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うららかな小春日和の土曜日だった。怠惰で懶惰な昼下がり。真下くんは相変わらず仕事だったので、私は部屋で一人、借りてきたホラー映画の鑑賞会などしていたのだ。だけどそろそろ飽きてきたし、このまま昼寝でもしようかな。八敷さんから電話がかかってきたのは、そんなタイミングだった。もしもし苗字です、私がそう名乗るよりも早く、焦った声がまくし立てる。「苗字さん落ち着いて聞いてくれ。真下が、真下が」何かただならぬことが起こったらしい。それを悟った瞬間に、一気に手が冷たくなって呼吸が浅くなる。脳内を駆け巡る最悪のビジョン。ましたくんがどうかしたんですか。呟いた自分の声はまるで他人の物のように硬い。だけど、私の質問に答えはなかった。「落ち着いて聞いてくれ」と、八敷さんの声が繰り返す。それから覚悟を決めたように一息に、
「落ち着いて聞いてくれ。真下が怪異の影響で素直になった」
……は?
▽
「……つまりだな、この怪異は生前の天邪鬼な自分にコンプレックスを抱いていた。だから素直じゃない人間を見ると放っておけないらしいんだ。それで真下が呪いのターゲットになった」
「あっ、ちょっと何言ってるか分からないですね」
一報を受けて駆け付けた九条館。私を出迎えた八敷さんは顔いっぱいに悲壮な色を浮かべて、わけのわからない話を聞かせてくる。真下くんはと言えば、立派なテーブルの隅っこの方に突っ伏して頭を抱えていた。何やら面倒な事が起きているらしい。と、それだけは察したものの、全く状況がつかめない。要するに命に別状はないってことで良いんだろうか。とりあえず、「真下くん大丈夫?」と、呼びかけてみる。返事はない。代りに、「……うう」と、うめき声のようなため息のような声だけが聞こえた。そろりそろりと近づいて、恐る恐るその手に触れてみる。真下くんはびくりと体を震わせたけど、私をはねのける気はないみたいだ。
「ねえ、真下くん大丈夫?」
「……少なくとも体調に異変はない」
「でも一応病院行っとく? 大門先生なら何とかしてくれるかも」
「行かない。体に異変がない以上医療ではどうしようもないだろう。それにこんな状態をやつに見せるくらいなら死んだ方がましだ」
「ていうか、結局何なの? 何がどうなってるの? 素直になったってどういう事? それの何が問題なの?」
「名前」
唐突に名前を呼ぶ声は、どこか熱っぽい、ような気がした。するりと絡められた指先も、吐き出されたため息も、全部。諦めたように肩の力を抜いてから、彼はふらりと顔を上げる。それから唐突に一言。
「お前は本当に可愛いな」
「……は?」
「ああその顔だ、その鳩が豆鉄砲を食らったような間抜け面。俺は貴様のその顔が本当に好きだ、正直めちゃくちゃ興奮する」
「な、何か悪いモノでも食べたの真下くん!?」
「だからさっき八敷が言っただろう。人の話はきちんと聞け苗字名前。悪いモノを食べたんじゃない、おかしなモノに取りつかれたんだ。つまり残念な事に、今の俺は嘘が付けない。ああ全くついてない。これじゃあ調査にも支障を来す」
熱に浮かされたようにすらすらと語りだす唇。思わず離れようとした手は捕まえられて、ぎゅうぎゅうに握り込まれる。恋人繋ぎじゃん。こんな時なのにそんなことを考えてしまったのが、顔に出たんだろうか。「この程度で照れるとかガキかよ。くそ、可愛いな本当に。最悪だ」などと罵倒と悪態と甘ったるい言葉を一緒くたに投げられる。心底忌々しげな表情は何ともアンバランスだった。真下くんは舌打ちをして、「最悪だ」ともう一度繰り返す。
「最悪だ。思考も感情も何もかも駄々洩れでたまったもんじゃない。そもそも何で俺なんだ。憑り付くならそっちのおっさんに行けばいいだろうがふざけんな」
「……真下。俺はまだおっさんというほどの年では、」
「やかましい黙れおっさん。いい年して不摂生ばかりしやがっていい加減にしろ。貴様の事は仕事相手としては信頼している。だがそういう所が耐え難いんだよ。せめて夜くらいは玄関のカギをかけろ。コーヒーに砂糖を九つも入れるな。部屋の空気の入れ替えをしろ。せめて一日一回は外に出ろ。夜は九時までに寝て朝は八時までに起きて規則正しい食事をしろ。毎日毎日ゾンビみたいな顔色をしやがって。こっちはいつだって貴様が倒れやしないかってひやひやしてるんだよクソが。それにしても何だって俺がこんな万年不健康中年の心配なんぞをしてやらないといけないんだ」
……つまり、そういう事らしかった。
何らかの超常現象的な力で、今の真下くんは本心がだだもれ状態になっているらしい。呪いの効果はおおよそ24時間。だけど、その前に怪異が満足するか呪いが誰かに移るかしたら、事象は解消するだろう。というのが、八敷さんの見立てだった。
「だから悪いけど、とりあえずこいつを連れて帰ってやってくれないか。このままで調査続行は無理だろうから」
「で、でも連れて帰ったところでどうしようも」
「いや、やりようはあるんだ。聞いてくれ。この怪異は生前に恋人に対して素直になれないまま死んだことを悔やんでいるんだよ。だからこんな呪いをかけるんだ。つまりだ、分かるだろ苗字さん」
「分からない、私には八敷さんの言うことが一切分からない」
「怪異が消滅するには救済が必要なんだよ。魂の救済が。分かってくれ苗字さん。こいつは恋人に対して素直になれず思う存分いちゃつけなかった事を悔やんだまま」
「八敷、貴様さっきから随分と馴れ馴れしく俺の恋人の名前を呼ぶな」
「ああもうややこしくなるから真下くんは黙ってて」
思わずその口を手で塞ぐ。最悪だ。私の掌の下、真下くんの唇が言葉をかたどる。私も同感だった。全くもって、最悪の状況だった。何が最悪かって、八敷さんの奥歯にものが挟まったような物言いで、どうすればこの状況が解消されるのかうっすらと理解してしまったことだ。生ぬるい視線が、私と真下くんに降り注ぐ。「君がいてくれて本当に良かった」その言葉になんと返したものかもわからない。だけど、いまだに納得のいかない私を置き去りにして、真下くんは何らかの覚悟を決めたらしかった。ゆらり。全身から殺気を漂わせながら立ち上がった彼が、八敷さんをにらみつける。「つまり八敷、貴様はこう言いたい訳か」いつも通りの感情を抑えた声。それなのに、その口から発する言葉だけが余りにも不釣り合いに素直だ。
「俺がこの女と四六時中のろけてとろけていちゃついて、阿呆のような会話を垂れ流しまくることで怪異が満足すると」
「のろけ……、まあ、そういう事だな。お前少し休んだ方がいいぞ。幾ら何でも仕事のしすぎだ。だからワークライフバランスってやつを取った方が。丁度いいじゃないか、たまの休暇だと思って彼女とゆっくりしたら」
「八敷一男」
「うん?」
「貴様面白がってやがるだろ、顔に書いてあるんだよ少しは隠せ」
