松/みじかいの
名前変換
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もういい全員死ね。
ぐちゃぐちゃとうるさい客先の営業も、ねちねちと嫌みを垂れる職場のお局様も、偉そうな事を言う割に何一つ手伝ってはくれない同僚も、上司でもないのに上司面してくる先輩も、あいつもこいつも、どいつもこいつもこの際全員死んでしまえばいい。目につくもの全てが苛立たしいので、目につくはしから呪いの言葉を吐いては切り捨てていく。あれも嫌、これも嫌、どれもこれももう全部嫌い。
帰宅時間帯だからって途端に込みだす電車もそれに乗ってるいろんな人たちもそんなのに乗ってる自分も嫌いだ。家から遠いこの駅も、閉店間際の品揃えの悪いスーパーも、やたらと高いコンビニも、かつかつと苛立たしげに響く安っぽいヒールの音も、そんな安いヒールを選んで履いてる自分も嫌。
会社から自宅までの数十分の距離を移動しながらそんなことをやっていたら、この世界のほとんどが「嫌い」になって、私が好きなものなんてたった三つしかなくなってしまった。カラ松君と、カラ松君が待っていてくれる自分のアパートと、カラ松君が買っておいてくれるアイスクリーム。それ以外は多分取るに足りないものなので、だったら明日、あのアパートを残してそれ以外の世界なんてなくなったって何も問題ない。
かんかんかんかん、
不愉快なヒールの音をこれでもかってほど響かせて階段を上がったら、私がドアノブに手を掛ける前に部屋のドアが開いて、カッコつけた表情のカラ松君が顔を出した、ので、階段を登っていた勢いのまま突っ込んでいってカラ松君に抱きついて、そのまま玄関に雪崩れ込むことにした。おでこのすぐ上くらいでカラ松君が息を飲む音を聞く。玄関に倒れるくらいの勢いで突っ込んだのに普通に体ごと受け止められて、三秒くらいたったらそろそろと頭にに手が回ってきたのでそのまま目を閉じて深呼吸した。そこから更に10秒。温かいな。というか熱いな。カラ松君の心臓の辺りに耳を押し付けてそ音を聞いて、そのリズムが段々早くなっていくのに満足する。
「どうした何があったと言うんだ名前、腹が減ったのか?いやそれとも疲れたのか?ああそうだそれなら俺のハーゲンダッツが冷蔵庫のなかにあるから、」
「食べたくない」
「食べたくない!?食べたくないだとどうしたって言うんだマイハニー具合でも悪いのか!?そうかもしかして風邪を引いたんじゃないかそうなんだな熱が、熱があるんだな!?」
「……」
「そうなのか、そうなんだな名前!?何てことだ俺がちゃんと見てなかったばかりに、そうだよな四月とは言え夜風はお前の肩には冷たすぎたんだ、」
「………」
「安心してくれマイプリンセス、そうときたら俺が全身全霊で看病してすぐさま治してやるぞ何が欲しい?何をして欲しい?子守唄か?水か?氷か?」
「………カラ松君、おの」
「おの?なるほど少し待っていろおのだな、……斧?」
「ロフトにね、斧があるから取ってきて」
取ってきて、とお願いしたくせにカラ松君から離れるのがどうしても嫌で、抱きついている腕に更に力をこめる。ついでに全力でカラ松君に体重をかけたら押し倒すみたいな体制になったので、抱きついたままでいたら、ふと肩を就かんで引き剥がされた。目の前には、いつになく真剣で困惑した表情のカラ松君がいる。
「名前」
「うん」
「斧なんて何に使う気だ」
いつも格好つけてるのが真顔になると意外と本当に格好よく見える。格好よく見えるけど、その察しの悪いところはどうにも宜しくない。
「別に、ちょっと会社の上司に使おうと思って」
「…………名前」
使うって何をする気だ。と、これまた当たり前すぎる事を聞かれたので説明してやろうと億劫な口を開きかけたらそれよりも先にカラ松君が顔を青ざめさせて「いや、その、むしろ、あれだ、それはその、何があったんだほんとに」とかしどろもどろに慌て出してその様が結構面白かったので、『全員死ね』という最悪の気分が『まあ半殺し位で許してやるかな』位に落ち着いてきた。
「別に何もないよ、ただ」
「ただ!?、ただ、なんだ!?どうしたんだ?言ってみろ俺にできることがあるならなんでもするから斧の前に話してくれないかお願いだから、なんでもいいから」
カラ松君、今日一杯喋るな。よく、そんなに舌が回るな。そういう身も蓋もない感想をおもえるくらいには落ち着いてきたんだけど、そしたら今度はどうしようもなく悲しくなってきて、べらべらと何か喋っていたカラ松君が「…だから、そんな悲しそうな顔しないでくれ、頼むから」と本当の本当に悲しそうな顔で言った辺りでとうとう涙腺が決壊した。悲しそうだったカラ松君の顔がまた青ざめて、どうしようもなく狼狽しきった表情に変わる。ちょっと面白い。それなのに涙は止まらないので、カラ松君に抱きついてパーカーの胸辺りに顔を押し付ける。青いパーカーは私の涙を吸い込んで、点々と跡を残していった。
