ロー/短編
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「このまま一緒になんて、いられっこないです。…そうできたらいいと、思わなくもないですけど。だってこのまま一緒にいたら私、きっとあなたを殺しちゃいます」
「…あ?」
「いえ、だからつまり、私、多分このまま一緒にいたらいつかローさんを殺しちゃ、」
「俺が誰に殺されるって?」
「…えーと、…私に…」
「お前に?…論外すぎて笑い話にもならねえ」
小一時間考えたお別れの言葉は、『論外』の言葉で木っ端微塵にされた。あっけにとられる私をバカにするみたいに彼は笑うので、呆気に取られて一瞬だけなにも言えなくなってしまう。…そもそも、なんでこんなことになったのかと言うと。寝ぼけた私が、彼の手に噛みつこうとしたのが始まりだった。無意識って怖い。いままでだって何とか人間の振りをしてきたのに、こうなってしまってはもう隠しようがない。…まあ、今までだって、隠し通せていたかと言うと微妙なところかもしれないけど。
「…えーと、真面目に聞いてください。私、ヴァンパイアなんです。」
「だから、それがどうした」
「ど、どうしたって、だから、」
だから、私、ヴァンパイアなんです人の生き血が主な食事なんです、怖いんです危ないんです、ちなみにコウモリにも変身できます、最近は害獣として駆除されるのであんまりやらないんですけど。
…なんて、ペラペラとまくし立てながら、今までの思い出が走馬灯みたいに回っていく。ナースとして潜り込んだ先の病院(病院は、吸血鬼には本当に良い職場だと思う。味は悪いけど輸血用の血液だってあるし。夜勤なんて、夜行性の私にはうってつけだ)にいた彼と、何故か付き合うようになってそろそろ半年。ローさんが私の何を気に入ったのかは未だに謎のままだったけど、私は彼の事が大好きだった。…できればずっと一緒にいたい、なんて寝ぼけた事を考えてしまうくらいには。
まあ、そんなの無理に決まってるわけで。だからこれは、良い機会だったのかもしれない。人間と吸血鬼じゃそもそもの寿命だって大分違う。何回か経験もあるけど、私を置いてみんなあっという間に死んでしまうのだ。…あれ?その度にもう恋なんてしないとか思ってた記憶があるけど……なにやってるんだろう私。全く成長してない。馬鹿みたい。
退屈そうに欠伸を溢す、彼の顔だって見納めだ。口が悪いくせにやけに面倒見の良いとこも、笑うと少しだけ幼い顔になるのも、そんな怖い顔してるくせに甘いものが好きなのも、全部大好きだった。寝ぼけて殺しちゃったりとか、うっかり血を吸ってヴァンパイアにしちゃったりとかする前に離れる覚悟ができてよかった。そんなセンチメンタルな事を考えながら、相変わらずペラペラと喋り続ける。
「で、あの…、つまり、ローさんの身の安全を考慮するともう、一緒にいない方が良いと言うか…」
「…………」
「…えーと、楽しかったです、色々。なんか最後にお騒がせしちゃってすみません、」
「………」
「………」
「………」
「………」
…あの、何か言ってくれないと、ちょっとばかし気まずいものがあるんですが。
頑なに口を開こうとしない彼を前にして、ずらずらとお別れの言葉を並べ立てて3分。とうとうさよなら以外に言うことがなくなってしまってしまった。ローさんの、仏頂面が涙でにじむ。最後くらいなにか言えよ馬鹿。なんて、悪態をつくかわりにもう一度口を開く、
「……あ。…ついでに言わせてもらうと、私、ローさんの事大好きでした、物凄く。なんていうか、多分ずっとあなたの事忘れないです。長生きしてください。それじゃ、」
