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思えば年明けからずっと、ついていなかったのだ。おみくじは大凶、出かければ必ず大雨、星占いではいつも最下位。合コンに行けば惨敗、ようやくできた彼氏は妻帯者、その次の彼氏はギャンブル狂い、次の次の彼氏は束縛症、次の次の次の彼氏は、……ええと何だっけ。もう忘れちゃった。そんなこんなで振られるのももう七人目。そんなことを愚痴ったら、「それってさ、日ごろの行いが悪いせいなんじゃないの。もしくは星の巡りがわるいとか」などと友達に言われ、「占いでもしてみたら」と誘われた。何でも大人気の占い師、予約が取れないことで有名なエミール・アントワーヌ・シェラザード安岡こと安岡とわこ先生のキャンセル待ち抽選に当選したらしい。
で、今日。一緒に行くはずだった友人にドタキャンされたので一人で占いを受けに行った。テレビに出ている人に会うのは初めてだから、これは結構楽しかった。人気占い師だけあって安岡先生はお話が上手かった。悩み事に困り事に願い事。物の見事に乗せられて、私は余計な事まで話したのだろう。彼氏に振られまくった事とか。最近起きている、ごくごく小さな悩みごとの事とか。どういう流れでそうなったのかは分からない。最近身近に起こったちょっとした怖い話を口にした途端、安岡先生は顔色を変えた。お祓い、行った方がいいですかね。聞いてみたら即座に否定された。「こんなもの相手にしてくれる神社なんてどこにもなくってよ。死にたくないなら早く何とかしないと」そう言って彼女はさっさとタクシーを手配して、このおかしな事務所まで私を引きずってきたのだった。「安心して頂戴ね、こういう時にうってつけの方がいるのよ」と先生は言った。それはつまり、霊能者とか、祈祷師とかそういう類の人なんだろうか。なんだかちょっと、変なことになってきちゃったな。なんて、怖いモノ半分で呑気に考えて、ドアを開けてみたらこれだよ。バイトっぽい男の子に案内されて殺風景なブースに通されて、待つこと数分後。
「おいバアサン。来るときは電話しろといつも言ってるだろ」
聞き覚えのある声に耳を疑った。でもそういえば、扉に「真下探偵事務所」って書いてあった、ような。思いながら、顔を出した人物をただ見つめる。くたびれたジャケットに、適当に結んだネクタイ。相変わらずぼさぼさの髪の毛は寝ぐせなのかセットなのかいまいち判別がつかない。だけど見間違いでもなんでもなく、そこにいたのは彼だった。
「ま、……したくん、じゃん。やだ何してんのこんなとこで。仕事は? 警察辞めて転職したの?」
思わず口から出てしまった言葉をどう勘違いしたのか、隣の安岡先生が華やいだ声を上げる。
「あらま、もしかしてそういう事だったの? 真下さんたら、意外と隅に置けないのねえ。ふふ、若いっていいわあ」
「違う」
「いやだわ良いのよ照れなくて。見るからにアナタ達相性良さそうだもの。お付き合いして長いんでしょ? 空気で分かるのよこういうの」
「違うそうじゃない話を聞けバアサン俺とこの女は」
どうしてこんなことになったのか。さっきからぐるぐると考えているけど、まるで答えが出ないのだ。私はただ、占いに行っただけなのに。聞かれるままに質問に答えただけなのに。私の何が悪いのか。寂しくて男をとっかえひっかえした事か、ごみの分別を怠ったことか、単純に勤務態度が悪かったことか、もしくはそれら全てか。悔やんだところで、起こってしまったことはしかたない。という訳で、今私は殺風景な探偵事務所にて、えらく目つきの悪い20代男性(本名は真下悟くん27さいだ)と向き合う羽目になったのだった。
「へえ、あくまでもシラを切るってこと。いいわ、じゃあ真下さんじゃなくて貴方に聞くから。ね、教えて頂戴。この方と貴方はどういう関係なの?」
