松/みじかいの
名前変換
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ああなんで好きになっちゃったんだろう。
初めて彼氏の家にお呼ばれしている日の朝だった。わざわざ家までわたしを迎えに来てくれたチョロ松くんがごく当然といったしぐさで取り出したのは、彼がいつも着てる緑のパーカーとネルシャツだった。
「さ、どっちか選んで」
………うん?どういうことかな?目の前にはいつもと同じ顔をした彼氏。机の上には緑色のパーカーと緑色のチェックのネルシャツがきちんと畳まれて置いてある。
「…………」
正直、何て反応したらいいのか分からなくてなにも言えなかった。そしたら何か私がチョロ松くんの言ったことを無視したみたいな雰囲気になってしまって気まずい。チョロ松くんは何を考えたのかちょっと口をへの時にして困った顔をした後、さっきよりも少し大きい声でゆっくりはっきりと喋り出した。
「名前ちゃん?このシャツと、パーカー、どっちがいい?」
「…………いや聞こえてるから」
「つなぎは駄目だよサイズが合わないんだから」
「うんそうじゃなくて」
「スーツも駄目却下、あれじゃあ他の奴らと全く同じデザインだし」
「いやいやちがくて」
「これが最善の選択なんだってほんとに。これ以外だともう名前ちゃんが着れそうなのはYシャツくらいしか」
「だから」
「あ、ていうか結局Yシャツも駄目だよお揃いだってわかんないじゃん」
「ねえ」
「え、ネクタイとか時計とかのがいい?小物も駄目、目立たなきゃ意味がないんだから」
「ちょっと」
「名前ちゃん、我が儘言わない。これ以外だと後は半纏くらいしかないからね」
「いやだから、ごめん話が見えないんだけど」
「だから、このシャツとパーカーどっち着るのかってはなしでしょ」
「え、嫌だよ」
「え?」
「嫌だよ着ないよ」
「…イヤ?」
「うん」
「…キナイ…?」
「うん、着ない」
なんで行きなり、日本語知らない外国人みたいなイントネーションになるのチョロ松くん。何でそんな困った顔してくるのチョロ松くん。もしかして変なのは私の方なわけ?いやそんなまさか。
「だから、シャツとかパーカーとかつなぎとかは着ないよ。普通の格好じゃなんで駄目なの」
「え、でもさ普通の服だよねこれ?別にコスプレとかじゃないよね?」
「えーと、だから、何で私がそれを着なきゃいけないの、やだよ」
「…………ナンデ…?」
だからそのイントネーションなんなの。そんな困った顔されてもこっちが困る。「え、ちょ、ちょっとまって一旦状況整理させて。それはつまり半纏が良いってこと?」と聞かれて大層困惑したけど、目の前の彼もものすごい困った顔をしてるので、何だか私が無茶な事を言ってるような気にさせられる。そこから、沈黙が十秒。この上なく変な空気が部屋に充満する。私はただ、何でチョロ松くんの服を私が着ないといけないのかを聞いただけなんだけど。チョロ松君は心底困り果てた様子で腕組をして私を見つめて、少し頭を掻いてからため息をついた。「………うーんそうか分かったもう一度説明する。最初からちゃんと」まるで、ファミレスの店員がクレーマーの対応をするときみたいな口調だ。え、ほんとなにこれ?
