ドラマ
名前変換
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正直、あのときはぼろぼろだった。色んな意味で身の危険を感じまくっていたし、殴られた頬が凄く腫れてたし、あんなに海兵に取り囲まれたのだって初めてだったし。あまりの事態に、腰が抜けてたし(情けない…)。
落ち着いたら震えが止まらなくって、エース隊長に泣きながら抱きついても、それは仕方ない事だと思う。そもそも、隊長があんな登場の仕方をしなかったら……私は、今でも塀の中なんだけど。
助けていただいた事自体は嬉しいんですよ、感謝してるんですよ。ものすごく。だけど、あのいいかたは、ない。
ドラマ(平凡女、改め、)
おかげさまで、私の2つ名は『平凡女』から『火拳の女』にランクアップしていた。
……火拳の女、って…。
船内ですれ違うクルーには悉く冷やかされる。毎回、『俺の女』は『俺(が隊長を務める二番隊の経理担当)の女』を縮めたもんだ、という事情を懇切丁寧に説明して、誤解を解く。突然キスされた事に関しては、なかったことにした。テンションがあがっちゃったんだろう。海兵の前で、映画みたいな台詞を言ったから。エース隊長は割と気まぐれだし。
カタカタカタカタカタ。
つらつらと考えながら全力でタイプを叩く。
あの後、熱を出して一週間寝込んでしまった。なぜかその週はエース隊長がつまみ食いをしなかったので、予算修正はかなり早く終わりそうだ。
よし…あとは、ざっと目を通して確認すれば、…
「なァ」
「ああエース隊長、報告書ならあと五分であがりますんで。」
書類から目を上げずに返事をする。…これでよし、後は末尾にサインすれば、ああっ!
いきなり目の前から書類が消えた。エース隊長が不機嫌そうに報告書を眺めている。
「ちょ、それ、なるはやでマルコ隊長に出さなきゃいけないんですが、」
手をのばすと、隊長はひらりとそれをよけて、私の手の届かない位置へ持って行った。
ジャンプする。届かない。頑張って、更にジャンプする。更に高い位置へ持っていかれる。…なんなんですか、もう。
「何だよ、『俺(が隊長を務める二番隊の経理担当)の女』って。」
「……はい?」
隊長は書類を持っていない方の手で、私の頬に触れる。親指で腫れた跡を撫でてから、くしゃりと髪を撫でられる。
「何を、どう勘違いしたら、『俺の女』が『俺(が隊長を務める二番隊の経理担当)の女』になるんだよ、名前。」
「…勘違いも何も、そういう意味にしか…」
「だから、なんで俺がただの『俺(が隊長を務める二番隊の経理担当)の女』にキスしなきゃいけねんだよ。」
「……知りませんよ、そんな事…。」
というか、よくその長いセリフをすらすら言えるなぁと感心します。と言えば、エース隊長はお前なぁ、とか呻きながら頭を抱えた。
「いや、だってエース隊長、言ってたじゃないですか。四年位前に、キスなんて挨拶と似たようなもんだって。」
「…そんな昔の話を引き合いに出すなよ…」
実は、私のファーストキスはエース隊長だった。四年前、まだ海賊団に入ったばかりだった私のファーストキスをあっさりと奪って、けろりとした顔で隊長が『お前、キスなんて挨拶みたいなもんだろ』と言ったのを、実は今でも根に持っていたりする。
「挨拶みたいなもんなら、『俺(が隊長を務める二番隊の経理担当)の女』にもするんじゃないですか?」
「…あァ、わかったよ。四年前の事は俺が悪かったって。あのな、名前。」
エース隊長は、私の肩を掴んで、噛んで含めるように一言一言を区切って話す。
「俺は、お前が『俺(が隊長を務める二番隊の経理担当)の女』だからキスしたんじゃなくて、」
