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「毎度毎度、おかしな患者を連れ込んでくれる。おかげで霊障について論文の一つでも書けそうだよ。ああ、そんな目で見ないで欲しいね。別に彼女を実験動物のように扱おうって言うんじゃない」
「御託は良いからさっさと本題に入れ。苗字名前の容態は」
「しかし珍しいね真下君。こういう時に取り乱すのは、性格的に八敷くんの方だと思っていたが。ああ失礼、さっさと診察結果を話そうか。外傷はなし。死印は出ていなかったから安心したまえ。主な症状は意識の混濁と痙攣。血液中の一酸化炭素ヘモグロビン濃度が低下していた。つまり状態としては一酸化炭素中毒に似ている。が、それにしては異様に回復が早いな。あの症状から回復するには三日はかかはずだ。だが彼女は、たった一時間であそこまで意識レベルが戻った。実に不可解だよ。それで、彼女はどんな怪異にやられたいんだい」
訪ねてくるモノ。おかしな鈴の音。おみどう、という言葉。一通りの説明の後、八敷に「何か分かるか」と問われ、大門修治はあっけらかんと答えた。
「何とも雲を掴むような話じゃないか。だが、心当たりがないでもないよ。オミドウか。懐かしい単語だ」
「貴様の感傷など知らん。心当たりがあるならさっさと白状しろ」
「僕の出身校はカトリック系でね。構内にあった聖堂の事をそんな風に呼んでいた記憶がある。学生の頃からおかしな呼び方だと思っていたんだが、アレは方言のようなものだろうか。……ところで、さっきから怖いな真下君。何か悪いものでも食べたのかい。具合が悪いなら診察してあげようか」
頼むから、余計な事を言ってやるなよ。目で合図した八敷の視線には気づかないのか、大門は淡々といつもの調子を崩さない。
「それに、もう一つ興味深いことに気付いた。彼女が倒れた時、一緒にいた八敷君には症状がなかった。間違いないね」
「ああ」
「これは実に奇妙だ。同じ空間の中にいて、1人は一酸化炭素中毒に似た症状で昏倒、1人は全くの無症状。しかも八敷君、真っ先に倒れそうな君が平気でいるとはな。しかし、相変わらず顔色が悪いね。隈も酷いが、きちんと睡眠は取れているのかい」
「……ありがとう大門。最近はちゃんと寝るようにしてるよ。少なくとも眠れる時には」
「それは何よりだ。睡眠不足は万病の元だよ……あぁ失礼また話が逸れたね。それで、君たちの状況についてだ。実は似たような話を一件だけ知っている」
あくまでものんびりとした口調が気に触るのか、真下悟が思い切り眉間に皺を寄せる。大門はそれを視界に捉え、ほんの少し愉快に思う。普段からそれくらいしおらしかったら、もう少し人に好かれると思うがね。だが、もちろん余計な事は言わないでおいてやった。何も好き好んで、他人の面倒ごとに首を突っ込みたいわけではない。
「じいさんが引退する直前の出来事らしいから、20年ほど前だと思うが。実はウチのクリニックは、H市に移転する前はT市で開業していてね。その頃の話なんだ。とある宗教団体が集団自殺騒ぎを起こした。どうやらホールで練炭か何か焚いたらしい。発見が遅れたのが災いして、ほとんどはその場で死亡が確認された。だが、一人だけウチに担ぎ込まれた生存者が居たんだ。それも無症状の。少し似ていると思わないかい」
「それでその、生存者というのは」
「子供だよ。まだ三歳かそこらの、小さな女の子だったそうだ。まだ生きてたら、ちょうど彼女くらいの年齢なんじゃないかな。どうだい、実に興味深いだろう」
▽
パードレはいいました。わたしはいのらないといけないんだって。だからあおいへやにいたんです。わたしはカミサマとあそびながら、ずっとおへやにいたんです。カミサマはオイノリをするとはいってくる。でもあのときはちがいました。あのときは、わたしがかみさまのなかにいました。からだのずっとうえのほうで、カミサマといっしょにみんなをみていました。うるさいのはいやだから。こわいのはいやだから。だからいったの。こんなのもういらないって。カミサマとは、もうあそばないって。
「……青い、部屋に」
自分の寝言で目が覚めた。起き上がった瞬間に夢の記憶は急速に遠ざかって、さっきまで何を考えていたんだかももう分からなくなってしまう。それからぼんやりと記憶をたどり、ここが病院であることを思い出す。
