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苗字名前の事を詳しく聞かせてくれ。そう切り出すには、中々の勇気が必要だった。彼女を九条館まで連れてきたあの時点からずっと、真下の態度はどこかぎこちない。この男にしては珍しく冷静さを欠いていたようにも思えたし、目の前にある事実からあえて目を背け続けているようにも見えていた。八敷一男は思い出す。あの時。彼女の手を引いた真下が九条館に現れたあの瞬間。具体的にどこが、という訳ではない。苗字名前はOL然とした容姿の、ごく平凡そうな女だ。だがその目を見て、八敷は奇妙な違和感を覚えた。この女はどこかおかしい。彼女はまるで、……怪異と人間が混ざり合ったような、異様な空気を纏っていた。
馬鹿な事を言うな、と一蹴されるかと思った。だが予想に反して、真下悟は八敷の発言をすんなりと受け止めた。
「ああ」
感情を押し殺しているときの、うめくような声色。
「大方そんなこったろうと思ってたよ」
「彼女に何があった」
「詳しくは知らない。出会った時には既にあんなだった。あの女の言う通り、俺はそういう方面への感度が鈍いらしいな。だからまあ、貴様ほどの違和感はなかったが。あいつはうるさいくらいに喋り散らかす割に情緒は安定している。だがたまにおかしな行動をする。要するにどっかいかれてるんだろう。貴様やあのバアサンと同類と言えば、それまでなのかもしれないが」
「真下お前、今俺の事まで遠回しにいかれてるって言ったな」
「遠回しじゃなくて直接言ったつもりだったがな。貴様らはどうにも頭がいかれてるよ。おかげで最近は、こっちの頭までおかしくなってきた」
「……、本当に清々しいほど失礼だな、お前」
忌々し気なため息をついた後、真下悟は煙草に火をつけた。細く紫煙を吐き出し、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。
「前に話したな。俺には世話になった先輩が居たと。あの女、……苗字名前は、あの人が最初に担当した事件の遺族なんだよ。事件が起きたのは20年以上も前だ。本人は当時三歳か四歳だった、深くまでは覚えちゃいないだろう」
「……その、事件というのは」
「宗教団体の大量不審死さ。あいつは教祖をしていた女の一人娘だそうだ。事件の詳細は俺もわからない。あの人には調べるなと言われていた。……だがこうなっては、調べない訳にもいかないかもな。忌々しい事に、大門の話と妙に噛みあう」
「ああ」
「俺があの女と会ったのは五年前だ。あいつの住むマンションでカップルの殺人事件が起きた。苗字は、事件の参考人の一人だった。その一件の後も何回か、苗字は事件の参考人になったよ。別に犯人という訳じゃない。どういう訳か知らないが、あいつの周りでは殺人やら自殺やらが多発する。顔も知らない隣人の自殺程度なら、苗字にとっては日常茶飯事なんだろう。……さすがに元交際相手の自殺は応えたようだが。あの人は何か感づいていたのかもしれない。潜入捜査の前に頼まれたんだ、【たまにでいいから苗字名前の様子を見に行ってやれ】と」
それで様子を窺っているうちに、ミイラ取りがミイラになったという訳か。それを口には出さなかったが、こちらの考えている事を表情で察したらしい。真下悟は露骨に顔をしかめた後、フン、と不機嫌そうな声を漏らした。「俺は据え膳は残さず平らげる主義なんだよ。それに、手を出すなとは言われてない」珍しく年相応の顔をするじゃないか。普段の冷然とした態度に比べれば、その様子は物珍しい、というより、むしろ微笑ましいような気すらした。嵐が過ぎ去った後のような弛緩した空気のせいか、思わず口が軽くなる。
「真下、お前も人間だったんだな」
「それはどういう意味で言ってる」
「ハハ、少し安心したよ。お前に恋人やら友達やらが居たことには」
「…………、」
しかしそこで、唐突に会話が途絶えてしまう。どうやら余計なところを穿り返したらしい、と気づいたのは数秒後のことだった。右斜め前の真下の視線が、氷点下まで冷え込んでいくのがわかった。出会った時と同じか、それ以上に憎々し気な声が吐き捨てる。「ああ貴様、とうとう頭が沸いたのか? さっきからバカげた質問ばかりしやがってふざけるな。そんな余裕があるなら、あの怪異を止める手立ての一つでも考えておくんだな間抜けが」
▽
翌朝。「あの女の周辺と、まあ、一応あの教団についても調べてみる。例の奴が来たら貴様か大門の方で適当にやって追い返せ」
何とも無茶な注文を残し、真下はさっさと消えてしまった。苗字名前本人は、何もない病室で手持無沙汰にしていたようだ。病室を訪ね、「君についても話を聞かせてほしい」と切り出せば、世間話のような調子で何くれと質問に答えてくれた。
「子供の頃の話ですか? それが自分では全然覚えてないんですよ。親、ていうか育ての親から聞いた話の方が覚えてるかな。ずっと画用紙を黒く塗りつぶしてたんだって。何描いてるのって聞いたら、カミサマの絵って答えたらしいんですよ。子供ってよくわかんない事考えますよね。……あとはお金のことくらい」