嬉々とした声が、私に問いかける。机を挟んで向い、真下くんは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。絶対余計な事を言うな、と彼の目が私に訴えかける。から、分かってるよちゃんと、と視線で返す。伝わったかどうかは分からないけど。左隣からの安岡先生の視線を、受け流しながら瞬きを繰り返す。目の前の緑茶を一息に飲み干す。なんとなく、おしぼりで手を拭いてみる。意味のない動きを繰り返しながら考えている。私と真下くんの、関係について。
「私たち、の、関係。関係は、……ええと」だけど、大した答えは出そうもなかった。だって私と真下くんは本当に、オツキアイ、とかそういうのじゃないのだ。私は彼の事をそこまで知らない。彼も私の事なんて、知ったこっちゃないだろう。でも体の関係は持ったことがある。「もう会わない」というメモだけを残してふっつり連絡が途絶えたのは、数か月ほど前だっただろうか。これっきりなのかなあなんて考えていたら、唐突に真下くんは帰ってきた。そしてたまに、うちにご飯を食べに来るようになった。そういうのを一番ふさわしい言葉にするなら、元セフレ、ということになるのかもしれなかった。つまり私と真下くんは、お互いにとって身体目当ての爛れた関係だったのだ。それが最近では、駄菓子屋のおばちゃんとおばちゃんに餌付けをされている野良猫、のような関係に進化した。この関係に名前を付けるなら、元セフレ現ペット、あたりが最適解と言える。だけど勿論、このお上品なおば様に向かってそんなことを言う勇気なんてない。
「えっと、真下くん、は、その。なんていうか」
ええ、教えて?と、鷹揚な声。知り合い。同級生。お友達。いくつか選択肢が浮かんでくる。正確で、かつなるべく健全っぽいやつがいい。口の中で言葉を転がして、吟味して吟味して吟味して、結局。
「強いて言えば、…………【元】お友達、……です、かね」
ふざけるなよ貴様。彼の口が、そうつぶやいた気がした。それで、私が何かをしくじった事を悟る。
「まあ。貴方にもお友達と呼べる人がいたのねぇ、真下さん」先生の余計すぎる言葉がとどめとなり、気まずい沈黙が戻って来た。……口を開けば皮肉と嫌味、触れる物みな傷つける切れたナイフ。周りからはきっとそう呼ばれているに違いない、そんな真下くんに友達っているんだろうか。いるんだろうな。真下くんはこれで意外と優しいし結構顔も良いし、まともなところもあるのだから。半ば現実逃避のようにそんなことを考える。当の真下くんと言えば、人の一人や二人殺しそうな顔で私を見つめ、それから思いっきり舌打ちを放った(まともなところもある、という評価は取り消すことにする)。だってお友達以外に言いようがないでしょ。もう一度目で訴えかけてみたけれど、通じたかどうかは分からない。
部屋の温度が急降下している気がした。彼の手がふらふらと煙草を探しかけてから止まる。ふー、と、重い重いため息。それから。
「……ふん。まあ、いい」数秒の後、彼はいつものあの、人を馬鹿にしたような薄ら笑いでこっちに向き直る。
「それじゃあ、苗字名前。改めて相談内容を聞こうじゃないか。安心しろよ、【オトモダチ価格】にしておいてやるから」
▽
「知らない人がね、名前さんいますかって来るの。職場でも家でもホテルでも関係なく。で、呼ばれて出て行って、そこで記憶が途切れるんだよね。いつも気が付いたら一人になってる。来るのは男の人の時も、女の人の時もあった。ような、気がする。ストーカーかなって思ったから、一応お巡りさんには相談したよ。事件性はないって言われたけどね。それで病院に行ったら、ストレスですねって睡眠薬貰えた。一応証拠もあるんだよ、職場の人が何回か呼び出しの電話取ってるから。お化けにしても妙なんだよね。夜だけじゃなくて、昼間でも朝でも来る。誰が来たのかはわからない。何を言われてるのかもわからない。でも絶対知らない人。最初は月二回くらいだったかなあ、今は三日に一度くらい来るけど。ああでも真下くんと居る時は来たことないかもね。なんでだろ。ねえやっぱお祓い行った方がいいかなあ。どう思う真下くん」