薄暗い部屋。真っ白くて大きなベッド。すぐ隣のパイプ椅子には真下くんが音もなく眠っていた。何もずっとついててくれる事もないだろうに。律義に私を見張っていたのは義務感か何かなのかもしれなかった。真下くんは困っている人とか、放っておくと野垂れ死にそうな人を助けずにはいられないタイプの人だ。それに自分で思っているほど冷たくもないし、面倒見が良すぎるくらい良い。だから本人が思っているよりもずっと沢山、この人を好いている人はいるんだろう。私も真下くんの、そんな所全部が好きだった。勿論こんなことは、口が裂けても言うつもりはないけれど。だってもっと利己的な何かで、私たちは繋がっているべきなのだから。いつ切れてもおかしくない位の細い繋がり。【もう会わない】なんて書かれた紙きれ一つであっけなく途絶えてしまうくらいの、細い細い繋がり。だからあの時は正直死ぬほど驚いた。数か月前のあの日、まるで何もなかったような顔で、私の部屋に戻ってきた彼を見た時は。
「ねえ、真下くんはさあ」
「ああ」
「うわびっくりした。起きてたなら言ってよ」
「知るか、お前が勝手に勘違いしただけだろ。それにしても良い趣味だな。他人の寝顔を盗み見るのはそんなに楽しいか」
「まあね。寝てる時の真下くんは、普段と違って結構可愛いと思う」
「……はあ。減らず口を叩ける元気があるなら、まあいい」
……倒れた拍子に頭でも打ったのか、くらいの嫌味は言われると思ったのに。予想外に優しい事を言われてしまい少し拍子抜けする。視線を上げてみたら、思いの他まっすぐに見つめられていることに気付いてしまう。理由もなくうろたえた。不機嫌なのともいらいらしてるのとも違う、物言いたげな顔。「え、何、こわいよ」どうして良いのかわからなくて、へらりと笑う。「なんなのご機嫌ななめなの。そりゃそうか。やっぱ色々怒ってるよね、真下くん」茶化そうとした声は静かな病室の中で、何だか白々しく響いて困る。
「さあな。それを今更お前に言ったところで、何も変わらない事は理解している。だから安心していい。これは俺の、ごく個人的な問題だ」
「う、……迷惑かけたのは謝るよ。色々と余計な事まで話しちゃったことも。でも仕方ないじゃん、まさかあんなとこで会うと思わなくてびっくりしたんだよ私も」
「違うそうじゃない。いや、そうだな。貴様のせいで散々な目に遭ったよ。この埋め合わせはどこかでしてもらうから、生き延びたら精々覚えておけ」
「ええ……何それ怖い……」
ふと、沈黙が落ちる。生き延びたら。それは何かの約束のようだった。その言葉で自分の置かれた状況の異常さを自覚する。肝心な時に気絶してしまったせいなのか、それとも私の感覚がおかしくなったのか。起きている事に嫌悪感を覚えないのは、きっと異常な事なのだろう。【あれ】は私に、何を伝えに来たのか。ぽっかりと開いた記憶。何か重要な事を忘れている。そう思うのに、思い出そうとすると靄がかかった様に頭が重くなってくる。【おみどう】に行かないと。私はそう口走ったらしい。そんな単語は聞いたことがないはずだった。それなのに考えれば考える程、得体のしれない不安が押し寄せる。私は何を忘れたんだろう。
「八敷さん、良い人だね。お世話になってる立場で言えたことじゃないけど、ちょっと頼りなくて何かかわいい。真下くんああいう人好きそう」
「気色の悪い事を言うな。好き嫌いで繋がってる関係じゃない。あれはただの仕事相手だ」
「そうなの?真下くんが仕事してるところ見るのなんて、最初の時以来だからちょっと面白かったよ」
緩慢な会話を続けながら、核心に触れるのを避けている。私を訪ねてくるものは、命すら取りかねない代物なんだろう。最初は一か月に一回、次は一週間に一回、最近は三日に一回。訪ねてくる頻度は上がっている。おかしなことを言い残して消えた元彼。その同僚だったらしき男の人。あの人たちも、私と同じ状況だったんだろうか。それなら私はどうなるのか。順当に考えたら、きっと同じように死ぬんだろう。事態は思ったよりも悪いらしい。自覚がないのは私一人だ。これって、何かに似ていないだろうか。例えば感染症みたいに、私を媒介にして【あれ】が広がっていくなんてことはないだろうか。安岡先生は言った。このまま放っておいたら私は死ぬ。それじゃあ、私を助けようとしてくれるこの人たちは?