そろそろ、『俺(が隊長を務める二番隊の経理担当)の女』がゲシュタルト崩壊しそうだ。エース隊長がやけに真剣な目で、何かを言おうとしたところで、甲板からマルコ隊長が呼んでるぞ、と声がかかった。
「あ、じゃあ私、報告書出しに行くんで。お話の続きは後にでも。」
「お、お、お前なぁぁ…」
肩に掛けられたら手をやんわりどかして、何だか頭を抱えている隊長を残して、甲板に走っていく。顔見知りのクルーに会う度に浴びせられる冷やかしに、いい加減うんざりしていた。
「遅れてすみません。隊長、これが今季の食費の修正版です。」
「…よォ、『火拳の女』」
「…大変恐縮ですが、もう勘弁していただけませんか、マルコ隊長…」
エース隊長の気まぐれに振り回されるこっちの身にもなってくださいよ、そういえば、マルコ隊長はエイリアンでも見るような目で私を見た。
「……あの、何か。」
「お前、今の冗談かよい」
「え、食品の予算修正がですか?」
「違う、その後。」
「『勘弁してください』って所ですか?おかげさまで手配書に『火拳の女』って…冗談じゃないですよ、本当に勘弁してください。」
自然と溜め息が漏れる。牢屋から私を救い出してくれたエース隊長は、そりゃかっこよかったけど、だからって手配書に『火拳の女』は勘弁……あの、なにか?マルコ隊長。
「…いや、もういいよい…」
「さ、さようですか…」
「エースも大概だが、お前、本当にすげェなァ」
「……?恐縮です…」
私に、エース隊長に勝るとも劣らないすごいところがあるというマルコ隊長の言葉は、正直意味が掴めなかった。…私の、真面目さを評価してくれたと考える事にしよう。
*
「よォ、名前ちゃん、元気ねェな」
「…この船で私の名前を呼んでくれるのは、あなただけです、サッチ隊長…」
午前中いっぱい滞っていた書類を整理して、食堂に向かった。キッチンに立つサッチ隊長だけは、いつも通り軽い調子で迎えてくれた。
「当たり前じゃねェか、『火拳の女』なんて冗談、俺は信じねェよ、さぁ俺の胸にとびこんドゥホッ」
「俺の名前に触んじゃねェよ、サッチ」
「…もう、勘弁してくださいよ、その話は…」
カウンター越しに私に手を伸ばしてくるサッチ隊長のおでこに、飛んできた皿がクリーンヒットする。
「おいエース、俺のリーゼントどうしてくれるんだよ!またセットやり直しじゃねェか!」
「やかましいわ!俺は名前に話があんだよ!…あれ、名前?」
今にも喧嘩を始めそうなエース隊長と、サッチ隊長からなるべく距離をとって座る。
「…あなたの気まぐれにつき合わされるこっちの身にもなってください、エース隊長。」
「…お前、それ本気で言ってんの?」
唐揚げを頬張りながらそういえば、エース隊長はまじかよ、とか言いながら信じられないって顔でこっちを見た。サッチ隊長まで同じ顔をしている。
「……あの、何か?」
マルコ隊長もさっき同じような顔をしていた。さっきから、私、なんかおかしい事言ってるか?
「…ぶっ…くくッ…」
サッチ隊長の肩が震えだした。エース隊長は脱力したようにカウンターに突っ伏す。
「ひひっ…ふひひっ…だーっはっはっ!ひゃひゃひゃひゃ、ひひっ…あー腹いてえ…ぶくくっ…ドゥホッ」
呼吸困難になりながら笑っていたサッチ隊長が、またエース隊長に無言で攻撃された。
「…大丈夫ですか?」
水を差し出すと、涙目のままサッチ隊長は一気に飲み干した。
「…ぶくくっ…げほっ…あーァ、最高だよ、名前ちゃん」
あ、ありがとうございます…。
サッチ隊長にまで、誉められてしまった…。これは、水を渡した事へのほめ言葉、なのか?
