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「……で、その女性は」
「違う。苗字名前 27歳女性都内在住職業は会社員。貴様の客だが絶対に余計な事は聞くなよ」
その女性は依頼人か。そう聞こうとしただけなのに、一体何が違うというのか。出迎えて早々噛みつくような勢いで畳みかけられ、八敷一男は困惑した。真下悟の事は前々から妙な男だとは思っていた。だが今日はいつにも増して様子がおかしい。というよりも、色々な意味で殺気立っているように見える。おかしな質問をしたら殺す、余計な事を言っても殺す。そういわんばかりの視線に睨めつけられ鼻白む。だがまあ、とりあえず自己紹介でもしようか。そう思い口を開きかけたところで、「言っておくがこの男は俺の友人じゃない。八敷一男40代男性職業は、……、まあ何でもいい。強いて言えば研究者のようなものだ。この手の話のな」と無理矢理話をまとめられてしまう。言っておくが俺は専門家じゃないぞ。そう弁明しかけたが、いつになく不穏な予感に口をつぐむ。最も、真下が持ってくる話が、不穏でなかった試しがないのだが。
「とりあえず適当に座ってくれ。今コーヒーでも」、言いかけた言葉は苛立たし気にさえぎられる。「時間がないんだ」ざあざあと雨の音がうるさい。秋の始まりの長雨の空気が、鬱陶しく肌にまとわりつく。思えばいつもそうなのだ。こういう日は決まって、何か忌まわしい事が起こる。八敷の感傷など素知らぬ顔で、目の前の男が薄い唇を開く。
「貴様にも話した事があったよな。例の話、……日高圭吾と長岡晃の件を覚えているか」
▽
何かが自分を訪ねてくる。それが誰なのか、どんな顔をしているのかも思い出せない。まるで雲をつかむような話を繰り返し喋る。で、喋りながら思ったのだ。やっぱり、私が思っているよりも妙な事になっているのかもしれないな、と。できればそんなこと気付きたくなかった。【ほんのり不安】位だったメンタルがグラグラと傾いていくのが自分でも分かって、更に動揺してしまう。だけど多分、逃げていても仕方がない。
私は確かめないといけなかった。先程真下くんが口にした(恐らく自殺した男性の)名前について。頭の中で数秒ほど逡巡してから口を開く。そして、なるべくさり気ない口調で聞いてみた。
「ところでさっき、日高圭吾って言った?」
「言ったが、まさか貴様まだ何か隠して」
「いや隠してるとかじゃないんだけど。……言いづらいんだけど、分からないけど、多分だけど。偶然たまたま、私の元彼にも日高圭吾くんって名前の人がいたなって」
白状したあとで軽く後悔した。真下くんが物凄い目で私を見たからだ。「……あっでも、ただの同姓同名かもしれないし。私が付き合ってた日高圭吾くんは、だいたい30歳位だったと思うけどどうかな」そう付け加えてみたものの空気はちっとも軽くならない。だから何で早く言わない。吐き捨てるようにもう一度叱責されてとりあえず謝る。
どうやら事の深刻さが分かっていないのは私だけの様で、ヤシキサンーー多分八敷さんーーは、私の説明と真下くんの態度だけで何かを察したらしい。神経質そうな顔の全面に不安の色を浮かべながら、次々と質問を投げかけてきた。直近身の回りに不審な事はなかったか、訪ねてくる誰かに心当たりはないか、心霊スポットや廃屋や事件現場などに立ち行った事はないか、日高圭吾について知っている事はないか、などなど。
「どんな些細な事でも良いんだ、頼む」そんなこといわれても。「不審な人物を見たとか、事故現場を見たとか。得てして原因がある物なんだよ、こういう事象にも」懇願するような目に見つめられ、なんだか居心地が悪くなる。うろうろと左右に目線を泳がせてから、なんとなく手元のカップに目を落とした。真っ黒い液体の中に移り込む、高い天井。ぶら下がるシャンデリア。きらきらと光が揺れる。ーー揺れる。「あ」そういえば、と、言いかけた瞬間に、左隣から容赦ない視線が突き刺さる。そんな目で見ないでよ、真下くん。