「……ねぇ。ところで真下くんに一生のお願いがあるんだけど」
「断る」
「まだ何も言ってないじゃん」
「どうせ禄でもない事を言い出すに決まってる。聞くだけ無駄だ」
「禄でもない事なんかじゃないよ、ちゃんと真剣なやつ。あのさあ」
「……」
「危なくなったら、私なんか見捨てちゃってさっさと逃げてね。八敷さんと一緒に」
「だから何でそこに八敷が出てくる」
「だってあの人、ちょっと危なっかしいじゃん。真下くんもたまに無茶な事しでかすし。だから危なくなったらさっさと逃げてね。仕事なんかに体張る事ないんだよ。しかも元々【オトモダチ割引】で受けた依頼なんかにさ」
「……、何を言い出すかと思えばばかばかしい。下らん事をくっちゃベっているなら少しは寝ておけ」
予想通りけんもほろろに断られてしまった。「結構真剣にお願いしたのに酷い」と食い下がったのがまずかったのか、私はまたしても彼を怒らせてしまったらしい。「やかましい」思いっきり眉間にしわを寄せて、真下くんは私の一生のお願いを一周する。それから、私を見下ろして妙に真剣な声で、
「それに。俺はもう、お前の望むようになんかしてやらない」
などというものだから思わず首をかしげてしまった。この人が私の望む通りに動いてくれたことなんて、いまだかつてあっただろうか。小一時間ほど問い詰めたいような気がしたけど、向こうはもうおしゃべりをしてくれるつもりはないらしかった。「ねえ」「真下くん」「あのさあ」と声をかけても徹底的に無視を決め込まれるので、仕方なくもう一度眠ることにする。「もういい寝る、お休み」と一応言ってみたら、返事の代わりに、ふん、とため息の様な音だけが返って来た。
「御託は良いからさっさと本題に入れ。苗字名前の容態は」
「しかし珍しいね真下君。こういう時に取り乱すのは、性格的に八敷くんの方だと思っていたが。ああ失礼、さっさと診察結果を話そうか。外傷はなし。死印は出ていなかったから安心したまえ。主な症状は意識の混濁と痙攣。血液中の一酸化炭素ヘモグロビン濃度が低下していた。つまり状態としては一酸化炭素中毒に似ている。が、それにしては異様に回復が早いな。あの症状から回復するには三日はかかはずだ。だが彼女は、たった一時間であそこまで意識レベルが戻った。実に不可解だよ。それで、彼女はどんな怪異にやられたいんだい」
訪ねてくるモノ。おかしな鈴の音。おみどう、という言葉。一通りの説明の後、八敷に「何か分かるか」と問われ、大門修治はあっけらかんと答えた。
「何とも雲を掴むような話じゃないか。だが、心当たりがないでもないよ。オミドウか。懐かしい単語だ」
「貴様の感傷など知らん。心当たりがあるならさっさと白状しろ」
「僕の出身校はカトリック系でね。構内にあった聖堂の事をそんな風に呼んでいた記憶がある。学生の頃からおかしな呼び方だと思っていたんだが、アレは方言のようなものだろうか。……ところで、さっきから怖いな真下君。何か悪いものでも食べたのかい。具合が悪いなら診察してあげようか」
頼むから、余計な事を言ってやるなよ。目で合図した八敷の視線には気づかないのか、大門は淡々といつもの調子を崩さない。
「それに、もう一つ興味深いことに気付いた。彼女が倒れた時、一緒にいた八敷君には症状がなかった。間違いないね」
「ああ」
「これは実に奇妙だ。同じ空間の中にいて、1人は一酸化炭素中毒に似た症状で昏倒、1人は全くの無症状。しかも八敷君、真っ先に倒れそうな君が平気でいるとはな。しかし、相変わらず顔色が悪いね。隈も酷いが、きちんと睡眠は取れているのかい」
「……ありがとう大門。最近はちゃんと寝るようにしてるよ。少なくとも眠れる時には」
「それは何よりだ。睡眠不足は万病の元だよ……あぁ失礼また話が逸れたね。それで、君たちの状況についてだ。実は似たような話を一件だけ知っている」
