蜜月
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「あいつは昔からそうなんだ、寝食忘れる割に寝たら寝たで中々起きなくってなあ」
「…ああ、何だかわかる気がします…」
「休めといっても聞きゃないんだ。小生の事は伝えなくて良いから、寝かせといてやってくれないか」
昼過ぎにやって来た官兵衛さまはそう言って、呆れたような嬉しいような表情で笑った。
「そういうところばっかり変わらなくてなあ、昔から」
きっと、基次さまとも長い付き合いなんだろう。官兵衛さまのいう『昔』の事が聞きたいような気もするけど、何だか興味本意で聞き出すのも気が引けるような。何より、勝手に噂話なんかしたら後々怖い。なので、ひとまず承知しました、と笑っておくことにした。
近々大きな戦があるから、どこの軍も支度で忙しいとか。基次さまも例に漏れず、軍師との打ち合わせやら何やらで忙しく動いていたとか。官兵衛さまは世間話みたいにそんなことを教えてくれた。
軍義で早くからお出掛けになるのはその一巻なのかもしれない。基次さまが昨日、血まみれで帰ってきたのはやっぱり、戦の準備と関係があるのだろうか。そんなことがふと頭をよぎったけれど何となく言い出せなかった。
*
叩いてもつねっても起きない基次さまは、朝が昼になって、昼が夕方になってもずっと目をさまさなかった。よくそんなに寝られるなあ。私だったら絶対途中で、お腹がすいて目が覚めるけど。寝顔をぼんやりと眺めながら、基次さまが目を覚ましたときに言う台詞を考えたりもしていた。結局、日がすっかり沈んでも彼は目を覚まさなかったんだけど。朝から今に至るまで基次さまは呑気に眠っていて。それで、それから、…これはないでしょういくらなんでも。
「……」
湯あみをして部屋に戻ってみたら、相変わらず基次さまが眠っていた。それはわかる。問題は別のところにあった。
…なんで布団、一組しかないの。
さっきから何回も繰り返した自問自答。もしかしたら、基次さまを起こすのが怖くて私の分の布団が敷けなかったのかもしれない。確かにここは夫婦の部屋ってことになっているんだから、女中さんからしたら布団なんて一組で十分に思えたのかも。実は女中さん達が思ってるような仲睦まじい事実なんてひとつもないのに。
「…あの、……」
「………」
基次さまを起こそうと一瞬だけ声をあげて、すぐさま諦めた。こんなによく眠ってるのに起こすのはまずいかもしれない。ただでさえ寝不足の筈だし。というか、布団が一組しかない状況なんて、基次さまが目覚めてしまったら本当にいよいよ気まずい。どうしよう。
別の部屋で寝ようか?…却下。この部屋で私が寝ない、ちゃんとした理由が見当たらない。じゃあこっそり布団、持ってきてもらおうか?…却下。基次さまと一度も同衾したことがないから恥ずかしいなんて、女中さんに言うわけにはいかない。
「………」
…どうする。どうしよう。一体どうしたら。考えはじめてもう一時間は経っている。最初の緊張感はもう薄れてきたけれど、だからといってこの状況をどうにかする策なんか浮かぶわけもない。仕方なく部屋の隅っこで膝を抱えて蝋燭の日を眺める。…そういえばここに来た最初の日も、こんな感じだった気がする。待っても待っても基次さまは現れなくて、布団の上で正座とかしてて、鐘の音が遠くから聞こえて。
姉川に帰りたいなんて、思ってたっけなあ。未だに慣れないところは多いけど、それでもあったばかりの頃みたいな恐怖感なんてもうない。…まあ、兄様とお市さまみたいに仲睦まじくなれるとも思えないんだけど。
つらつらと考えるうちに眠くなってきて、そんなところまであの日とそっくりな気がした。目を閉じたら一気になにも考えられなくなって、寒いとか考える間もなく意識を失った。最後にぼんやりと考えたのは基次さまの事だったような気がする。…この人、夢とか見たりするのかなあ。