長谷部
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「俺は」
向かいに突っ伏していた彼がふと顔を上げる。それで「俺はそんなに面倒な男ですか」と非常に答えづらい質問をよこすので曖昧に笑う。「まーまーまー、長谷部くんハイボールおかわりしよ、ほら突っ伏してないでさ」笑いながら、とりあえず注文ボタンを押した。ピーンポーン、とチャイムの音は、やかましい店内のざわめきに混じって消える。「誤魔化しましたね、先輩」……おー、面倒なことになった。すっかりぬるくなったコークハイで唇を湿らせて仕方なくて長谷部くんに向き合う。なんて返そうかなあ。
「なんだっけ?まめに連絡しすぎるって言われたんだっけ?」
「具体的に理由はわかりませんただ、『重すぎる』と」
「はー、そうなんだ。あれ?こないだ『滅多に連絡してこない』で振られてなかった?」
「だから今回は頻繁にメールを自動送信するようにしたのに」
「自動送信」
「五分に一回です。これなら彼奴らもこまめと言わざるを得ない筈だ」
「あはははやっばいねそれ、ツッコミどころがすごい!彼奴らって誰」
「ハハ、そうですね、精々笑ってください。どうせ俺は面倒な男なので」
「うん、そうだねえうん、顔は、良いと思うよ」
「そうですねよく言われます」
「おう、うん……だろうね?」
「あなたも気に入って下さっているなら良かった」
「うん、うーん、うん」
「俺の顔が、お好きなのでしょう?」
「うん、まあ、そうね、うん」
「ありがとうございます気に入って下さって光栄です」
「んー、えー、どういたしまして……?いや、そうだねまあ、仕事も怖いくらいできるしね顔だけじゃないよね長谷部くんはね」
「ありがとうございます」
「や、ほんとこないだとか手伝ってくれてありがとうね、部署違うのに」
「いいえ、お役に立てているならよかった」
「でもあるんだねえ長谷部くんでも振られることが。鬼のようにモテるじゃん私知ってるよ?しかも毎月ってすっごいね?毎月って!」
「……、それは。おかしいと、思いませんか毎月なんて」
「おかしいってかとっかえひっかえだと思う」
「……。ええそうですね、とっかえひっかえ、そうですよね」
店員が来ない。「次何飲む?」と聞けば、突っ伏している長谷部くんが「……焼酎で」というので、拗ねてしまった彼の代わりに店の奥に向かって叫ぶ。「すいませーんカルーアミルクとクロキリシマ一つずつ!」それから、氷が溶け切って薄くなったコークハイを一息に飲み干す。
「はー、コークハイって最初は美味しいけど飽きるね。ごめん長谷部くん、勝手に注文したけどクロキリシマでよかったかな?」
「飲み過ぎでは?甘い酒は悪酔いします」
「いや長谷部くんに言われたくないよ!」
「俺はいいんです。どうせまた振られますから。それに焼酎は翌日に残らない」
「なにその、不思議な持論」
沈黙。起きてる?と聞けば、「起きてますよ、勿論。眠るわけないでしょう」と返ってくるので笑う。「月並みだけどさあ、次があるよ。長谷部くんモテるし、社内の人でもいいじゃんこの際」まあるい後頭部と、不規則に跳ねる髪が妙にかわいい。どれだけ撫で付けても何時もどこかしら跳ねるんです、とこの上なく悔しそうに言ってたことを思い出す。あのときも長谷部くんは酔ってたなあ。かわいい。
次で上手く行ったら、もうやけ酒に付き合うこともなくなるんだろうか。それはそれで寂しい気もするけど。ふと、元彼の事を思い出す。私もおととい振られた。お前後輩が失恋したとか嘘ついて月イチで浮気してるだろ知ってんだぞ後輩ダシに使うなよ、というのが理由だった。何だよ長谷部くん、君のせいじゃん。でもあんまり悪い気はしない。だって普段の、びっくりするほど刺々しくて近寄りづらい雰囲気(まあ私は別の部署だからあんまり仕事中のことは知らないけど)とは打って変わって、へこんでる長谷部くんはこんなに可愛い。かわいい、かわいい、思いながら眠くなるのは、私も酔いが回ってきたんだろうか。
