ドラマ
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私の日常にドラマなんかない。海賊という非凡な職業についていながら、私の役割は経理担当だ。
経理って!
毎日毎日カタカタカタカタタイプライターで経理報告を書いていたある日。うちの二番隊隊長の大暴れの場に運悪く出くわした結果、ありがたいことに私もとうとうお尋ね者になった。経理担当なのに。ついた二つ名が『平凡女』。
『平凡女』って!それ、わざわざ懸賞金かけて捕まえなくてもいいじゃん。普通の人じゃん。
ため息をついた。ついでに息も吸った。私は海賊なのに経理担当で、お尋ね者なのに平凡女なのだ。日々平々凡々にカタカタタイプを打ってきた。海賊にありがちな、ワンナイトラブとか、一夜のロマンスとか、マドロスロマンとか、そんなドラマもなかった。というか、ごめんだ。そんな物騒なドラマ。そんなものは、うちの二番隊のエース隊長に任せておけばいい。
「さぁ、『平凡女』。二番隊隊長の居場所を吐くんだ。」
そんな私の胸中も知らず、海兵さんは真面目腐った顔で私を尋問する。後ろで縛られた手。薄暗い取調室。ああ、これは多分私の人生最大のドラマだ。その名も逮捕劇。…いらないよ、そんなドラマ…。
「大変申し訳ございませんが、私も存じ上げておりません。エース隊長は昨日から冷蔵庫の食材をつまみ食いして逃げ回っておりますので。」
「…大変な上司を持つと、部下が苦労するねぇ…。」
「はぁ、恐縮です…。」
いかにも公務員って感じの海兵さんは、私にひどく同情的だ。多分、彼も思ってるんだろう。私は天下の白ひげ海賊団でも下っ端の下っ端の下っ端の末端構成員で、エース隊長とかマルコ隊長とか、そんな本物のお尋ね者には程遠い。
「しかしなぁ、…こっちも一応何がしかの取り調べはしなくちゃいけなくってねぇ…何でもいいんだよ、『平凡女』。二番隊隊長逮捕の手掛かりになるような事があったら、言ってもらわないといけないんだよ。」
「…私は一介の事務員に過ぎませんので、隊長に関しての情報は、海兵の方が詳しいかと…。…ご希望に添えず、大変申し訳ございません…。」
「あぁ、いやいや。これはどうも、ご丁寧に。まぁ、お茶でも。」
「いえいえ、お構いなく。」
海兵さんは私の手を前で縛りなおしてくれた。とてもお尋ね者の取り調べ場面とは思えない。
時計をみると、午後六時を回っていた。
「すみません、定時過ぎなのに、手間をおかけして。」
「いや、仕事だからねぇ…こればっかりはねぇ…まぁ、一晩拘留になるから、じっくり思い出してみてちょうだいよ。」
その態度なら情状酌量の余地は十分にあるからね。なんだったら、出所した後はうちで事務員をやるといいよ。
海兵さんは私にそういい残して、牢屋に鍵を掛けた。真っ暗な部屋。お尋ね者の海賊には似つかわしくない、平凡な逮捕劇だ。膝を抱えて牢屋の壁にもたれた。服が汚れるのが気になったけど、明日から新しい囚人服がもらえるだろうから、と自分を慰めた。
ひどく情けない気分だった。申し訳ない気持ちで一杯だった。初老の海兵さんにも、エース隊長にも、我らが白ひげ海賊団船長にも。
末端とは言え、経理担当がいなくなるのだ。やり残した報告書の処理、今期の食費の決算報告、エース隊長がつまみ食いしてしまった分の食費の予算の修正、エース隊長が書こうとしない報告書のゴーストライター、などなど。
私に振り当てられた仕事はそのまま残る。私がいなくなった事には気づかなくても、私のやり残した仕事の方は後々に結構な負担になる。…だけど、隊長達が経理担当の不在に気づく頃には、私は牢屋の囚人だ…。
そう、二番隊の誰にも気づかれないうちに捕まって、置いてけぼりにされてしまうんだろう。
私は戦闘員ではないから、白ひげ海賊団の中で大した貢献もできなかった。こうしてあっさり捕まった今も、海兵さんに余計な手間をかけて、お情けで拘留されている。
どうせ逃げ出す宛もないし、ここはおとなしくお縄を頂戴…した、後だったんだ。
情けない。なんでこんな情けないんだろう、私は。ぼんやりと天井を眺めていたら、視界が涙でぼやけた。
*
『久々の…上玉…』
『おんな……売れる…』
『拷問して…賞金…』
…今、何時かな…遠くから近づいてくる声で目を覚ました。うわ、顔に縄の後ついてる。髪の毛もぼさぼさじゃん。…あ、そういえば、私拘留されてたんだった。
壁にもたれたまま、階段から近づいてくる声の意味を考える。
おんな…売れる…?
