方舟を作る
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静かでしょう。オフィス街の真ん中にあるのに、ここだけが切り離されたように音がないんです。だからここに決めたんです。この場所なら、皆さん通いやすいと思って。ここに来ると落ち着くと、患者様には言っていただけます。それだけでも、この医院を買い取った価値がありました。ハハ、医局の連中には笑われましたがね。でも良いんです。もう金なら十分稼ぎました、そろそろ自分のやりたい事をしたって許されるでしょう。
……この十字架ですか? 深い意味はないんです。昔の名残で、残してあるだけで。この医院は、元々カソリック系の宗教法人がホスピスとして使っていた建物なんです。ですからところどころに、教会のような意匠が残されているんです。告解室? ああ、あの、懺悔をする為の部屋の事ですね。この部屋が、告解室に似ていると。ふふ、そんなことを言われたのは初めてですが。……確かに、聖職者にはある種カウンセラー的な役割がありますからね。心の中を洗いざらい告白していただくという意味では、カウンセリングは懺悔に近いものがありそうです。
ですが、俺に出来ることなどたかが知れています。ただ話を聞いて、薬を処方する程度の事です。罪の意識を和らげることも、許しを与えることも出来はしない。こんな職業をしていながら言うのもなんですが、医学理論など、大して役には立たないんですよ。宗教の方がよっぽど、効力を発揮するように思える時だってあるんです。
へえ、教会。この場所を、そんな風に仰る方がいるんですね。元の建物の意匠から考えても、そのように誤解されても不思議ではありませんが。ええ、確かに、熱心に通ってこられる方も多くいらっしゃいますが、あくまでここは宗教施設ではなく医療施設です。彼らは決して、信徒という扱いではありませんよ。
ここに来れば許しを得られると、本当に、そんな事を誰かがおっしゃたんですか? 失礼ですが、何か勘違いをされているのでは。取材というお話でしたが、具体的にはどういった内容の。はあ、ここに新興宗教の本部があると、そうお思いになって取材に来られたんですか。そういう事であれば、やはり同名の別施設の事かと。お力になれず申し訳ありません。……行方不明? さあ、どうでしょう。その方がここと関りがあるのかどうか。患者様のプライベートは詮索しないことにしているんです。
消息を絶つ前に確かにここに訪れたはず。へえ、それはそれは。貴方はそうおっしゃいますが、何か証拠でもお持ちになったんですか。残念ながら、俺はその方を存じ上げませんね。先ほども申し上げましたが、多くの方がここを訪れますから。誰であろうと同じ事ですよ、その他大勢の名前など、いちいち記憶などしているわけがない。消えたのはご友人ですか? へえ、婚約者様でしたか。それはお気の毒に。カウンセリングならいつでも予約を受け付けていますから是非お手すきの際にでもお電話を、……おっと。ハハ、これは穏やかじゃないな。そんなに怒らないで下さいよ、冗談です。
それで? その女の為に嗅ぎまわり、貴方はここを見つけ出したと。見たところ随分と軽薄そうな、おつむの軽そうな容姿をしている。大方貴方を捨てて、どこかの男の家にでも転がり込んでいるのでは? ああ、うるさいな。何を怒鳴ることがあるのです、貴方がただって、同じ様な事をしてきたではないですか。まるで自分こそが被害者のような面をして、厚かましい。ああ、……ですが。ですが貴方がたは幸いです、あらかじめ贖罪の機会を与えられているのですから。何の事かお判りにならない。ええ、思い出さなくても結構ですよ。貴方はただ、ここに居て下さるだけで良いのです。ただここで、俺の主人の為にその身を捧げて下されば、それだけで。
何を怯える必要があるのです。殺すなどと、とんでもない。生かしておいて差し上げますとも。暫くは、……俺があの方を隠すための力を、取り戻す迄の間位はね。何の事かと? それこそ貴様らには関係のない事だ。貴方はただここで、その時を待っていれば良いのです。ほんの暫くの間だけ、連中の目眩しとなってくれれば良い。
