長谷部
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月末だった。
通帳を開いて口座の残高を確認する。具体的には言いたくないけど自分史上最低の預金額だ。通帳を閉じて、また開く。預金残高の数字はさっきと同じだった。見間違いとかじゃなくもうはっきりこの上なく、自分史上最低の預金額。
月末だった(二回目)。
「……百万円ほしい……」
この業界に転職してから常々思っていたことがある。
審神者って、意外と薄給。
そりゃ事務職(一般)とかよりはいいけど。
就任前の説明会でよく聞いた『ステップアップ次第で月収百万円も可能に』とかいう甘い文句は夢のまた夢だった。つぶしが聞かないしハードな割に給料低い。年末商戦にまんまと巻き込まれ、物欲のままに散財すればすぐこのザマだ。
「百万円欲しい。この際五万とかでもいい」
思ってることをそのまんま口に出せば、向かいで仕事してる近侍の長谷部くんが笑ってくれる。「そうですね」、なんてびっくりするほど当たり障りのない相づちだ。
「パソコンをね、買い替えたのね」
「はい」
「あと本棚も買ったしコートも買ったし、しこたま漫画も仕入れた」
「そうですか」
「そしたらなんか友達三人くらい結婚式してさ、唐突に」
「はい」
「なんの前触れもなく」
「はい」
「あのさーご祝儀ってさー………、高くない?三万円って」
「そうですね」
「だから百万円ほしい、この際五万とかでもいいしどうせなら五千億兆万円くらいほしい」
「なるほど?」
五千億兆万円、とかいうアホっぽいワードも馬鹿にせず、長谷部くんはただただ笑って話を聞いてくれる。優しい。「長谷部くんは優しいねえ」、ぼやけばやっぱり笑ってくれる。手元の書類に落としていた視線をちらりと上げて、目を合わせて。
「俺はそれほど、優しい男でもないですよ」
面白くって仕方ないみたいな声。あーその声好きだなあ。ぼんやりと思う。折り目正しい普段の顔とも違う少し砕けた表情。
いつもニコニコ、本心を出さない長谷部くんがたまに見せるその顔が結構好きだ。結構っていうか相当、完膚なきまでに好きだ。
かわいい。うん、かわいいなあ。
「そうかなあ?優しいよ?」
「そう見えるなら良かったです」
「ええ、なんか引っかかるなその言い方」
「ははは」
それから5秒間の沈黙。キーボードを叩く音だけが部屋に響く。何しろ修羅場中なのだ。年末に実施した連隊戦のオトシダマ――なんだよオトシダマって、とか深く考えてはいけない――の集計を今週の金曜までに提出しないといけない。カタカタカタ。PCのキーボードを叩く音だけが、部屋に響く。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタ、
「ところで」
「うん?」
「俺は国宝ですが」
カタカタカタカタッ、ターン!
めっちゃいい音でエンターキーを鳴らした長谷部くんが、PCを閉じる。几帳面に書類を揃えて脇に避けて、それから顔を上げて私に笑ってみせる。彼のその、一連の動作を目で追った。手袋を外す。丁寧に二つ折りにして、カソックコートの内ポケットにしまい込む。綺麗な指先がずい、と伸びてくるので面食らってるうちに、あれよあれよと両手を捕まえられた。え、何これ?
「ねえ、主」
「えっ、うん」
「俺は国宝です、そうですね?」
「はあ。そうだね?」
「時価総額は恐らく貴女の生涯年収よりも高いはずだ」
「ええー……何……?そうだけど、それが何……?」
「差し上げますね」
「うん?」
ひんやりした指先の感触。何?長谷部くん、今なんて?聞き返す前になんか柔らかいものが私の手の甲に触れる。柔らかいもの、っていうか、なんか唇的なサムシングが。
「俺は貴女の物だ」
……えっ、何これ?ドッキリカメラかなんかあるの?
思わず後ろを振り返る。壁しかない。視線を戻す。長谷部くんが笑っている。「えっ、ごめんほんとなんの話?」動揺のあまり声が上ずる。手汗もやばい。私の手を捕まえている指が、ゆっくりゆっくり手の平をなぞる。
「百万円の話では?」
「アッそうだよね?百万円の話だよね、よかったちょっと何か違う話してんのかと思った」
「違う話とは?」
「いやあ何か、こう、なんていうか」
なんていうかこう絶妙にさ、プロポーズ?告白?的な雰囲気出てないかなこれ、そうじゃない長谷部くん?
