長谷部
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「どうしたんです、幽霊でも見たような顔をして」
はらはらと藤の花びらが落ちては宙を舞う。暖かい風が頬を撫でる。「どうしたって、いうか」絞り出した声は裏返って格好悪い事になっていた。目をそらしたいのにうまく行かなくて、結局長谷部くんの、瞳ばかりを見つめてしまう。藤色の瞳はいつも通りに、とろとろの視線で私を絡めとる。
「どうしたの、それ」
だけど、いつも通りでは、全然なくて。「あの、その、それ、どうしたの」目の前の長谷部くんの姿を上手に処理できなくて、瞬きを繰り返す。じりじりと後ずさろうとしたら、一瞬で距離を詰められた。
ふわん、と甘ったるく香ったのは藤の花のお香かなんかだろうか。気が付いた時には数十センチの距離はゼロになっていて、頭上から笑みを含んだ声が落ちてくる。「どうして離れようとするんです?」質問のテイを取ってるけど、理由を知りたいわけではないんだろう。やすやすと腕の中に閉じ込められてしまって、もうどうにもならなかった。うわ、とかひえ、とかあわわわ、とか、言葉にならない悲鳴がこんがらがって喉元でわだかまる。
「酷いです、折角二人きりなのに」
あかん! と何故か関西弁のようなイントネーションになってしまった悲鳴は、長谷部くんの胸元でくぐもった声に変わる。見せたいものってこれか、と、ようやく昨日の会話を思い出す。
「見せたいものがあるんです。偶には待ち合わせをして、遠出でもしませんか」と言われたのに能天気に頷いたっけ。「うんと着飾ってきてくださいね、俺の為だけに」なんて言われたんだっけ。「わぁデートだぁ」なんて能天気に笑っていた昨日の自分がちょっとだけ恨めしかった。押し付けられたほっぺたに、長谷部くんの着ている上等な着物の布地が心地よかった。いつもの長谷部くんの香り、に、少しだけ甘い香りが混じる。それがやけに慣れなくて、余計に頭が混乱していく。
「そ、それ」喉がからからに乾いていて、なんだか上手にしゃべれない。心臓の音がうるさすぎて、自分が何を言ってるのかわからない。
「ねぇ、それ。どうしたの」
「仕立ててみました。先日、『長谷部くんはきっと、藤色が似合うね』と仰っていたので」
「し、仕立てて」
「はい。貴女の隣に、相応しく見えるようにしてみたつもりです」
「あ、……そ、そうなんだ?」
「はい。貴女の夫として、一等相応しく見えるように。……ねぇ、お気に召していただけましたか?」
当たり前のように甘ったるい声も、あるじ、と私を呼ぶ唇も、何もかもが私の許容範囲を大幅に超えていて、もはや毒だった。「ごめん一旦タンマ」と訳の分からないことをお願いして、「待て、は聞きませんよ」と普通に却下される。「ば、ばばば、バリア」と更に訳の分からないことを口走って、「バリアは先程突破してしまいました、残念ですね」となんだかよくわからない理論で返される。
ぶわわわわ、と視界がうるんできて、頭に血が上ってくるのがわかった。「うう、うううう」もう答えなんてわかりきってるくせに、「うめいていないで、きちんと教えて下さらないと」とか、「それとも、お気に召しませんでしたか」とか、わざとらしく追い打ちをかけてくるのはやめてほしい。教えてください、なんて長谷部くんが急かすから、とうとう訳が分からなくなって、「す、すきです」などと明後日の言葉を口走っている。長谷部くんは「俺も一等、愛しておりますよ」なんて笑ってくれて、嬉しいけどそうじゃない。
「えっと」
「はい」
「か、顔が良くて、」
「はい」
「いやそうじゃなくて」
「違うんですか?」
「違わないけど、違くて」
「違わないけど、違うんですね」
「えっと、すごく、えっと、顔が良くて」
「主は本当に俺の顔がお好きですね?」
「いやそうじゃなくて、そうなんだけど、そうじゃなくて」
「はい」
「なんか、なんか」
「はい」
「かみさまみたいで」
「みたい、じゃなくて、現に俺は、貴女だけの『かみさま』なので」
綺麗で、顔が良くて、きれいで、格好良くて、神様みたいで、えっと。
同じような単語を繰り返す自分の声を聞きながら、壊れたラジオみたいだな、と頭のどこかで思う。何を言ってるのかは自分でもよくわからなかった。逸らそうとした顔は両手で固定されて、のぞき込まれてしまったらもうだめだった。何もかもが許容量を超えている。顔というか脳みそというかもはや全身が熱いし、心臓は高鳴りどころか地響きのレベルでうるさい。