「はー私も彼ぴっぴといちゃつきたい、四六時中のろけてとろけて身も世もなくちゃついて、それで五分に一回ラインおくるわ」、半分まどろみながらの、独り言のようなそうでないような。私の吐いたそれにピクリ、と長谷部くんが反応する。らしくもなく呻きながら両手で頭を抱えて、指がグシャグシャと髪の毛を掻き回す。わざとらしいため息とともに、蚊の鳴くような声で長谷部くんがなにかいった。
「……か、」
「ん、なんて?」
「嘘に決まってるじゃないですか、五分に一回のメールなど」
「あっ、そうなの?良かった真に受けちゃったよ長谷部くんちょっとやりそうだし」
「そう見えるでしょうね俺は、面倒な男なので。少なくともあなたに対して」
「今日はいつになくわかってるね?長谷部くん自分の絡み酒自覚してたの?いいよー別に、私も結構ひまだし」
「俺は暇じゃない」
「お、おお、唐突に喧嘩売るね」
「俺はちっとも暇じゃないんです。先輩には暇つぶしでも俺にはそうじゃないんです」
「はあ」
「今日のために、徹夜してまで一ヶ月前から業務を調整して万難を排しました。手帳にこれみよがしに印を付けて何なら有給をもぎ取ることすら検討しました。怖いくらい仕事ができると仰りましたが俺も怖いくらいだ、今日のことを考えるだけで怖いくらい仕事ができました」
「失恋の予定って、一月前から立てるもん?」
「はい。当然じゃないですか常識です」
「……長谷部くん酔ってんね?」
「酔ってません、いくら飲んでも酔わないです知らないでしょうが俺はザルなので。酔ったふりをしていましたそうすれば、あなたが構ってくれるので」
「うん、うん?」
「『やけ酒ならいつでも付き合う』と言ってくださいましたよね、最初の飲み会のときに」
「そうだっけ?あのさー……これ、なんの話?」
「あの時も失恋していたんです。一目惚れでした。漸く言葉をかわせるようになったと思ったら、彼ぴっぴとやらの写真を見せつけて惚気けてこられた」
「惚気けてこられた、って、誰が誰が」
「覚えていらっしゃらないんですね」
そこで目が合う。熱っぽく潤んだみたいな。ザルなんて嘘じゃん、顔赤いよ。言いかけた言葉は喉に貼り付く。ジョッキを持つ手に不意に重ねられた、長谷部くんの指先が熱い。「……俺は」
「えっ、うん」
「顔もいいですし仕事も怖いくらいできますし」
「はあ」
「前に仰ってましたよね『私の彼ピッピ絶対お迎えとか来てくれない』と」
「言ったかな」
「俺なら迎えに行って差し上げるのに。それこそどこだって」
「………はせ」
「失恋を、しているんですずっと前から。どうしたらいいですか」
「…………」
「あなたに会った時からずっとです、先輩」
思わず目を逸らしてしまったら、指先に少しだけ力が込められる。くしゃくしゃに乱れた前髪の奥で、色素の薄い瞳が熱を孕んで揺れる。なにか言わなきゃ、いや、でもなんて言おう。脳内で逡巡してるうちになんかこっちも顔が熱い感じになって、それで長谷部くんがせつなそうに目を細めたりなんかして。
「長谷部くん、」
「俺でいいじゃないですか」
「……、」
「四六時中のろけてとろけて身も世もなくいちゃついて五分に一回連絡して、なんでそれが俺ではいけないんですか」
「だめっていうか、いや、だめって、いう、か、」
言葉が、頭を素通りしていく。
「……ていうかこないだ、彼氏と別れて」
うわ言みたいにぽろりと言ってしまったら、唐突に手を引っぱられた。バランスの崩れた視界一杯に、思いつめたような眼差しがうつりこんでそのまま。テーブルに身を乗り出した長谷部くんが強引に唇を重ねてくる。あっ、何だこいつ手が早い。妙に冷静な思考は、馬鹿みたいに熱い体温と店内の喧騒に押し流された。「好きです」一瞬だけ唇が離れたタイミングで長谷部くんが漏らした言葉に、返事はできなかった。もう一度唇が重なってがちゃん、とジョッキが倒れる音。こぼれた液体が私達の掌を濡らしていく。漸く現れた店員が、気まずそうに咳払いするのを視界の端で捉えた。無言でおいていかれたグラスに構わず何度も唇が押し当てられる。長谷部くんの息づかいだけが響く脳みそのどこか、店内の喧騒すら無視して甘ったるくグラスの、氷の解ける音を聞く。
(その後レジで嫌味を言われるし、お酒がこぼれて服にシミは残るしで散々だった。でもまあそれから、週末の朝に長谷部くんの底抜けに柔らかい「おはようございます」が聞けるようになったので、まあ、良しとしようか)
