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「草尾誠30代無職。妻に意味不明の留守電を残して失踪。何かが自分を追いかけてくるんだと。まるでどっかの誰かさんと似たようなお話だよな。それから、村方健太20代鳶職。一週間前から職場を無断欠勤中。日坂耕平。こいつは……ああ70代会社役員の男か、貴様本当に見境なく手を付けやがったな……まあ、こいつも失踪中だ。住んでるマンションは三日前からもぬけの殻だそうだ」
「…………、うう」
「あとの二人も似たり寄ったりだな。猪鼻哲夫、大久敦司。いずれも数日前から家に帰ってない。ハハ、随分と不穏な事だな。任意同行の対象にならないのが不思議なくらいだよ、苗字。貴様がここ半年間の間に交際していた男どもは、殆ど全員が禄でもない事になってるらしい。その中心にいるのがお前だ。せいぜい自分の生活態度を反省しろ」
「えっと、これでも私は毎回それなりに真剣にお付き合いを」
「ああ凄いな、貴様は起きているのに寝言が言えるのか。全く関心するよ、半年間で七人も食い散らかした女が言うに事欠いて【真剣なお付き合い】とは」
「誤解だって。私としては真剣にお付き合いしてるつもりなんだけど毎回向こうが【もう無理】って」
「やかましい」
……刑事さんの調査能力ってすごいんだな。圧の強い真下くんにガン詰めされながら、頭の隅でそんなことを考えていた。「まあ、適当に周辺を探ってみてやるよ」などと漠然とした事を言い残して、真下くんが病院を出て行ってからほんの半日。【適当に】という表現とは裏腹に、彼は私の交友関係を徹底的に調べ上げたらしい。ここ半年間の私の不真面目な生活態度の結果が、彼の手によって次々と引きずり出されていく。とてつもなく気まずい空気が私たちを取り囲む。部屋の体感気温は最早氷点下まで落ち込んでいる気がする。八敷さんは「……何というか。忙しいな、最近の若い子は」などとフォローにならないフォローをしてくれたけど、それは逆効果という物だった。
「失踪した連中は、年齢も職業もばらばらだ。だがな、部屋を調べてみたら面白いモンが出てきた」
真下くんは散々私を甚振った後、目のまえに何かを放り投げてきた。拾い上げてみたそれは、何とも可愛らしい形をした鈴のキーホルダーだった。
「……何これ」
「【エンジェル様の鈴】だとよ。噂によれば、縁切りしたい相手の家にこれをぶら下げておくとカミサマがそいつを連れて行ってくれるんだそうだ。鈴をぶら下げた奴の一部からは直接話が聞けたが、……T市の廃墟から拾ってきたらしい」
T市の、のところで、彼はほんの少しだけ言いよどむ。だけど、T市に何かあるの、と聞く前に、
「貴様の【元彼】とやらは揃いも揃って周囲から恨みを買っていたようだな。金がらみのトラブルやら痴情の縺れやら、くだらない話を山ほど聞かされたよ。いい機会だ、聞きたいなら貴様にも教えてやろうか」
と畳みかけられてまたしてもぐうの音も出せなくなってしまう。来るもの拒まずでとっかえひっかえしたツケが、すごい勢いで返ってきている。八敷さんの「その、苗字さん。君はもう少し自分を大切にした方が」という先生のようなコメントが、気まずすぎる雰囲気に拍車をかける。すみませんでしたもうしません。眼前の真下君に謝りながら、一瞬だけ痴話げんかをしているみたいな錯覚に陥りかけた。だけど勿論、そんな可愛らしい状況ではないのは明らかだった。元彼が全員行方不明もしくは死亡しているなんて、さすがに事件性が高すぎるとしか思えない。
【エンジェル様の鈴】なんて噂は、勿論見たことも聞いたこともなかった。しかも、【鈴】は私の部屋のどこからも見つからなかったらしい(勝手に私の部屋を調べるあたりに、真下くんのデリカシーのなさが光っている。だけど助けてもらってる立場で、そこに突っ込む勇気はない)。私の状況と【エンジェル様】の噂に、直接の関係があることは不明。それでも、【T市の廃墟】とやらを調べてみる価値はありそうだ。というのが、彼の結論らしかった。