「……、いや済まないと思ってるよ。だがまさか怪異がお前を好むなんて思わなくて」
「白々しい事を言いやがって。顔が笑ってんだよおっさん」
のろけてとろけていちゃついて。
とても真下くんの口から出たとは思えない破壊力のある言葉が、頭の中をぐるんぐるんと回る。真下くんはひとしきり八敷さんを罵ってから舌打ちを零し、再び私に向き直る。「悪いな、名前」妙に素直な謝罪の言葉。口調と態度の割には、真下くんは意外と素直にごめんなさいが言える人なのだ。真下くんのそういう、意外ときちんとしたところが私は好きだ。だけど勿論、そんな感想を呑気に言っているような状況ではなかった。ふと真上から影がかかる。するりと頬を撫でる手に促されて上を向いた。いつも通りの無表情。あれ、近くない? なんて思う間もなく、
ちゅ、なんて可愛らしい音とともに、唐突に唇が重なって、すぐに離れた。
「……真下お前な。確かに恋人といちゃいちゃしろと言ったのは俺だが、それはないだろう。せめて家に帰ってからにしたらどうだ。お前はともかく苗字さんの身にもなれよ」
「やかましい。言われなくたって帰ってやるよ。折角の週末を貴様なんぞに邪魔されたら溜まったもんじゃない。ああ上等だ、貴様の言うとおりにのろけてとろけていちゃついてやるさ。だが八敷、貴様これで済むと思うなよ。こんな下らない案件にこいつを巻き込んだ責任は取ってもらうからな」
いつも通りの会話、の、中に二つ三つくらい変な言葉が混じっている。他人事のように思う。何だこの状況は。二人の声が妙に遠くで聞こえた。ふらふらとその場から離れようとしたら逆に体を捕まえられて、真下くんの方に引き寄せられる。
「……ねえ、真下くん。今私に何した?」呟いた言葉には、「悪いな」と開き直ったような謝罪だけが返って来る。ぎゅうぎゅうに握り込まれた手がじわじわと温度を上げていく。「詳しい事は後でもう一度説明してやるが」距離が、距離が近い。想像よりもずっと近くで聞こえる声に気を失いそうだった。ひぇ、と、口から洩れた声は鼻で笑われ、更に、「はは。かわいい」などとなれない言葉までくっついてくる。耳元で、熱に浮かされたみたいな声が囁く。「つまり、そういう事なんだよ苗字名前。悪いが諦めろ。怪異の救済とやらのために、俺は貴様と四六時中いちゃつく必要がある」
……そこから何をどうやって、家まで帰りついたのかは記憶が曖昧だ。面白半分、同情半分の八敷さんに見送られ(笑いをこらえたような顔で「君には本当に悪いと思ってる」と謝られたのは忘れられない)、真下くんに手を引かれ車に放り込まれ、九条館を後にした。いつも通りにきっちりしっかり安全運転だった辺り、呪いとやらの影響は本当に限定的な様だ。そして帰宅して、今。死ぬほど気恥しい空気の中、久々に二人きりの週末が幕を開けようとしていた。
「……ま、真下くんさあ」
「何だその声は。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「だから、近いよちょっと。離れてくんない」
「はあ。俺だってそうしてやりたいのは山々だが歯止めが利かない。それに離れたら意味がないだろう。そもそも俺はお前といちゃつくためにこうしてるんだから」
「いちゃ、……ねえ、ほんとにその切り替えの早さ何なの? さっきまでそんなんじゃなかったじゃんいきなり何なの?」
「ああどうも。切り替えが早いのは我ながら美点だと思ってる。呪いとやらをどうにかする方法がこれしかないなら、うだうだ言うのは時間の無駄だと判断した」
「……うう。それは、まあ、そうかもしれないけど」
「は、相変わらず随分と可愛らしいことで。いい加減そっちが慣れてくれよ、思春期のガキじゃあるまいし」
「ねえ今ちょっと馬鹿にしたでしょ分かるんだからねそういうの、ほんとにそういうとこ感じ悪いよ真下くん」
「可哀そうにな。それでも、お前はその感じが悪い男の事を好きで好きで堪らないんだもんな?」
「くっ……そうだよその通りだよ」
デリカシーのなさがすごい。性格が悪いよ真下くん。悔し紛れについた悪態は鼻で笑われた。最悪だ。呟いたら、大きな手が私の髪の毛を撫でる。「可哀そうにな」と私を憐れむようなことを言いながら、この人がしている事ときたら何なのか。小さいソファの上は逃げ場がなくて、それでこんなことになっている。逃げる間もなくあっさりと追い詰められ捕まえられ、結果、抱きしめられるみたいな体制で密着したまま、まるでバカップルみたいな会話を続けている。
「で、結局なんでこんなんなっちゃったの。真下くんは」
「……安岡のバアサンの依頼で八敷と調査に行ったらおかしなモノに憑り付かれた。どうも過去に複数名がこいつに呪われて、禄でもない目に遭っているらしい。まあ具体的な内容は守秘義務で言えないが」
「……あのさ、ほんとに仕事選ばないよね真下くん」
「やかましい。あの時は割のいい仕事だと思ったんだよ。だがこれでも、貴様には悪いと思ってる。妙な事に巻き込んですまないな」
「……、いや、それはまあ、いいけど。真下くんが私に頼る事なんてあんまりないから、ちょっと嬉しいよ」
「お前、こういう時は妙に殊勝な事を言うよな」
「だって本当の事だから。それに、八敷さんの言う通りちょっと面白いし。真下くんが素直なことなんて滅多にないから」
「はあ。俺としてはずっと素直に生きてきたつもりなんだがな。だからこの状況は非常に不本意だ。素直じゃない人間だけに感染する呪いに、よりによって何で俺がかかるんだ」
「多分だけどそういうとこだよ真下くん」
「ふん」
心底うんざりしたような声がかわいい。そう思ってしまうのが、つまり、惚れた弱みというやつなんだと思う。真下くんは口が悪い。そのうえ、基本的に自分勝手だし仕事人間だし、滅多に家にだって帰ってこない。それなのに私ときたら相変わらず真下くんの事が好きすぎて、終始振り回されているような気がしている。
……結局、好きになった方が負けなのだ。つまり最初からずっと、私は負けている。こういう時になると毎回考えることを今回も考えて、諦めが付いたら体の力も抜けていく。寄りかかった体の、筋肉質な感触。真下くんが私の髪を撫でるので、お返しに私も真下くんの髪を撫でたりなんかしてみる。癖のある髪の毛の手触りが愛しい。態度も目つきも悪い癖に。口を開けば皮肉と嫌味ばかりの癖に。それでもこういう時に頭を撫でさせてくれる当たり、本人の言う通り真下くんは意外と素直だ。「……前から聞いてみたかったんだけど」返事の代わりにため息が、耳元に落ちてくる。
「真下くんさあ、私に撫でられるの結構好きだよね」
「……心から不本意だが正直嫌いじゃない」
「嫌いじゃないなら、好きなんじゃないの」
「はあ。そうだよ好きだよ最悪な事に。だから不本意なんだよこんなのは。刑事やってた頃は恋人といちゃつく暇があるなら仕事しろなどと部下に説教してた癖によりによって自分がこのザマだよ笑えよ」