恨めしそうに私を見て、一からか?一から言わないとわかんねェのか、お前は?とかなんとかぼやいてるエース隊長をほっといて、さっさと唐揚げ定食を食べ終わる。
「まァ、エース、頑張れよ。」
「うっせぇ、頼むからちょっと黙れ…。」
かなり落ち込んだ様子のエース隊長と、それを慰めるサッチ隊長を尻目に、食堂を出た。
食堂にいた他のクルーは、エース、可哀想に…とか呟いていた。可哀想?私が、じゃなくて?エース隊長が?
…もう、何なんだろう。甲板に出ても、皆の視線が生ぬるい。…針のむしろってこんな感じの事を言うのかな…。
タイプ室に戻って、また、カタカタカタカタタイプを打っている、と、電伝虫が鳴った。
「お電話ありがとうございます、こちら白ひげ海賊団二番隊タイプ室、担当の苗字が承ります。」
「グラララ…久しぶりじゃねェか、名前…!」
聞こえてきたのは、3ヶ月位ぶりに聞く、私の大恩人の声。四年前に行く宛のない私を拾ってくれた、偉大な船長。思わずうぐいす嬢みたく作っていた声も裏返った。
「あ、ご、ご無沙汰しております!お父様、エース隊長はまだお戻りになりませんが、何か伝言は、」
「いや、エースじゃねェ、名前、お前に用がある。」
……ぎく。思わず、言葉に詰まった。この間、あっさりと捕まったことを咎められるんだろうか。そう、末端構成員の私の不注意で、二番隊隊長が引きずり出される事態になったんだから、当然かもしれない。
白ひげ海賊団船長直々にお叱りを受けるのかも…船を降りろ、とか言われたらどうしよう。そう考えると、指先が冷たくなった。涙声にならないように注意しながら、なるべく落ち着いて言葉を絞り出す。
「も、申し訳ございません。お父様、今回のことにつきましては私の不注意で二番隊隊長、ひいては白ひげ海賊団全体に多大な迷惑を、」
「何を謝る事がある…名前、お前は自分を過小評価しすぎだなァ。…顔の腫れはひいたか?」
「はい、おかげさまで、あの、お父様、」
「うちの可愛い娘を助けるのは、当然のことじゃねェか…お前は戦闘員でもねェのに怖い思いをさせて、すまなかったな…」
「…お父様…」
「本気はもっと穏便に助けてやりたかったんだが、エースの馬鹿がな…グララ…!」
「……本当に、すみません。ありかとうございます……」
船を降りろ、とか言われなかった安心感と、思いがけない優しい言葉で、視界が潤んだ。
情けない感じで声も震える。船長は、エースがうんぬんとか言ってた気がするけど、聞き逃してしまった。
…私なんて、本当に大した役にたててないのに。船長の優しさが少し辛くて、自分が情けなくなった。私なんて、日がな一日タイプに向かう位しか能がないのに。
鼻がつんとして、また涙が溢れる。書類をまとめる位しか脳がないんなら、いまだって仕事を片付けて船長の役にたてばいい。まだやらなければいけないことは沢山ある。泣いてるひまなんて、ない。
自分に言い聞かせても、中々涙が止まってくれない。小さい頃から、一度泣いたら中々泣きやめない質なのだ。
…ああもう、…こんなんじゃ仕事にならな、
「おい、名前、……!お前、」
「あ、…隊長。」
*
「おっ、お前、どうしたんだよ、どっ、どっか痛いのか!?」
「…あ、いや、大したことは…」
「こないだの事思い出しちまったのか?大丈夫だ、俺が守ってやるから安心しろよ、そ、そうだ、飴でも食べるか?」
「恐縮です、す、すみません。すぐ泣きやみますんで…」
飴玉って、子供じゃないんだから。エース隊長は、困った顔をして、この間みたいに親指で私の涙を拭う。前回に引き続き、何でよりによって隊長の前で泣いてるんだろう、恥ずかしい。情けない。早く泣きやめ、……
「え、あ、あの、隊長」