……あぁ、よく動く口だな。本当に喧しい。そんなに慌てなくたって直にあの女にも会わせてやるさ。まあ、向こうが貴様の事を覚えているかは保証しないが。何をしたかと? 聞いてどうする? そう焦らなくたっていいだろう、貴様だって直に同じようになるんだ。はは、騙しただなんて、人聞きの悪い事を言わないでください。ここには患者様自ら、望んで足を運ばれるんですよ。自分勝手な欲望を吐き出し、赦しと承認を得る為にね。どいつもこいつも浅ましい。自己顕示欲と被害者意識でぶくぶくに膨れあがり、それでも尚肯定の言葉だけを求めにここに来る。大枚はたいて買いに来るのが薄っぺらな祈りの言葉と空虚な慰めなんだから、哀れば物だよな。あの女は、……あの患者様は、分かりやすい方でしたよ。分かりやすく浅はかで、醜く、それでいて自分の醜悪さを認めようとしない。貴方を赦します、とたった一言言ってやったら泣いて喜んでいましたよ。俺の赦しを得るためだけに、何でも犠牲にしたでしょうね。ですから、貴方は捨てられたんです、貴方があの方にしたのと同じようなやり方でね。ははは。まだお判りにならないようだ。どこまでも愚鈍だな。
それにしても、人間の身体とは便利な物だな。この身を得る前には気付き得なかったよ。あの方の為にこうして、手を汚す事が出来る。あの方を、主を傷付け追い詰めた連中に、この手で審判を下すことが出来る。あぁ、動かないで下さいよ。殺さないように足を斬るのは、余り慣れて居ないんです。拷問のような事にも不慣れでね。ふふ、俺の主人はお優しい方でしたから。ですが、もう午前の診療の時間が近い。直ぐに終わらせなくては。きっと主は、今日だってここに来て下さるのだから。
……本当に煩いな。女の方はもっと静かで、ずっとお行儀が良かったぞ。仕方の無い方だ、まずはその舌から処理しましょうね。ほら、お口を開けていて下さいよ。そんなに泣かなくても大丈夫ですよ、痛みなど感じないでしょう。痛覚も味覚も聴覚も、余計な物は全て捨ててしまいましょうね。そうすれば楽になれますよ。ふふ、当然です。貴方がたにはまだまだやることがある。貴方がたは俺にとってもかけがえなく大切な存在なんです、苦痛など一欠片も感じないように処理して差し上げますから。
何故泣くんです? 貴方のこれまでの中でこれほど喜ばしく、素晴らしい瞬間などなかったでしょうに。はは、俺に謝る必要などありませんよ。ええ、確かに貴方は罪深い。穢らわしいその手であの方に触れ、偽りの言葉を囁き、挙句の果てに裏切った。ですが、だからこそこうしてここで、あの方の為にその魂を捧げることが出来るのです。貴方は誇りに思うべきですよ、あの方と濃厚な関わりをもつ人間でないと、これは成し遂げられない事なのですから。喜ぶべき事です、そのように怯えた顔をするのは間違いだ。俺が幾ら望んだところで、あの方の代わりになる事は出来ないのだから。それなのに、……お可愛そうに。これがどれだけの幸福か、貴方はお分かりにならないようだ。あぁ、良いのですよ。どのような心持ちであろうと結局は同じ事です。悪人だろうが善人だろうが、そのような事は問題ではないのです。連中にとっては同じ事だ。あの方の気配を纏った魂でありさえすれば、……あぁ、すみません。あれだけお静かにと言っておきながら、俺の方が喋り過ぎてしまいましたね。
ほら、如何ですか。痛みも、恐怖も、記憶も、何もかも分からなくなってきた頃合ではないですか。ふふ、良い調子のようですね。あと少しの辛抱です。楽しみにしていて下さいね。きっと直に、とびきり素晴らしくなれますからね。
……この十字架ですか? 深い意味はないんです。昔の名残で、残してあるだけで。この医院は、元々カソリック系の宗教法人がホスピスとして使っていた建物なんです。ですからところどころに、教会のような意匠が残されているんです。告解室? ああ、あの、懺悔をする為の部屋の事ですね。この部屋が、告解室に似ていると。ふふ、そんなことを言われたのは初めてですが。……確かに、聖職者にはある種カウンセラー的な役割がありますからね。心の中を洗いざらい告白していただくという意味では、カウンセリングは懺悔に近いものがありそうです。
ですが、俺に出来ることなどたかが知れています。ただ話を聞いて、薬を処方する程度の事です。罪の意識を和らげることも、許しを与えることも出来はしない。こんな職業をしていながら言うのもなんですが、医学理論など、大して役には立たないんですよ。宗教の方がよっぽど、効力を発揮するように思える時だってあるんです。