「私も何か手伝おっか?」一応聞いてみたら、案の定一蹴された。「病人はせいぜいお留守番でもしてるんだな」という真下くんは、やっぱり口が悪いわりに優しいのだと思う。なんて、少なくともこの時はまだ、そんな風に落ち着いていることだってできたのだ。それがまさか、あんなことになるなんて。
▽
念のため半日ほど様子を見て、午後にもう一度各種検査と診察をして、何事もなかったら帰れるよ。大門先生は確かにそう言ったし、私も勿論そのつもりでいたのだった。何しろ大型連休だし、他に予定もないのだし。「まだ調べることがある」と言って真下くんはさっさとどこかに消えてしまったし、そのうちに八敷さんも「鈴について少し文献を当たってみる」と言い残していなくなった。たった一人で病室にいるのは中々に退屈だった。だけど、どうせじたばたしたところで、状況は一個も好転しないのだ。だから精々、今は昼寝でもしておくのがいい。お昼ご飯を適当に食べて午後のワイドショーなんか見ながらうとうとして、そのうち熟睡して。それで、目が覚めたら。
目が覚めたら、住んでるマンションがダイナミックに全焼していた。
何を言ってるのか自分でも分からない。でもそれは、確かに現実のことらしかった。
それを見たのは、四時のニュースの速報だっただろうか。病室のテレビ画面には、見覚えのあるマンションが大写しにされていた。「【速報】都内某所のマンション全焼 不審火か」というのが、ニュースの見出しタイトルだったと思う。
そんな馬鹿な。そうつぶやいて以降の記憶は何ともあいまいだ。オロオロしながらとりあえず退院の手続きを済ませて荷物をまとめた。「いや君、本当に大丈夫かい!? とりあえず八敷君達が戻るまで待ったらどうなんだ!?」という大門先生の静止を振り切ったのは、今思うと現実逃避だった。現実を認めたら負けな気がした。だから、「いや大丈夫です、多分これは何かの間違いで」などとあえてヘラヘラしながら無理矢理にタクシーに飛び乗って、とりあえずマンションの前まで帰ってみた。ら、本当にニュースで見ていた通りの惨状で、真っ黒にすすけたエントランスの入口は黄色いテープで厳重に封鎖されていた。どうやら、下の階から出火したらしい。すいませんすいません通ります、って言いながら人ゴミをかき分け無理矢理たどり着いた愛しの我が家は、火事によりこんがり焼けていた上に、消防隊員さんたちの懸命な消火活動により容赦なく水浸しになっていた。
もう訳が分からなかった。七人の彼氏たちは行方不明、おかしな幽霊に追い回され、挙句の果てに住んでるマンションが全焼。普通に生きてて、ここまでツイてない事ってある? 誰にともなく聞いてみる。勿論答えてくれる人なんていない。真下くんから電話がかかってきたのは、多分そのくらいのタイミングだった。
「あ、真下くん元気?聞いてよ。何か帰ってきたらウチが燃えてた。ウケる」などとヘラヘラしていたのは、そうしないとちょっと泣きそうだったからだ。鼻をすすったら、ほんのりと焦げ臭い空気に目が痛くなる。灰と、煙と、身体に悪そうな化学物質の臭気。……それに混じって、何だか知っている匂いが鼻を掠める。熟れすぎた果実が腐って落ちるような。開きすぎた花が、虫をおびき寄せるような。
確かめないと。思い出さないと。よくわからない感情にせかされて、深く息を吸い込んだ。そしたら一瞬だけ、目の前が真っ暗く沈む。頭が鈍く傷んだ。これに似た匂いを、私は以前に、どこかで。だけど落ちかけた思考は、真下くんの声で引きずり戻された。
「おい」
「あ、……うん」