それじゃあさようなら、ローさんの事一生、少なくとも200年は絶対忘れません。なんて、続くはずの声は途中で途切れた。手首を捕まれて、無理矢理な力で強引に引き戻される。ちょ、痛い、手首もげちゃう。なんて、私が口に出す前に、場違いな笑い声が耳を擽った。
「まぁ、とりあえずてめぇが化け物なことはよくわかった」
「化け、…いや、はい、そうなんです化け物なんです」
「だが、それがどうした?」
「…どうしたって、だから、あのね、先程から説明してるじゃないですか、血を吸うんですよ私は、」
「だから、それがどうしたって言ってる。血くらい幾らでもくれてやるよ」
「………は?」
面白い玩具を見つけた子供みたいに。愉しそうな笑顔と共に吐き出された言葉に、一瞬だけ思考が止まってしまう。何言ってるのこの人。馬鹿なんじゃないのもしかして。
「だから、あの、血を吸うんですよ私は」
「それはもうさっき聞いた」
「いや、だからね、貴方の血を吸ってしまう危険が」
「だからくれてやるって言ってんだろ、何度も言わせるな」
「いやだから、」
「だから?」
「……だから、」
愉快そうに目を細めて私を見て、暖かい手が、滲んできた涙を拭う。混乱しながらもぼんやりと彼の、笑顔を眺めながら思う。好きだなぁ、
「ローさん、好きです」
「あァ、知ってる」
「好きです大好きです愛してます」
「だろうな」
「できればずっと一緒にいたいんです」
「そうだな」
「……でも、だから、つまり、…私、長生きなんです」
「……は?」
みんなあっという間に死んでしまう。誰かと一緒にいればその分だけ、一人になったときに悲しくなるのだって知ってる。長生きすればいいって物ではないし、好きな人をそんな化け物にしてしまえるわけもない。「…吸血鬼は、ガラパゴスオオウミガメの6倍くらいは軽く生きます」、呟いてしまってから気がついた。言葉のチョイス間違えたかも。
「…珍獣。」
「そうじゃなくて、つまり、真面目に聞いてください。うっかり吸血鬼なんかになっちゃった、ら、」
「真面目に聞いてないのはどっちだ」
「だから、ローさん、が、」
ローさんが、軽々しく血をやるとかなんとか言うから、
言い切らないうちに視界が揺れた。ついでに体が何かに引っ張られて、それで。
「ああお前は本当に可愛いよ、名前。」
目の前に、首筋。頭の後ろに回された手が、ゆるゆると髪の毛を撫でる。反射的に離れようとするよりも早く、背中に手を回されてしまう。
「珍獣、結構じゃねぇか。お前のその、馬鹿みたいな言語感覚は嫌いじゃない」
「…えっ、」
「そそっかしくて小心者で注意力散漫で、おまけに珍獣ときた。悉く俺の好みには合わねえ筈なんだが」
「…………あの、流石にちょっと傷つく、」
「仕方ないだろう、気に入っちまったモンは。」
「…………」
私をきつくきつく抱き締めて、囁かれたその言葉は、何も考えられなくなるには充分すぎるほどの威力だった。大好きです、もう一度言ってみたら知ってる、と余裕綽々に返されてしまった。ああもうどうしよう、顔熱い。もしかしたら今、ここ50年間で一番混乱してるかも。
「……ローさん、」
「…あ?」
「…愛してます」
「知ってる」
「ずっと一緒にいたいです」
「あァ、幾らでもいてやるよ」
「今更、駄目だって言っても遅いですよ」
「…それはこっちの台詞だな。名前、」
甘い甘い声が、特別な何かみたいに私の名前を呼んだ。そういえばいつだか見た映画で、格好いいお兄さんがこんな声で『もう一人にしないから』なんて言ってたっけ。
外科医師Rと吸血女の場合
目を閉じるよりも早く、噛みつくみたいなキスが降ってきた。これじゃあどっちが吸血鬼か分からない、ぼんやりと甘ったるい事を考える私に、彼が笑う。
「…愛してるぜ、」
1/2ページ