長谷部
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「つまりこれは、非ゼロ和ゲームなのです。わかってくださいますね?」
耳慣れない妙な言葉がこの空間で浮いている。騒がしい居酒屋。長谷部くんは非ゼロ和ゲーム、ともう一度繰り返して机に突っ伏した。
「非ゼロ和ゲームって、それ何?」聞いてみたけど返事はないので仕方なくググってみる。「ヘイSiri、非ゼロ和ゲームってなに?」まあ私の携帯AndroidじゃなくてiPhoneなんだけど。
フォン、と軽く音を立てて人工知能が、長谷部くんの代わりによどみない解説をくれる。『二人のプレイヤーの利得の和がつねにゼロとなる双行列ゲームを二人ゼロ和ゲームといいます それに対し非ゼロ和ゲームとは、プレイヤーの利得の和がゼロあるいは一定の値にならないゲームのことを指します』、なんのこっちゃ? 自分で検索しよう、というちょっとした知識欲は、滅多に見ない長谷部くんの酔いつぶれた姿に一瞬で消滅してしまう。
焼酎を丸ごと一升。それだけ飲めばそりゃこうなる、というか、逆にそれだけ飲んでまだ意識を保ってるのが凄い。
『あんたの彼氏が酔いつぶれてて手に負えない』とかいう電話に呼び出されて来たときにはもう、この状態が出来上がっていた。いつもきっちり締められているネクタイは緩められて、形の綺麗な耳が髪の間から覗く。「ねえ長谷部くん、非ゼロ和ゲームってそれ何?」揺さぶる。揺さぶるついでに聞いてみる。ちらりとこちらに向けられた瞳はぐずぐずに潤んでいる。
「愛しているということです、つまり」
愛は寛容にして慈悲あり。愛は妬まず、愛は誇らず、驕らず。与えよさらば与えられん、と、そういうわけなので俺は。浮かれたような声で、どこかで聞いたような言葉を紡ぐ。そこから唐突に調子を崩して一言。「なので俺は、あなたのために全てを擲ってもいいんです。なんだってして差し上げますどうか、無理難題をお申し付けください。最終的にあなたが手に入れば俺にとっては勝ちなので」
「つまりこれは非ゼロ和ゲームなのですお分かりいただけたでしょう?」、と、また冒頭に戻って、熱い手のひらが伸びてくる。ぎちぎちに抱きしめられたけど体重を支えられなくてそのままバランスを崩してしまう。
バランスを崩した視界の、斜め四五度で電話をくれた友人らしき人(しかし、なぜこんなガテン系な感じの人が長谷部くんと知り合いなんだ? 何繋がりだ?)が呆れたような視線をよこしてきた。気まずい。
「へし、てめえいちゃつくんならよそでやれ。彼女に迷惑かけんな」ため息混じりの声、それから私に向き直って、「悪ぃな。俺が連れて帰れたら良かったんだが管巻いて手がつけられなかった。どうしてもあんたがいいんだと」……そんなこと言われたらちょっと嬉しい感じになっちゃう、私も大概馬鹿なので。
それで、「どーもー、すいません」とかって笑いながら長谷部くんの手を引いて、まあやに下がったみたいな感じになっちゃったのは否めない。意外と足元はしっかりしてるらしく、帰るよ、と声をかけたらさっさとコートを取ってあっさり歩き出したので後を追う。背後から「そいつによろしく伝えといてくれな、まあお幸せに」と声をかけられて、振り返ったらニタリと笑顔でその人は見送ってくれる。何だいい人じゃん。思いながら店を出たら、「非ゼロ和ゲーム」とかなんとかまだ呻いてる長谷部くんがすがりついてくるので頭を撫でた。長谷部くんの、匂い、に、混じって居酒屋の匂い。思いっきり息を吸ってから自分に呆れた。犬じゃないんだから。
そしたら長谷部くんまで「……いいにおいが、します」とか言いながら首元にすり寄ってくるので流石に止めた。不満げな顔に笑ってしまう。かわいい。ああもう、かわいいなあ。
