長谷部
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※姉妹パロ
「姉さん、…全く、あなたって人は」
おはよう、と口だけ動かして声にならなかった。頭がガンガンする。
うう、とうめき声とともに起き上がったら毛布が滑り落ちて、ベットの足元に放っていた空き缶をなぎ倒していく。「くにしげ、……いまなんじ?」
やっとのことでそれだけ声にしたら、国重がすかさず「もう昼です」と被せてくる。枕元の時計に視線をやる。……時刻は、午後二時三十分。はあ、とわざとらしいため息とともに、足音が台所の方に消えていく。グニャグニャ視界が歪むので、もう一度布団に沈み込んだ。かちゃかちゃと、お皿を洗うかすかな音を聞く。「ああ、もう、こんなに散らかして。……俺がいないと、すぐ部屋が荒れますね?」扉の向こうから聞こえる声にうう、とかああ、とかごめんて、とか言ったような言わないような。
「甘い酒は悪酔いするから控えてくださいと、あれほど言ったじゃないですか」
「……んん、」
「飲むときは二杯まで、とも言いましたよね。聞いてますか、姉さん?」
「うう……頭痛い」
「飲み過ぎです、自業自得でしょう。あなたは酒に弱いのに」
姉さん。と、小さい頃から全然変わらない言い方で国重が、私のことを呼んだ。
背丈ばっかり大きくなって、声も低くなって、それなのにちっとも変わらない。うちの中で唯一、突然変異のように恐ろしく出来がよくて顔もいい、それなのにあのころからちっとも変らずに世話焼きで私にべったりの、私の弟。お互い家を出て数年たったのに、相変わらず週末ごとに、決まったみたいに私の世話を焼きにくる。
国重の所為で私は週末に、おちおちデートもしていられない。つい昨日のことだ。
こいつが先週うちに来た時に部屋に忘れていった腕時計、腹立たしいことに国重は私よりだいぶ稼いでいるのでその分を反映させてるみたいな腹立たしいくらいにすかした男物の時計のことで、彼氏と恐ろしいほどの修羅場を迎えた挙句に破局した。弟の、と言っても全く信じてもらえなかった。なんなら写真も見せたのに、「ちっとも似てねーじゃねーかよふっざけんなこのビッチ!」とかいう言葉とともにひっぱたかれて振られた。
「姉さん、ほら。起きられますか?」
不意に頭上で声がする。大きな手が背中をさすってくれる。促されるままに体を起こして、渡されたマグカップに口をつけた。あーーー、緑茶ってなんて美味しいんだろう。国重は本当にお茶を入れるのが上手だ。さすが私の弟。そうやってお茶を飲みながら、まじまじとその顔を見つめた。色素の薄い、髪の毛。灰色とも紫色ともつかない瞳の色と神経質そうな頰のライン。……いや、確かに全然似てないんだよなあ。でも確かに、血は繋がっているらしい。不思議なことに。
そんなことを考えていたらふと、こちらに手が伸びてくる。する、と目の下、頬骨のあたりに指を滑らせて国重が、やたらと綺麗な顔を歪ませた。
「これは、どうしたんですか?」
「うん?これ?」
「赤くなってる」
「あー……多分昨日の」
「昨日?」
「うん、昨日彼氏に振られた時にひっぱたかれたんだけど、多分それかな」
「先日、言っていたあの男ですね?」
あからさまに殺意のこもった声に「いや待ってよ」と思わず国重の肩を鷲づかむ。
うっかり口を滑らせたけどそう言えば国重は、高校三年の頃に私の予備校の後輩をぼこぼこにしたことがあった。イブの前日だった。わりかし仲のよかったその後輩が私に、「やらせてください!!一生のお願いですから!!」と土下座してるところに出くわした国重が、そいつの顎下に足を差し入れて強烈な蹴りを一発。のけぞったところを踏みつけるように二発目。
一発目の顎下、あたりまではまだザマアミロ的な気持ちがなくもなかったんだけど、そのまま後頭部を踏みつけて床にぐりぐりしだしたあたりで慌てて止めた。幸い訴えられるとかはなかったんだけどそのあと、「私文特進にいる三年の長谷部って女がヤクザの弟分飼ってる」って予備校で噂になってえらい目にあった。我が弟ながらやばい。
「あんたね、ちょっと血の気多すぎ」
「何も言ってませんよ、まだ」
「まだって何?」
「はは、でもよかった」
「何がよ」
「『振られた』んなら2度とそいつに会うこともないでしょう?」
「一個もよくないねそれ、あのさ」
「?はい」
「国重、あんたこないだ姉さんの部屋に時計忘れて帰ったよね」
「ああ、ここに忘れていたんですね。探してたんです」
「私が彼氏に振られたの、その時計の所為なんだけど!」
「落ち着いてください、姉さん。話が掴めません」