その瞬間に、嘘のように体が軽くなる。ぼんやりしていたのはほんの数秒だったのだろう。真下くんが電話の向こうで、ため息を吐くのを聞いた。それから、「……もういいから、そこで待ってろ。一歩も動くな」とだけ告げられ電話は切れてしまう。もう甘い匂いなんて残っていなかった。目の前に広がるのは、無残にも燃えカスとなった自分の部屋。で、残された私は、何度も考えたことをまたしてもなぞるのだった。
……本当に、どうしてこんなことになった。
「…………、うう」
「あとの二人も似たり寄ったりだな。猪鼻哲夫、大久敦司。いずれも数日前から家に帰ってない。ハハ、随分と不穏な事だな。任意同行の対象にならないのが不思議なくらいだよ、苗字。貴様がここ半年間の間に交際していた男どもは、殆ど全員が禄でもない事になってるらしい。その中心にいるのがお前だ。せいぜい自分の生活態度を反省しろ」
「えっと、これでも私は毎回それなりに真剣にお付き合いを」
「ああ凄いな、貴様は起きているのに寝言が言えるのか。全く関心するよ、半年間で七人も食い散らかした女が言うに事欠いて【真剣なお付き合い】とは」
「誤解だって。私としては真剣にお付き合いしてるつもりなんだけど毎回向こうが【もう無理】って」
「やかましい」
……刑事さんの調査能力ってすごいんだな。圧の強い真下くんにガン詰めされながら、頭の隅でそんなことを考えていた。「まあ、適当に周辺を探ってみてやるよ」などと漠然とした事を言い残して、真下くんが病院を出て行ってからほんの半日。【適当に】という表現とは裏腹に、彼は私の交友関係を徹底的に調べ上げたらしい。ここ半年間の私の不真面目な生活態度の結果が、彼の手によって次々と引きずり出されていく。とてつもなく気まずい空気が私たちを取り囲む。部屋の体感気温は最早氷点下まで落ち込んでいる気がする。八敷さんは「……何というか。忙しいな、最近の若い子は」などとフォローにならないフォローをしてくれたけど、それは逆効果という物だった。
「失踪した連中は、年齢も職業もばらばらだ。だがな、部屋を調べてみたら面白いモンが出てきた」
真下くんは散々私を甚振った後、目のまえに何かを放り投げてきた。拾い上げてみたそれは、何とも可愛らしい形をした鈴のキーホルダーだった。
「……何これ」
「【エンジェル様の鈴】だとよ。噂によれば、縁切りしたい相手の家にこれをぶら下げておくとカミサマがそいつを連れて行ってくれるんだそうだ。鈴をぶら下げた奴の一部からは直接話が聞けたが、……T市の廃墟から拾ってきたらしい」
T市の、のところで、彼はほんの少しだけ言いよどむ。だけど、T市に何かあるの、と聞く前に、
「貴様の【元彼】とやらは揃いも揃って周囲から恨みを買っていたようだな。金がらみのトラブルやら痴情の縺れやら、くだらない話を山ほど聞かされたよ。いい機会だ、聞きたいなら貴様にも教えてやろうか」
と畳みかけられてまたしてもぐうの音も出せなくなってしまう。来るもの拒まずでとっかえひっかえしたツケが、すごい勢いで返ってきている。八敷さんの「その、苗字さん。君はもう少し自分を大切にした方が」という先生のようなコメントが、気まずすぎる雰囲気に拍車をかける。すみませんでしたもうしません。眼前の真下君に謝りながら、一瞬だけ痴話げんかをしているみたいな錯覚に陥りかけた。だけど勿論、そんな可愛らしい状況ではないのは明らかだった。元彼が全員行方不明もしくは死亡しているなんて、さすがに事件性が高すぎるとしか思えない。
【エンジェル様の鈴】なんて噂は、勿論見たことも聞いたこともなかった。しかも、【鈴】は私の部屋のどこからも見つからなかったらしい(勝手に私の部屋を調べるあたりに、真下くんのデリカシーのなさが光っている。だけど助けてもらってる立場で、そこに突っ込む勇気はない)。私の状況と【エンジェル様】の噂に、直接の関係があることは不明。それでも、【T市の廃墟】とやらを調べてみる価値はありそうだ。というのが、彼の結論らしかった。