あくまでものんびりとした口調が気に触るのか、真下悟が思い切り眉間に皺を寄せる。大門はそれを視界に捉え、ほんの少し愉快に思う。普段からそれくらいしおらしかったら、もう少し人に好かれると思うがね。だが、もちろん余計な事は言わないでおいてやった。何も好き好んで、他人の面倒ごとに首を突っ込みたいわけではない。
「じいさんが引退する直前の出来事らしいから、20年ほど前だと思うが。実はウチのクリニックは、H市に移転する前はT市で開業していてね。その頃の話なんだ。とある宗教団体が集団自殺騒ぎを起こした。どうやらホールで練炭か何か焚いたらしい。発見が遅れたのが災いして、ほとんどはその場で死亡が確認された。だが、一人だけウチに担ぎ込まれた生存者が居たんだ。それも無症状の。少し似ていると思わないかい」
「それでその、生存者というのは」
「子供だよ。まだ三歳かそこらの、小さな女の子だったそうだ。まだ生きてたら、ちょうど彼女くらいの年齢なんじゃないかな。どうだい、実に興味深いだろう」
▽
パードレはいいました。わたしはいのらないといけないんだって。だからあおいへやにいたんです。わたしはカミサマとあそびながら、ずっとおへやにいたんです。カミサマはオイノリをするとはいってくる。でもあのときはちがいました。あのときは、わたしがかみさまのなかにいました。からだのずっとうえのほうで、カミサマといっしょにみんなをみていました。うるさいのはいやだから。こわいのはいやだから。だからいったの。こんなのもういらないって。カミサマとは、もうあそばないって。
「……青い、部屋に」
自分の寝言で目が覚めた。起き上がった瞬間に夢の記憶は急速に遠ざかって、さっきまで何を考えていたんだかももう分からなくなってしまう。それからぼんやりと記憶をたどり、ここが病院であることを思い出す。
薄暗い部屋。真っ白くて大きなベッド。すぐ隣のパイプ椅子には真下くんが音もなく眠っていた。何もずっとついててくれる事もないだろうに。律義に私を見張っていたのは義務感か何かなのかもしれなかった。真下くんは困っている人とか、放っておくと野垂れ死にそうな人を助けずにはいられないタイプの人だ。それに自分で思っているほど冷たくもないし、面倒見が良すぎるくらい良い。だから本人が思っているよりもずっと沢山、この人を好いている人はいるんだろう。私も真下くんの、そんな所全部が好きだった。勿論こんなことは、口が裂けても言うつもりはないけれど。だってもっと利己的な何かで、私たちは繋がっているべきなのだから。いつ切れてもおかしくない位の細い繋がり。【もう会わない】なんて書かれた紙きれ一つであっけなく途絶えてしまうくらいの、細い細い繋がり。だからあの時は正直死ぬほど驚いた。数か月前のあの日、まるで何もなかったような顔で、私の部屋に戻ってきた彼を見た時は。
「ねえ、真下くんはさあ」
「ああ」
「うわびっくりした。起きてたなら言ってよ」
「知るか、お前が勝手に勘違いしただけだろ。それにしても良い趣味だな。他人の寝顔を盗み見るのはそんなに楽しいか」
「まあね。寝てる時の真下くんは、普段と違って結構可愛いと思う」
「……はあ。減らず口を叩ける元気があるなら、まあいい」
……倒れた拍子に頭でも打ったのか、くらいの嫌味は言われると思ったのに。予想外に優しい事を言われてしまい少し拍子抜けする。視線を上げてみたら、思いの他まっすぐに見つめられていることに気付いてしまう。理由もなくうろたえた。不機嫌なのともいらいらしてるのとも違う、物言いたげな顔。「え、何、こわいよ」どうして良いのかわからなくて、へらりと笑う。「なんなのご機嫌ななめなの。そりゃそうか。やっぱ色々怒ってるよね、真下くん」茶化そうとした声は静かな病室の中で、何だか白々しく響いて困る。
「さあな。それを今更お前に言ったところで、何も変わらない事は理解している。だから安心していい。これは俺の、ごく個人的な問題だ」