「だから、あんたの時計のせいで浮気を疑われたんだって。間男飼ってると思われてんの」
「間男、ですか?俺が?ハハハ、面白い発想ですね」
言葉通り、あまりにも面白そうに国重が笑っているのでだんだんイラついてくる。「彼氏に電話するからさあ、とりあえず説明してよ」と詰め寄れば「嫌に決まってるじゃないですか」と更に笑う。「そんな風にあなたを傷つけるような男になんて、誰が」声に、不穏な色が混じる。ニッコリと笑って見せる顔は、昔っから変わらずずっと完璧で。
……ほんと、私と全然似てない。
私の頰に触れていた硬い指先が、何度もなんども輪郭をなぞった。まるで、骨の形まで確かめるみたいに。少しだけ熱を持っているのは、叩かれた跡が腫れて来たからだろうか。視線の先で、綺麗な色の瞳が弓なりに歪む。
「そんな男のことなど、もういいじゃないですか。二度と会わないでください。ね、姉さん?」
ぐらぐらとめまいがする。二日酔いのせいだろう。ねえさん、ともう一度私を呼んだ国重の、その声のあまさに目をつむる。あまい。あまい、と、思ってしまうその感情の正体には気づかないふりをして。私の弟。私に全然似てなくて、世話焼きで、笑っちゃうくらい頭が良くて、ちょっとヤバくて、いつまでたっても姉にべったりな、私の。
「……くにしげ」
「はい」
「頭痛いから、姉さんもうちょい寝てていい?」
「だから酒はほどほどにしてくださいとあれほど」
無限に繋がっていきそうな小言を無視して国重にマグカップを押し付けた。枕につっ伏せば、髪の毛に指が差し入れられる。頭のてっぺんの方から、そのまま毛先まで。そうやって乱れた髪の毛を、少しづつ整えられていく感覚にまぶたが落ちてくる。小さく笑い声をこぼす気配。底抜けに柔らかい声が耳元に落ちてとろとろと甘やかな響きだけを残す。「まったく、これだからあなたは」……つむじに口付けられたのには気づかないふりをして、文字通り落ちるように眠りについた。
(それから数時間後、目を覚ましてみたらわけがわからないくらいに部屋が片付いていて、「あんたまだ帰んないの」と言うよりも早く国重が恐ろしく無邪気な顔で「姉さん、UNOのカードを持って来たんです」とかうきうきしてるからなんか可愛い感じになっちゃって延々UNOで遊んでしまった。まさか姉弟揃ってUNOで徹夜するとは思わなかった。「全く、俺の姉さんは仕様のない」とかいつも言うけど、国重、あんたも大概しょうもなくない?)
「姉さん、…全く、あなたって人は」
おはよう、と口だけ動かして声にならなかった。頭がガンガンする。
うう、とうめき声とともに起き上がったら毛布が滑り落ちて、ベットの足元に放っていた空き缶をなぎ倒していく。「くにしげ、……いまなんじ?」
やっとのことでそれだけ声にしたら、国重がすかさず「もう昼です」と被せてくる。枕元の時計に視線をやる。……時刻は、午後二時三十分。はあ、とわざとらしいため息とともに、足音が台所の方に消えていく。グニャグニャ視界が歪むので、もう一度布団に沈み込んだ。かちゃかちゃと、お皿を洗うかすかな音を聞く。「ああ、もう、こんなに散らかして。……俺がいないと、すぐ部屋が荒れますね?」扉の向こうから聞こえる声にうう、とかああ、とかごめんて、とか言ったような言わないような。
「甘い酒は悪酔いするから控えてくださいと、あれほど言ったじゃないですか」
「……んん、」
「飲むときは二杯まで、とも言いましたよね。聞いてますか、姉さん?」
「うう……頭痛い」
「飲み過ぎです、自業自得でしょう。あなたは酒に弱いのに」
姉さん。と、小さい頃から全然変わらない言い方で国重が、私のことを呼んだ。
背丈ばっかり大きくなって、声も低くなって、それなのにちっとも変わらない。うちの中で唯一、突然変異のように恐ろしく出来がよくて顔もいい、それなのにあのころからちっとも変らずに世話焼きで私にべったりの、私の弟。お互い家を出て数年たったのに、相変わらず週末ごとに、決まったみたいに私の世話を焼きにくる。
国重の所為で私は週末に、おちおちデートもしていられない。つい昨日のことだ。
こいつが先週うちに来た時に部屋に忘れていった腕時計、腹立たしいことに国重は私よりだいぶ稼いでいるのでその分を反映させてるみたいな腹立たしいくらいにすかした男物の時計のことで、彼氏と恐ろしいほどの修羅場を迎えた挙句に破局した。弟の、と言っても全く信じてもらえなかった。なんなら写真も見せたのに、「ちっとも似てねーじゃねーかよふっざけんなこのビッチ!」とかいう言葉とともにひっぱたかれて振られた。
「姉さん、ほら。起きられますか?」