「先月、隣の部屋で自殺があったかな。確か首吊りって。ああそうだ思い出した。下の階でも何かあったような気がする。そっちは火事だったかも。管理組合が騒いで、お祓いとかして、それでうちの部屋もちょっと家賃安くなったんだよね。あれはラッキーだった。変わった事と言えばそれくらいかな。肝試しとかはしてないし、廃墟とか心霊スポットも行ってない。だけど日高くんはそういうの好きな方だったかも。酔っ払った時にそんな感じの話してたと思う。でもどうだろ、よく知らないかも。付き合ってすぐ振られちゃったんだよね私。日高くん懐かしいな元気かなーーいや死んじゃったんだった。でも何で死んじゃったんだろ。元ヤンで腕っぷしも強そうで、仕事も上手くいってるって言ってた。自殺ほどの悩みがあった風には見えなかったんだけど」
「そういう話はもっと早く言っておけ」
「そういう話って、具体的にはどれの事」
「全部に決まってる。貴様叩けば叩くほど埃が出るないい加減にしろ。得体のしれないモノに付きまとわれるわ隣室で自殺者がでるわ交際相手は自殺するわ。禄でもないことが起きたら教えろとあれだけ」
「しょうがないじゃん、日高くんが亡くなったのって私と別れてから数か月後だしさ。その時は大したことないって思ったんだよ。でも家賃の事は言ったと思うけどなあ。覚えてない? 謎に家賃安くなってラッキーって話したの」
「…………本当に、ふざけるなよ、貴様」
弁解のつもりが、完全に地雷を踏んだらしい。一言一句、噛んで含めるような口調で罵倒されるのは中々来るものがある。真下くんは基本ひょうひょうとしているというか、大抵は人を食ったような笑みを崩さない。だからこんなに怒っている彼を見るのは、多分初めてだった。それでつい物珍しくなって、しっかり正面から見つめ返してしまう。真下くんがピリピリしているせいだろうか。八敷さんは、何とも言えない目で私たちを見比べている。
「……、そうだな。君は、うん。何と言うか」
「はあ」
「怖くないのか、……その、色々と」
「今のところはあんまり。安岡先生にも、軽い気持ちで相談したんですよ。頻繁に来られると鬱陶しいですよねって。でも身の危険も感じなかったし、今は真下くんもいるし」
「そうか。……いや待ってくれ。真下が居るから何なんだ。というか君たち結局どういう関係で」
今のは決定的にまずかった。ぽろっと言ってしまってからまた後悔した。テーブルの下。八敷さんにばれないようにだろうか、真下くんがごく静かに私の椅子の足を蹴る。いまだかつてないほど怒っている彼は、きっと暫く私を許さない。それを思うと、怪奇現象とかよりも隣にいる真下くんの方が恐かった。怒れる真下くんは容赦がない。だから絶対に、これ以上刺激してはいけない。わかってはいるものの、だからって八敷さんの質問に答えないのもまずいと思う。だから今度は慎重を期して、なるべく正確な情報を伝えるように心がけた。
「あ、やっぱそこ気になりますよね分かります。私と真下くんは、いうなればオトモダチだったんですよ。5年前から半年くらい前までの付き合いで。そのあと喧嘩して、しばらく絶交して、仲直りして、最近では私が彼にご飯を与えるだけの関係に落ち着きました」
……ガツッ。今度は容赦なく椅子を蹴られた。また何か間違えたらしい。そう思ったけど、反応するのも怖いので無視して話を続けることにする。