「金銭関係で何か?」
「何か、て言われると微妙なんですけどね。私を生んだ方の親がやってた会社? 団体? か何かの隠し口座が最近になって出てきたらしくて。すごい額入ってて引いちゃった。まあ、貰えるもんは貰っちゃったけど。随分あくどい儲け方してたんだろうなって」
随分と生臭い話を、あっけらかんと言うものだ。「……、そうか。その、辛い事を思い出させてしまったな。済まない」言葉を濁しながら謝れば、「謝ることないですよ、仕方ないですお仕事なんだから。ていうか八敷さんの方こそ大丈夫ですか? 昨日からずっと顔色悪いですけど」などとおかしな心配までされてしまう。
「でも本当に覚えてないんです、自分でもびっくりするくらい。最初の記憶は多分養護施設かな。なんか背の高いスーツのおじさんと、砂場でお城を作ったのが一番古い記憶です。施設に来る前の事は、親もよく知らなかったみたい。でも、真下くんが調べたら何か出て来るかもな。面白いモノが出てくると良いですね」
「……それは、うん。面白がって良い事なのか。いや、聞いた側の俺が言う事じゃないが」
「ああ、それもそうか。そういえば前に真下くんにも怒られたことがある気がするな。そういうのって、フキンシン、なんですよね。不謹慎。それ言ったら真下くんも大概不謹慎なんだから人の事言えないのに」
真面目なのか不真面目なのか、どうにも分からない。そんな苗字名前の態度は、真下の神経をとりわけ逆なでするのだろう。真下くん。その名前を紡ぐ声は、恋人というよりもお気に入りのペットを呼ぶように楽し気だ。苗字曰く、真下とは一方的にご飯を与えるだけの関係、ということだった。それは一体どういう関係なんだ。つい余計な好奇心がもたげてしまい、またしても本題から逸れた事を聞いてしまう。
「君は、随分と真下の事を気に入っているんだな」
「だって真下くんは可愛いじゃないですか。顔は良いしいっぱい食べるし生命線太いし、殺しても絶対死ななそうだし。しかも案外とまともで真面目だし。ああいう人って、意外と皆から好かれますよね。警察犬みたいで、ついつい餌付けしたくなる」
「餌付け」
「餌付けというか、私がご飯作って食べさせてるだけなんだけど。真下くんは、出したら出しただけ平らげるから見てて面白いですよ。胃袋ブラックホールかってくらい食べるから最高です。ね、気になるなら今度、八敷さんも試してみたらどうですか。きっと面白いですよ」
苗字の言葉の端々に、そこはかとない狂気を感じたのは気のせいだろうか。「……考えておくよ」そう答えたものの、勿論実行に移すつもりはさらさらない。八敷一男は困惑しつつ、どこか頭の隅の方で目つきの悪い探偵に同情した。真下悟は、どうやら女の趣味が悪いらしい。
馬鹿な事を言うな、と一蹴されるかと思った。だが予想に反して、真下悟は八敷の発言をすんなりと受け止めた。
「ああ」
感情を押し殺しているときの、うめくような声色。
「大方そんなこったろうと思ってたよ」
「彼女に何があった」
「詳しくは知らない。出会った時には既にあんなだった。あの女の言う通り、俺はそういう方面への感度が鈍いらしいな。だからまあ、貴様ほどの違和感はなかったが。あいつはうるさいくらいに喋り散らかす割に情緒は安定している。だがたまにおかしな行動をする。要するにどっかいかれてるんだろう。貴様やあのバアサンと同類と言えば、それまでなのかもしれないが」
「真下お前、今俺の事まで遠回しにいかれてるって言ったな」
「遠回しじゃなくて直接言ったつもりだったがな。貴様らはどうにも頭がいかれてるよ。おかげで最近は、こっちの頭までおかしくなってきた」
「……、本当に清々しいほど失礼だな、お前」
忌々し気なため息をついた後、真下悟は煙草に火をつけた。細く紫煙を吐き出し、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。
「前に話したな。俺には世話になった先輩が居たと。あの女、……苗字名前は、あの人が最初に担当した事件の遺族なんだよ。事件が起きたのは20年以上も前だ。本人は当時三歳か四歳だった、深くまでは覚えちゃいないだろう」
「……その、事件というのは」
「宗教団体の大量不審死さ。あいつは教祖をしていた女の一人娘だそうだ。事件の詳細は俺もわからない。あの人には調べるなと言われていた。……だがこうなっては、調べない訳にもいかないかもな。忌々しい事に、大門の話と妙に噛みあう」
「ああ」
「俺があの女と会ったのは五年前だ。あいつの住むマンションでカップルの殺人事件が起きた。苗字は、事件の参考人の一人だった。その一件の後も何回か、苗字は事件の参考人になったよ。別に犯人という訳じゃない。どういう訳か知らないが、あいつの周りでは殺人やら自殺やらが多発する。顔も知らない隣人の自殺程度なら、苗字にとっては日常茶飯事なんだろう。……さすがに元交際相手の自殺は応えたようだが。あの人は何か感づいていたのかもしれない。潜入捜査の前に頼まれたんだ、【たまにでいいから苗字名前の様子を見に行ってやれ】と」