向かいに突っ伏していた彼がふと顔を上げる。それで「俺はそんなに面倒な男ですか」と非常に答えづらい質問をよこすので曖昧に笑う。「まーまーまー、長谷部くんハイボールおかわりしよ、ほら突っ伏してないでさ」笑いながら、とりあえず注文ボタンを押した。ピーンポーン、とチャイムの音は、やかましい店内のざわめきに混じって消える。「誤魔化しましたね、先輩」……おー、面倒なことになった。すっかりぬるくなったコークハイで唇を湿らせて仕方なくて長谷部くんに向き合う。なんて返そうかなあ。
「なんだっけ?まめに連絡しすぎるって言われたんだっけ?」
「具体的に理由はわかりませんただ、『重すぎる』と」
「はー、そうなんだ。あれ?こないだ『滅多に連絡してこない』で振られてなかった?」
「だから今回は頻繁にメールを自動送信するようにしたのに」
「自動送信」
「五分に一回です。これなら彼奴らもこまめと言わざるを得ない筈だ」
「あはははやっばいねそれ、ツッコミどころがすごい!彼奴らって誰」
「ハハ、そうですね、精々笑ってください。どうせ俺は面倒な男なので」
「うん、そうだねえうん、顔は、良いと思うよ」
「そうですねよく言われます」
「おう、うん……だろうね?」
「あなたも気に入って下さっているなら良かった」
「うん、うーん、うん」
「俺の顔が、お好きなのでしょう?」
「うん、まあ、そうね、うん」
「ありがとうございます気に入って下さって光栄です」
「んー、えー、どういたしまして……?いや、そうだねまあ、仕事も怖いくらいできるしね顔だけじゃないよね長谷部くんはね」
「ありがとうございます」
「や、ほんとこないだとか手伝ってくれてありがとうね、部署違うのに」
「いいえ、お役に立てているならよかった」
「でもあるんだねえ長谷部くんでも振られることが。鬼のようにモテるじゃん私知ってるよ?しかも毎月ってすっごいね?毎月って!」
「……、それは。おかしいと、思いませんか毎月なんて」
「おかしいってかとっかえひっかえだと思う」
「……。ええそうですね、とっかえひっかえ、そうですよね」
店員が来ない。「次何飲む?」と聞けば、突っ伏している長谷部くんが「……焼酎で」というので、拗ねてしまった彼の代わりに店の奥に向かって叫ぶ。「すいませーんカルーアミルクとクロキリシマ一つずつ!」それから、氷が溶け切って薄くなったコークハイを一息に飲み干す。
「はー、コークハイって最初は美味しいけど飽きるね。ごめん長谷部くん、勝手に注文したけどクロキリシマでよかったかな?」
「飲み過ぎでは?甘い酒は悪酔いします」
「いや長谷部くんに言われたくないよ!」
「俺はいいんです。どうせまた振られますから。それに焼酎は翌日に残らない」
「なにその、不思議な持論」
沈黙。起きてる?と聞けば、「起きてますよ、勿論。眠るわけないでしょう」と返ってくるので笑う。「月並みだけどさあ、次があるよ。長谷部くんモテるし、社内の人でもいいじゃんこの際」まあるい後頭部と、不規則に跳ねる髪が妙にかわいい。どれだけ撫で付けても何時もどこかしら跳ねるんです、とこの上なく悔しそうに言ってたことを思い出す。あのときも長谷部くんは酔ってたなあ。かわいい。
次で上手く行ったら、もうやけ酒に付き合うこともなくなるんだろうか。それはそれで寂しい気もするけど。ふと、元彼の事を思い出す。私もおととい振られた。お前後輩が失恋したとか嘘ついて月イチで浮気してるだろ知ってんだぞ後輩ダシに使うなよ、というのが理由だった。何だよ長谷部くん、君のせいじゃん。でもあんまり悪い気はしない。だって普段の、びっくりするほど刺々しくて近寄りづらい雰囲気(まあ私は別の部署だからあんまり仕事中のことは知らないけど)とは打って変わって、へこんでる長谷部くんはこんなに可愛い。かわいい、かわいい、思いながら眠くなるのは、私も酔いが回ってきたんだろうか。
「はー私も彼ぴっぴといちゃつきたい、四六時中のろけてとろけて身も世もなくちゃついて、それで五分に一回ラインおくるわ」、半分まどろみながらの、独り言のようなそうでないような。私の吐いたそれにピクリ、と長谷部くんが反応する。らしくもなく呻きながら両手で頭を抱えて、指がグシャグシャと髪の毛を掻き回す。わざとらしいため息とともに、蚊の鳴くような声で長谷部くんがなにかいった。