「長谷部くんさあ甘えたいならそう言えばいいじゃん?」
「違いますそうではないんです、与えたらその分与えられるんです。あなたを下さい、俺のすべてを差し上げますから」
「はは、ごめん、ちょっと意味がわからない大丈夫?」
つまりこれは非ゼロ和ゲーム、と何回目かわからないくらい繰り返す口を無理やりキスで塞いだ。柔らかい唇の感触にちろりと舌を這わせたらおずおずと答えてくれるので更に深く。はは、酒くさ。笑った声は全部飲み込まれた。公衆の面前、とか、はしたない、とか、そういうのはもういいや。だって長谷部くんがこんなに可愛い。
「大丈夫だよ逃げたりしないよ、私は全部長谷部くんのもんだよ」もういちどキスして見上げたら、完膚なきまでに真っ赤っかな顔で長谷部くんが、目をうるませているのが愛しくて笑う。私の長谷部くん、問いかければとろりと甘い声で「……はい」なんて返事をくれるので、利得の和、とか双方向列なんちゃら、とかの理系っぽいワードはたちまち陳腐化してしまう。まあ私文系だしな。
その後、家に帰ったら長谷部くんが唐突に数学の専門書かなんか出してきて「馬鹿にしないでください俺は本気です、愛は数式で証明できる上に無量大数だ」とか意味不明の絡み方をするのがかなり面白かった。
それで翌日、ていうか今現在。二日酔いでダウンしている彼にお茶を入れてあげれば「忘れてください後生ですから!」と慌てるのがこれまた可愛いので、とっておきのキラーワードを吐いてやる。「いーっていーって、これもあれでしょ、いわゆる一種の非ゼロ和ゲームってやつだからさ?」うわぁぁ! と頭を抱えて、じたじたするところにもう一言。
「私も愛してるよ、長谷部くん」
とそう言えば、とろんとした瞳に見つめ返されて、「いいえ、おれのほうがずっとずっとあなたのことをすきなはずです」とかなんとか、しかし呂律が回ってない。しかもキスが酒臭い。それで、結局非ゼロ和ゲームって何なんだっけ? わかんないけど、多分愛の言葉の一種だろう。
耳慣れない妙な言葉がこの空間で浮いている。騒がしい居酒屋。長谷部くんは非ゼロ和ゲーム、ともう一度繰り返して机に突っ伏した。
「非ゼロ和ゲームって、それ何?」聞いてみたけど返事はないので仕方なくググってみる。「ヘイSiri、非ゼロ和ゲームってなに?」まあ私の携帯AndroidじゃなくてiPhoneなんだけど。
フォン、と軽く音を立てて人工知能が、長谷部くんの代わりによどみない解説をくれる。『二人のプレイヤーの利得の和がつねにゼロとなる双行列ゲームを二人ゼロ和ゲームといいます それに対し非ゼロ和ゲームとは、プレイヤーの利得の和がゼロあるいは一定の値にならないゲームのことを指します』、なんのこっちゃ? 自分で検索しよう、というちょっとした知識欲は、滅多に見ない長谷部くんの酔いつぶれた姿に一瞬で消滅してしまう。
焼酎を丸ごと一升。それだけ飲めばそりゃこうなる、というか、逆にそれだけ飲んでまだ意識を保ってるのが凄い。
『あんたの彼氏が酔いつぶれてて手に負えない』とかいう電話に呼び出されて来たときにはもう、この状態が出来上がっていた。いつもきっちり締められているネクタイは緩められて、形の綺麗な耳が髪の間から覗く。「ねえ長谷部くん、非ゼロ和ゲームってそれ何?」揺さぶる。揺さぶるついでに聞いてみる。ちらりとこちらに向けられた瞳はぐずぐずに潤んでいる。
「愛しているということです、つまり」
愛は寛容にして慈悲あり。愛は妬まず、愛は誇らず、驕らず。与えよさらば与えられん、と、そういうわけなので俺は。浮かれたような声で、どこかで聞いたような言葉を紡ぐ。そこから唐突に調子を崩して一言。「なので俺は、あなたのために全てを擲ってもいいんです。なんだってして差し上げますどうか、無理難題をお申し付けください。最終的にあなたが手に入れば俺にとっては勝ちなので」
