疫病神と踊る医者
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
沈黙が、重い。何か話さなきゃ、そう自分を急かせば急かすほど罰の悪さで何も浮かんでこない。エレベーターなんて、使わなきゃ良かった。頭の中はそれだけで一杯で。
「……」
「……」
なんで、よりによって今日に限ってこんなことになるんだろう。エレベーターの端に体育座りして、完璧に無表情で押し黙るトラファルガーさんの様子を伺う。エレベーターが止まって、15分。週末は常駐の管理人がいないから、管理会社の人が来るまでは少なくともあと二時間かかるらしい。
「…えー、…そのですね…」
「仕方ねぇだろうが、止まっちまったもんは。」
トラファルガーさんはめんどくさそうな調子でそれだけ言って、私は気まずさやら申し訳なさやらで何を言っていいのかわからなくなってしまう。そう、仕方ないし、エレベーターに乗ったら止まるのなんて私にとっては日常茶飯事だ。
「あの、すみません…」
「何が。」
ただ、彼をそれに巻き込んでしまったのが申し訳なくて、決まり悪くて仕方がない。多分私と乗り合わせなかったら、このエレベーターは止まらなかった。トラファルガーさんは明日も夜勤のはずだ。
「明日も夜勤ですよね、あの、」
「…何でてめぇが俺のスケジュールを知ってる。」
「いやあの、…恐縮です…すみません…」
「だから何に謝ってるんだお前は。」
呆れたようにため息をつくのが聞こえた。…何にって、だってエレベーター、
「お前が止めたのか?」
「…多分…」
「どうやって?」
「…どう?」
どう、って…?どうやって…?いやだって私が乗ったから、このエレベーターは止まって、
混乱する私に呆れたように、彼は次々と言葉を紡いでいく。
「苗字名前、お前にそんな上等な技術があるようには見えねェが。」
「…えっ!?」
「意図的に止めたんなら別だろうが、そうでないならこれはただの事故だろう。」
「いや、でも、」
「なんで事故でお前が俺に謝るんだ。」
意図的に止めたわけでは、ない。ないけど、事故?ただの事故?いやでも多分私が乗ったからじゃ、言いかけた私を遮って、すらすらと、まるで数学の解答でも読み上げてるみたいだ。
「…だから、なんでてめぇが乗ったエレベーターが事故で止まって、それがお前のせいになるんだ?」
「いや、だって、私はですね、」
「疫病神?そんな非科学的なモンは説明にならねぇ。馬鹿じゃねぇのかお前は。」
…い、今まで、そんなこと考えもしなかった。混乱する私に念を押すみたいに、または馬鹿に言い聞かせるみたいに、はっきりとした口調で。
「これは、ただの、事故だろうが。」
「……そう、ですかね…」
言われた言葉の意味をつらつらと考える。これは、ただの、事故だろうが。…今まで、考えもしなかった意見だ。疫病神が見えてる癖に、私の不運っぷりを目の当たりにした癖に、この事態はただの事故、私のせいじゃなくて、
「…お前が謝る理由はねぇだろ。」
相変わらず馬鹿にするみたいな言い方だ。だけど顔を上げてみたら、思いがけないことにトラファルガーさんは柔らかく微笑んでいて。
「…あの、ありがとうございます…」
「なんでありがとう、だよ。」
「…いやあの、何となく…」
相変わらずやべぇ女。そう言ってくすくすと笑う声が聞こえて、恐縮です、そう言いながら顔が熱くなっていくのを感じた。私は確かにヤバめな人に見えなくもない。けど、この人だって相当変わり者で、人のこと言えないんじゃないか、なんて。もちろん、怖くて口に出せないけど。
トラファルガーさんの顔が、何故か真っ直ぐ見られない。ひしひしと感じるのは罰の悪さと、気まずさと、あとは、
…このかんじは、なんだろう。
*
あと、一時間と少し、何もせずに待つには長すぎる。…暇だなぁ、あくびをひとつ溢してから、鞄のなかを探る。…あ、
「トラファルガーさん。」
「あ?」
「クロスワードパズル、やりません?」
「……」
「初心者編、中級者編、上級編、超絶天才編がありますけど」
…このまま、彼と黙りこくって一時間なんてお互いにちょっと辛い。と、思って、私なりに気を聞かせてみたつもり、なんだけど。相変わらず呆れたように彼は言う。
「…お前、なんでそんなもん四冊も持ち歩いてるんだ。」
「…よく、電車が止まって立ち往生するものですから、時間潰しに…」