「ええとそれで。別に霊感、とかじゃないんですけど。最近、黒い影みたいなのが見えるんですよ。外歩いてるときとか電車待ってる時とか、あとはまあ、部屋でもたまに。でも真下くんと居る時だけはああいうの出てこなくて。真下くんがそういうものに鈍いからかもしれないなって勝手に思ってたんです。だから何となく大丈夫かなって。この人たまにウチにご飯食べに来るんですけど、その時は【あれ】も絶対来ないから」
みし、と、建物がかすかな音を立てる。遠くの方では雷鳴。雨もいよいよ本降りになってきたみたいだ。八敷さんは面食らったように瞬きを繰り返してから、生真面目な口調で言い放つ。
「……それは、なんというか。興味深い話ではあるが……」その言葉に、真下くんがこれ見よがしに舌打ちするのが聞こえた。もう何を言っても無駄だと思ったんだろうか。彼は無言でコーヒー(ちなみにびっくりするほどクソ甘い)を飲み干して、異様に静かなで私に最後通告を出す。
苗字、お前には後でお話がある。真下くんらしくない、オブラートに包んだ言葉が逆に怖い。目の前の八敷さんからは生ぬるい視線、左隣の真下くんからは威圧的な気配。散らかり出した会話をどうまとめたものか分からなくなったから、私はとりあえずにこにこしておくことにする。これがいわゆる、やけっぱちってものなのか、とか思いながら。
「もう一度聞くが、君は本当に怖くないのか、色々と」
そんな目で見ないでほしかった。そっと手元のカップに目を伏せる。落ち着きたくて飲んだコーヒーの甘みが不快だった。舌の上に残った砂糖の感触が、余計に不安をかきたてた。雨は降るし傘は忘れたし占いは最下位だしお化けは来るし元彼は死んだし真下くんは怒るし。今まで過ごしていた日常がいつの間にか溶けて消えて、不穏な非日常かぽっかりと口を開けている気配がする。私はこの場所から、生きて帰ることが出来るだろうか。帰れると良いな。いやどうか帰れますように。砂糖でざらざらのコーヒーを飲み込みながら、神でも仏でもない誰かにそんなことを祈った。
「違う。苗字名前 27歳女性都内在住職業は会社員。貴様の客だが絶対に余計な事は聞くなよ」
その女性は依頼人か。そう聞こうとしただけなのに、一体何が違うというのか。出迎えて早々噛みつくような勢いで畳みかけられ、八敷一男は困惑した。真下悟の事は前々から妙な男だとは思っていた。だが今日はいつにも増して様子がおかしい。というよりも、色々な意味で殺気立っているように見える。おかしな質問をしたら殺す、余計な事を言っても殺す。そういわんばかりの視線に睨めつけられ鼻白む。だがまあ、とりあえず自己紹介でもしようか。そう思い口を開きかけたところで、「言っておくがこの男は俺の友人じゃない。八敷一男40代男性職業は、……、まあ何でもいい。強いて言えば研究者のようなものだ。この手の話のな」と無理矢理話をまとめられてしまう。言っておくが俺は専門家じゃないぞ。そう弁明しかけたが、いつになく不穏な予感に口をつぐむ。最も、真下が持ってくる話が、不穏でなかった試しがないのだが。
「とりあえず適当に座ってくれ。今コーヒーでも」、言いかけた言葉は苛立たし気にさえぎられる。「時間がないんだ」ざあざあと雨の音がうるさい。秋の始まりの長雨の空気が、鬱陶しく肌にまとわりつく。思えばいつもそうなのだ。こういう日は決まって、何か忌まわしい事が起こる。八敷の感傷など素知らぬ顔で、目の前の男が薄い唇を開く。
「貴様にも話した事があったよな。例の話、……日高圭吾と長岡晃の件を覚えているか」
▽
何かが自分を訪ねてくる。それが誰なのか、どんな顔をしているのかも思い出せない。まるで雲をつかむような話を繰り返し喋る。で、喋りながら思ったのだ。やっぱり、私が思っているよりも妙な事になっているのかもしれないな、と。できればそんなこと気付きたくなかった。【ほんのり不安】位だったメンタルがグラグラと傾いていくのが自分でも分かって、更に動揺してしまう。だけど多分、逃げていても仕方がない。