それで様子を窺っているうちに、ミイラ取りがミイラになったという訳か。それを口には出さなかったが、こちらの考えている事を表情で察したらしい。真下悟は露骨に顔をしかめた後、フン、と不機嫌そうな声を漏らした。「俺は据え膳は残さず平らげる主義なんだよ。それに、手を出すなとは言われてない」珍しく年相応の顔をするじゃないか。普段の冷然とした態度に比べれば、その様子は物珍しい、というより、むしろ微笑ましいような気すらした。嵐が過ぎ去った後のような弛緩した空気のせいか、思わず口が軽くなる。
「真下、お前も人間だったんだな」
「それはどういう意味で言ってる」
「ハハ、少し安心したよ。お前に恋人やら友達やらが居たことには」
「…………、」
しかしそこで、唐突に会話が途絶えてしまう。どうやら余計なところを穿り返したらしい、と気づいたのは数秒後のことだった。右斜め前の真下の視線が、氷点下まで冷え込んでいくのがわかった。出会った時と同じか、それ以上に憎々し気な声が吐き捨てる。「ああ貴様、とうとう頭が沸いたのか? さっきからバカげた質問ばかりしやがってふざけるな。そんな余裕があるなら、あの怪異を止める手立ての一つでも考えておくんだな間抜けが」
▽
翌朝。「あの女の周辺と、まあ、一応あの教団についても調べてみる。例の奴が来たら貴様か大門の方で適当にやって追い返せ」
何とも無茶な注文を残し、真下はさっさと消えてしまった。苗字名前本人は、何もない病室で手持無沙汰にしていたようだ。病室を訪ね、「君についても話を聞かせてほしい」と切り出せば、世間話のような調子で何くれと質問に答えてくれた。
「子供の頃の話ですか? それが自分では全然覚えてないんですよ。親、ていうか育ての親から聞いた話の方が覚えてるかな。ずっと画用紙を黒く塗りつぶしてたんだって。何描いてるのって聞いたら、カミサマの絵って答えたらしいんですよ。子供ってよくわかんない事考えますよね。……あとはお金のことくらい」
「金銭関係で何か?」
「何か、て言われると微妙なんですけどね。私を生んだ方の親がやってた会社? 団体? か何かの隠し口座が最近になって出てきたらしくて。すごい額入ってて引いちゃった。まあ、貰えるもんは貰っちゃったけど。随分あくどい儲け方してたんだろうなって」
随分と生臭い話を、あっけらかんと言うものだ。「……、そうか。その、辛い事を思い出させてしまったな。済まない」言葉を濁しながら謝れば、「謝ることないですよ、仕方ないですお仕事なんだから。ていうか八敷さんの方こそ大丈夫ですか? 昨日からずっと顔色悪いですけど」などとおかしな心配までされてしまう。
「でも本当に覚えてないんです、自分でもびっくりするくらい。最初の記憶は多分養護施設かな。なんか背の高いスーツのおじさんと、砂場でお城を作ったのが一番古い記憶です。施設に来る前の事は、親もよく知らなかったみたい。でも、真下くんが調べたら何か出て来るかもな。面白いモノが出てくると良いですね」
「……それは、うん。面白がって良い事なのか。いや、聞いた側の俺が言う事じゃないが」
「ああ、それもそうか。そういえば前に真下くんにも怒られたことがある気がするな。そういうのって、フキンシン、なんですよね。不謹慎。それ言ったら真下くんも大概不謹慎なんだから人の事言えないのに」
真面目なのか不真面目なのか、どうにも分からない。そんな苗字名前の態度は、真下の神経をとりわけ逆なでするのだろう。真下くん。その名前を紡ぐ声は、恋人というよりもお気に入りのペットを呼ぶように楽し気だ。苗字曰く、真下とは一方的にご飯を与えるだけの関係、ということだった。それは一体どういう関係なんだ。つい余計な好奇心がもたげてしまい、またしても本題から逸れた事を聞いてしまう。
「君は、随分と真下の事を気に入っているんだな」
「だって真下くんは可愛いじゃないですか。顔は良いしいっぱい食べるし生命線太いし、殺しても絶対死ななそうだし。しかも案外とまともで真面目だし。ああいう人って、意外と皆から好かれますよね。警察犬みたいで、ついつい餌付けしたくなる」
「餌付け」
「餌付けというか、私がご飯作って食べさせてるだけなんだけど。真下くんは、出したら出しただけ平らげるから見てて面白いですよ。胃袋ブラックホールかってくらい食べるから最高です。ね、気になるなら今度、八敷さんも試してみたらどうですか。きっと面白いですよ」
苗字の言葉の端々に、そこはかとない狂気を感じたのは気のせいだろうか。「……考えておくよ」そう答えたものの、勿論実行に移すつもりはさらさらない。八敷一男は困惑しつつ、どこか頭の隅の方で目つきの悪い探偵に同情した。真下悟は、どうやら女の趣味が悪いらしい。