何かから守るように頭に手を回して、ぐいっと抱きしめられる。…え、ちょっと、どうしたんですか。隊長。びっくりして隊長の顔を見る。困ったような顔。その間も、私の涙は止まらない。昔から、泣いたら中々泣きやめない質なのだ。
「…お前、滅多に泣かないから、泣かれるとすげェ心配になるんだよ…」
「あ、す、すみません…」
「何で謝るんだよ」
「いや、先日からご迷惑をかけっぱなしで」
「…お前なぁ…」
エース隊長は呆れたようにため息をついた。ああ、面倒くさいんだろうなぁ、女の子に泣かれると。雑誌の特集でも、うざい女ランキング不動の第一位はすぐ泣く女だし。
本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。二番隊隊長には、経理担当に割いている時間はないはずだ。…私の事はもうほっといて、自分の仕事を片付けて下さ、
「恐縮ですとかすみませんとか申し訳ございませんとか、そんな謝んなよ…名前」
「…あ、はい。」
「何で俺がお前を助けて、迷惑なわけ。」
「いや、そりゃ、ハイリスクローリターンすぎというか、百円と一ルピーを交換するレベルというか、鯛で海老を釣るというか。」
「…一秒でよくそんなややこしい事考えたなすげェなお前。」
「ありがとうございます。」
「いや、ほめてねェ、…まあいいや。いいか、いちいちそんな事考えんな。うちのクルー助けんのなんて当然だろうが」
「いや、でも」
「いいか、お前がいないと俺は安心してつまみ食いができない。あと、お前いなくなったら誰が俺の報告書書くんだよ」
「…はい、ごもっともで…?」
なんか妙な理屈だ。確かに、私は隊長のつまみ食い分を計算にいれて食料経費を出すけど、それは隊長がいくら言ってもつまみ食いをするからで…つーか、いい加減自分で書いてくれ。報告書は。
「とにかく、お前は俺に守られてればいいんだよ。」
「…えっと、ありかとうございます?」
いいのかな?なんか妙な理屈だったけど。隊長は満足げに私の頭をぽんぽんと叩いた。いつの間にか、涙はすっかり乾いていた。
「それとだな、名前。」
「はい。」
「俺は、………お前が、」
エース隊長は私を真っ直ぐ見て、あーとかうーとか唸っている。何だろう、さっきもこんなシーンあったような…あ、そうか。
「隊長、…まさか」
「お、おう。そうだ、そのまさかだ。お前いっつも鈍いのに良く気づいたな」
「気づきますよその位…嫌ですからね。」
「……でも諦めらんねぇんだよ、俺は、」
「諦めて下さい。嫌です、報告書はご自分でお書きになって下さい。」
「…いや、それは違うだろうがよ今の状況的に。」
エース隊長は脱力したように私の頭に顎を乗せた。ちょ、重いんで退いて下さい。
「…じゃあ結局、なんなんですか…」
「…よし、いいか名前、一回しか言わないからよく聞けよ」
「は、はいっ」
なんか真剣な話らしい。心して聞こう。
「俺はな」
「はい」
「お前が、」
「はい」
「お前の事が…、おい、サッチ。そこでなにしてんだよ。」
振り返ると、そこにはニヤニヤと楽しそうに顔を覗かせたサッチ隊長がいた。
「…ぐふっ…あ、いや、そろそろ晩飯の時間だからよ……ぶふっ」
「…お前、いつからそんな親切になったんだ?」
「…ぶはっ…っひゃっひゃっひゃ!なーっはっは!っ…げほっ…ひひっ…エ、エース、お前にゃ同情するぜ、まぁ頑張ドゥホッ」
「うっせぇ!」
どかん。
腹を抱えて笑うサッチ隊長と共に、タイプ室のドアが吹っ飛んだ。
…今更だけど、サッチ隊長は、何しに来たんだろう?普段夕飯ができたからってここまで呼びに来てくれるような人だっけ?
巻き添えを喰わないように、こっそりタイプ室から脱出した。
…早くご飯食べよう。泣いたらお腹すいたし。