そんな疑問は声にならなかった。左手が引っ張られてそのまま長谷部くんの口元に寄せられる。目がそらせない、ので、まあ必然的にずーっと目があってるわけなんだけどそしたら何を思ったのか長谷部くんが、長谷部くんが、
ちゅっ
って。なんか可愛い音を立ててキスをした。どこに?左手の薬指に。なんてこった。
「良かったですね?」
「えっ、何が何が」
「俺を貴女に差し上げます。ね、嬉しいでしょう?俺の主」
「差し上げる、とは」
「国宝ですよ」
「ええー、……いや、そうかも知んないけどさ、そういうことじゃないんだけどなあ……」
「ではどういうことなんですか?」
「いや、五千億兆万円……」
「五千億兆万円、を、どうしたいと?」
「エッどうって、いやだから、なんか、漫画買ったりPC買ったり、アッあと部屋の本棚!本棚買い替えたり」
「そんなもの俺が買って差し上げます、この仕事が終わったら見に行きましょうか。一緒に」
「ええー……?」
「あとは何がお望みですか?」
「えっ、……ネ、ネズミーランド三白四日豪遊の旅とか……?」
「お供します。それから?」
五千億兆万円で何がしたいかって言うとそんな具体的に考えてなかったので、質問されても回答に困る。苦し紛れに温泉いきたい、とか言ってみたら「そうですね楽しみです、参りましょう」って返されて、あれ?ホントなんだこれ?
「ほら、何も問題ないでしょう?」と当たり前みたいに言い放った長谷部くんの笑顔の圧が凄い。なんとなく気圧されて頷いたらもう一回、こんどは手のひらにキスが落ちてくる。キス。そうじゃんキスじゃん、これ。あまりの事に脳みそが追いついてなくて逆に冷静だ。「好きです」と、笑うその声の甘さに今更脳みそが熱くなる。聞き返す前にもう一度「好きです」なんて、えっ何その顔、私そんな顔初めて見るんだけど。
「貴女も、俺のことを愛してくださっているんでしょう?それなりには」
「あ、はい」
「良かったです嬉しいです」
良くない。どさくさにまぎれて秘密にしてた片思いまで言い当てられた上に、私は私で何素直に頷いちゃってるんだろう。
そっからどのくらいたったのか。とろとろの瞳を眇めて、「さて、そうと決まれば諸々の手続きを進めなくては」とかなんとか言いながら長谷部くんが唐突に立ち上がる。
その背中を見送ってほんの十秒後、今度は婚姻届とか書いてある紙切れを突きつけられて困惑することになるわけなんだけど。
「ご安心を。ほんの手続き上のことですよ」って言いながら目がガチの長谷部くんにいわゆる一種の壁ドン?、噂に名高いあの壁ドンってこれがそうなの?、みたいな体制取らされながら、いや、ほんと、月末って怖いなって、思って。
(※流石に電撃結婚は断ったんだけど次の日から長谷部くんはグイグイ来るようになるし私は私でなんか嬉しい感じになっちゃうし、「だから言ったじゃないですか、俺はそんなに優しい男ではありません」って笑う長谷部くんの顔は意味わからないくらい綺麗だしで、いやたんま長谷部くん、顔が近いよ顔が!)
通帳を開いて口座の残高を確認する。具体的には言いたくないけど自分史上最低の預金額だ。通帳を閉じて、また開く。預金残高の数字はさっきと同じだった。見間違いとかじゃなくもうはっきりこの上なく、自分史上最低の預金額。
月末だった(二回目)。
「……百万円ほしい……」
この業界に転職してから常々思っていたことがある。
審神者って、意外と薄給。
そりゃ事務職(一般)とかよりはいいけど。
就任前の説明会でよく聞いた『ステップアップ次第で月収百万円も可能に』とかいう甘い文句は夢のまた夢だった。つぶしが聞かないしハードな割に給料低い。年末商戦にまんまと巻き込まれ、物欲のままに散財すればすぐこのザマだ。
「百万円欲しい。この際五万とかでもいい」
思ってることをそのまんま口に出せば、向かいで仕事してる近侍の長谷部くんが笑ってくれる。「そうですね」、なんてびっくりするほど当たり障りのない相づちだ。
「パソコンをね、買い替えたのね」
「はい」
「あと本棚も買ったしコートも買ったし、しこたま漫画も仕入れた」
「そうですか」
「そしたらなんか友達三人くらい結婚式してさ、唐突に」
「はい」
「なんの前触れもなく」
「はい」
「あのさーご祝儀ってさー………、高くない?三万円って」
「そうですね」
「だから百万円ほしい、この際五万とかでもいいしどうせなら五千億兆万円くらいほしい」
「なるほど?」
五千億兆万円、とかいうアホっぽいワードも馬鹿にせず、長谷部くんはただただ笑って話を聞いてくれる。優しい。「長谷部くんは優しいねえ」、ぼやけばやっぱり笑ってくれる。手元の書類に落としていた視線をちらりと上げて、目を合わせて。
「俺はそれほど、優しい男でもないですよ」
面白くって仕方ないみたいな声。あーその声好きだなあ。ぼんやりと思う。折り目正しい普段の顔とも違う少し砕けた表情。
いつもニコニコ、本心を出さない長谷部くんがたまに見せるその顔が結構好きだ。結構っていうか相当、完膚なきまでに好きだ。
かわいい。うん、かわいいなあ。
「そうかなあ?優しいよ?」
「そう見えるなら良かったです」
「ええ、なんか引っかかるなその言い方」
「ははは」
それから5秒間の沈黙。キーボードを叩く音だけが部屋に響く。何しろ修羅場中なのだ。年末に実施した連隊戦のオトシダマ――なんだよオトシダマって、とか深く考えてはいけない――の集計を今週の金曜までに提出しないといけない。カタカタカタ。PCのキーボードを叩く音だけが、部屋に響く。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタ、
「ところで」
「うん?」
「俺は国宝ですが」
カタカタカタカタッ、ターン!