「ねえ真下くん。ワークライフバランスって言葉知ってる?」
「その件については丁度今この瞬間に強烈に考えさせられてるよ。俺は一体どこで道を踏み外したんだろうな。ワークライフバランスを怠ったせいか?」
「かもね。まあ、私としては面白いから良いけどさ。一緒に居られるのも久しぶりだし」
「……い」
「うん? 何て?」
「……最悪なことに俺にとってもこの状況は悪くないんだよ。悪くないどころか寧ろ嬉しい。ああ最悪だ」
苦虫を嚙み潰したような顔で放たれる唐突な殺し文句。……呪いって怖いな。照れ隠しに真下くんの頭を撫で繰り回す。これだけ無遠慮に触れてもはねのけられないのだから、確かに私は彼に気を許されているのかもしれなかった。恥ずかしいような嬉しいような、やっぱり恥ずかしいような。色々な感情が入り混じって、結果、私まで妙な事を口走ってしまう。
「ていうか真下くんって意外と私の事好きだね?」
「……当たり前だろう。今更それを聞くのか貴様は」
「いや、だって。私の何がそんなに気に入ったの? 顔?」
「放っておくと野垂れ死にそうなところ」
「えっ何? 悪口じゃん」
「悪口じゃない。素直な印象だよ。仕方ないだろそういう性分なんだから。気付いていないかもしれないがな、貴様はたまに放っておくと野垂れ死にそうな顔をする。それをどうにかしようとしてるうちにこのザマだよ。全く最悪だ。俺はなんだってこんな面倒くさい女に惚れてるんだろうな」
「だから、そういうのを人は悪口って言うんだよ」
面倒くさい女、なんて言われてしまうのは心から不本意だった。腹立ちまぎれに、微かな力でその手をつねる。あからさまな舌打ち。のちにため息。素直になる呪いとやらでも、口の悪さと態度の悪さは直らないんだろうか。だけどそういう所も含め、私はこの人を大好きで仕方ないのだから手に負えない。だからこそ、細心の注意を払ってきたつもりだった。必要以上には踏み込まないし求めない。そのバランスを見誤らないように、日々私がどれだけ苦労していると思ってるんだろう、この人は。
「真下くんさあ」
「何だよ」
「よりによって私の事面倒くさい女だと思ってんの? 嘘でしょ、こんなに都合の良い女なのに?」
「どこがだよ」
「だ、だってそうじゃん。仕事と私どっちが大事? なんておかしな質問だってしないし、束縛だってしないし、放っておかれても文句言わないし、これのどこが面倒くさい女なの」
「だから、そういう所が最悪なんだよ」
「そういうとこって、どういうとこ」
「しらばっくれるのもいい加減にしろよ。何もかも一人で抱え込んで溜め込んで死にそうな面晒しやがって。いい加減に振り回されるこっちの身にもなってみろ。正直面倒くさいし生きた心地がしない」
「……、それは、別に」
軽い気持ちで食って掛かっただけなのに。不意打ちで後ろ暗い所をつつかれて、思わず言葉に詰まってしまった。うろうろと視線をさまよわせていたら、両手で頭を固定されて逃げ道を塞がれた。名前、と、名前を呼ばれて何だか泣きたくなる。「別に、何も抱え込んでなんかないよ」そう呟いた自分の声が、何とも言い訳めいたトーンで響いて動揺する。
抱え込んでなんかないし、死にそうな顔だってしてない。そんな風にならないように、私は慎重にバランスを取ってきた、筈だったのに。私より少しだけ低い体温。煙草の香りに低い声。意志に反して、私の身体はどうしたってそれに馴染もうとしてしまう。それを認めてしまうのが嫌だった。認めて、後戻りできなくなってしまうのが。
「大丈夫だよ、本当に。何も問題ない」
「へえ? 相変わらず嘘がへたくそだな」
性懲りもなく連ねる言葉はただ鼻で笑われた。ぼろぼろの嘘を重ねながら、無様な時間稼ぎを続けている。目の前の真下くんには、どこまで分かられてしまっているんだろう。考えたら泣きたくなる。こういうのが【野垂れ死にそう】なんていわれてしまう理由なんだろうか。
この場所に馴染んでしまうのが怖い。真下くんに触れられるたびに、名前を呼ばれるたびに、自分の形を思い出す。その声に定義されて、その手に縛られて、私はどこへも行けなくなる。それは多分いけない事なのだ。たった一人に執着して依存して、結局バランスを崩しかけている。それなのに、今まで見ない振りをしていた感情はすごい勢いで膨れ上がってしまう。一人になるのが恐い。置いていかれるのが恐い。いつか来るお別れの日に、笑って手を離せなくなりそうな自分が恐ろしい。
「大丈夫だよ。寂しくないしちゃんとやっていけるよ。真下くんがいなくなったって、私一人でちゃんと」真下くんにと言うより、自分に対して言い聞かせている。その時が来ても壊れてしまわないように。少し前までの頃の自分に、あっさりと戻ってしまえるように。
……だからこういうのに、慣れてはいけなかったはずなのに。心底うんざりしたようなため息が首筋に落ちる。舌打ちを漏らすその表情は、見なくたってありありと想像できる。骨ばった手に硬くて癖のある髪の毛。口の割に心配症で律義なところも、いっそ潔癖と言っていいくらいに自我を貫こうとするその性格も、この人の全部が大好きで愛おしい。好きで好きで大好きで、だから私は、時々自分を呪いたくなる。「好きだよ」、と言って、何だか泣きたくなって笑う。大好きだし愛してる。例えばこの人を、ずっと閉じ込めていたくなってしまうくらいには。
「はあ。だから何でそう、死にそうな声を出すんだよ。本当に面倒臭いな貴様は」
「死にそうな声なんて出してないよ。だから大丈夫だって。私は一人だってちゃんと」
「はは。往生際が悪いな、苗字名前」
「何がよ」
半ば強引にバランスを崩されてソフアに押し倒される。小さく息を飲む音は聞こえてしまっただろうか。灰ががった色の瞳が私を映して愉し気に笑う。その視線にくらくらした。嗜虐と愛情がまじりあった、酷く獰猛な視線の色。かすかに笑いを零して、真下悟が私に囁く。どこか陶然とした声色で。まるで呪いの言葉を吐くように、抗いがたいその声で。
「お前はここから逃げられない」
「……、っ、」
「俺はもうお前を逃がさない。苗字名前。貴様を【ここ】に縛り付けておくために、俺はどんな手段だって厭わない」
バランスを、崩してしまうのは困るのに。それなのにこの人は、躊躇なく私を突き落とす。ずぶずぶと体が沈みこんでいくような。真っ逆さまに奈落に落ちていくような。めまいに似たその感覚は、あっさりと私の脳みそを狂わせて麻痺させる。
何度も何度も名前を呼ばれて、そのたびに恐怖のような快感のような、おかしな感覚が体中を回る。無遠慮な視線が私を暴き立てて作り替える。肌に歯を立てられるその痛みすらも愛おしい。思考が、理性が、真っ白に塗りつぶされて快楽に変わる。醜い本音も隠していた感情も、何もかもが白日の下に晒されていくような錯覚。それは本当に錯覚だろうか。考えた瞬間にぐらぐらと脳みそが揺れた。