「いい、名前ちゃん?」
「はあ」
「こないだもいったけどもう一度、はっきり言っておくよ。兄弟でまともなのは僕だけだからね」
「………え?うん」
「それ以外のやつらはもう、ほぼほぼ悪魔と言っても過言じゃない」
「………はあ」
「悪魔だ、そうだ人の皮を被った悪魔なんだよあいつらは。いつもいつもいつもいつも僕の気も知らないで遊び呆けやがって、あ、特に長男と次男と四男と五男と六男とは絶対に目を合わせちゃ駄目だよ危ないからね、半径3メートル圏内に入らないように注意して」
「……………えーと、ていうか長男と次男と四男と五男と六男って、それ、チョロ松君以外全員だよね」
「そう」
「チョロ松君以外全員の、半径3メートル以内に入っちゃいけないわけ?」
そんな無茶な、と続けようとした声は突然の劇がかった声で容赦なく遮られる。
「そうだよそのとおりだ!」
「はあ」
「いやあ漸くわかってくれてよかった嬉しいよ、名前ちゃんならわかってくれると思ったんだ」
…………わからない。何一つわからない。さっきの困り顔から一転晴れやかな顔でチョロ松君は喜んでくれるけど、現状は何一つ解決してない。
「理解してもらえてほんとに良かった。じゃあこれ」
凄く自然な感じで緑色のパーカーを渡されて、思わず受け取ってしまった。「え、いや、ちょ、ちょっとまってチョロ松くん」とりあえずパーカーは机に戻して、口から出した静止の言葉は、裏返って変な感じになっていた。…いやだから、そんな困り果てた顔されても困るよチョロ松くん!
「うん、どうしたの?」
「何一つわからないんだけど。それ、どうしても着なきゃ駄目かな」
「だからさっきから説明してるとおり兄弟でまともなのは僕だけで」
「それはさっきも聞いたけど」
「え、じゃあむしろ逆に何がわからないの?」
「だから。仮にご兄弟でまともなのがチョロ松くんだけだったとして、私がそのパーカーを着なきゃいけない理由がわからない」
「えええ、困ったなあ」、とぼやかれても私が困る。正直ペアルックなんて黒歴史は作りたくないしいっちゃ悪いけどその、松のマークが余りにも主張してるパーカーはどうかんがえてもちょっと。これをどうオブラードにくるんで伝えたら、この人を納得させられるんだろう。真剣に考えてる最中に、いきなり両手を握られる。え、ほんとなんなのこれ。普段は手繋ぐのすら照れる癖にここに来てどうしちゃったの。
「いいかい、名前ちゃん」
「……う、うん?」
「これはね、名前ちゃんのためなんだよほんとに。いつも僕言ってるよねもうちょっと危機感もってって」
「でもそれとこれとは話が」
「聞いて、良いから。道端で落ちてた財布に名前が書いてなかったからって平気でネコババするような連中なんだよあいつらは」
握りしめられた手には、徐々に力が込められていってちょっと痛い。チョロ松くんが前のめりになるので、私はちょっと背中を引いた。絶対何かおかしいけど、口を挟む隙が、ない。
「名前書いてなかったからって襲われでもしたらどうすんの、なんならおそ松なんて『名前ちゃんのことも6人で分けようぜ』とか言いかねないんだからねどうすんの危ないでしょ考えても見てよ、名前ちゃんが今川焼みたいに分割された日には僕はもう」
「……、」
多分、名前が書いてなかったからって襲われはしない。そもそも私は今川焼じゃなくて人間なんだから分割される心配もない。と、一つずつ突っ込んでいきたいけどもう正直めんどくさくなってきた、し、若干血走った目で見つめられて気圧されてしまう。まともなのは僕だけ、と口走るチョロ松くんの表情が何かもうまともじゃないんだけどそれはどうなんだ。
「わかって、くれたよね?」
「…………ええと、お揃いはちょっと」
「うん?ああ、じゃあやっぱりこっちのパーカーでいいんだね?」
良くない。会話が噛み合わなすぎて、私の頭のなかでは『サイコパス』という言葉が点滅してはきえる。再び手渡されたパーカーを観念して受け取った。心底心配されてることがわかる上にちょっと愛されてる感じがしなくもないから、嫌だ嫌だといいつつも何か嬉しい感じになってしまう自分がいて、そこがまた洒落にならない感じで嫌だ。
これを来て町を歩くのか、と思うと自然とため息が出る。受け取ったパーカーからチョロ松くんの匂いがして、ちょっとときめく自分も嫌だ。ああなんで好きになっちゃったんだろう。
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