「……、いつからそれは始まった?」
「さあ、気にしてなかったから分かんないな。前の前の前の田代君の時だったかな。いや、赤黒田さんの時だったような。とりあえずここ半年くらいだったと思うけど」
「貴様相変わらず節操がないな」
「真下くんこそ相変わらず口が悪いよね。私のは節操がないんじゃなくて、ときめきに生きてるって言うんだよ」
「ああよく知ってるよ。その手の事件ならうんざりするほど扱ってきた。大抵は悲劇のヒロイン気取りのバカ女が自殺未遂を起こして終わる」
「ねえ先生今の聞きました? この人ほんとやばくないです? いつか痛い目見ろって思いません?」
「ええ。本当に、いいわね若いって。でも痴話げんかは後にして。今は話を進めた方が良いんじゃないこと?」
「……、………そうですね」
さっきまであんなに良い笑顔で、私たちの関係を問いただしていた人の発言とは思えない。会話が途切れた瞬間に、さっきまでのどこか軽い空気も消えてしまっていた。「忌まわしいことよ、それは」先生の言葉に曖昧な相槌を打つ。自分の身に起こっている事なのにいまいち現実感がない。真下くんには「何で今まで言わなかった?」と聞かれて言葉につまった。理由もなくうろたえたのは、先生に怒られている生徒みたいな気持ちになったからかもしれない。「何で言わなかった。俺は定期的に部屋を訪ねていただろう。何か変わったことがないかと聞いたはずだ」思いのほか真剣な声に、つられてこっちまで不安になる。
「や、だって……、なんか真下くんと私って、そういうのじゃないなって。ていうかこれってそんなにまずいことなの? 今のところ別に実害ないよ?」
「は、そこまで思慮が浅いとは恐れ入ったよ。節操がない上に徹底的に危機感が足りない。言っておくがな、犯罪に巻き込まれて真っ先に死ぬのは貴様のような人間だぞ」
「前々から思ってたけど、真下くんって悪口の時だけ語彙力すごくない? なんなの?」
【苦虫を嚙み潰したような顔】のお手本のような表情で、再び真下くんが舌打ちをする。会話が途切れるのが嫌だから、とりあえず「ねえ【オトモダチ料金】って具体的に幾らぐらいなのか見積もってよ」と聞いてみた(そして普通に無視された)。安岡先生まで張りつめた顔をするものだから、柔かくなりかけた空気がまた重くなっていく。そりゃ、気味が悪いと言えば気味が悪いけど。だとしても、命にかかわるような現象ではないはずだ。そう自分に言い聞かせながら、内心の不安が増していく。それもこれも、真下くんがいつにもまして深刻そうな顔をするせいだ。いつもみたいに鼻で笑ってくれたら、それで済んだはずなのに。窓の外のどんよりした曇り空が、不安な気持ちを余計に膨らませていく。
「……、確かに、警察が扱えるヤマじゃないかもな。良いかよく聞け。過去に同じ様な相談を持ってきた人間が二人居た。そいつらがな、昨日遺体で見つかってるんだよ。見つかったのはH城樹海。死因は不明だが、遺体の横に遺書が落ちてた。大方自殺で片付けられるだろうよ。奴らとは数週間前から連絡が途絶えていたから、何が起こったのかは俺も知らん。だが死ぬ前に、連中はご丁寧に俺に留守電を残した。何かが自分を迎えに来るんだと」
「いたい、……え、遺体?」
「だから言ったでしょう。苗字さん、あなたもう少し真面目に考えなさいな。わたくしの見立てではね、事態は急を要するのよ。だから早く、八敷さんに連絡を取って頂戴」