「名前」真下くんが、私の名前を呼ぶ。その声で私は、自分の輪郭を思い出す。酷くグロテスクな、脆弱な、理不尽な感情の入れ物。開いて暴いて蹂躙されて、こわい、と、呟いた声すらも飲み込まれる。「はは、可哀そうにな」彼が笑う。歌うみたいな声が囁く。「だが、きっと直に慣れる。苦痛も愛せば苦痛ではなくなるんだ」喉元に噛みつかれて、吐き出した息が震えた。喰われる。脳裏にそんな言葉が浮かんではちらつく。私の声も感情も。隠しておきたい何もかもをそっくりと飲み干して、真下くんは私に笑う。
「だから、お前の事も愛してやるよ。可哀想でかわいい、俺の名前」
……真下くんって、こういう時だけは意外と気障なのだ。それともこれも、【素直になる呪い】とやらのせいなんだろうか。愛してるとか好きだとか。かわいいとか好きだとか。普段言わないような甘ったるい言葉をすらすらと吐き出す彼は、最早呪いすらも逆手にとって私を虐めているようにしか見えなかった。……私の彼氏は本当に性格が悪い。諦めと愛おしさがまじりあったままそれだけ考えて、私は抵抗を放棄した。
八敷さんの言うとおりに思う存分いちゃついて数時間後。夜になる頃には、真下くんの呪いはすっかり解消されたようだった。つまり、全部丸く収まったってことなんだろう。そう思って喜んだのは、今になって思えば、フラグってやつだったのかもしれない。
……だって本当に大変な事になるのは、寧ろその後だったのだ。
▽
【呪い】の連鎖は止まらない。まるでどこぞの映画のキャッチコピーのような言葉が私に重くのしかかる。つまり、更に厄介な事が起きたのだ。その事に気付いたのは日曜の午前八時、玄関先で真下くんを見送ろうとした瞬間の事だった。基本的に仕事人間の真下くんは土日だって平気で家を空ける。昨日の出来事がイレギュラーなだけで、当然今週末だって真下くんは当たり前に仕事をしている予定だった。別にそれが寂しいとか、思っていた筈はない。四六時中彼氏と一緒に居たいなんて、そんな事考えたこともなかった。友達と遊ぶとか、一人で映画を見るとか、個人的な愉しみの手段ならいくつも持っているのだ。それなのに。
いってらっしゃい、と、言う前に何故か手が動いた。モスグリーンのコートの端っこを引っ張って、真下くんが振り向いたところを引っ張り寄せる。「行かないで」口走るその声が自分の物であることに気付いたのは数秒後の事だった。何だこれは。頭が働くよりも早く、催眠術みたいに口が動く。
「寂しい。行かないで。今日だけで良いからここに居て。いや違う、違わない。え、嘘。なにこれ」あまりの事態に足元がふらつく。距離を取ろう。そう思うのに体は離れてくれなくて、気が付いたら真下くんに抱き着くみたいな姿勢になっている。「噓でしょまさかそんな」昨日の八敷さんの言葉が、頭の中をぐるぐる回る。呪い。効果は二十四時間。素直じゃない人間を見ると放っておけない。怪異が満足するか呪いが誰かに移るかしたら、事象は解消する。
離れないと。確かにそう思うのに、身体が動いてくれないのだ。歯止めが利かないって、つまりそういう事か。昨日の真下くんの言葉の意味を朧げに理解する。「いや待って、嘘。真下くん動かないでこっち見ないで。ちょっと待って。だから待って、待ってってばひええ顔がいい」思考は駄々洩れ、言葉も駄々洩れ。私に何が起きているのかを察したんだろう。振り向いた真下くんが、何とも言えない顔で私を見つめてくる。
「……名前」
「違う、違う違う違う。そんなはずは」
「まあ、順当に考えたらそうなるよな。【素直じゃない人間だけに感染する呪い】が、俺にかかって貴様にはかからないというのは納得しがたい」
「やだ、やだやだやだ。違う。うそ、違わない。真下くん好き大好き、だから違うそうじゃない。仕事行って。いや行かないで。私なら大丈夫だから。嘘、本当は全然大丈夫じゃないここに居て」
「ああ、なるほどな。確かにこれは面白い」
「面白がるなんてひど、うう。笑った顔かっこいいだいすき可愛い」
「しかし、お前は本当に俺の事が好きだな」
「好きじゃ、な、……うう、だいすきあいしてる」
「知ってる」
確かにそれは呪いだった。真下くんのことなんか好きじゃない。苦し紛れにつこうとした嘘は、どうやっても言葉に出来なかった。これじゃあまるで拷問だ。苦しまぎれに噛んだ唇は指でこじ開けられて、黙秘権すら行使できなくなってしまう。
「全く厄介なことになったよなあ、可哀想に」笑みを含んだその声は、どうしたって意地悪くしか聞こえない。真下くんお仕事でしょ早く行きなよ。確かにそう思うのに、どうしてもそれが言葉に出来ない。にい、と、愉し気にゆがんだ瞳が私をのぞき込む。
「八敷によると、怪異を満足させれば呪いは消えるらしいが。簡単な話だ。要するに、そいつがうんざりするほどいちゃついてやればいい訳だから」
「ま、真下くん怖いよその顔。やめてこっち見ないで恥ずかしい死んじゃう」
「はは、落ち着けよ。この程度で死ぬ奴はいない。それに、たった二十四時間の我慢だ」
「ずるい! そっちだって昨日【こんな状態を他人に見せるくらいなら死んだ方がマシだ】って言ってたくせに」
「さあな、そんな昔の事覚えてる訳がないだろ。だが本当にすまないと思ってるよ、苗字名前。巻き込んで悪かったな。だからせめて、俺が責任を取ってやろう」
顔が熱い。耳も熱い。恥しさのあまりに耳鳴りがする。それなのに離れることも目を逸らすことも出来なかった。おでことまぶたとほっぺたに。子供をなだめるみたいに口づけてから、甘ったるい声が囁く。どこか陶然とした声色で。まるで呪いの言葉を吐くように、抗いがたいその声で。
「お望み通り傍に居てやるよ。お前が嫌になるほどずっとな」
……そこからたっぷり二十四時間。のろけてとろけていちゃついて、うんざりするほど愛し合って、確かに怪異は満足したらしかった。何がどうしたのかはよく分からないけど、とにかく事件は解決したらしい。「苗字さんが居てくれて本当に良かったよ」、と、生ぬるい声でお礼を言う八敷さんの事が正直恨めしかった。
こうして天国のような地獄のような週末は終わり、いつも通りの平日が幕を開ける。真下くんは相変わらずの仕事人間で、たまにしか部屋に帰ってこない。だけどあの日以来彼は、【ワークライフバランス】の一環として、二人きりの時は私を甘やかすことに決めたらしかった。ワークライフバランスという言葉の使用方法が絶対に間違っている。だけどそれを指摘したところで、涼しい顔で無視を決め込まれるだけなのだ。真下くんに徹底的に甘やかされて骨抜きにされて、私はどんどん駄目になる。こんなはずじゃなかったのに。だけど、抗ったところで結局流されて、気が付いたらずぶずぶの関係にはまり込んでしまっている自分に気付く。
……つまりこういうのって結局、好きになっちゃったほうが負けなんだろう。だとしたら最初から、私は真下悟にはかないっこないのだ。
「落ち着いて聞いてくれ。真下が怪異の影響で素直になった」
……は?