「…四冊も、か?」
「えーと、なぞなぞもありますけど、…ちょっとなんで笑うんですか」
クロスワードの一体、何が悪いと言うんだろう。面白くって仕方ないって感じで、トラファルガーさんが口許を押さえて笑いだす。割りと爆笑、というか、何がそんなにおかしいんだろう。笑いながら私を見て、
「…お前、ほんとヤバイな、」
「えっ!?」
なぞなぞか?なぞなぞの本を持ち歩いてるのがおかしいのか?ヤバイってなんだヤバイって。確かにあなたにはヤバめな場面ばかり目撃されているけど、今の会話には特にヤバめな要素なんてないじゃんか、
頭の中でそんな考えを渦巻かせながら、鞄のなかをさらに探る。クロスワードとか、なぞなぞとか、それ以外になんかあるかな、…あ、
「トラファルガーさん、」
「…なんだ、」
「お菓子もありますけど…」
「……っ、」
「クッキーと、じゃがりこと、ポッキーと、きのこのやま、どれか食べます?」
「!っ……ぶふっ…」
「ちょっと、だからなんで笑うんですか」
…笑いのツボ、おかしい。声を殺して呼吸困難に陥りながら、まだ笑っている彼を眺める。…この人、こんな風に笑ったりするんだなぁ。大分私に失礼だけど、笑ったかおはやっぱり少し可愛い。強面な分、笑うと顔が優しくなるような、ギャップに胸きゅんみたいな、………なに言ってるんだ、私。
*
「…とりあえず、きのこのやま、開けますね……」
トラファルガーさんは、相変わらず面白くって仕方ないって顔でちらりとこっちを見て、なんだか決まりが悪いので私は彼の方を見ないようにしながら、そろそろときのこのやまに手を伸ばす。
否定しないってことは、きのこのやまで、いいんだろうか。…あ、クロスワードやるんだ、
ペンを片手に、すらすらと解き進めていく様子をこっそり伺う。…超絶天才編、解けちゃうのか、あんなすらすら。私なんて最初の問題すらひとつも埋められなかったのに、
…やっぱりお医者さんなんだから、頭いいんだろうなぁ。見るからに頭良さそうな雰囲気が、…あいたっ。
袋を開けた拍子に、ささくれが引っ掛かって裂けてしまったらしい。
「あの、どーぞこれ、」
我ながらそそっかしいのが恥ずかしくて、トラファルガーさんに片手できのこのやまを差し出しながら、片手でこっそり鞄を探る。
「……」
「き、きのこのやまお好きですか?」
本から目を反らさないで、クロスワードを解く手も止めずにひょいひょいときのこのやまを口にいれていく、のを片目に、鞄をごそごそと探る。こんなときのために絆創膏があるはず、
「私はどっちかと言うときのこ派なんですけど、トラファルガーさんはきのことたけのこどっちがお好きですか、」
荷物が多すぎてなかなかポーチが探り当てられない。ささくれは意外と深かったらしくて、予想外に大出血……げ、絆創膏きれてる、
「おい。」
「は、はいっ。」
「…見せてみろ。」
…ばれてた…。何とも決まり悪くて、おずおずと手をさしだす。さりげなさを装ったつもりなのに、こんなにあっさり見破られるのが今更ながら恥ずかしい。
「お前は、なんでそうそそっかしいんだ…。」
「…すみません…」
彼はめんどくさそうなため息をひとつついて、私の指先を眺める。
「あの、」
「どうやったら菓子の袋開けるくらいでこんな怪我するんだ、注意力散漫にも程がある、」
「…ごもっともで…。」
丁寧に、指先に絆創膏が貼られていくのを眺めた。…持ってるんだ、絆創膏。やっぱり意外と面倒見いいんだよなぁ、
ついでだと思ったんだろうか、火傷やら切り傷やら、今できた訳じゃない傷にも絆創膏を貼りながらトラファルガーさんが心底めんどくさそうに言った。全く、世話が焼ける。
…顔が熱くなるのは、恥ずかしさと、気まずさと、あとは、
あとは、
ありがとう、ございます。言いながら彼から目を反らして、考えるうちにぼんやりととんでもない結論に行き着いてしまった。
例えば、ここ二週間彼に会えなかった、いや違う会わなかった、のは、私がこの人に会いたかったから、
「聞いてんのか、苗字名前。」
「あ、あっ、はい、ありがとうございます。」
取り繕いながらも、そんなことを考えてしまったら一気に心臓がどきどき言い出した。ちょ、なんで、落ち着け私!
自分に言い聞かせるけどなかなか心臓は落ち着いてくれない。エレベーターから救出されるまであと、一時間。少しだけ思ってしまった。ずっとこのままでも、いいのにな、なんて。