私は確かめないといけなかった。先程真下くんが口にした(恐らく自殺した男性の)名前について。頭の中で数秒ほど逡巡してから口を開く。そして、なるべくさり気ない口調で聞いてみた。
「ところでさっき、日高圭吾って言った?」
「言ったが、まさか貴様まだ何か隠して」
「いや隠してるとかじゃないんだけど。……言いづらいんだけど、分からないけど、多分だけど。偶然たまたま、私の元彼にも日高圭吾くんって名前の人がいたなって」
白状したあとで軽く後悔した。真下くんが物凄い目で私を見たからだ。「……あっでも、ただの同姓同名かもしれないし。私が付き合ってた日高圭吾くんは、だいたい30歳位だったと思うけどどうかな」そう付け加えてみたものの空気はちっとも軽くならない。だから何で早く言わない。吐き捨てるようにもう一度叱責されてとりあえず謝る。
どうやら事の深刻さが分かっていないのは私だけの様で、ヤシキサンーー多分八敷さんーーは、私の説明と真下くんの態度だけで何かを察したらしい。神経質そうな顔の全面に不安の色を浮かべながら、次々と質問を投げかけてきた。直近身の回りに不審な事はなかったか、訪ねてくる誰かに心当たりはないか、心霊スポットや廃屋や事件現場などに立ち行った事はないか、日高圭吾について知っている事はないか、などなど。
「どんな些細な事でも良いんだ、頼む」そんなこといわれても。「不審な人物を見たとか、事故現場を見たとか。得てして原因がある物なんだよ、こういう事象にも」懇願するような目に見つめられ、なんだか居心地が悪くなる。うろうろと左右に目線を泳がせてから、なんとなく手元のカップに目を落とした。真っ黒い液体の中に移り込む、高い天井。ぶら下がるシャンデリア。きらきらと光が揺れる。ーー揺れる。「あ」そういえば、と、言いかけた瞬間に、左隣から容赦ない視線が突き刺さる。そんな目で見ないでよ、真下くん。
「先月、隣の部屋で自殺があったかな。確か首吊りって。ああそうだ思い出した。下の階でも何かあったような気がする。そっちは火事だったかも。管理組合が騒いで、お祓いとかして、それでうちの部屋もちょっと家賃安くなったんだよね。あれはラッキーだった。変わった事と言えばそれくらいかな。肝試しとかはしてないし、廃墟とか心霊スポットも行ってない。だけど日高くんはそういうの好きな方だったかも。酔っ払った時にそんな感じの話してたと思う。でもどうだろ、よく知らないかも。付き合ってすぐ振られちゃったんだよね私。日高くん懐かしいな元気かなーーいや死んじゃったんだった。でも何で死んじゃったんだろ。元ヤンで腕っぷしも強そうで、仕事も上手くいってるって言ってた。自殺ほどの悩みがあった風には見えなかったんだけど」
「そういう話はもっと早く言っておけ」
「そういう話って、具体的にはどれの事」
「全部に決まってる。貴様叩けば叩くほど埃が出るないい加減にしろ。得体のしれないモノに付きまとわれるわ隣室で自殺者がでるわ交際相手は自殺するわ。禄でもないことが起きたら教えろとあれだけ」
「しょうがないじゃん、日高くんが亡くなったのって私と別れてから数か月後だしさ。その時は大したことないって思ったんだよ。でも家賃の事は言ったと思うけどなあ。覚えてない? 謎に家賃安くなってラッキーって話したの」
「…………本当に、ふざけるなよ、貴様」
