蜜月
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「…人には布団で寝ろって言っておいてさあ、なあんで君がそんなところで寝てるんですか…」
「………」
誰かの低い声で一瞬だけ目をさます。でも返事をするのも面倒なので無視して眠ることにした。すみません眠いんです、なんて頭のなかだけで謝罪してるうちに何だか体が浮いてどこかに運ばれる。あれ、ここどこなんだっけ。で、この人は誰だったっけなあ。まあ良いやお布団温かいし。お休みなさい。
*
やっぱり姉川にいた頃の夢なんか見ていた。いや、夢じゃないんだっけ?だってあの頃と同じように、兄が私を起こそうと揺さぶっている。兄様にしては随分手緩いやり方だけど、そろそろ起きないと不味いかな、
「…さん、名前さん、」
「…もう悪でいい、悪でいいから寝かせて下さい…」
「はあ?なあにを訳の分からねえ事を」
「大体兄様は早起きすぎるんですよ、……お市さまに嫌われたって知りませんから、」
「…だあれが兄様だってえ?」
「兄様、何だか今日はえらく雰囲気ちがいますね」
「……」
ああもうしつこい。鬱陶しい。執拗に私を揺さぶる手にいらいらしながら適当な返事を返すうちに、段々意識がはっきりしてきた。この人、誰だっけ。そもそもここどこ。こわごわ目を開けたら、頭上から声が降ってくる。
「オハヨーゴザイマス」
「………おは、よう。ございま、す」
「随分とよくお眠りになってましたよねえ、おかしな寝言まで五つ六つ抜かしながら」
兄じゃない。余りにも兄じゃない。私の顔を覗きこんでいた基次さまは、「いい加減兄離れしたらいかがですかあ?」と愉しそうに笑う。
「…あの、わ、私なにか言ってましたか」
「兄様がどうとか、姉様がどうとか、…あとは」
「あ、あとは」
「あとは、…ああ、よくまああんな恥ずかしいこと言えますよねえ、俺様なら恥ずかしくて聞かれたら死にたくなるかもなあ」
「…な、何を言ったんですか私…」
「……知りたいですかあ?知りたいですよねえ。」
「し、知りたいです知りたいです、」
勢いよく体を起こした私を見て、基次さまは目を細める。「まあ、教えてやりませんけど」、今まで聞いたなかで一番機嫌のよさそうな声色でそう言われた頃に、漸く色々と重要なことに気づいた。結局私、昨日どこで寝たんだっけ。何で今布団で寝てるんだっけ。その疑問を口にするよりも先に彼は立ち上がって出ていこうとする。襖を開けたあとでついでみたいに言われた。
「『たまには布団でお眠りになってください』なんてさあ、君に言われたくないですよねえ。そっちこそたまにはちゃんと布団で寝たらどうなんですか」
もう昼ですからいい加減起きてください。そんな言葉と共にふすまがしまって、残された私は見当違いな事を思った。初めて笑った顔、見たかもしれない。
*
「…お、おはようございます」
「おかしいですよねえ俺様さっきも言ったと思ったんですけどねえ、念のためもう一回言ってやりますけどもう昼過ぎです」
「あの、昨日、」
「床で寝るの、お好きなんですよねえ。余計な事してすいませんでした」
ちなみに言うと、一緒に食事をすること事態が初めてだ。急いで着替えて寝癖を治して、女中さんに引っ張られて居間まで出てみたら基次さまは私なんかに目もくれずにお茶をすすっていた。なんだかさらりと、大事なことを言われた気がする。
「あの、…運んでくださったんですか?布団まで」
「まさかあのまま放っておくわけにもいきませんからねえ、まあ、しょうがなく」
「…ありがとうございます…」
「ご参考までに言っときますけどお、いくらお好きでもやめた方がいいんじゃないですかねえ。床は」
「いやあの好きとかじゃなく、あれには深い事情が…」
「はあそうですか、大体わかりますけど」
…あ、やばい恥ずかしい。私が床で寝ていた事情についてここで話すのもいたたまれない。さらに言うと、そんな事情を『大体分かる』なんて言われてしまってはもうどうしようもなく恥ずかしい。なので、話題を変えることにしてみたんだけど。
「あのっ、…でも、基次さまもちゃんと布団でお眠りになった方が良いと、思います、…けど、」
慌てて口に出してから気がついた。今の話の流れでこの発言は、さらに墓穴を掘ったかもしれない。弁解しようか止めておこうか慌てる私を興味なさげにちらりと見て、彼はと言えば無言でお茶を啜る。私も茹で蛸状態でお茶を啜ってみたら、お膳を持ってきた女中さんが嬉しげに笑った。
「あらあらまあまあ、仲睦まじくてよろしゅうございますこと」