松・シリーズ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その一。
怖いものは大体知ってる。いくらなんでも全部とはいわないけど。だから、今までだって大抵、名前が泣いてる理由が一瞬で理解できるのは僕だけだった。
その二。
家に来たときから名前はぼんやりしたところがあった。その上何も知らなくて変に気い使いだったから、結構目が離せなかった。別に俺が守ってやる、なんて殊勝なこと考えたわけでもないけど、特に小学生の頃は何となくいつも名前の手を引いてたような気がする。
その三。
だから、名前が六人の中で真っ先に僕になついたのは無理ないことだった。真っ先にお兄ちゃんって呼ばれたのも僕。絶対誰にも言わないけど、確かに優越感めいた感覚はあったかもしんない。ただでさえ六人もおんなじ顔がそろってて、しかも僕なんか真ん中だから正直自分自身だって誰が誰だか分かんなくなる時すらあった。そんな時期に名前だけは真っ先に僕を見分けて真っ先に僕に頼った。自分達の誰ともちっとも似てない血の繋がらない妹が、自分だけの物になったようで、それは確かに気分が良かった。まあそんなのはほんの一ヶ月くらいの話だったけど。
その四。
自分でもヒトデナシじゃねえかと思って、思い出すと軽く罪悪感がある。まあちっさい頃だから時効だよね。なにかと言うと、その時期僕は、右も左も分からないような名前が他の兄弟と話すのが苛ついて仕方なかった。それも、感覚としては自分の物を勝手に触られてるみたいな感じで、つまり、血の繋がらない妹を自分のモノ扱いしてたわけだ。
その五。
あたりまえだけど今では全然そんなことはない。勿論、名前が誰に頼ろうが誰に泣かされようが誰とどこで何してようが僕にはまっっったく関係ない。当たり前だけど。別に一松に名前が泣きついてたからってもう、ほんと、一切何とも思っちゃいない。あんなに泣いてんのとか久しぶり(念のため言っとくけど初めて見た訳じゃない。名前はたまに、たがが切れたみたいにびいびい泣く)だった上に大嫌いとか言われたけどまっっったく気にしてないからね僕は。
その六。
居間からカラ松と一松をほっぽりだしたのは、布団を敷いてただでさえ狭くなった居間におんなじ顔を三個も並べてすし詰めになるのが嫌だったからだ。だって結局僕が面倒見ることになるし変わんないだろ。
その七。
一松を居間からほっぽりだした瞬間に、ごみクズ見るみたいな目で「このクズ」とか言われたんだけど全く意味が分かんない。クズの度合いで言ったらどっこいどっこいかお前の方がちょっと上だろ一松。どう考えてもあいつらの中で一番まともなの僕じゃん。
その八。
名前、初恋の人が忘れらんないんだってさ、
とかいう事をよりによって十四松が知ってるのがほんと意味わかんないけど、勿論そりゃ色々動揺しなかったと言えば嘘になるけど、だからって「ほんと名前のこと好きだよね」とか言われる筋合いはねえだろ。当たり前だけどそれはあくまでも兄貴として気になってるわけで、だってそうじゃん、今までこいつがどんだけクリーチャーな彼氏を家に連れ込んできたと思ってんの。その度にクリーチャーどもを家からほっぽりだすのも、クリーチャーどもが二度と妹に近寄らないようにするのも、なんならこないだみたいに身の程知らずのドスケベクソ野郎から名前を救出すんのも僕なんだ。ここまで散々兄貴の手を煩わせておいて初恋の人が忘れらんないとかほんと今更過ぎてへそが茶を沸かすよね、…………………、
その九。
………………、で、その初恋っていつの話。初恋の人ってどこのどいつでどこの馬の骨のクソ野郎だ。
#
ぐでんぐでんの猫みたいな姿勢で布団を抱えて眠る名前を観察しながら頭の中を整理しようと色々と考えて、結局うまくいかなくてやめた。うっすらと笑う名前の口がなにやら呟いていて、それがどこぞのドスケベクソ野郎の名前なら当然兄貴としてはそいつの頭をバットでフルスイングしなきゃいけないし、じゃあ十四松の例の釘バットを持ってこなきゃ駄目だよなあと、努めて冷静に立ち上がろうとしたところを思い直したのは名前の手が誰かを探すみたいに動いたからだ、というのは半分本当で、残りの半分は名前の、ああ違った妹の手首に僕が巻いた包帯がご丁寧にもそのまんま残っていてそれが
それがまるで僕の物のようで、と、まさかそんなヒトデナシの小学生時代みたいな事を考えたわけでは断じてない。断じてないけど名前が律儀に包帯を取っておいたんだと思うととっちらかったさっきまでの考えなんかはもうどうでもいいことのような気がしてくる。名前が僕のパーカーの裾をつかんでそれからつぶやく。
「うう、………ちょろまつにいさ、」
ああほら。やっぱりそうだなんにも問題ない。だって初恋の相手がどこぞのドスケベ馬の骨でも結局のところ名前がはっきりと呟いたのは僕の名前でしかも厄介なことに結局、こうして酔いつぶれた名前の面倒を見るのは僕なんだから。
「ああもう仕方ないなあ」
呟いた自分の声がやけに満足げに聞こえたのは勿論気のせいだ。ほんとに名前のことすきだよねとかいう十四松の言葉がふと頭に浮かんだけど理由は勿論分からない。あいつがいった言葉の意味なんて全く見当もつかないよね、