弁解のつもりが、完全に地雷を踏んだらしい。一言一句、噛んで含めるような口調で罵倒されるのは中々来るものがある。真下くんは基本ひょうひょうとしているというか、大抵は人を食ったような笑みを崩さない。だからこんなに怒っている彼を見るのは、多分初めてだった。それでつい物珍しくなって、しっかり正面から見つめ返してしまう。真下くんがピリピリしているせいだろうか。八敷さんは、何とも言えない目で私たちを見比べている。
「……、そうだな。君は、うん。何と言うか」
「はあ」
「怖くないのか、……その、色々と」
「今のところはあんまり。安岡先生にも、軽い気持ちで相談したんですよ。頻繁に来られると鬱陶しいですよねって。でも身の危険も感じなかったし、今は真下くんもいるし」
「そうか。……いや待ってくれ。真下が居るから何なんだ。というか君たち結局どういう関係で」
今のは決定的にまずかった。ぽろっと言ってしまってからまた後悔した。テーブルの下。八敷さんにばれないようにだろうか、真下くんがごく静かに私の椅子の足を蹴る。いまだかつてないほど怒っている彼は、きっと暫く私を許さない。それを思うと、怪奇現象とかよりも隣にいる真下くんの方が恐かった。怒れる真下くんは容赦がない。だから絶対に、これ以上刺激してはいけない。わかってはいるものの、だからって八敷さんの質問に答えないのもまずいと思う。だから今度は慎重を期して、なるべく正確な情報を伝えるように心がけた。
「あ、やっぱそこ気になりますよね分かります。私と真下くんは、いうなればオトモダチだったんですよ。5年前から半年くらい前までの付き合いで。そのあと喧嘩して、しばらく絶交して、仲直りして、最近では私が彼にご飯を与えるだけの関係に落ち着きました」
……ガツッ。今度は容赦なく椅子を蹴られた。また何か間違えたらしい。そう思ったけど、反応するのも怖いので無視して話を続けることにする。
「ええとそれで。別に霊感、とかじゃないんですけど。最近、黒い影みたいなのが見えるんですよ。外歩いてるときとか電車待ってる時とか、あとはまあ、部屋でもたまに。でも真下くんと居る時だけはああいうの出てこなくて。真下くんがそういうものに鈍いからかもしれないなって勝手に思ってたんです。だから何となく大丈夫かなって。この人たまにウチにご飯食べに来るんですけど、その時は【あれ】も絶対来ないから」
みし、と、建物がかすかな音を立てる。遠くの方では雷鳴。雨もいよいよ本降りになってきたみたいだ。八敷さんは面食らったように瞬きを繰り返してから、生真面目な口調で言い放つ。
「……それは、なんというか。興味深い話ではあるが……」その言葉に、真下くんがこれ見よがしに舌打ちするのが聞こえた。もう何を言っても無駄だと思ったんだろうか。彼は無言でコーヒー(ちなみにびっくりするほどクソ甘い)を飲み干して、異様に静かなで私に最後通告を出す。
苗字、お前には後でお話がある。真下くんらしくない、オブラートに包んだ言葉が逆に怖い。目の前の八敷さんからは生ぬるい視線、左隣の真下くんからは威圧的な気配。散らかり出した会話をどうまとめたものか分からなくなったから、私はとりあえずにこにこしておくことにする。これがいわゆる、やけっぱちってものなのか、とか思いながら。
「もう一度聞くが、君は本当に怖くないのか、色々と」
そんな目で見ないでほしかった。そっと手元のカップに目を伏せる。落ち着きたくて飲んだコーヒーの甘みが不快だった。舌の上に残った砂糖の感触が、余計に不安をかきたてた。雨は降るし傘は忘れたし占いは最下位だしお化けは来るし元彼は死んだし真下くんは怒るし。今まで過ごしていた日常がいつの間にか溶けて消えて、不穏な非日常かぽっかりと口を開けている気配がする。私はこの場所から、生きて帰ることが出来るだろうか。帰れると良いな。いやどうか帰れますように。砂糖でざらざらのコーヒーを飲み込みながら、神でも仏でもない誰かにそんなことを祈った。