉い。あと少しの辛抱よ…」
ぶつぶつと呟いて自分を励ます。やたらと私を口説いている寒々しい王子様のことを考えると本当に胃が痛い。ついでに頭も痛いし、足はもっと痛い。あー、ほんとこのミュール歩きづら「ああ、駒鳥。僕のことを探しに来てくれたのかい?」
「(びくっ!)あ、ああ、あの、ちょっと道に迷ってしまって…」
う、噂をすれば影、だな、ほんとに…
仕方なく寒々しい王子様と連れ立って会場に戻る。大丈夫。あと、一時間耐えればいい。
王子様の寒々しい言動を聞き流しながら、平静を装って、オードブルを口に運ぶ。…緊張して味はよくわからないけど、サンジ君の作ったおつまみの方が、絶対、おいしいに決まってる。そう思った瞬間に、どうしようもなく帰りたくなった。
「さぁ、君の名前を教えておくれ、僕のチェリーパイ」
「い、いや、あの、お教えするほどの名前ではございませんので…」
それにしてもチェリーパイってすごい。この人、一々言動がすごすぎる。
名前を教えろと迫る彼となんとか話をそらそうとする私。そんなやりとりがかれこれ五十分続いている。冷や汗で背中がすーすーする。
ミュールを履いたつま先が痛い。こめかみも痛い。早く帰って熱いシャワーでも浴びたい。
あー、帰りたい、帰りたい、帰りた「なにをそんなにそわそわしてるんだい、駒鳥?」
「いっ、いえ、ただ、恐れ多くて」
だから、駒鳥ってよぶのはやめてほしい。三十秒おきくらいで広間にある大きな柱時計を確認している。
時間が経つのが、凄く遅い。
時間稼ぎにまたオードブルを口に運んだ。すごく高級なものなんだろうけど、正直美味しさがよくわからない。あー、お腹減った。煮物が食べたい。あと切り干し大根と、ひじきと、けんちん汁。もちろん、サンジ君の作ったやつ。
庶民的な海賊には、やっぱりこんな場所は似合わない。
また時計を確認する。よっしゃ、あと二分…!
*
「ああ、君の真っ黒な髪、昆布のような瞳!まるで庶民的な佇まい!美人は三日であきるとは本当ですね、僕には君のような慎ましやかな女性がふさわしいのかも…」
…この人、結構失礼だな…。ずり落ちそうになる肩紐を直す。あと三十秒。
ありがとうございます、とか当たり障りのない返事をして、心のなかでカウントダウンを始めた。
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「さぁもう逃げないで、駒鳥」
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「君の名前を」
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「い、家の者が心配しておりますので、失礼します!」
広間の柱時計が十二回鐘を打ち始めた瞬間に全力で出口へ走り出す。待ってくれ可愛い人、後ろから王子様の声が追いかけてくる。
私は必死で階段を駆け下りた。…ああ、もう、ヒールが走りづら、
「ぎゃっ」
盛大につまづいてしまった。ミュールが片方、階段に転がる。拾っている隙はないので、片足だけ靴を履いたまま全力で走る。王子様の声は少しずつ近づいてくる。結構、足が早い。手が伸びてくる気配がした、ので、頑張って振り払った。
…どどど、どうしよう、捕まっちゃったら…
恐怖感で涙が滲んだ。
小さい頃なら、王子様に追いかけられるなんてシチュエーションに憧れてたのに。実現してみるとまるで悪夢みたいだな…。逃げながら意外と冷静に今の状況を分析した。
王子様の声が、すぐ後ろから聞こえた。
…ああ、どうしよう、どうしよう、どうしよ
「フフフ、さぁ、もう逃げられないよ、こまどゲフッ」
…………『ゲフッ』?
思わず立ち止まる。全力疾走したから、息が苦しい。手が肩に伸びてきて、茂みの中に引っ張りこまれた。思わず体を強ばらせる。…ヤバい、捕まった。王子様に。
「…ごっ、ごめんなさい、ごめんなさい、見逃して…」
「…名前ちゃん、無事かい?」
煙草の香り。低い声。振り返ると、そこには。
「さっ、さっ、サンジ君…」
と、茂みの向こうには頭にたんこぶを作ってのびている王子様がいた。助かった、と思った瞬間に力が抜けてその場にへたり込む。
「こっ、こわかっ、王子様が、王子様が、あ、ありが、」
なんとか現状を説明しようとするけど、息が苦しくて上手く話せない、上に、サンジ君の顔を見た瞬間に安心して涙が止まらなくなってしまった。また肩紐がずり落ちてきたけど、もう直す気力もない。
泣かないでプリンセス、とか言うサンジ君の焦った声がした。もう大丈夫だよ、と頭を撫でられる。
「あ、ありがとう、助かった…さ、サンジ君は何でここに」
「あァ、遅いから心配になって向かえにきた」
「…な、なんかお父さんみたいだね」
「……それァ、何というか、複雑だぜ、名前ちゃん…」
「いや、『プリンセス』の安心感が違うというか」
しゃっくりが止まらない上に息が乱れて変な声になる。
サンジ君は意味がよくわからなかったみたいで、ぽけっとした感じでしばらく私を見たあとパッと目をそらした。
王子様に『駒鳥』とか呼ばれるのは勘弁してほしいけど。『プリンセス』とか『マドモアゼル』とか呼ばれるのも、サンジ君になら、ありだ。
それにしても、息が苦しい。あんなに全力で走ったのも、あんなに怖かったのも、初めてだ。
疲れたなぁなんて思いながら私もぽけっとサンジ君を見ていたら、視線がかち合ってしまった。
なんだか億劫でそのままぼーっと見つめていたら、また気まずそうに目をそらされる。
…なんだろ、泣いたからパンダ目の不気味な顔になってるのかな…うわ、恥ずかしい。
私も目をそらす。
「あ、ご、ごめんね、遅いのに迎えに来てもらったりして。」
「あァ、名前ちゃんの迎えならいつだって大歓迎だよ。」
にっこり。って感じでサンジ君が笑う。
あれ?いつもの調子に戻った。さっきのは何だったんだろう。
「立てるかい?」
「あ、うん…大丈夫。」
心臓がまだドキドキいっている。サンジ君に手を引かれて立ち上がると、つま先に激痛が走って内心悲鳴を上げた。
走ってる時は気づかなかったけど、足が傷だらけみたいだ。
…殺人ミュールめ!
心の中であんなミュールを買った自分を呪いながら、平静を装って歩き出そうとする。
なるべくつま先が地面に触んないように、素早く、かつ慎重に、
うう……痛っ…
「名前ちゃん」
「どっ、」
どしたの、サンジ君、なんて返事は喉に引っかかって出てこなかった。
ふわっと体が浮く。心配そうな目が、私を覗き込んだ。
「痛ェんだろ、足。無理しないで」
「あ、ご、ごめ、あの、大丈夫、私重いから下ろし」
「嫌だ。」
『嫌だ』って…。さっさと歩き出したサンジ君は私を見て、楽しそうに笑う。
「これくらいの役得はあってもいいんじゃねぇ?」
「あ、…ありがとう、でも」
…役得かな?これ。
あ、そういえばこれ、お姫様抱っこだ。
思った瞬間にまた心臓がドキドキ言いだす。
ちょ、何のドキドキだ、これは。
内心慌てる私を見て、サンジ君はまた嬉しそうに笑う。…昔に読んだ恋愛小説みたいなシチュエーションだな。
ストーリー(王子様と海賊)
サンジ君相手なら、多分小さい頃の私も大満足だ。
自分の顔が熱くなるのを冷静に実感しながら、そんなことを考えた。
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