べたなあの人達の話/短編
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…格好いい。無駄に格好いい。
何が嬉しいんだかにこにこと笑う幼馴染みを前にして、私は何となく絶句してしまった。確かに眼鏡かけてくれたら許したげる、とか私が口走ったのが悪いんだけど本気にする方もする方なんじゃないかなサンジ君。そう突っ込みたいような気もしたけど、 何か凄い答えが返ってきそうなのでやめておいた。代わりに、
「…おはよう」
とだけ当たり障りのない挨拶をしてみる。
「おはよ、プリンセス。」
返ってきたのはいつも通りの気障な台詞だった。玄関先で固まってる私を不審に思ったのか、後ろから顔を出した母親が嬉しそうな声を上げる。
「あらあサンちゃん、可愛いじゃないその眼鏡。七五三みたいで」
光栄ですマダム、だとかなんだとかまたまた気障な会話を繰り広げる声をよそに考える。七五三みたいっていうか、その取って付けたみたいな黒縁メガネはむしろコスプレみたいなはずなのに、だったら何でこんなに様になってるんだろう。金髪で眉毛が巻いてて髪の毛で顔半分が隠れてるのに、眼鏡がにあうとかそんなの明らかにおかしい。こんなのおかしいよ。おかしいって絶対。黙ったままの私に彼が一瞬だけ目を合わせて笑ってくれたりとかするから、何か変な汗をかいてしまった気がする。本当に、サンジ君は心臓に悪い幼馴染みだ。
*
「そ、それでね、カヤちゃんがまた光GENJIのDVD貸してくれてそれでキノッピー、が、………」
うわっ、目があったそらせないどうしよう。何か熱い。それにしても何で。たかだか眼鏡一個でなんでこんな格好よく、…いや、サンジ君は前から無駄に無意味に無軌道に格好よくはあったけど、だからってやっぱこれはずるい、反則、
「キノッピーが?」
「きのっ、きのっ、ぴぃ、がっ」
サンジ君のいる、右側が熱い。一端そらせなくなってしまった視線はどうしようもなくて、動転のあまりさっきまでの話の内容は頭の中からすっ飛んでしまった。落ち着け私、サンジ君が眼鏡かけてるだけじゃん。いくら格好よくても中身はいつも通りの気障で若干馬鹿で女子には激甘男子には激辛の幼馴染みだ。自分に言い聞かせてもあれよあれよと顔が熱くなっていく。強引に私の右手を捕まえたサンジ君が、それはそれは面白そうに笑うので、とうとう何も言えなくなる。
「…名前ちゃんのヘンタイ。」
くつくつと笑いながら、何の脈絡もなく言われたのはまるで私の思考を読んでるみたいな言葉で。なんだか腹立たしいので舌打ちしたあと、悔し紛れに彼の左手をぎりぎりと握りしめてみた。ら、すぐに情けない声が私に言う。
「………ごめん名前ちゅわん嘘、嘘だから許して」
サンジ君の馬鹿。なんて言葉はぎりぎりのところで飲み込んだ。代わりに、眼鏡似合うね、なんて言ったりしようかとも思ったけどそれも言わないでおく。今の雰囲気でそれを言ってしまうのは物凄く恥ずかしい、し、絶対からかわれるような気がする。でも例えば私がサンジ君の眼鏡好きだなぁとか言ったら、彼は毎日眼鏡をかけてくれたりするんだろうか。
ひたすら床を見つめながら、うっかりそんなことも考えてしまった。因みに、私はサンジ君が喜んでくれるんならそれこそセーラー服でもブレザーでもナース服でも着てしまいそうで、そんな自分が怖かったりする。サンジ君の反応も怖いから、絶対こんなこと口にはださないけど。
*
結局。見慣れない眼鏡の威力は凄かった。その日私は、格闘ゲームで初めてサンジ君に負けた。只でさえ眼鏡のサンジ君が、好きだのあいしてるだの甘ったるい台詞を吐いてきて、何かもうそれどころじゃなかった。どう考えてもこれはサンジ君の策略に違いなくて、腹立たしいような気もしたけれど睨み付けたら、サンジ君が物凄い笑顔で見返してきて、それが余りに幸せそうに見えたからもう色々とどうでもよくなってしまった。私は、最高に馬鹿だと思う。馬鹿で、それでもって変態。なんて救いようがないんだろう。
甘ったるい気分に浸った頭は、真剣味の足りない調子で心にもないことを考えていた。その時テレビの中では、私の操るイケメン忍者がサンジ君の操る美少女格闘家にぼっこぼこにされているところだった。コントローラを弄る手は止めないままで、なるべく冷静な声で会話をする。
「サンジ君」
「ん?」
「私ね、思ったんだけどさ、」
「うん」
「サンジ君なら眼鏡だろうが何だろうが格好いいよ」
「…えっ、」
画面の中の美少女格闘家が、一瞬だけ動きを止めたので、すかさず大技を叩き込む。
「今日ずっとどきどきしてたんだけどさ、よく考えたらそれ、眼鏡のせいじゃないのかもしんない」
「名前ちゃ、」
テレビ画面からは、絶対に目を離さない。隣で、感極まったみたいに大袈裟な調子で私を読んだサンジ君にだめ押しで言ってみる。「サンジ君、大好き愛してる。」 言いきるのと同時に、画面の中の美少女は私の忍者の大技で吹き飛ばされた。テレビ画面に踊る『2P WIN』の文字と、鳩が豆鉄砲食らったみたいな可愛い可愛い恋人の顔を交互にみて、私は笑う。不意打ちみたいにキスしようとしたら、メガネにぶっかって格好悪いことになってしまったけどまあいいや。恥ずかしさを誤魔化すみたいにサンジ君に思いっきり抱きついて、甘ったるい気持ちのまま考えた。ああもう、幸せすぎて吐きそう。