「しかし、……困りました」
わざとらしいため息が耳元をくすぐる。「主が余りにお可愛らしく喜んでくださるので、出かけるよりも別の事をしたくなってしまいそうで」いかにも悩まし気な声だけど、「とりあえず一瞬だけ帰っていい?」と一応聞いてみたら「駄目です。絶対に、駄目です」と断固とした口調で却下された。いつもは手袋に覆われている指先が露わになっているのが、妙にいやらしく見えて困る。細くてきれいな指に、形のいい爪。髪の毛を一筋掬われて、ちゅ、と口づけが落ちてくる。
「今日はね、貴女の為の着物を見立てに行きたいんです」
薄紫できらきらの何かが、ふと視界をかすめた。長谷部くんが不意に取り出したそれが、何だったのか一瞬わからなかった。「じっとしていてください」と促されるままに息を詰めていたら、一筋掬った髪の毛の根元に、何かが差し込まれて固定される。
……かんざし?うっとりと笑う瞳の中に、いつもより幾分かめかし込んだ私の顔が映り込んでいた。藤の花を象ったんだろうか、薄紫色のかんざしは、何だか長谷部くんの瞳の色によく似ている。
「ああ、よくお似合いだ。お可愛らしい」
「……これ、どうしたの」
「先日、遠征先で見つけたんです。これに似合う着物を、俺が見立てて差し上げたくて。いいでしょう?」
……ああもうほんとにこの人は、これだから。
ほんの少し頷いただけなのに、長谷部くんはそれだけで「うれしいです」なんて、本当に本当に幸せそうに笑うのだ。綺麗な瞳に、臆面もないくらいに暴力的で、膨大な愛情を浮かべたまま。
だいすき、と呟いて「知ってます」と返されて、更に「俺はその何倍も、貴女を愛しておりますよ」なんて言われて、色んな感情がごちゃ混ぜになって喉が苦しい。愛おしさとか幸福感も許容量を超えると毒だ。幸せすぎて吐きそうで、息を吸ったらぐらぐらと頭が揺れた。背中に腕を回してみたら、いつもとは違う柔らかい羽織の感触がなんだかこそばゆかった。長谷部くんの声は、まるで蜜みたいに甘ったるく耳元で溶けていく。
「主にもきっと、藤色が一等お似合いですよ」
はらはらと藤の花びらが落ちては宙を舞う。暖かい風が頬を撫でる。「どうしたって、いうか」絞り出した声は裏返って格好悪い事になっていた。目をそらしたいのにうまく行かなくて、結局長谷部くんの、瞳ばかりを見つめてしまう。藤色の瞳はいつも通りに、とろとろの視線で私を絡めとる。
「どうしたの、それ」
だけど、いつも通りでは、全然なくて。「あの、その、それ、どうしたの」目の前の長谷部くんの姿を上手に処理できなくて、瞬きを繰り返す。じりじりと後ずさろうとしたら、一瞬で距離を詰められた。
ふわん、と甘ったるく香ったのは藤の花のお香かなんかだろうか。気が付いた時には数十センチの距離はゼロになっていて、頭上から笑みを含んだ声が落ちてくる。「どうして離れようとするんです?」質問のテイを取ってるけど、理由を知りたいわけではないんだろう。やすやすと腕の中に閉じ込められてしまって、もうどうにもならなかった。うわ、とかひえ、とかあわわわ、とか、言葉にならない悲鳴がこんがらがって喉元でわだかまる。
「酷いです、折角二人きりなのに」
あかん! と何故か関西弁のようなイントネーションになってしまった悲鳴は、長谷部くんの胸元でくぐもった声に変わる。見せたいものってこれか、と、ようやく昨日の会話を思い出す。
「見せたいものがあるんです。偶には待ち合わせをして、遠出でもしませんか」と言われたのに能天気に頷いたっけ。「うんと着飾ってきてくださいね、俺の為だけに」なんて言われたんだっけ。「わぁデートだぁ」なんて能天気に笑っていた昨日の自分がちょっとだけ恨めしかった。押し付けられたほっぺたに、長谷部くんの着ている上等な着物の布地が心地よかった。いつもの長谷部くんの香り、に、少しだけ甘い香りが混じる。それがやけに慣れなくて、余計に頭が混乱していく。
「そ、それ」喉がからからに乾いていて、なんだか上手にしゃべれない。心臓の音がうるさすぎて、自分が何を言ってるのかわからない。
「ねぇ、それ。どうしたの」
「仕立ててみました。先日、『長谷部くんはきっと、藤色が似合うね』と仰っていたので」
