エース/短編
名前変換
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なんて事ない退屈な火曜日の昼下がりだった。いつも通り学食で過ごす午後1時30分。あいつはいつもの特大きつねうどん温玉入り320円を食う箸を止めて、やたらに深刻めいた表情で俺に告げた。
「…先輩、今まで黙ってたけど私、魔法が使えるんです」
「おー、知ってる。」
「!?っ、…げほっごほっ、」
「…あーあーだから一気にうどん掻き込むなって言っただろ。お前そのうち、うどん喉につまらせて死んじまうぞ」
今更、何を分かりきった事を深刻ぶってるんだか分からねぇが、さっきの俺の言葉は、名前にとっては驚くべき物だったのかもしれない。えらく苦しそうな顔で噎せるから背中を擦ってやろうと、俺が伸ばした手を遮って言うことには。
「…すいませんちょっと待って…いつから?」
「はぁ?」
「いつからそれ、知ってたんですか…エース先輩」
「出会った日の夜から」
「!?…っげほ、ごほごほッ、」
「わ、大丈夫か名前。とりあえず水飲め水。」
…だからうどんを一気に掻き込むなって…あ、さっきも言ったなこれ。
全く、何て手のかかる後輩だ。ぼんやりと考えながら水を飲ませたり背中を擦ったり。そそっかしいのも間抜けなのもとろいのも、出会った日の夜から変わらない。まあこの様子じゃ、出会った時の事なんて覚えてねぇんだろうが。
「…お前さぁ、あの夜、泥酔して空飛んでたよ」
「嘘!?」
「まじまじ。そんでさぁ、朝は寝ぼけてベッド浮かしてた」
「!?」
「…あー、今思い出しても笑える」
…出会った時、名前はべろんべろんに酔っぱらって公園の空を飛んでいたのだ。愉快そうにけたけたと笑いながらふわりふわりと空に浮く、こいつを見たときには白昼夢でも見てるんじゃないかと思った。…まぁ、数秒後に俺の上に落下してきた訳だが。
「…お前ほんと、あのときから全然変わらねえよなぁ」
衝撃的な出会い。最近知り合ったいけすかない後輩の言葉を借りて言うなら、それはまさにタイフーンでハリケーンでダイナマイトで、名前の引き起こした洪水はあっという間に俺を溺れさせた。…あーやっぱ鬱陶しいなこの言い方…まあいいや。生来の世話好きなんかも手伝って、何かと面倒を見るうちにあれよあれよと。
ものの半年であっさりと俺を夢中にさせた、名前に告白したのはつい昨日の事だ。告白とか、なんて甘酸っぱい響きだよはっずかしい。…まぁ、とにかくあれは告白だった。…それも、好きです付き合ってください、なんて、今どき中学生でもやらないような思いっきりベタでオーソドックスなやつ。
「…けほっ」
「落ち着いたか?」
「ああ、はい、ええ、お陰様で」
「そりゃよかった」
噎せたり咳き込んだりも何とか一段落ついたらしい。水持ってくるから待ってろ、なんて席を立とうとしてはたと気がつく。…いつも通り世話焼いてる場合じゃねえだろ俺は。だから今、なんでこうしてこいつと話してるのかと言うと、昨日の小っ恥ずかしい告白の返事を貰うためなのであって。ぴたりと動きを止めた、俺の心中を察したのか、名前が真剣な顔で口を開く。
「…気持ち悪いですよね」
「…あー、待ってろ確かこの辺に胃薬が」
「違うでしょ先輩、なんですかそれ新手のボケですか」
…ほんと、あのときから全然変わらねえよなぁこいつ。
脱力と苛立ちと懐かしさが入り交じったみたいな気分で考える。鈍いのもずれてんのも雰囲気読まないのも相変わらずだ。期待した俺が馬鹿だったよ、なんて半ばやけくそと照れ隠しで、俺までずれたことを言ってるんだからどっちもどっちなんだろうけど…、いや、でも今のはどう考えてもこいつが悪いだろ。あのタイミングで真面目な顔されたら、誰だって期待するだろうが馬鹿、
「お前こそ違うだろ、そんな事いいから早く返事」
「そんな事って、」
「だから、お前が魔法使えんのなんか出会った時から知ってんだよ俺は。今更だろそんな事。」
馬鹿、ああもう、馬鹿だなあこいつ。で、こんなやつのこと好きな俺はもっと馬鹿だ。
名前がこんなんだから、とうとう俺は好きです付き合ってください、なんて、今どき中学生でもしないくらいの小っ恥ずかしい告白なんてものをさせられた訳で。しかも今だって、名前がさんざっぱら話を逸らすから俺は話を戻そうと、昼下がりの学食なんて公衆の面前で、そんな小っ恥ずかしい告白の再現をしようとしてる訳で。ほんと、なんの拷問だよ。それでも惚れた弱味と言うやつで、つまり、どれもこれもこいつを好きになってしまった俺の自業自得だ。
「気味悪いとか思ってたらそもそも話しかけすらしねえよ。そういうの含めて好きだって言ったんだ」
「……うそ」
「…うわ、まだそんな事言うか。仕方ねえだろ好きなんだから。こんな公衆の面前で、告白してるこっちの身にもなれ、名前」
「………」
「…だから、返事。ちなみにここ学食だから、振るにしても言葉選べよ。」
…で、そっから3秒。顔を真っ赤にした名前が、「エース先輩、好き」なんて恐ろしく可愛いことを言うもんだから、赤面ついでに公衆の面前でキスまでしてしまう羽目になった。俺が悪いんじゃねえよ仕方ねえだろ、恋はいつでもハリケーンなんだよ。
後日、厨房から事の一部始終を観察していたらしいサッチにからかわれたのでそう言って開き直ってやったら、お前ほんとばかだよなぁと笑われた。何とでも言え。馬鹿だろうが何だろうが、俺は今最高に気分がいいんだ。
学生Aさんと魔女の場合
…ちなみに。例の告白の返事を貰う為にさぼった火曜日の三限必修で、 俺はとうとう規定の欠席回数を上回ったらしい事がマルコによって判明した。単位を貰う為に教授に出された補習課題のレポートをひいこら書きながら考える。…名前の魔法は、時間も戻せるんだろうか。
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