「つまりこれは非ゼロ和ゲームなのですお分かりいただけたでしょう?」、と、また冒頭に戻って、熱い手のひらが伸びてくる。ぎちぎちに抱きしめられたけど体重を支えられなくてそのままバランスを崩してしまう。
バランスを崩した視界の、斜め四五度で電話をくれた友人らしき人(しかし、なぜこんなガテン系な感じの人が長谷部くんと知り合いなんだ? 何繋がりだ?)が呆れたような視線をよこしてきた。気まずい。
「へし、てめえいちゃつくんならよそでやれ。彼女に迷惑かけんな」ため息混じりの声、それから私に向き直って、「悪ぃな。俺が連れて帰れたら良かったんだが管巻いて手がつけられなかった。どうしてもあんたがいいんだと」……そんなこと言われたらちょっと嬉しい感じになっちゃう、私も大概馬鹿なので。
それで、「どーもー、すいません」とかって笑いながら長谷部くんの手を引いて、まあやに下がったみたいな感じになっちゃったのは否めない。意外と足元はしっかりしてるらしく、帰るよ、と声をかけたらさっさとコートを取ってあっさり歩き出したので後を追う。背後から「そいつによろしく伝えといてくれな、まあお幸せに」と声をかけられて、振り返ったらニタリと笑顔でその人は見送ってくれる。何だいい人じゃん。思いながら店を出たら、「非ゼロ和ゲーム」とかなんとかまだ呻いてる長谷部くんがすがりついてくるので頭を撫でた。長谷部くんの、匂い、に、混じって居酒屋の匂い。思いっきり息を吸ってから自分に呆れた。犬じゃないんだから。
そしたら長谷部くんまで「……いいにおいが、します」とか言いながら首元にすり寄ってくるので流石に止めた。不満げな顔に笑ってしまう。かわいい。ああもう、かわいいなあ。
「長谷部くんさあ甘えたいならそう言えばいいじゃん?」
「違いますそうではないんです、与えたらその分与えられるんです。あなたを下さい、俺のすべてを差し上げますから」
「はは、ごめん、ちょっと意味がわからない大丈夫?」
つまりこれは非ゼロ和ゲーム、と何回目かわからないくらい繰り返す口を無理やりキスで塞いだ。柔らかい唇の感触にちろりと舌を這わせたらおずおずと答えてくれるので更に深く。はは、酒くさ。笑った声は全部飲み込まれた。公衆の面前、とか、はしたない、とか、そういうのはもういいや。だって長谷部くんがこんなに可愛い。
「大丈夫だよ逃げたりしないよ、私は全部長谷部くんのもんだよ」もういちどキスして見上げたら、完膚なきまでに真っ赤っかな顔で長谷部くんが、目をうるませているのが愛しくて笑う。私の長谷部くん、問いかければとろりと甘い声で「……はい」なんて返事をくれるので、利得の和、とか双方向列なんちゃら、とかの理系っぽいワードはたちまち陳腐化してしまう。まあ私文系だしな。
その後、家に帰ったら長谷部くんが唐突に数学の専門書かなんか出してきて「馬鹿にしないでください俺は本気です、愛は数式で証明できる上に無量大数だ」とか意味不明の絡み方をするのがかなり面白かった。
それで翌日、ていうか今現在。二日酔いでダウンしている彼にお茶を入れてあげれば「忘れてください後生ですから!」と慌てるのがこれまた可愛いので、とっておきのキラーワードを吐いてやる。「いーっていーって、これもあれでしょ、いわゆる一種の非ゼロ和ゲームってやつだからさ?」うわぁぁ! と頭を抱えて、じたじたするところにもう一言。
「私も愛してるよ、長谷部くん」
とそう言えば、とろんとした瞳に見つめ返されて、「いいえ、おれのほうがずっとずっとあなたのことをすきなはずです」とかなんとか、しかし呂律が回ってない。しかもキスが酒臭い。それで、結局非ゼロ和ゲームって何なんだっけ? わかんないけど、多分愛の言葉の一種だろう。