めっちゃいい音でエンターキーを鳴らした長谷部くんが、PCを閉じる。几帳面に書類を揃えて脇に避けて、それから顔を上げて私に笑ってみせる。彼のその、一連の動作を目で追った。手袋を外す。丁寧に二つ折りにして、カソックコートの内ポケットにしまい込む。綺麗な指先がずい、と伸びてくるので面食らってるうちに、あれよあれよと両手を捕まえられた。え、何これ?
「ねえ、主」
「えっ、うん」
「俺は国宝です、そうですね?」
「はあ。そうだね?」
「時価総額は恐らく貴女の生涯年収よりも高いはずだ」
「ええー……何……?そうだけど、それが何……?」
「差し上げますね」
「うん?」
ひんやりした指先の感触。何?長谷部くん、今なんて?聞き返す前になんか柔らかいものが私の手の甲に触れる。柔らかいもの、っていうか、なんか唇的なサムシングが。
「俺は貴女の物だ」
……えっ、何これ?ドッキリカメラかなんかあるの?
思わず後ろを振り返る。壁しかない。視線を戻す。長谷部くんが笑っている。「えっ、ごめんほんとなんの話?」動揺のあまり声が上ずる。手汗もやばい。私の手を捕まえている指が、ゆっくりゆっくり手の平をなぞる。
「百万円の話では?」
「アッそうだよね?百万円の話だよね、よかったちょっと何か違う話してんのかと思った」
「違う話とは?」
「いやあ何か、こう、なんていうか」
なんていうかこう絶妙にさ、プロポーズ?告白?的な雰囲気出てないかなこれ、そうじゃない長谷部くん?
そんな疑問は声にならなかった。左手が引っ張られてそのまま長谷部くんの口元に寄せられる。目がそらせない、ので、まあ必然的にずーっと目があってるわけなんだけどそしたら何を思ったのか長谷部くんが、長谷部くんが、
ちゅっ
って。なんか可愛い音を立ててキスをした。どこに?左手の薬指に。なんてこった。
「良かったですね?」
「えっ、何が何が」
「俺を貴女に差し上げます。ね、嬉しいでしょう?俺の主」
「差し上げる、とは」
「国宝ですよ」
「ええー、……いや、そうかも知んないけどさ、そういうことじゃないんだけどなあ……」
「ではどういうことなんですか?」
「いや、五千億兆万円……」
「五千億兆万円、を、どうしたいと?」
「エッどうって、いやだから、なんか、漫画買ったりPC買ったり、アッあと部屋の本棚!本棚買い替えたり」
「そんなもの俺が買って差し上げます、この仕事が終わったら見に行きましょうか。一緒に」
「ええー……?」
「あとは何がお望みですか?」
「えっ、……ネ、ネズミーランド三白四日豪遊の旅とか……?」
「お供します。それから?」
五千億兆万円で何がしたいかって言うとそんな具体的に考えてなかったので、質問されても回答に困る。苦し紛れに温泉いきたい、とか言ってみたら「そうですね楽しみです、参りましょう」って返されて、あれ?ホントなんだこれ?
「ほら、何も問題ないでしょう?」と当たり前みたいに言い放った長谷部くんの笑顔の圧が凄い。なんとなく気圧されて頷いたらもう一回、こんどは手のひらにキスが落ちてくる。キス。そうじゃんキスじゃん、これ。あまりの事に脳みそが追いついてなくて逆に冷静だ。「好きです」と、笑うその声の甘さに今更脳みそが熱くなる。聞き返す前にもう一度「好きです」なんて、えっ何その顔、私そんな顔初めて見るんだけど。
「貴女も、俺のことを愛してくださっているんでしょう?それなりには」
「あ、はい」
「良かったです嬉しいです」
良くない。どさくさにまぎれて秘密にしてた片思いまで言い当てられた上に、私は私で何素直に頷いちゃってるんだろう。
そっからどのくらいたったのか。とろとろの瞳を眇めて、「さて、そうと決まれば諸々の手続きを進めなくては」とかなんとか言いながら長谷部くんが唐突に立ち上がる。
その背中を見送ってほんの十秒後、今度は婚姻届とか書いてある紙切れを突きつけられて困惑することになるわけなんだけど。
「ご安心を。ほんの手続き上のことですよ」って言いながら目がガチの長谷部くんにいわゆる一種の壁ドン?、噂に名高いあの壁ドンってこれがそうなの?、みたいな体制取らされながら、いや、ほんと、月末って怖いなって、思って。
(※流石に電撃結婚は断ったんだけど次の日から長谷部くんはグイグイ来るようになるし私は私でなんか嬉しい感じになっちゃうし、「だから言ったじゃないですか、俺はそんなに優しい男ではありません」って笑う長谷部くんの顔は意味わからないくらい綺麗だしで、いやたんま長谷部くん、顔が近いよ顔が!)