「………もう、皆死ね…」
「………えっ…」
呟いた声は、つぶれてちょっと面白い感じになっていた。そのまま泣いてたら肩の辺りに置かれていた手が、そろそろと背中に回ってきて今度はしっかり抱き締めてくれる。
「上司は無茶しか言わないしお局様の皮肉は聞きあきたし何か知らないけどいっつも仕事押し付けられるし電車混んでるし先輩気持ち悪いし」
「…………そうか」
「卵割れるしキーホルダーなくすし定期も落としたし、ああそうだこないだヒールも折れたんだっけもうやだ、もう皆嫌い」
「…………うん」
「頑張れ頑張れってさあ、無理だよ私、いつまで頑張ればいいの、もうほんと無理、だって頑張っても何もいいことなんてないのに」
「…名前」
「だからもうやめる、もういいよね、だって私カラ松君以外もう好きじゃない」
「えっ!?」
「ね、全員死んだって問題ないよね」
「え、あ、ああ………」
「だから斧もってきて。ちょっと全員あれして、それで世界滅ぼしてくる」
「…………」
「もういいよ、だって私カラ松君がいてくれればそれでいいから」
一気に吐き出したら、少しだけ体が軽くなった。ふと見上げてみたら物凄い真顔のカラ松君と目があったので見つめ合う。私はまだ涙を流してるのでなんだか間抜けだ。彼が顔を近づけてくるので反射で目を閉じたら唇に暖かいものがふれてすぐに離れた。目を開けたらカラ松くんがものすごい顔をしていた。真っ赤になってしかも涙目。
「、……名前」
「うん?」
「俺は、いや、俺が」
「俺がなに」
「ええと、その、好きだ」
「はあ」
「俺は、名前が好きだ愛してる、ほんとに、お前がいればそれでいいくらい、だから」
「え、うん?」
「だから、頼むから、一人で片づけようとしないでくれないか」
「………」
「何でもするから、だからええと、とにかくそんな風に思い詰める前に俺に言ってくれないか」
しどろもどろで何を言い出すかと思えば唐突に告白されたので、しかもそれが結構面白い顔だったりしたので、図らずも私は少しだけ笑ってしまった。涙は止まらないので変な感じだけど。「お前のためなら世界だって俺が滅ぼすから、だから」いつもよりもたどたどしい口調でいつもの10倍位気障な台詞を言ったカラ松くんがかわいかった上に気障な台詞が嬉しかったので、全員半殺しになれ、って気分は『今日のところは赦してやってもいいかな』くらいに落ち着いてしまった。だけどまだ涙は止まらないしまだ『超ご機嫌』と言うには程遠い気分だったので、もう少し甘えてみることにする。
「…カラ松くん」
「斧か?それなら俺があとで」
「や、斧はもういいや。靴脱がして」
「ああ、履いたままだったもんなマイスウィーティー」
「うん、あとお姫様だっこして部屋までつれてって」
「えっ」
「何、だめだった?」
「いや、ただ」
「ただ?」
「いつも嫌がるのに珍しいなと」
「だってカラ松くんが」
「俺が?」
「私のためなら何だってしてくれるって言うから」
うわ、言ってて照れる。すっごいはすかしい。そうやって内心ぎゃあぎゃあ騒いでる間に安っぽいヒールをまるで、シンデレラの靴みたいに丁寧に脱がされた。膝小僧に口付けたカラ松くんが顔をあげて、真面目腐った表情でとんでもなく恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく言う。
「当たり前だろ、俺はお前を愛してるんだから」
そのまんまお姫様だっこなんかしてくれちゃったりするものだから、うっかりこの人は王子さまかなんかなのかととんでもない勘違いをしそうになる。いや、あながち勘違いでもないかな。どう転んでも私にとってはカラ松くんとこのアパートの一室が世界の中心で、それ以外はどうでもいいんだから。
「カラ松くん」
「うん?」
「お腹すいた」
「ああ、今日はカレーだぞ任せろ」
「アイス食べたい」
「夕飯食べてからな」
「うん、…ね、プリンも食べたい」
「どっちかにしておいた方がいいんじゃないか」
「やだ、両方食べる」
「じゃあ半分こしよう」
「うん、………ね、カラ松くん」
「うん?」
「好きだよ」
ソファーに下ろれたときに目を見て言ってみたらカラ松くんは顔を真っ赤にして固まってしまったので、そのままキスしてやることにした。あれだけ気障な台詞言っておいてここで照れるとかほんとなんなんだろう。かわいいなあ好きだなあ。
ヘラヘラと笑う私を見たカラ松くんは顔を真っ赤にしたまま、「良かった漸く笑ってくれた」と困ったみたいに笑うので、それが幸せで何をそんなに怒ってたのかすら思い出せなくなってしまう。カラ松くんに甘える程度であっさりと世界さえ許してしまうのはつまり、私にとってカラ松くんとこの部屋が世界の中心だからなんだろう。
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