▽
「……つまりだな、この怪異は生前の天邪鬼な自分にコンプレックスを抱いていた。だから素直じゃない人間を見ると放っておけないらしいんだ。それで真下が呪いのターゲットになった」
「あっ、ちょっと何言ってるか分からないですね」
一報を受けて駆け付けた九条館。私を出迎えた八敷さんは顔いっぱいに悲壮な色を浮かべて、わけのわからない話を聞かせてくる。真下くんはと言えば、立派なテーブルの隅っこの方に突っ伏して頭を抱えていた。何やら面倒な事が起きているらしい。と、それだけは察したものの、全く状況がつかめない。要するに命に別状はないってことで良いんだろうか。とりあえず、「真下くん大丈夫?」と、呼びかけてみる。返事はない。代りに、「……うう」と、うめき声のようなため息のような声だけが聞こえた。そろりそろりと近づいて、恐る恐るその手に触れてみる。真下くんはびくりと体を震わせたけど、私をはねのける気はないみたいだ。
「ねえ、真下くん大丈夫?」
「……少なくとも体調に異変はない」
「でも一応病院行っとく? 大門先生なら何とかしてくれるかも」
「行かない。体に異変がない以上医療ではどうしようもないだろう。それにこんな状態をやつに見せるくらいなら死んだ方がましだ」
「ていうか、結局何なの? 何がどうなってるの? 素直になったってどういう事? それの何が問題なの?」
「名前」
唐突に名前を呼ぶ声は、どこか熱っぽい、ような気がした。するりと絡められた指先も、吐き出されたため息も、全部。諦めたように肩の力を抜いてから、彼はふらりと顔を上げる。それから唐突に一言。
「お前は本当に可愛いな」
「……は?」
「ああその顔だ、その鳩が豆鉄砲を食らったような間抜け面。俺は貴様のその顔が本当に好きだ、正直めちゃくちゃ興奮する」
「な、何か悪いモノでも食べたの真下くん!?」
「だからさっき八敷が言っただろう。人の話はきちんと聞け苗字名前。悪いモノを食べたんじゃない、おかしなモノに取りつかれたんだ。つまり残念な事に、今の俺は嘘が付けない。ああ全くついてない。これじゃあ調査にも支障を来す」
熱に浮かされたようにすらすらと語りだす唇。思わず離れようとした手は捕まえられて、ぎゅうぎゅうに握り込まれる。恋人繋ぎじゃん。こんな時なのにそんなことを考えてしまったのが、顔に出たんだろうか。「この程度で照れるとかガキかよ。くそ、可愛いな本当に。最悪だ」などと罵倒と悪態と甘ったるい言葉を一緒くたに投げられる。心底忌々しげな表情は何ともアンバランスだった。真下くんは舌打ちをして、「最悪だ」ともう一度繰り返す。
「最悪だ。思考も感情も何もかも駄々洩れでたまったもんじゃない。そもそも何で俺なんだ。憑り付くならそっちのおっさんに行けばいいだろうがふざけんな」
「……真下。俺はまだおっさんというほどの年では、」
「やかましい黙れおっさん。いい年して不摂生ばかりしやがっていい加減にしろ。貴様の事は仕事相手としては信頼している。だがそういう所が耐え難いんだよ。せめて夜くらいは玄関のカギをかけろ。コーヒーに砂糖を九つも入れるな。部屋の空気の入れ替えをしろ。せめて一日一回は外に出ろ。夜は九時までに寝て朝は八時までに起きて規則正しい食事をしろ。毎日毎日ゾンビみたいな顔色をしやがって。こっちはいつだって貴様が倒れやしないかってひやひやしてるんだよクソが。それにしても何だって俺がこんな万年不健康中年の心配なんぞをしてやらないといけないんだ」
……つまり、そういう事らしかった。
何らかの超常現象的な力で、今の真下くんは本心がだだもれ状態になっているらしい。呪いの効果はおおよそ24時間。だけど、その前に怪異が満足するか呪いが誰かに移るかしたら、事象は解消するだろう。というのが、八敷さんの見立てだった。
「だから悪いけど、とりあえずこいつを連れて帰ってやってくれないか。このままで調査続行は無理だろうから」
「で、でも連れて帰ったところでどうしようも」
「いや、やりようはあるんだ。聞いてくれ。この怪異は生前に恋人に対して素直になれないまま死んだことを悔やんでいるんだよ。だからこんな呪いをかけるんだ。つまりだ、分かるだろ苗字さん」
「分からない、私には八敷さんの言うことが一切分からない」
「怪異が消滅するには救済が必要なんだよ。魂の救済が。分かってくれ苗字さん。こいつは恋人に対して素直になれず思う存分いちゃつけなかった事を悔やんだまま」
「八敷、貴様さっきから随分と馴れ馴れしく俺の恋人の名前を呼ぶな」
「ああもうややこしくなるから真下くんは黙ってて」
思わずその口を手で塞ぐ。最悪だ。私の掌の下、真下くんの唇が言葉をかたどる。私も同感だった。全くもって、最悪の状況だった。何が最悪かって、八敷さんの奥歯にものが挟まったような物言いで、どうすればこの状況が解消されるのかうっすらと理解してしまったことだ。生ぬるい視線が、私と真下くんに降り注ぐ。「君がいてくれて本当に良かった」その言葉になんと返したものかもわからない。だけど、いまだに納得のいかない私を置き去りにして、真下くんは何らかの覚悟を決めたらしかった。ゆらり。全身から殺気を漂わせながら立ち上がった彼が、八敷さんをにらみつける。「つまり八敷、貴様はこう言いたい訳か」いつも通りの感情を抑えた声。それなのに、その口から発する言葉だけが余りにも不釣り合いに素直だ。
「俺がこの女と四六時中のろけてとろけていちゃついて、阿呆のような会話を垂れ流しまくることで怪異が満足すると」
「のろけ……、まあ、そういう事だな。お前少し休んだ方がいいぞ。幾ら何でも仕事のしすぎだ。だからワークライフバランスってやつを取った方が。丁度いいじゃないか、たまの休暇だと思って彼女とゆっくりしたら」
「八敷一男」
「うん?」
「貴様面白がってやがるだろ、顔に書いてあるんだよ少しは隠せ」
「……、いや済まないと思ってるよ。だがまさか怪異がお前を好むなんて思わなくて」
「白々しい事を言いやがって。顔が笑ってんだよおっさん」
のろけてとろけていちゃついて。
とても真下くんの口から出たとは思えない破壊力のある言葉が、頭の中をぐるんぐるんと回る。真下くんはひとしきり八敷さんを罵ってから舌打ちを零し、再び私に向き直る。「悪いな、名前」妙に素直な謝罪の言葉。口調と態度の割には、真下くんは意外と素直にごめんなさいが言える人なのだ。真下くんのそういう、意外ときちんとしたところが私は好きだ。だけど勿論、そんな感想を呑気に言っているような状況ではなかった。ふと真上から影がかかる。するりと頬を撫でる手に促されて上を向いた。いつも通りの無表情。あれ、近くない? なんて思う間もなく、