拷問…賞、金…
何か不穏な単語が並んでいる。もしかしなくても、私、危ないんじゃ……顔が青ざめて行くのが分かった。そうだ、この海軍支部にいるのはあの優しい海兵さんだけじゃない。色んな意味でやる気満々の海兵もいるんじゃ……ガシャン。
私の牢屋の鍵が開けられる音が響く。
「よーよー、海賊の姉ちゃんよー。」
…べただな、台詞が。この上なく身に危険が迫っている状況なのに、台詞がお決まりすぎてそれに気をとられてしまった。私を見下ろす海兵は、悪そうな笑みを浮かべたデブとのっぽの二人組だ…べったべたな雑魚の悪役って感じだ。
登場のしかたもありきたりだし、台詞もべた。あんたら、もうちょっと捻った方が……って、だから、そんな場合じゃないんだってば。
「えーと、…ご、ご用件は。」
つい、いつもの癖で丁寧口調になってしまう。下っ端悪役風の二人は、おとなしくしてれば悪いようにはしないぜ、なんて言いながら私を追い詰める。べた…とか、言ってる場合じゃ、ない。
「や、ちょっと、来ないでっ…!」
「火拳のエースの情報を吐くか、俺達とよろしくやるか、それともここでくたばるか、選びな。お嬢ちゃん。」
どれも、ごめん被りたい。こいつらにエース隊長がやられるとは思えないけど、ただでさえ二番隊に迷惑を掛けたんだから、せめて発つ鳥後を濁さず、というか、あ、まぁ私エース隊長の情報なんてまともに持ってないんだけど。走馬灯のように考えが駆け巡る。
私は狭い独房の中を逃げ回った。のっぽに手首を捕まれたので、思い切って股間を蹴飛ばしてやる。はぅっ、とか情けない声をあげて倒れるのっぽ。
…うわ、意外とよっわ……あ痛っ!
のっぽに気を取られていたら、デブの方に思いっきり殴り飛ばされた。
目の前がちかちかした。絶体絶命なのに、パパにも殴られたことないのに!とか考えている自分がいた。いつの間にか復活したのっぽとデブが私に迫ってくる。…だめだ、やられる。いろんな意味で。生臭い息が顔にかかる。…晩御飯はレバニラ定食でしたって感じの匂いだ。
そんな事を思ってなんとか冷静さを保とうとする。ドラマだったらここら辺で恋人が助けにくるんだけど……。涙がこぼれないように、きつく目を閉じた。私の人生に、ドラマなんて、ない。
のっぽとデブがげへへ、とかへっへっへ、とか言っている。毛むくじゃらの手が私の服に伸びて、
…………あれ?
