長谷部
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「密です、主」
この上なくうれしそうな笑顔に、「……そうだね密だね」と返すしかなかった。
「はい。密です、主。こんなにもこんなにも、密です」
うっとりと吐き出されたため息が首筋をくすぐる。後ろから肩口に回ってきた腕が、ぎゅうぎゅうに私を抱きしめて、閉じ込める。何となく後ろ手で髪の毛を触ってみたら、「ああ、きもちいです主、もっとしてください主、好きです。好きです好きです好きです、」と、譫言みたいに繰り返されるのがなんだか危うい。
ぐりぐりと首筋におでこをこすりつけられながら、何となく昔飼っていたラブラドールレトリバーの事を思い出す。犬みたい、と言ったところで長谷部くんはどうせ「そうですよ、貴女の犬です。可愛がっていただけるんでしょう」と笑うだけなんだろう。
左手だけはパソコンのキーボードの上に置いてるものの、集中力なんてとっくに切れていた。一応形だけは開いている書類のファイルは、十分前からほんの少しも進んでいなかった。「……長谷部くんさあ」とうとう作業を放棄して、本格的に長谷部くんに構うことに決める。別にいい。どうせ仕事がやばくなったら、長谷部くんが手伝ってくれるんだろうから。
「はい」
「長谷部くんさあ。『密』の意味ちゃんと覚えてないでしょ」
「……? 、密閉密集密接の事でしょう。把握しておりますよ、当たり前でしょう」
「……あのさあ」
「はい」
「密です、って宣言したら抱き着いていいゲームとかじゃないからねこれ」
「……? 、では、次からは宣言なしで抱き着くことに致しますね?」
「そうじゃなくて、ソーシャルディスタンスってやつで」
「……? 、もう少し距離を詰めた方が宜しいですか?」
「逆だよね」
何をどうあがいてもアクロバティックに話を捻じ曲げて、いちゃつく方向に舵を取ろうとするから長谷部くんはダメだ。話が通じてるようで通じてないその会話がちょっと楽しくなってきちゃったあたり、多分私ももうダメだ。「長谷部くんさあ、ここんところほんとにこの上なく最上級に色ボケしてない?」と聞いてみたら、「主と二人で長期間巣ごもりを許されたとなれば色ボケの一つや二つ起こすのは至極当然のことだと思いますが」と普通のトーンで返された。「それとも、主は俺と睦合うのがお嫌いですか?」なんて、ほんの少し寂し気な声色を出されただけでほだされちゃって、「正直お嫌いではない」などと本心を暴露しちゃうからよくないのだ。私の方こそ、本当に徹底的にこの上なくそこはかとなく、色ボケをしているとしか言いようがなかった。
長谷部くんがうっすらと頬を染めて、夢心地の顔でつぶやく。
「ああ、……どうしても考えてしまいます、この時間がずっと続けばいいのにと。一か月でも二か月でも、十年でも五十年でも百年でも」
……うすら怖い事を言うのはやめてほしい。現代出張のタイミングで運悪く疫病騒ぎに巻き込まれて、もう三週間は経っただろうか。本丸空間に帰還するための設備が故障したのに、部品の生産設備が営業を停止してしまったせいで修理の目途が立たないらしい。政府からホテルでの待機を命じられて、こうして長谷部くんと二人、缶詰になって設備が再稼働するのを待っている。
「あのさあ」
「はい」
「別にこれ、バカンスって訳じゃないからね。一応仕事は振られてくるんだよ、毎日」
「そうですね。本日の分の書類なら、後で俺が手伝って差し上げますから」
「そういうことじゃない」
「じゃあどういう事ですか?」
「どういう、っていうか、……お日様の高いうちからいちゃいちゃねちゃねちゃするの、あんまりよくないと思う。風紀の面で」
「素敵ですね。もっともっと乱しましょう、風紀を」
「ちっとも素敵じゃない」
「だって主はよく仰ってるじゃないですか。『禁止されればされるほどやりたくなる』って」
「そりゃ、言ったかもしれないけどさあ」
「俺に教えてくださったのは、主じゃないですか。駄目なことほど、気持ちがいいんでしょう?」
「やらしい言い方をしないでほしい」
「ああ、そうですねすみません、言い方を変えます。俺と濃厚に接触をしましょう、主」
「それもなんか違う」
……絶対わざと間違えてる。確かに「濃厚接触ってなんか語感エロいよね」って言ったのは私だけど。というかそもそも、最初に「密です」って宣言しながら長谷部くんに抱き着いたりとかしてたのは私の方なんだけど。つまり全部、自分が蒔いた種だった。悪いことほど楽しいし、禁止されていることほどやりたくなるし、だから私は、もっともっといけないことをして遊びたい。
「お嫌ですか?」
唆してくる声が耳元でこそばゆい。パソコンはとっくにスリープモードに入っていて、真っ暗なモニターの中に、完全に色ボケの目をした自分の顔が映り込んでいる。
「……お嫌じゃ、ない」仕事をしているポーズすらも放り出して、振り向いたら「すきです」と甘ったるい声が笑った。首筋に手を回してすり寄ってみたら、くすくすと笑う吐息が落ちてくる。とろんとろんの光を宿した瞳が私をのぞき込んで、唇の端っこにキスをされる。パタン、と、おざなりな手つきで、パソコンの蓋が閉じられた。柔らかく沈み込んだソファの感触は、なんだかとびきり心地いい。
こつん、と、私のおでこにおでこをぶつけて、長谷部くんは無邪気に笑う。
「密です、あるじ」