日常会話で聞かない言葉をぶつけられて、一瞬意味が分からなかった。遺体。自殺。死因は不明。訳が分からない。私どこから、何が原因でこんなことになってるんだっけ。もう一度考えたけど、やっぱり答えは出てこなかった。ただ占いに行っただけなのに。今日は久々の快晴で、お出かけ日和で、三連休の始まりで、ただそれだけだったはずなのに。色々会話した気がするんだけど、そこからの記憶は曖昧だった。気が付いたら真下くんの車に放り込まれて、ヤシキサン、とか言う人のいるらしき場所に連行されている。窓の外はいよいよ本降りで、今の私の精神状態と完全にシンクロしていた。ああそういえば傘忘れた。思い出してため息をつく。それから、もう何度も繰り返した愚痴を、もう一度頭の中で繰り返す。思えば年明けからずっと、私はついていなかったのだ。
で、今日。一緒に行くはずだった友人にドタキャンされたので一人で占いを受けに行った。テレビに出ている人に会うのは初めてだから、これは結構楽しかった。人気占い師だけあって安岡先生はお話が上手かった。悩み事に困り事に願い事。物の見事に乗せられて、私は余計な事まで話したのだろう。彼氏に振られまくった事とか。最近起きている、ごくごく小さな悩みごとの事とか。どういう流れでそうなったのかは分からない。最近身近に起こったちょっとした怖い話を口にした途端、安岡先生は顔色を変えた。お祓い、行った方がいいですかね。聞いてみたら即座に否定された。「こんなもの相手にしてくれる神社なんてどこにもなくってよ。死にたくないなら早く何とかしないと」そう言って彼女はさっさとタクシーを手配して、このおかしな事務所まで私を引きずってきたのだった。「安心して頂戴ね、こういう時にうってつけの方がいるのよ」と先生は言った。それはつまり、霊能者とか、祈祷師とかそういう類の人なんだろうか。なんだかちょっと、変なことになってきちゃったな。なんて、怖いモノ半分で呑気に考えて、ドアを開けてみたらこれだよ。バイトっぽい男の子に案内されて殺風景なブースに通されて、待つこと数分後。
「おいバアサン。来るときは電話しろといつも言ってるだろ」
聞き覚えのある声に耳を疑った。でもそういえば、扉に「真下探偵事務所」って書いてあった、ような。思いながら、顔を出した人物をただ見つめる。くたびれたジャケットに、適当に結んだネクタイ。相変わらずぼさぼさの髪の毛は寝ぐせなのかセットなのかいまいち判別がつかない。だけど見間違いでもなんでもなく、そこにいたのは彼だった。
「ま、……したくん、じゃん。やだ何してんのこんなとこで。仕事は? 警察辞めて転職したの?」
思わず口から出てしまった言葉をどう勘違いしたのか、隣の安岡先生が華やいだ声を上げる。
「あらま、もしかしてそういう事だったの? 真下さんたら、意外と隅に置けないのねえ。ふふ、若いっていいわあ」
「違う」
「いやだわ良いのよ照れなくて。見るからにアナタ達相性良さそうだもの。お付き合いして長いんでしょ? 空気で分かるのよこういうの」
「違うそうじゃない話を聞けバアサン俺とこの女は」
どうしてこんなことになったのか。さっきからぐるぐると考えているけど、まるで答えが出ないのだ。私はただ、占いに行っただけなのに。聞かれるままに質問に答えただけなのに。私の何が悪いのか。寂しくて男をとっかえひっかえした事か、ごみの分別を怠ったことか、単純に勤務態度が悪かったことか、もしくはそれら全てか。悔やんだところで、起こってしまったことはしかたない。という訳で、今私は殺風景な探偵事務所にて、えらく目つきの悪い20代男性(本名は真下悟くん27さいだ)と向き合う羽目になったのだった。
「へえ、あくまでもシラを切るってこと。いいわ、じゃあ真下さんじゃなくて貴方に聞くから。ね、教えて頂戴。この方と貴方はどういう関係なの?」
嬉々とした声が、私に問いかける。机を挟んで向い、真下くんは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。絶対余計な事を言うな、と彼の目が私に訴えかける。から、分かってるよちゃんと、と視線で返す。伝わったかどうかは分からないけど。左隣からの安岡先生の視線を、受け流しながら瞬きを繰り返す。目の前の緑茶を一息に飲み干す。なんとなく、おしぼりで手を拭いてみる。意味のない動きを繰り返しながら考えている。私と真下くんの、関係について。