「う、……迷惑かけたのは謝るよ。色々と余計な事まで話しちゃったことも。でも仕方ないじゃん、まさかあんなとこで会うと思わなくてびっくりしたんだよ私も」
「違うそうじゃない。いや、そうだな。貴様のせいで散々な目に遭ったよ。この埋め合わせはどこかでしてもらうから、生き延びたら精々覚えておけ」
「ええ……何それ怖い……」
ふと、沈黙が落ちる。生き延びたら。それは何かの約束のようだった。その言葉で自分の置かれた状況の異常さを自覚する。肝心な時に気絶してしまったせいなのか、それとも私の感覚がおかしくなったのか。起きている事に嫌悪感を覚えないのは、きっと異常な事なのだろう。【あれ】は私に、何を伝えに来たのか。ぽっかりと開いた記憶。何か重要な事を忘れている。そう思うのに、思い出そうとすると靄がかかった様に頭が重くなってくる。【おみどう】に行かないと。私はそう口走ったらしい。そんな単語は聞いたことがないはずだった。それなのに考えれば考える程、得体のしれない不安が押し寄せる。私は何を忘れたんだろう。
「八敷さん、良い人だね。お世話になってる立場で言えたことじゃないけど、ちょっと頼りなくて何かかわいい。真下くんああいう人好きそう」
「気色の悪い事を言うな。好き嫌いで繋がってる関係じゃない。あれはただの仕事相手だ」
「そうなの?真下くんが仕事してるところ見るのなんて、最初の時以来だからちょっと面白かったよ」
緩慢な会話を続けながら、核心に触れるのを避けている。私を訪ねてくるものは、命すら取りかねない代物なんだろう。最初は一か月に一回、次は一週間に一回、最近は三日に一回。訪ねてくる頻度は上がっている。おかしなことを言い残して消えた元彼。その同僚だったらしき男の人。あの人たちも、私と同じ状況だったんだろうか。それなら私はどうなるのか。順当に考えたら、きっと同じように死ぬんだろう。事態は思ったよりも悪いらしい。自覚がないのは私一人だ。これって、何かに似ていないだろうか。例えば感染症みたいに、私を媒介にして【あれ】が広がっていくなんてことはないだろうか。安岡先生は言った。このまま放っておいたら私は死ぬ。それじゃあ、私を助けようとしてくれるこの人たちは?
「……ねぇ。ところで真下くんに一生のお願いがあるんだけど」
「断る」
「まだ何も言ってないじゃん」
「どうせ禄でもない事を言い出すに決まってる。聞くだけ無駄だ」
「禄でもない事なんかじゃないよ、ちゃんと真剣なやつ。あのさあ」
「……」
「危なくなったら、私なんか見捨てちゃってさっさと逃げてね。八敷さんと一緒に」
「だから何でそこに八敷が出てくる」
「だってあの人、ちょっと危なっかしいじゃん。真下くんもたまに無茶な事しでかすし。だから危なくなったらさっさと逃げてね。仕事なんかに体張る事ないんだよ。しかも元々【オトモダチ割引】で受けた依頼なんかにさ」
「……、何を言い出すかと思えばばかばかしい。下らん事をくっちゃベっているなら少しは寝ておけ」
予想通りけんもほろろに断られてしまった。「結構真剣にお願いしたのに酷い」と食い下がったのがまずかったのか、私はまたしても彼を怒らせてしまったらしい。「やかましい」思いっきり眉間にしわを寄せて、真下くんは私の一生のお願いを一周する。それから、私を見下ろして妙に真剣な声で、
「それに。俺はもう、お前の望むようになんかしてやらない」
などというものだから思わず首をかしげてしまった。この人が私の望む通りに動いてくれたことなんて、いまだかつてあっただろうか。小一時間ほど問い詰めたいような気がしたけど、向こうはもうおしゃべりをしてくれるつもりはないらしかった。「ねえ」「真下くん」「あのさあ」と声をかけても徹底的に無視を決め込まれるので、仕方なくもう一度眠ることにする。「もういい寝る、お休み」と一応言ってみたら、返事の代わりに、ふん、とため息の様な音だけが返って来た。