「私も何か手伝おっか?」一応聞いてみたら、案の定一蹴された。「病人はせいぜいお留守番でもしてるんだな」という真下くんは、やっぱり口が悪いわりに優しいのだと思う。なんて、少なくともこの時はまだ、そんな風に落ち着いていることだってできたのだ。それがまさか、あんなことになるなんて。
▽
念のため半日ほど様子を見て、午後にもう一度各種検査と診察をして、何事もなかったら帰れるよ。大門先生は確かにそう言ったし、私も勿論そのつもりでいたのだった。何しろ大型連休だし、他に予定もないのだし。「まだ調べることがある」と言って真下くんはさっさとどこかに消えてしまったし、そのうちに八敷さんも「鈴について少し文献を当たってみる」と言い残していなくなった。たった一人で病室にいるのは中々に退屈だった。だけど、どうせじたばたしたところで、状況は一個も好転しないのだ。だから精々、今は昼寝でもしておくのがいい。お昼ご飯を適当に食べて午後のワイドショーなんか見ながらうとうとして、そのうち熟睡して。それで、目が覚めたら。
目が覚めたら、住んでるマンションがダイナミックに全焼していた。
何を言ってるのか自分でも分からない。でもそれは、確かに現実のことらしかった。
それを見たのは、四時のニュースの速報だっただろうか。病室のテレビ画面には、見覚えのあるマンションが大写しにされていた。「【速報】都内某所のマンション全焼 不審火か」というのが、ニュースの見出しタイトルだったと思う。
そんな馬鹿な。そうつぶやいて以降の記憶は何ともあいまいだ。オロオロしながらとりあえず退院の手続きを済ませて荷物をまとめた。「いや君、本当に大丈夫かい!? とりあえず八敷君達が戻るまで待ったらどうなんだ!?」という大門先生の静止を振り切ったのは、今思うと現実逃避だった。現実を認めたら負けな気がした。だから、「いや大丈夫です、多分これは何かの間違いで」などとあえてヘラヘラしながら無理矢理にタクシーに飛び乗って、とりあえずマンションの前まで帰ってみた。ら、本当にニュースで見ていた通りの惨状で、真っ黒にすすけたエントランスの入口は黄色いテープで厳重に封鎖されていた。どうやら、下の階から出火したらしい。すいませんすいません通ります、って言いながら人ゴミをかき分け無理矢理たどり着いた愛しの我が家は、火事によりこんがり焼けていた上に、消防隊員さんたちの懸命な消火活動により容赦なく水浸しになっていた。
もう訳が分からなかった。七人の彼氏たちは行方不明、おかしな幽霊に追い回され、挙句の果てに住んでるマンションが全焼。普通に生きてて、ここまでツイてない事ってある? 誰にともなく聞いてみる。勿論答えてくれる人なんていない。真下くんから電話がかかってきたのは、多分そのくらいのタイミングだった。
「あ、真下くん元気?聞いてよ。何か帰ってきたらウチが燃えてた。ウケる」などとヘラヘラしていたのは、そうしないとちょっと泣きそうだったからだ。鼻をすすったら、ほんのりと焦げ臭い空気に目が痛くなる。灰と、煙と、身体に悪そうな化学物質の臭気。……それに混じって、何だか知っている匂いが鼻を掠める。熟れすぎた果実が腐って落ちるような。開きすぎた花が、虫をおびき寄せるような。
確かめないと。思い出さないと。よくわからない感情にせかされて、深く息を吸い込んだ。そしたら一瞬だけ、目の前が真っ暗く沈む。頭が鈍く傷んだ。これに似た匂いを、私は以前に、どこかで。だけど落ちかけた思考は、真下くんの声で引きずり戻された。
「おい」
「あ、……うん」
その瞬間に、嘘のように体が軽くなる。ぼんやりしていたのはほんの数秒だったのだろう。真下くんが電話の向こうで、ため息を吐くのを聞いた。それから、「……もういいから、そこで待ってろ。一歩も動くな」とだけ告げられ電話は切れてしまう。もう甘い匂いなんて残っていなかった。目の前に広がるのは、無残にも燃えカスとなった自分の部屋。で、残された私は、何度も考えたことをまたしてもなぞるのだった。
……本当に、どうしてこんなことになった。