「私たち、の、関係。関係は、……ええと」だけど、大した答えは出そうもなかった。だって私と真下くんは本当に、オツキアイ、とかそういうのじゃないのだ。私は彼の事をそこまで知らない。彼も私の事なんて、知ったこっちゃないだろう。でも体の関係は持ったことがある。「もう会わない」というメモだけを残してふっつり連絡が途絶えたのは、数か月ほど前だっただろうか。これっきりなのかなあなんて考えていたら、唐突に真下くんは帰ってきた。そしてたまに、うちにご飯を食べに来るようになった。そういうのを一番ふさわしい言葉にするなら、元セフレ、ということになるのかもしれなかった。つまり私と真下くんは、お互いにとって身体目当ての爛れた関係だったのだ。それが最近では、駄菓子屋のおばちゃんとおばちゃんに餌付けをされている野良猫、のような関係に進化した。この関係に名前を付けるなら、元セフレ現ペット、あたりが最適解と言える。だけど勿論、このお上品なおば様に向かってそんなことを言う勇気なんてない。
「えっと、真下くん、は、その。なんていうか」
ええ、教えて?と、鷹揚な声。知り合い。同級生。お友達。いくつか選択肢が浮かんでくる。正確で、かつなるべく健全っぽいやつがいい。口の中で言葉を転がして、吟味して吟味して吟味して、結局。
「強いて言えば、…………【元】お友達、……です、かね」
ふざけるなよ貴様。彼の口が、そうつぶやいた気がした。それで、私が何かをしくじった事を悟る。
「まあ。貴方にもお友達と呼べる人がいたのねぇ、真下さん」先生の余計すぎる言葉がとどめとなり、気まずい沈黙が戻って来た。……口を開けば皮肉と嫌味、触れる物みな傷つける切れたナイフ。周りからはきっとそう呼ばれているに違いない、そんな真下くんに友達っているんだろうか。いるんだろうな。真下くんはこれで意外と優しいし結構顔も良いし、まともなところもあるのだから。半ば現実逃避のようにそんなことを考える。当の真下くんと言えば、人の一人や二人殺しそうな顔で私を見つめ、それから思いっきり舌打ちを放った(まともなところもある、という評価は取り消すことにする)。だってお友達以外に言いようがないでしょ。もう一度目で訴えかけてみたけれど、通じたかどうかは分からない。
部屋の温度が急降下している気がした。彼の手がふらふらと煙草を探しかけてから止まる。ふー、と、重い重いため息。それから。
「……ふん。まあ、いい」数秒の後、彼はいつものあの、人を馬鹿にしたような薄ら笑いでこっちに向き直る。
「それじゃあ、苗字名前。改めて相談内容を聞こうじゃないか。安心しろよ、【オトモダチ価格】にしておいてやるから」
▽
「知らない人がね、名前さんいますかって来るの。職場でも家でもホテルでも関係なく。で、呼ばれて出て行って、そこで記憶が途切れるんだよね。いつも気が付いたら一人になってる。来るのは男の人の時も、女の人の時もあった。ような、気がする。ストーカーかなって思ったから、一応お巡りさんには相談したよ。事件性はないって言われたけどね。それで病院に行ったら、ストレスですねって睡眠薬貰えた。一応証拠もあるんだよ、職場の人が何回か呼び出しの電話取ってるから。お化けにしても妙なんだよね。夜だけじゃなくて、昼間でも朝でも来る。誰が来たのかはわからない。何を言われてるのかもわからない。でも絶対知らない人。最初は月二回くらいだったかなあ、今は三日に一度くらい来るけど。ああでも真下くんと居る時は来たことないかもね。なんでだろ。ねえやっぱお祓い行った方がいいかなあ。どう思う真下くん」
「……、いつからそれは始まった?」
「さあ、気にしてなかったから分かんないな。前の前の前の田代君の時だったかな。いや、赤黒田さんの時だったような。とりあえずここ半年くらいだったと思うけど」
「貴様相変わらず節操がないな」