……そうだね密だね、と言いかけた言葉は、全部キスに飲み込まれた。
この上なくうれしそうな笑顔に、「……そうだね密だね」と返すしかなかった。
「はい。密です、主。こんなにもこんなにも、密です」
うっとりと吐き出されたため息が首筋をくすぐる。後ろから肩口に回ってきた腕が、ぎゅうぎゅうに私を抱きしめて、閉じ込める。何となく後ろ手で髪の毛を触ってみたら、「ああ、きもちいです主、もっとしてください主、好きです。好きです好きです好きです、」と、譫言みたいに繰り返されるのがなんだか危うい。
ぐりぐりと首筋におでこをこすりつけられながら、何となく昔飼っていたラブラドールレトリバーの事を思い出す。犬みたい、と言ったところで長谷部くんはどうせ「そうですよ、貴女の犬です。可愛がっていただけるんでしょう」と笑うだけなんだろう。
左手だけはパソコンのキーボードの上に置いてるものの、集中力なんてとっくに切れていた。一応形だけは開いている書類のファイルは、十分前からほんの少しも進んでいなかった。「……長谷部くんさあ」とうとう作業を放棄して、本格的に長谷部くんに構うことに決める。別にいい。どうせ仕事がやばくなったら、長谷部くんが手伝ってくれるんだろうから。
「はい」
「長谷部くんさあ。『密』の意味ちゃんと覚えてないでしょ」
「……? 、密閉密集密接の事でしょう。把握しておりますよ、当たり前でしょう」
「……あのさあ」
「はい」
「密です、って宣言したら抱き着いていいゲームとかじゃないからねこれ」
「……? 、では、次からは宣言なしで抱き着くことに致しますね?」
「そうじゃなくて、ソーシャルディスタンスってやつで」
「……? 、もう少し距離を詰めた方が宜しいですか?」
「逆だよね」
何をどうあがいてもアクロバティックに話を捻じ曲げて、いちゃつく方向に舵を取ろうとするから長谷部くんはダメだ。話が通じてるようで通じてないその会話がちょっと楽しくなってきちゃったあたり、多分私ももうダメだ。「長谷部くんさあ、ここんところほんとにこの上なく最上級に色ボケしてない?」と聞いてみたら、「主と二人で長期間巣ごもりを許されたとなれば色ボケの一つや二つ起こすのは至極当然のことだと思いますが」と普通のトーンで返された。「それとも、主は俺と睦合うのがお嫌いですか?」なんて、ほんの少し寂し気な声色を出されただけでほだされちゃって、「正直お嫌いではない」などと本心を暴露しちゃうからよくないのだ。私の方こそ、本当に徹底的にこの上なくそこはかとなく、色ボケをしているとしか言いようがなかった。
長谷部くんがうっすらと頬を染めて、夢心地の顔でつぶやく。
「ああ、……どうしても考えてしまいます、この時間がずっと続けばいいのにと。一か月でも二か月でも、十年でも五十年でも百年でも」
……うすら怖い事を言うのはやめてほしい。現代出張のタイミングで運悪く疫病騒ぎに巻き込まれて、もう三週間は経っただろうか。本丸空間に帰還するための設備が故障したのに、部品の生産設備が営業を停止してしまったせいで修理の目途が立たないらしい。政府からホテルでの待機を命じられて、こうして長谷部くんと二人、缶詰になって設備が再稼働するのを待っている。
「あのさあ」
「はい」
「別にこれ、バカンスって訳じゃないからね。一応仕事は振られてくるんだよ、毎日」
「そうですね。本日の分の書類なら、後で俺が手伝って差し上げますから」
「そういうことじゃない」
「じゃあどういう事ですか?」
「どういう、っていうか、……お日様の高いうちからいちゃいちゃねちゃねちゃするの、あんまりよくないと思う。風紀の面で」
「素敵ですね。もっともっと乱しましょう、風紀を」
「ちっとも素敵じゃない」
「だって主はよく仰ってるじゃないですか。『禁止されればされるほどやりたくなる』って」
「そりゃ、言ったかもしれないけどさあ」
「俺に教えてくださったのは、主じゃないですか。駄目なことほど、気持ちがいいんでしょう?」
「やらしい言い方をしないでほしい」
「ああ、そうですねすみません、言い方を変えます。俺と濃厚に接触をしましょう、主」
「それもなんか違う」
……絶対わざと間違えてる。確かに「濃厚接触ってなんか語感エロいよね」って言ったのは私だけど。というかそもそも、最初に「密です」って宣言しながら長谷部くんに抱き着いたりとかしてたのは私の方なんだけど。つまり全部、自分が蒔いた種だった。悪いことほど楽しいし、禁止されていることほどやりたくなるし、だから私は、もっともっといけないことをして遊びたい。
「お嫌ですか?」
唆してくる声が耳元でこそばゆい。パソコンはとっくにスリープモードに入っていて、真っ暗なモニターの中に、完全に色ボケの目をした自分の顔が映り込んでいる。
「……お嫌じゃ、ない」仕事をしているポーズすらも放り出して、振り向いたら「すきです」と甘ったるい声が笑った。首筋に手を回してすり寄ってみたら、くすくすと笑う吐息が落ちてくる。とろんとろんの光を宿した瞳が私をのぞき込んで、唇の端っこにキスをされる。パタン、と、おざなりな手つきで、パソコンの蓋が閉じられた。柔らかく沈み込んだソファの感触は、なんだかとびきり心地いい。
こつん、と、私のおでこにおでこをぶつけて、長谷部くんは無邪気に笑う。
「密です、あるじ」
……そうだね密だね、と言いかけた言葉は、全部キスに飲み込まれた。