「……か、」
「ん、なんて?」
「嘘に決まってるじゃないですか、五分に一回のメールなど」
「あっ、そうなの?良かった真に受けちゃったよ長谷部くんちょっとやりそうだし」
「そう見えるでしょうね俺は、面倒な男なので。少なくともあなたに対して」
「今日はいつになくわかってるね?長谷部くん自分の絡み酒自覚してたの?いいよー別に、私も結構ひまだし」
「俺は暇じゃない」
「お、おお、唐突に喧嘩売るね」
「俺はちっとも暇じゃないんです。先輩には暇つぶしでも俺にはそうじゃないんです」
「はあ」
「今日のために、徹夜してまで一ヶ月前から業務を調整して万難を排しました。手帳にこれみよがしに印を付けて何なら有給をもぎ取ることすら検討しました。怖いくらい仕事ができると仰りましたが俺も怖いくらいだ、今日のことを考えるだけで怖いくらい仕事ができました」
「失恋の予定って、一月前から立てるもん?」
「はい。当然じゃないですか常識です」
「……長谷部くん酔ってんね?」
「酔ってません、いくら飲んでも酔わないです知らないでしょうが俺はザルなので。酔ったふりをしていましたそうすれば、あなたが構ってくれるので」
「うん、うん?」
「『やけ酒ならいつでも付き合う』と言ってくださいましたよね、最初の飲み会のときに」
「そうだっけ?あのさー……これ、なんの話?」
「あの時も失恋していたんです。一目惚れでした。漸く言葉をかわせるようになったと思ったら、彼ぴっぴとやらの写真を見せつけて惚気けてこられた」
「惚気けてこられた、って、誰が誰が」
「覚えていらっしゃらないんですね」
そこで目が合う。熱っぽく潤んだみたいな。ザルなんて嘘じゃん、顔赤いよ。言いかけた言葉は喉に貼り付く。ジョッキを持つ手に不意に重ねられた、長谷部くんの指先が熱い。「……俺は」
「えっ、うん」
「顔もいいですし仕事も怖いくらいできますし」
「はあ」
「前に仰ってましたよね『私の彼ピッピ絶対お迎えとか来てくれない』と」
「言ったかな」
「俺なら迎えに行って差し上げるのに。それこそどこだって」
「………はせ」
「失恋を、しているんですずっと前から。どうしたらいいですか」
「…………」
「あなたに会った時からずっとです、先輩」
思わず目を逸らしてしまったら、指先に少しだけ力が込められる。くしゃくしゃに乱れた前髪の奥で、色素の薄い瞳が熱を孕んで揺れる。なにか言わなきゃ、いや、でもなんて言おう。脳内で逡巡してるうちになんかこっちも顔が熱い感じになって、それで長谷部くんがせつなそうに目を細めたりなんかして。
「長谷部くん、」
「俺でいいじゃないですか」
「……、」
「四六時中のろけてとろけて身も世もなくいちゃついて五分に一回連絡して、なんでそれが俺ではいけないんですか」
「だめっていうか、いや、だめって、いう、か、」
言葉が、頭を素通りしていく。
「……ていうかこないだ、彼氏と別れて」
うわ言みたいにぽろりと言ってしまったら、唐突に手を引っぱられた。バランスの崩れた視界一杯に、思いつめたような眼差しがうつりこんでそのまま。テーブルに身を乗り出した長谷部くんが強引に唇を重ねてくる。あっ、何だこいつ手が早い。妙に冷静な思考は、馬鹿みたいに熱い体温と店内の喧騒に押し流された。「好きです」一瞬だけ唇が離れたタイミングで長谷部くんが漏らした言葉に、返事はできなかった。もう一度唇が重なってがちゃん、とジョッキが倒れる音。こぼれた液体が私達の掌を濡らしていく。漸く現れた店員が、気まずそうに咳払いするのを視界の端で捉えた。無言でおいていかれたグラスに構わず何度も唇が押し当てられる。長谷部くんの息づかいだけが響く脳みそのどこか、店内の喧騒すら無視して甘ったるくグラスの、氷の解ける音を聞く。
(その後レジで嫌味を言われるし、お酒がこぼれて服にシミは残るしで散々だった。でもまあそれから、週末の朝に長谷部くんの底抜けに柔らかい「おはようございます」が聞けるようになったので、まあ、良しとしようか)