へえ、教会。この場所を、そんな風に仰る方がいるんですね。元の建物の意匠から考えても、そのように誤解されても不思議ではありませんが。ええ、確かに、熱心に通ってこられる方も多くいらっしゃいますが、あくまでここは宗教施設ではなく医療施設です。彼らは決して、信徒という扱いではありませんよ。
ここに来れば許しを得られると、本当に、そんな事を誰かがおっしゃたんですか? 失礼ですが、何か勘違いをされているのでは。取材というお話でしたが、具体的にはどういった内容の。はあ、ここに新興宗教の本部があると、そうお思いになって取材に来られたんですか。そういう事であれば、やはり同名の別施設の事かと。お力になれず申し訳ありません。……行方不明? さあ、どうでしょう。その方がここと関りがあるのかどうか。患者様のプライベートは詮索しないことにしているんです。
消息を絶つ前に確かにここに訪れたはず。へえ、それはそれは。貴方はそうおっしゃいますが、何か証拠でもお持ちになったんですか。残念ながら、俺はその方を存じ上げませんね。先ほども申し上げましたが、多くの方がここを訪れますから。誰であろうと同じ事ですよ、その他大勢の名前など、いちいち記憶などしているわけがない。消えたのはご友人ですか? へえ、婚約者様でしたか。それはお気の毒に。カウンセリングならいつでも予約を受け付けていますから是非お手すきの際にでもお電話を、……おっと。ハハ、これは穏やかじゃないな。そんなに怒らないで下さいよ、冗談です。
それで? その女の為に嗅ぎまわり、貴方はここを見つけ出したと。見たところ随分と軽薄そうな、おつむの軽そうな容姿をしている。大方貴方を捨てて、どこかの男の家にでも転がり込んでいるのでは? ああ、うるさいな。何を怒鳴ることがあるのです、貴方がただって、同じ様な事をしてきたではないですか。まるで自分こそが被害者のような面をして、厚かましい。ああ、……ですが。ですが貴方がたは幸いです、あらかじめ贖罪の機会を与えられているのですから。何の事かお判りにならない。ええ、思い出さなくても結構ですよ。貴方はただ、ここに居て下さるだけで良いのです。ただここで、俺の主人の為にその身を捧げて下されば、それだけで。
何を怯える必要があるのです。殺すなどと、とんでもない。生かしておいて差し上げますとも。暫くは、……俺があの方を隠すための力を、取り戻す迄の間位はね。何の事かと? それこそ貴様らには関係のない事だ。貴方はただここで、その時を待っていれば良いのです。ほんの暫くの間だけ、連中の目眩しとなってくれれば良い。
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何故泣くんです? 貴方のこれまでの中でこれほど喜ばしく、素晴らしい瞬間などなかったでしょうに。はは、俺に謝る必要などありませんよ。ええ、確かに貴方は罪深い。穢らわしいその手であの方に触れ、偽りの言葉を囁き、挙句の果てに裏切った。ですが、だからこそこうしてここで、あの方の為にその魂を捧げることが出来るのです。貴方は誇りに思うべきですよ、あの方と濃厚な関わりをもつ人間でないと、これは成し遂げられない事なのですから。喜ぶべき事です、そのように怯えた顔をするのは間違いだ。俺が幾ら望んだところで、あの方の代わりになる事は出来ないのだから。それなのに、……お可愛そうに。これがどれだけの幸福か、貴方はお分かりにならないようだ。あぁ、良いのですよ。どのような心持ちであろうと結局は同じ事です。悪人だろうが善人だろうが、そのような事は問題ではないのです。連中にとっては同じ事だ。あの方の気配を纏った魂でありさえすれば、……あぁ、すみません。あれだけお静かにと言っておきながら、俺の方が喋り過ぎてしまいましたね。
ほら、如何ですか。痛みも、恐怖も、記憶も、何もかも分からなくなってきた頃合ではないですか。ふふ、良い調子のようですね。あと少しの辛抱です。楽しみにしていて下さいね。きっと直に、とびきり素晴らしくなれますからね。
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