ちゅ、なんて可愛らしい音とともに、唐突に唇が重なって、すぐに離れた。
「……真下お前な。確かに恋人といちゃいちゃしろと言ったのは俺だが、それはないだろう。せめて家に帰ってからにしたらどうだ。お前はともかく苗字さんの身にもなれよ」
「やかましい。言われなくたって帰ってやるよ。折角の週末を貴様なんぞに邪魔されたら溜まったもんじゃない。ああ上等だ、貴様の言うとおりにのろけてとろけていちゃついてやるさ。だが八敷、貴様これで済むと思うなよ。こんな下らない案件にこいつを巻き込んだ責任は取ってもらうからな」
いつも通りの会話、の、中に二つ三つくらい変な言葉が混じっている。他人事のように思う。何だこの状況は。二人の声が妙に遠くで聞こえた。ふらふらとその場から離れようとしたら逆に体を捕まえられて、真下くんの方に引き寄せられる。
「……ねえ、真下くん。今私に何した?」呟いた言葉には、「悪いな」と開き直ったような謝罪だけが返って来る。ぎゅうぎゅうに握り込まれた手がじわじわと温度を上げていく。「詳しい事は後でもう一度説明してやるが」距離が、距離が近い。想像よりもずっと近くで聞こえる声に気を失いそうだった。ひぇ、と、口から洩れた声は鼻で笑われ、更に、「はは。かわいい」などとなれない言葉までくっついてくる。耳元で、熱に浮かされたみたいな声が囁く。「つまり、そういう事なんだよ苗字名前。悪いが諦めろ。怪異の救済とやらのために、俺は貴様と四六時中いちゃつく必要がある」
……そこから何をどうやって、家まで帰りついたのかは記憶が曖昧だ。面白半分、同情半分の八敷さんに見送られ(笑いをこらえたような顔で「君には本当に悪いと思ってる」と謝られたのは忘れられない)、真下くんに手を引かれ車に放り込まれ、九条館を後にした。いつも通りにきっちりしっかり安全運転だった辺り、呪いとやらの影響は本当に限定的な様だ。そして帰宅して、今。死ぬほど気恥しい空気の中、久々に二人きりの週末が幕を開けようとしていた。
「……ま、真下くんさあ」
「何だその声は。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「だから、近いよちょっと。離れてくんない」
「はあ。俺だってそうしてやりたいのは山々だが歯止めが利かない。それに離れたら意味がないだろう。そもそも俺はお前といちゃつくためにこうしてるんだから」
「いちゃ、……ねえ、ほんとにその切り替えの早さ何なの? さっきまでそんなんじゃなかったじゃんいきなり何なの?」
「ああどうも。切り替えが早いのは我ながら美点だと思ってる。呪いとやらをどうにかする方法がこれしかないなら、うだうだ言うのは時間の無駄だと判断した」
「……うう。それは、まあ、そうかもしれないけど」
「は、相変わらず随分と可愛らしいことで。いい加減そっちが慣れてくれよ、思春期のガキじゃあるまいし」
「ねえ今ちょっと馬鹿にしたでしょ分かるんだからねそういうの、ほんとにそういうとこ感じ悪いよ真下くん」
「可哀そうにな。それでも、お前はその感じが悪い男の事を好きで好きで堪らないんだもんな?」
「くっ……そうだよその通りだよ」
デリカシーのなさがすごい。性格が悪いよ真下くん。悔し紛れについた悪態は鼻で笑われた。最悪だ。呟いたら、大きな手が私の髪の毛を撫でる。「可哀そうにな」と私を憐れむようなことを言いながら、この人がしている事ときたら何なのか。小さいソファの上は逃げ場がなくて、それでこんなことになっている。逃げる間もなくあっさりと追い詰められ捕まえられ、結果、抱きしめられるみたいな体制で密着したまま、まるでバカップルみたいな会話を続けている。
「で、結局なんでこんなんなっちゃったの。真下くんは」
「……安岡のバアサンの依頼で八敷と調査に行ったらおかしなモノに憑り付かれた。どうも過去に複数名がこいつに呪われて、禄でもない目に遭っているらしい。まあ具体的な内容は守秘義務で言えないが」
「……あのさ、ほんとに仕事選ばないよね真下くん」
「やかましい。あの時は割のいい仕事だと思ったんだよ。だがこれでも、貴様には悪いと思ってる。妙な事に巻き込んですまないな」
「……、いや、それはまあ、いいけど。真下くんが私に頼る事なんてあんまりないから、ちょっと嬉しいよ」
「お前、こういう時は妙に殊勝な事を言うよな」
「だって本当の事だから。それに、八敷さんの言う通りちょっと面白いし。真下くんが素直なことなんて滅多にないから」
「はあ。俺としてはずっと素直に生きてきたつもりなんだがな。だからこの状況は非常に不本意だ。素直じゃない人間だけに感染する呪いに、よりによって何で俺がかかるんだ」
「多分だけどそういうとこだよ真下くん」
「ふん」
心底うんざりしたような声がかわいい。そう思ってしまうのが、つまり、惚れた弱みというやつなんだと思う。真下くんは口が悪い。そのうえ、基本的に自分勝手だし仕事人間だし、滅多に家にだって帰ってこない。それなのに私ときたら相変わらず真下くんの事が好きすぎて、終始振り回されているような気がしている。
……結局、好きになった方が負けなのだ。つまり最初からずっと、私は負けている。こういう時になると毎回考えることを今回も考えて、諦めが付いたら体の力も抜けていく。寄りかかった体の、筋肉質な感触。真下くんが私の髪を撫でるので、お返しに私も真下くんの髪を撫でたりなんかしてみる。癖のある髪の毛の手触りが愛しい。態度も目つきも悪い癖に。口を開けば皮肉と嫌味ばかりの癖に。それでもこういう時に頭を撫でさせてくれる当たり、本人の言う通り真下くんは意外と素直だ。「……前から聞いてみたかったんだけど」返事の代わりにため息が、耳元に落ちてくる。
「真下くんさあ、私に撫でられるの結構好きだよね」
「……心から不本意だが正直嫌いじゃない」
「嫌いじゃないなら、好きなんじゃないの」
「はあ。そうだよ好きだよ最悪な事に。だから不本意なんだよこんなのは。刑事やってた頃は恋人といちゃつく暇があるなら仕事しろなどと部下に説教してた癖によりによって自分がこのザマだよ笑えよ」
「ねえ真下くん。ワークライフバランスって言葉知ってる?」
「その件については丁度今この瞬間に強烈に考えさせられてるよ。俺は一体どこで道を踏み外したんだろうな。ワークライフバランスを怠ったせいか?」
「かもね。まあ、私としては面白いから良いけどさ。一緒に居られるのも久しぶりだし」
「……い」
「うん? 何て?」
「……最悪なことに俺にとってもこの状況は悪くないんだよ。悪くないどころか寧ろ嬉しい。ああ最悪だ」