薄く目を開ける。私の事を襲う気満々だったのっぽとデブが、廊下を凝視している。その視線の先には、今にも火傷しそうな熱気に、デロンデロンに溶かされていく牢屋の鉄格子と、世にも恐ろしい殺気を放っている私の上司の……ちょっと、エース隊長。こんな所で何やってるんですか。
*
「ひっひひひ、火拳の、エース…」
のっぽが今にも死にそうな程、ビビっている声を出した。…心情的には、私も同じ気分だ。こんなに怒ったエース隊長を、見たことがなかった。
「なっ、ななな、なんで、こんな下っ端の為に二番隊隊長が出てくるんだよ…」
デブが信じらんない、って声でつぶやく。
「ま、まま、…全くだ…」
私も同じ気持ちだったので、思わずデブの発言に同意してしまう。エース隊長が薄く笑った。うわ、こっわ…
「うちの可愛い経理担当に、下っ端たァ良い度胸じゃねェか。」
デブと一緒になって私まで震え上がる。
「い、良いじゃねェかたかだか女一人くらい…」
「そ、そうそう、落ち着いて下さい、たかだか下っ端一人…むぐっ」
「た、頼むからあんたは黙っててくれ!」
隊長がデブを睨む。デブが涙目で私の口を塞いだ、瞬間に爆発音がして、気がついたら後方に吹っ飛んでいた。
だれが?デブが。茫然としていると、のっぽが私の喉元にナイフを突きつけた。声が、めちゃくちゃ震えている。
「ち、ちちち、近づいたらこの女の命はねぇぞ…」
ギロリ。って感じで、隊長がのっぽを睨んだ。めちゃくちゃ恐い。そして、私の喉元にはナイフ。恐い。色々、恐すぎる。
「そそそ、そうですよ、エース隊長、ここは穏便に…むぐっ」
「お、お願いだから、ちょっと黙っててくれ!俺の命がかかってるんだ!」
また、口を塞がれる。先ほどまで私を襲っていた人物とはいえ、涙目ののっぽには同情を禁じ得ないものがあった。気分は、ライオンに睨まれたインパラってとこだろう。
隊長が、ゆっくり近づいてきて、ナイフを掴んだ。ドロドロに溶けるナイフ。泡を吹くのっぽ。顔面蒼白の私。
あまりの事態に、ふうっと気が遠くなった。
一瞬、気を失っていたらしい。気がついたら、海兵が私の事を取り囲んでいた。体がふわっと浮かぶ…え!?
「いいぜ、思い知らせてやるよ。俺の女に手ェ出したらどうなるか。」
死にたい奴からかかって来な、あれ、このせりふ昔映画で聞いたような。そうそう、今みたいにヒロインが恋人に救出され、……いや、ちょっと待てよ。
私の事を横抱きにした隊長は、不敵に笑う。そう、私の事を横抱きにして。誰が?二番隊隊長が。誰を?下っ端の私を。あれ、おかしくない?
「とっ、捕らえろ!逃がすな!」
海兵が叫ぶ。火花が派手に散る。いや、だから、ちょっと待ってってば。
助かった安心感と、恐怖感と、今の状況で頭がひどく混乱する。うわーぁ、ドラマみたい…何がどうなってるんだろう。
「あ、あの、エース隊長」
「何だよ。」
「お、お言葉ですが下っ端経理担当が一人捕まった位で隊長がほいほい助けに来ちゃ駄目なんじゃ、そこは捨て置くべきとこというか、」
「…お前、よりによって、今、言うか?それ」
「いや、大変申し訳ないとは思うんですけど。本当にお手数をおかけしてしまって、」
エース隊長は、派手に火花を散らしながら海兵を切り捨てていく。
「あ、あと、『俺の女』ってのはちょっと語弊があるというか、いや、私は『俺が隊長を勤める二番隊の経理の女』を縮めたもんだとはわかりますけど、」
「名前」
「は、はいっ」
最後の一人が、あっさりと倒れた。名前って、誰だっけ。あ、私か。
隊長が、不機嫌そうに私を見る。な、何?
「た、助けて頂いて本当に感謝してるんですけどね、万が一って事も考えてもっと慎重に」
「お前、ちょっと黙っとけ。」
「いや、お言葉ですがッ……!」
熱くて柔らかい何かが口を塞ぐ。なんだこれ、あ、隊長の唇か。そこで思考が停止する。熱い舌が入ってきて、口の中を這い回る。息が、上手にできない。…なんだこれ、ああ、そうそう、キスだ。じゃない、なんでこうなった。
長いようで短かった数分後に解放されて、肩で息をする。ガシャン、と音がした方をみると、最初に私を尋問した海兵さんが腰を抜かしていた。彼が言うことには、
「…お、お幸せに。」
…混乱しているんだろう。分かる。白ひげ海賊団二番隊隊長との邂逅なんて、今までの彼の人生最大のドラマなんだろう。もちろん、私も混乱している。唯一混乱していないエース隊長は、そりゃどうも、なんて言いながら軽々と牢屋を脱出した。私を抱えて。
月が綺麗な所まで、嘘臭かった。隊長は、悪ぃな遅れて、とかなんとか言いながら私の腫れた頬にキスをした。
私の人生にはドラマなんてない。はずなのに。
こんな事態って、まるで、
ドラマ(悪漢からの救出劇)
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