「真下くんこそ相変わらず口が悪いよね。私のは節操がないんじゃなくて、ときめきに生きてるって言うんだよ」
「ああよく知ってるよ。その手の事件ならうんざりするほど扱ってきた。大抵は悲劇のヒロイン気取りのバカ女が自殺未遂を起こして終わる」
「ねえ先生今の聞きました? この人ほんとやばくないです? いつか痛い目見ろって思いません?」
「ええ。本当に、いいわね若いって。でも痴話げんかは後にして。今は話を進めた方が良いんじゃないこと?」
「……、………そうですね」
さっきまであんなに良い笑顔で、私たちの関係を問いただしていた人の発言とは思えない。会話が途切れた瞬間に、さっきまでのどこか軽い空気も消えてしまっていた。「忌まわしいことよ、それは」先生の言葉に曖昧な相槌を打つ。自分の身に起こっている事なのにいまいち現実感がない。真下くんには「何で今まで言わなかった?」と聞かれて言葉につまった。理由もなくうろたえたのは、先生に怒られている生徒みたいな気持ちになったからかもしれない。「何で言わなかった。俺は定期的に部屋を訪ねていただろう。何か変わったことがないかと聞いたはずだ」思いのほか真剣な声に、つられてこっちまで不安になる。
「や、だって……、なんか真下くんと私って、そういうのじゃないなって。ていうかこれってそんなにまずいことなの? 今のところ別に実害ないよ?」
「は、そこまで思慮が浅いとは恐れ入ったよ。節操がない上に徹底的に危機感が足りない。言っておくがな、犯罪に巻き込まれて真っ先に死ぬのは貴様のような人間だぞ」
「前々から思ってたけど、真下くんって悪口の時だけ語彙力すごくない? なんなの?」
【苦虫を嚙み潰したような顔】のお手本のような表情で、再び真下くんが舌打ちをする。会話が途切れるのが嫌だから、とりあえず「ねえ【オトモダチ料金】って具体的に幾らぐらいなのか見積もってよ」と聞いてみた(そして普通に無視された)。安岡先生まで張りつめた顔をするものだから、柔かくなりかけた空気がまた重くなっていく。そりゃ、気味が悪いと言えば気味が悪いけど。だとしても、命にかかわるような現象ではないはずだ。そう自分に言い聞かせながら、内心の不安が増していく。それもこれも、真下くんがいつにもまして深刻そうな顔をするせいだ。いつもみたいに鼻で笑ってくれたら、それで済んだはずなのに。窓の外のどんよりした曇り空が、不安な気持ちを余計に膨らませていく。
「……、確かに、警察が扱えるヤマじゃないかもな。良いかよく聞け。過去に同じ様な相談を持ってきた人間が二人居た。そいつらがな、昨日遺体で見つかってるんだよ。見つかったのはH城樹海。死因は不明だが、遺体の横に遺書が落ちてた。大方自殺で片付けられるだろうよ。奴らとは数週間前から連絡が途絶えていたから、何が起こったのかは俺も知らん。だが死ぬ前に、連中はご丁寧に俺に留守電を残した。何かが自分を迎えに来るんだと」
「いたい、……え、遺体?」
「だから言ったでしょう。苗字さん、あなたもう少し真面目に考えなさいな。わたくしの見立てではね、事態は急を要するのよ。だから早く、八敷さんに連絡を取って頂戴」
日常会話で聞かない言葉をぶつけられて、一瞬意味が分からなかった。遺体。自殺。死因は不明。訳が分からない。私どこから、何が原因でこんなことになってるんだっけ。もう一度考えたけど、やっぱり答えは出てこなかった。ただ占いに行っただけなのに。今日は久々の快晴で、お出かけ日和で、三連休の始まりで、ただそれだけだったはずなのに。色々会話した気がするんだけど、そこからの記憶は曖昧だった。気が付いたら真下くんの車に放り込まれて、ヤシキサン、とか言う人のいるらしき場所に連行されている。窓の外はいよいよ本降りで、今の私の精神状態と完全にシンクロしていた。ああそういえば傘忘れた。思い出してため息をつく。それから、もう何度も繰り返した愚痴を、もう一度頭の中で繰り返す。思えば年明けからずっと、私はついていなかったのだ。