不意に頭上で声がする。大きな手が背中をさすってくれる。促されるままに体を起こして、渡されたマグカップに口をつけた。あーーー、緑茶ってなんて美味しいんだろう。国重は本当にお茶を入れるのが上手だ。さすが私の弟。そうやってお茶を飲みながら、まじまじとその顔を見つめた。色素の薄い、髪の毛。灰色とも紫色ともつかない瞳の色と神経質そうな頰のライン。……いや、確かに全然似てないんだよなあ。でも確かに、血は繋がっているらしい。不思議なことに。
そんなことを考えていたらふと、こちらに手が伸びてくる。する、と目の下、頬骨のあたりに指を滑らせて国重が、やたらと綺麗な顔を歪ませた。
「これは、どうしたんですか?」
「うん?これ?」
「赤くなってる」
「あー……多分昨日の」
「昨日?」
「うん、昨日彼氏に振られた時にひっぱたかれたんだけど、多分それかな」
「先日、言っていたあの男ですね?」
あからさまに殺意のこもった声に「いや待ってよ」と思わず国重の肩を鷲づかむ。
うっかり口を滑らせたけどそう言えば国重は、高校三年の頃に私の予備校の後輩をぼこぼこにしたことがあった。イブの前日だった。わりかし仲のよかったその後輩が私に、「やらせてください!!一生のお願いですから!!」と土下座してるところに出くわした国重が、そいつの顎下に足を差し入れて強烈な蹴りを一発。のけぞったところを踏みつけるように二発目。
一発目の顎下、あたりまではまだザマアミロ的な気持ちがなくもなかったんだけど、そのまま後頭部を踏みつけて床にぐりぐりしだしたあたりで慌てて止めた。幸い訴えられるとかはなかったんだけどそのあと、「私文特進にいる三年の長谷部って女がヤクザの弟分飼ってる」って予備校で噂になってえらい目にあった。我が弟ながらやばい。
「あんたね、ちょっと血の気多すぎ」
「何も言ってませんよ、まだ」
「まだって何?」
「はは、でもよかった」
「何がよ」
「『振られた』んなら2度とそいつに会うこともないでしょう?」
「一個もよくないねそれ、あのさ」
「?はい」
「国重、あんたこないだ姉さんの部屋に時計忘れて帰ったよね」
「ああ、ここに忘れていたんですね。探してたんです」
「私が彼氏に振られたの、その時計の所為なんだけど!」
「落ち着いてください、姉さん。話が掴めません」
「だから、あんたの時計のせいで浮気を疑われたんだって。間男飼ってると思われてんの」
「間男、ですか?俺が?ハハハ、面白い発想ですね」
言葉通り、あまりにも面白そうに国重が笑っているのでだんだんイラついてくる。「彼氏に電話するからさあ、とりあえず説明してよ」と詰め寄れば「嫌に決まってるじゃないですか」と更に笑う。「そんな風にあなたを傷つけるような男になんて、誰が」声に、不穏な色が混じる。ニッコリと笑って見せる顔は、昔っから変わらずずっと完璧で。
……ほんと、私と全然似てない。
私の頰に触れていた硬い指先が、何度もなんども輪郭をなぞった。まるで、骨の形まで確かめるみたいに。少しだけ熱を持っているのは、叩かれた跡が腫れて来たからだろうか。視線の先で、綺麗な色の瞳が弓なりに歪む。
「そんな男のことなど、もういいじゃないですか。二度と会わないでください。ね、姉さん?」
ぐらぐらとめまいがする。二日酔いのせいだろう。ねえさん、ともう一度私を呼んだ国重の、その声のあまさに目をつむる。あまい。あまい、と、思ってしまうその感情の正体には気づかないふりをして。私の弟。私に全然似てなくて、世話焼きで、笑っちゃうくらい頭が良くて、ちょっとヤバくて、いつまでたっても姉にべったりな、私の。
「……くにしげ」
「はい」
「頭痛いから、姉さんもうちょい寝てていい?」
「だから酒はほどほどにしてくださいとあれほど」
無限に繋がっていきそうな小言を無視して国重にマグカップを押し付けた。枕につっ伏せば、髪の毛に指が差し入れられる。頭のてっぺんの方から、そのまま毛先まで。そうやって乱れた髪の毛を、少しづつ整えられていく感覚にまぶたが落ちてくる。小さく笑い声をこぼす気配。底抜けに柔らかい声が耳元に落ちてとろとろと甘やかな響きだけを残す。「まったく、これだからあなたは」……つむじに口付けられたのには気づかないふりをして、文字通り落ちるように眠りについた。
(それから数時間後、目を覚ましてみたらわけがわからないくらいに部屋が片付いていて、「あんたまだ帰んないの」と言うよりも早く国重が恐ろしく無邪気な顔で「姉さん、UNOのカードを持って来たんです」とかうきうきしてるからなんか可愛い感じになっちゃって延々UNOで遊んでしまった。まさか姉弟揃ってUNOで徹夜するとは思わなかった。「全く、俺の姉さんは仕様のない」とかいつも言うけど、国重、あんたも大概しょうもなくない?)