苦虫を嚙み潰したような顔で放たれる唐突な殺し文句。……呪いって怖いな。照れ隠しに真下くんの頭を撫で繰り回す。これだけ無遠慮に触れてもはねのけられないのだから、確かに私は彼に気を許されているのかもしれなかった。恥ずかしいような嬉しいような、やっぱり恥ずかしいような。色々な感情が入り混じって、結果、私まで妙な事を口走ってしまう。
「ていうか真下くんって意外と私の事好きだね?」
「……当たり前だろう。今更それを聞くのか貴様は」
「いや、だって。私の何がそんなに気に入ったの? 顔?」
「放っておくと野垂れ死にそうなところ」
「えっ何? 悪口じゃん」
「悪口じゃない。素直な印象だよ。仕方ないだろそういう性分なんだから。気付いていないかもしれないがな、貴様はたまに放っておくと野垂れ死にそうな顔をする。それをどうにかしようとしてるうちにこのザマだよ。全く最悪だ。俺はなんだってこんな面倒くさい女に惚れてるんだろうな」
「だから、そういうのを人は悪口って言うんだよ」
面倒くさい女、なんて言われてしまうのは心から不本意だった。腹立ちまぎれに、微かな力でその手をつねる。あからさまな舌打ち。のちにため息。素直になる呪いとやらでも、口の悪さと態度の悪さは直らないんだろうか。だけどそういう所も含め、私はこの人を大好きで仕方ないのだから手に負えない。だからこそ、細心の注意を払ってきたつもりだった。必要以上には踏み込まないし求めない。そのバランスを見誤らないように、日々私がどれだけ苦労していると思ってるんだろう、この人は。
「真下くんさあ」
「何だよ」
「よりによって私の事面倒くさい女だと思ってんの? 嘘でしょ、こんなに都合の良い女なのに?」
「どこがだよ」
「だ、だってそうじゃん。仕事と私どっちが大事? なんておかしな質問だってしないし、束縛だってしないし、放っておかれても文句言わないし、これのどこが面倒くさい女なの」
「だから、そういう所が最悪なんだよ」
「そういうとこって、どういうとこ」
「しらばっくれるのもいい加減にしろよ。何もかも一人で抱え込んで溜め込んで死にそうな面晒しやがって。いい加減に振り回されるこっちの身にもなってみろ。正直面倒くさいし生きた心地がしない」
「……、それは、別に」
軽い気持ちで食って掛かっただけなのに。不意打ちで後ろ暗い所をつつかれて、思わず言葉に詰まってしまった。うろうろと視線をさまよわせていたら、両手で頭を固定されて逃げ道を塞がれた。名前、と、名前を呼ばれて何だか泣きたくなる。「別に、何も抱え込んでなんかないよ」そう呟いた自分の声が、何とも言い訳めいたトーンで響いて動揺する。
抱え込んでなんかないし、死にそうな顔だってしてない。そんな風にならないように、私は慎重にバランスを取ってきた、筈だったのに。私より少しだけ低い体温。煙草の香りに低い声。意志に反して、私の身体はどうしたってそれに馴染もうとしてしまう。それを認めてしまうのが嫌だった。認めて、後戻りできなくなってしまうのが。
「大丈夫だよ、本当に。何も問題ない」
「へえ? 相変わらず嘘がへたくそだな」
性懲りもなく連ねる言葉はただ鼻で笑われた。ぼろぼろの嘘を重ねながら、無様な時間稼ぎを続けている。目の前の真下くんには、どこまで分かられてしまっているんだろう。考えたら泣きたくなる。こういうのが【野垂れ死にそう】なんていわれてしまう理由なんだろうか。
この場所に馴染んでしまうのが怖い。真下くんに触れられるたびに、名前を呼ばれるたびに、自分の形を思い出す。その声に定義されて、その手に縛られて、私はどこへも行けなくなる。それは多分いけない事なのだ。たった一人に執着して依存して、結局バランスを崩しかけている。それなのに、今まで見ない振りをしていた感情はすごい勢いで膨れ上がってしまう。一人になるのが恐い。置いていかれるのが恐い。いつか来るお別れの日に、笑って手を離せなくなりそうな自分が恐ろしい。
「大丈夫だよ。寂しくないしちゃんとやっていけるよ。真下くんがいなくなったって、私一人でちゃんと」真下くんにと言うより、自分に対して言い聞かせている。その時が来ても壊れてしまわないように。少し前までの頃の自分に、あっさりと戻ってしまえるように。
……だからこういうのに、慣れてはいけなかったはずなのに。心底うんざりしたようなため息が首筋に落ちる。舌打ちを漏らすその表情は、見なくたってありありと想像できる。骨ばった手に硬くて癖のある髪の毛。口の割に心配症で律義なところも、いっそ潔癖と言っていいくらいに自我を貫こうとするその性格も、この人の全部が大好きで愛おしい。好きで好きで大好きで、だから私は、時々自分を呪いたくなる。「好きだよ」、と言って、何だか泣きたくなって笑う。大好きだし愛してる。例えばこの人を、ずっと閉じ込めていたくなってしまうくらいには。
「はあ。だから何でそう、死にそうな声を出すんだよ。本当に面倒臭いな貴様は」
「死にそうな声なんて出してないよ。だから大丈夫だって。私は一人だってちゃんと」
「はは。往生際が悪いな、苗字名前」
「何がよ」
半ば強引にバランスを崩されてソフアに押し倒される。小さく息を飲む音は聞こえてしまっただろうか。灰ががった色の瞳が私を映して愉し気に笑う。その視線にくらくらした。嗜虐と愛情がまじりあった、酷く獰猛な視線の色。かすかに笑いを零して、真下悟が私に囁く。どこか陶然とした声色で。まるで呪いの言葉を吐くように、抗いがたいその声で。
「お前はここから逃げられない」
「……、っ、」
「俺はもうお前を逃がさない。苗字名前。貴様を【ここ】に縛り付けておくために、俺はどんな手段だって厭わない」
バランスを、崩してしまうのは困るのに。それなのにこの人は、躊躇なく私を突き落とす。ずぶずぶと体が沈みこんでいくような。真っ逆さまに奈落に落ちていくような。めまいに似たその感覚は、あっさりと私の脳みそを狂わせて麻痺させる。
何度も何度も名前を呼ばれて、そのたびに恐怖のような快感のような、おかしな感覚が体中を回る。無遠慮な視線が私を暴き立てて作り替える。肌に歯を立てられるその痛みすらも愛おしい。思考が、理性が、真っ白に塗りつぶされて快楽に変わる。醜い本音も隠していた感情も、何もかもが白日の下に晒されていくような錯覚。それは本当に錯覚だろうか。考えた瞬間にぐらぐらと脳みそが揺れた。
