べたなあの人達の話/短編
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…頭がくらくらする。
マニキュアの、体に悪そうな匂いの充満した部屋で我に返った。妙にムラになってしまった爪を除光液で拭き取ってため息を、つこうとして、やめる。明らかに今、この部屋の大気中には体に悪い化学物質が溢れているはずだ。かれこれ8回目の失敗に、さっきむきになって否定してしまった、彼の言葉が頭をよぎる。「不器用な君も可愛いよ」…とか、なんとか。何故かむきになってそれを否定してしまった後で、意固地になった結果がこれだ。もしかしたらサンジ君の言う通り、本当に私は不器用だったのかもしれない。たかだかマニキュアに、7回も8回も失敗するなんて馬鹿馬鹿しすぎる。
…さっきのタイミングで、素直にサンジ君に塗ってもらう事にすればよかった。後悔しても今更、この気まずい雰囲気を払拭する言葉なんか見当たらない。
相変わらず頭をくらくらさせたままで、ぼんやりと指先を眺める。短く切り揃えてしまった爪に中途半端に残ったピンク色のラメが指先が情けない。気を取り直してもう一度筆を取って、左手の小指から順番に色をのせていく。…真ん中、右、左の順番で塗っていくと良いらしい。ロビンから貰ったパウダーピンクのマニキュアは、正直私には勿体ないくらいの光沢で指先を彩ってくれる。光を反射する瓶が綺麗で、一瞬だけそれにみとれて、
*
…気付かない振りをしてるんだか、本当に気付いてないんだか。
マニキュアを塗っている名前ちゃんの背中をぼんやり眺めながら、煙草を灰皿に押し付ける。ロビンちゃんに貰ったらしい薄いピンクのマニキュアは確かに彼女に似合ってはいたが、だからと言って折角の二人っきりの時間をマニキュアに費やすなんてのは馬鹿馬鹿しすぎやしないか、
…なんて。拗ねたような気持ちをもて余したまま5本目の煙草に火をつける。不器用な名前ちゃんがマニキュアを綺麗に塗るなんてできるわけもなく、従っていつまでたっても彼女の視線は件のマニキュアが独占しているわけで。だからつまり、さっき口走ってしまった言葉は2割が皮肉(勿論、残りの8割は心からの本音だ。不器用だろうが殺人的に鈍かろうが、いつだって俺の幼馴染みは完璧に可愛い)だったことは間違いない。「不器用な君も可愛いよ」なんて言おう物なら、この子が意固地になってそれを否定する事もわかってはいたんだけど。
ガキみたいな嫉妬で彼女を怒らせた俺が、どうにか機嫌を直してもらおうとチーズケーキと紅茶を持って部屋に戻ってみたら、名前ちゃんは出ていった時と全く同じ姿勢でマニキュアを拭き取っている所だった。で、冒頭に戻る。
丁寧だけれど、絶妙に不器用な動きでマニキュアを塗る。ぼんやりと指先を眺める。除光液でそれを拭き取る。
機械的な仕草でひたすら繰り返される一連の動作。いつになったらあの子が、俺の視線に気づいてくれるのか。30秒以内に気づいてくれたら、晩飯は彼女の好物にしよう。やっぱりガキみたいな賭けを一人でやりながら煙草を吸いはじめて5分。淹れたての紅茶はすっかりぬるくなっとしまったのに、相変わらず彼女の視線が俺に向けられることはない。まるでお預けをくらった犬か何かみたいに、お行儀よくしてる自分を自分で誉めてやりたい。無防備なな背中も鬱陶しそうに髪を払う仕草も愛しい事に変わりはねぇけど、そろそろ俺に構ってくれたっていいだろ、プリンセス。頭の中で呟いてから、6本目の煙草を吸いながら考える。…あと、40秒以内にこっちを向かなかったら、問答無用でキスしてやろう。
*
相変わらずぼんやり指先をながめていた、ら。いきなり大きな手が伸びてきて、そのまま右手を握りしめられた。生乾きのマニキュアがグニャリと歪む。それから、
呼吸を止めて一秒あなた真剣な目をしたから
とかなんとか昔に聞いたアニメの主題歌が頭のどこかでリフレインしたけれど、目の前のサンジ君は真剣どころかまるでからかうみたいな楽しそうな目で私を覗きこむ。そこから何も言えなくなって息を吸い込もうと薄く開けた唇を唇で塞がれて、
かたん。
マニキュアの瓶が倒れる音が、やけに耳に響いた。「なぁ、少しは俺にだってかまってよ名前ちゃん」、相変わらずの気障ったらしい声が言うのを聞いた。生乾きのマニキュアが歪に残ったままの、指先にキスを落とされる。なんだかくらくらするような気がするのはマニキュアのあの、独特の匂いのせいなのかそれとも、
darling,I love you,darling!