「し、仕立てて」
「はい。貴女の隣に、相応しく見えるようにしてみたつもりです」
「あ、……そ、そうなんだ?」
「はい。貴女の夫として、一等相応しく見えるように。……ねぇ、お気に召していただけましたか?」
当たり前のように甘ったるい声も、あるじ、と私を呼ぶ唇も、何もかもが私の許容範囲を大幅に超えていて、もはや毒だった。「ごめん一旦タンマ」と訳の分からないことをお願いして、「待て、は聞きませんよ」と普通に却下される。「ば、ばばば、バリア」と更に訳の分からないことを口走って、「バリアは先程突破してしまいました、残念ですね」となんだかよくわからない理論で返される。
ぶわわわわ、と視界がうるんできて、頭に血が上ってくるのがわかった。「うう、うううう」もう答えなんてわかりきってるくせに、「うめいていないで、きちんと教えて下さらないと」とか、「それとも、お気に召しませんでしたか」とか、わざとらしく追い打ちをかけてくるのはやめてほしい。教えてください、なんて長谷部くんが急かすから、とうとう訳が分からなくなって、「す、すきです」などと明後日の言葉を口走っている。長谷部くんは「俺も一等、愛しておりますよ」なんて笑ってくれて、嬉しいけどそうじゃない。
「えっと」
「はい」
「か、顔が良くて、」
「はい」
「いやそうじゃなくて」
「違うんですか?」
「違わないけど、違くて」
「違わないけど、違うんですね」
「えっと、すごく、えっと、顔が良くて」
「主は本当に俺の顔がお好きですね?」
「いやそうじゃなくて、そうなんだけど、そうじゃなくて」
「はい」
「なんか、なんか」
「はい」
「かみさまみたいで」
「みたい、じゃなくて、現に俺は、貴女だけの『かみさま』なので」
綺麗で、顔が良くて、きれいで、格好良くて、神様みたいで、えっと。
同じような単語を繰り返す自分の声を聞きながら、壊れたラジオみたいだな、と頭のどこかで思う。何を言ってるのかは自分でもよくわからなかった。逸らそうとした顔は両手で固定されて、のぞき込まれてしまったらもうだめだった。何もかもが許容量を超えている。顔というか脳みそというかもはや全身が熱いし、心臓は高鳴りどころか地響きのレベルでうるさい。
「しかし、……困りました」
わざとらしいため息が耳元をくすぐる。「主が余りにお可愛らしく喜んでくださるので、出かけるよりも別の事をしたくなってしまいそうで」いかにも悩まし気な声だけど、「とりあえず一瞬だけ帰っていい?」と一応聞いてみたら「駄目です。絶対に、駄目です」と断固とした口調で却下された。いつもは手袋に覆われている指先が露わになっているのが、妙にいやらしく見えて困る。細くてきれいな指に、形のいい爪。髪の毛を一筋掬われて、ちゅ、と口づけが落ちてくる。
「今日はね、貴女の為の着物を見立てに行きたいんです」
薄紫できらきらの何かが、ふと視界をかすめた。長谷部くんが不意に取り出したそれが、何だったのか一瞬わからなかった。「じっとしていてください」と促されるままに息を詰めていたら、一筋掬った髪の毛の根元に、何かが差し込まれて固定される。
……かんざし?うっとりと笑う瞳の中に、いつもより幾分かめかし込んだ私の顔が映り込んでいた。藤の花を象ったんだろうか、薄紫色のかんざしは、何だか長谷部くんの瞳の色によく似ている。
「ああ、よくお似合いだ。お可愛らしい」
「……これ、どうしたの」
「先日、遠征先で見つけたんです。これに似合う着物を、俺が見立てて差し上げたくて。いいでしょう?」
……ああもうほんとにこの人は、これだから。
ほんの少し頷いただけなのに、長谷部くんはそれだけで「うれしいです」なんて、本当に本当に幸せそうに笑うのだ。綺麗な瞳に、臆面もないくらいに暴力的で、膨大な愛情を浮かべたまま。
だいすき、と呟いて「知ってます」と返されて、更に「俺はその何倍も、貴女を愛しておりますよ」なんて言われて、色んな感情がごちゃ混ぜになって喉が苦しい。愛おしさとか幸福感も許容量を超えると毒だ。幸せすぎて吐きそうで、息を吸ったらぐらぐらと頭が揺れた。背中に腕を回してみたら、いつもとは違う柔らかい羽織の感触がなんだかこそばゆかった。長谷部くんの声は、まるで蜜みたいに甘ったるく耳元で溶けていく。
「主にもきっと、藤色が一等お似合いですよ」