「名前」真下くんが、私の名前を呼ぶ。その声で私は、自分の輪郭を思い出す。酷くグロテスクな、脆弱な、理不尽な感情の入れ物。開いて暴いて蹂躙されて、こわい、と、呟いた声すらも飲み込まれる。「はは、可哀そうにな」彼が笑う。歌うみたいな声が囁く。「だが、きっと直に慣れる。苦痛も愛せば苦痛ではなくなるんだ」喉元に噛みつかれて、吐き出した息が震えた。喰われる。脳裏にそんな言葉が浮かんではちらつく。私の声も感情も。隠しておきたい何もかもをそっくりと飲み干して、真下くんは私に笑う。
「だから、お前の事も愛してやるよ。可哀想でかわいい、俺の名前」
……真下くんって、こういう時だけは意外と気障なのだ。それともこれも、【素直になる呪い】とやらのせいなんだろうか。愛してるとか好きだとか。かわいいとか好きだとか。普段言わないような甘ったるい言葉をすらすらと吐き出す彼は、最早呪いすらも逆手にとって私を虐めているようにしか見えなかった。……私の彼氏は本当に性格が悪い。諦めと愛おしさがまじりあったままそれだけ考えて、私は抵抗を放棄した。
八敷さんの言うとおりに思う存分いちゃついて数時間後。夜になる頃には、真下くんの呪いはすっかり解消されたようだった。つまり、全部丸く収まったってことなんだろう。そう思って喜んだのは、今になって思えば、フラグってやつだったのかもしれない。
……だって本当に大変な事になるのは、寧ろその後だったのだ。
▽
【呪い】の連鎖は止まらない。まるでどこぞの映画のキャッチコピーのような言葉が私に重くのしかかる。つまり、更に厄介な事が起きたのだ。その事に気付いたのは日曜の午前八時、玄関先で真下くんを見送ろうとした瞬間の事だった。基本的に仕事人間の真下くんは土日だって平気で家を空ける。昨日の出来事がイレギュラーなだけで、当然今週末だって真下くんは当たり前に仕事をしている予定だった。別にそれが寂しいとか、思っていた筈はない。四六時中彼氏と一緒に居たいなんて、そんな事考えたこともなかった。友達と遊ぶとか、一人で映画を見るとか、個人的な愉しみの手段ならいくつも持っているのだ。それなのに。
いってらっしゃい、と、言う前に何故か手が動いた。モスグリーンのコートの端っこを引っ張って、真下くんが振り向いたところを引っ張り寄せる。「行かないで」口走るその声が自分の物であることに気付いたのは数秒後の事だった。何だこれは。頭が働くよりも早く、催眠術みたいに口が動く。
「寂しい。行かないで。今日だけで良いからここに居て。いや違う、違わない。え、嘘。なにこれ」あまりの事態に足元がふらつく。距離を取ろう。そう思うのに体は離れてくれなくて、気が付いたら真下くんに抱き着くみたいな姿勢になっている。「噓でしょまさかそんな」昨日の八敷さんの言葉が、頭の中をぐるぐる回る。呪い。効果は二十四時間。素直じゃない人間を見ると放っておけない。怪異が満足するか呪いが誰かに移るかしたら、事象は解消する。
離れないと。確かにそう思うのに、身体が動いてくれないのだ。歯止めが利かないって、つまりそういう事か。昨日の真下くんの言葉の意味を朧げに理解する。「いや待って、嘘。真下くん動かないでこっち見ないで。ちょっと待って。だから待って、待ってってばひええ顔がいい」思考は駄々洩れ、言葉も駄々洩れ。私に何が起きているのかを察したんだろう。振り向いた真下くんが、何とも言えない顔で私を見つめてくる。
「……名前」
「違う、違う違う違う。そんなはずは」
「まあ、順当に考えたらそうなるよな。【素直じゃない人間だけに感染する呪い】が、俺にかかって貴様にはかからないというのは納得しがたい」
「やだ、やだやだやだ。違う。うそ、違わない。真下くん好き大好き、だから違うそうじゃない。仕事行って。いや行かないで。私なら大丈夫だから。嘘、本当は全然大丈夫じゃないここに居て」
「ああ、なるほどな。確かにこれは面白い」
「面白がるなんてひど、うう。笑った顔かっこいいだいすき可愛い」
「しかし、お前は本当に俺の事が好きだな」
「好きじゃ、な、……うう、だいすきあいしてる」
「知ってる」
確かにそれは呪いだった。真下くんのことなんか好きじゃない。苦し紛れにつこうとした嘘は、どうやっても言葉に出来なかった。これじゃあまるで拷問だ。苦しまぎれに噛んだ唇は指でこじ開けられて、黙秘権すら行使できなくなってしまう。
「全く厄介なことになったよなあ、可哀想に」笑みを含んだその声は、どうしたって意地悪くしか聞こえない。真下くんお仕事でしょ早く行きなよ。確かにそう思うのに、どうしてもそれが言葉に出来ない。にい、と、愉し気にゆがんだ瞳が私をのぞき込む。
「八敷によると、怪異を満足させれば呪いは消えるらしいが。簡単な話だ。要するに、そいつがうんざりするほどいちゃついてやればいい訳だから」
「ま、真下くん怖いよその顔。やめてこっち見ないで恥ずかしい死んじゃう」
「はは、落ち着けよ。この程度で死ぬ奴はいない。それに、たった二十四時間の我慢だ」
「ずるい! そっちだって昨日【こんな状態を他人に見せるくらいなら死んだ方がマシだ】って言ってたくせに」
「さあな、そんな昔の事覚えてる訳がないだろ。だが本当にすまないと思ってるよ、苗字名前。巻き込んで悪かったな。だからせめて、俺が責任を取ってやろう」
顔が熱い。耳も熱い。恥しさのあまりに耳鳴りがする。それなのに離れることも目を逸らすことも出来なかった。おでことまぶたとほっぺたに。子供をなだめるみたいに口づけてから、甘ったるい声が囁く。どこか陶然とした声色で。まるで呪いの言葉を吐くように、抗いがたいその声で。
「お望み通り傍に居てやるよ。お前が嫌になるほどずっとな」
……そこからたっぷり二十四時間。のろけてとろけていちゃついて、うんざりするほど愛し合って、確かに怪異は満足したらしかった。何がどうしたのかはよく分からないけど、とにかく事件は解決したらしい。「苗字さんが居てくれて本当に良かったよ」、と、生ぬるい声でお礼を言う八敷さんの事が正直恨めしかった。
こうして天国のような地獄のような週末は終わり、いつも通りの平日が幕を開ける。真下くんは相変わらずの仕事人間で、たまにしか部屋に帰ってこない。だけどあの日以来彼は、【ワークライフバランス】の一環として、二人きりの時は私を甘やかすことに決めたらしかった。ワークライフバランスという言葉の使用方法が絶対に間違っている。だけどそれを指摘したところで、涼しい顔で無視を決め込まれるだけなのだ。真下くんに徹底的に甘やかされて骨抜きにされて、私はどんどん駄目になる。こんなはずじゃなかったのに。だけど、抗ったところで結局流されて、気が付いたらずぶずぶの関係にはまり込んでしまっている自分に気付く。
……つまりこういうのって結局、好きになっちゃったほうが負けなんだろう。だとしたら最初から、私は真下悟にはかないっこないのだ。